第四話・行方知れずの戦闘狂
「海鳴への出張任務?」
いきなりはやてからもたらされた無理難題に、俺は思わず声を荒げた。
何でも現在のところ正体不明のロストロギアが海鳴にあり、動ける部隊が他に無い上にロストロギアが万が一レリック絡みであれば機動六課の担当になり、当然リライヴが出現する可能性もあるので俺も行かないといけないわけだが…
「…普通についてったらばれるよな?」
「せやな。」
当たり前だがとりあえず聞いておく。
と、当然ながらアッサリとはやては頷いた。
海鳴近辺で提供されている転送ポートと言えば、神社近辺の森の中にアリサ持ちの別荘、それに今は神咲さんが管理を引き受けてくれている。
次元世界の事情を話せる人に事情を説明しておく位は出来るだろうが、海鳴で堂々と一緒に歩いていると町の人が普通に俺となのはを一緒くたにして話しかけてくるだろう。
そうなれば、フォワード陣に普通にばれる。
「俺はまぁばれたところで困る事も特に無いが、管理局的には…まずいのかな?」
「せやなぁ…」
なのはの兄妹で戦闘力もあり、管理局に協力までしてる割に当の局には入ってない。
こんな違和感バリバリの経歴に加えて半犯罪者的な行動の結果も残っている俺のことを局員に教えるのも問題はあるだろう。
変な噂になってもなのはがやりづらくなるだろうしな…しかも、単体戦限定とはいえ俺のほうが強い訳だし。
自慢は内心に留めきったつもりだったのだが、考えてる事を見抜かれたのか、はやてが呆れ混じりの視線を俺に向けていた。
「何考えとるか分かりやすい顔してええんか?忍者もどきの癖に。」
「忍者もどきってなぁ…」
妙な呼ばれ方に肩を竦める。
まぁ暗殺者と呼ばれるよりは余程マシではあるが。
「んじゃ俺は別行動するわ。もしリライヴやレリックを感知したら念話で呼べる位置にいるよ。」
「んー…悪いな。」
海鳴近辺にいれば問題は無いだろうという事ではやてのほうもそれで承諾してくれた。
ま、俺は俺でやることあるし、別に構わないと言えば構わないんだがな。
そんな訳で別行動で海鳴に降りてきた俺は、リスティさんに連絡をつける。
リスティ槙原さんは、警察関係の仕事についている女性で、フィリス先生の姉でもある。
『珍しいな、君から連絡が来るなんて。食事でも奢ってくれるのかい?』
「そんな余裕は俺にはありません。」
病院内でタバコを吸うわたかりに走るわと中々滅茶苦茶なこの人は、そのくせ警官という珍妙な人だ。
と言うか世間話を呑気にする為に電話したわけじゃない。
「アイツ…見つかりました?」
『いや、未だにまったく足取りが掴めていない。』
予想通りとは言えあまり聞きたくは無かった返答が返って来た。
リスティさんのほうでもまったく分かって無いとなると、かなり面倒な事になっている事は間違いない。
「そうですか…」
『香港の方には確認したのかい?』
香港の方と言うのは美沙斗さん…香港警防の方だろう。
「いえ、近いほうに先に確認しておこうかと。」
『そうかい。』
アッサリとした返答が帰ってくるが、冗談も混じっていないのは珍しい。
『それでもダメなら…』
「ええ、わかってます。」
お礼を最後に携帯を切る。
くそ…出来るなら見つかっていて欲しかったが…
リスティさんに問い合わせたのは、グリフの行方だった。
グリフ…俺が命懸けで止めた本物の戦闘者。
俺が神速の修行をしている間に、グリフは脱走していた。
御神と戦わせてやるって約束したっていうのに何だって脱走なんかしやがったんだか分からないが、リスティさんの方でも、香港警防でもまったく現在地も足取りもつかめないとなると…
「管理世界…にいるのか?」
そうだとすれば、転移手段の存在しないアイツは必ず誰かの補助があったはずだ。
何でもかんでも管理世界がらみだって判断するのも軽いと思って外してはいたが…
武器を取り上げられている上に脱走、逃走までしたと言うのに脱走後の足取りの一切が不明というのは…
やはりどう考えても異常が過ぎる。
結局、美沙斗さんに連絡を取ってみたが結果は同じだった。
俺は改めて携帯を閉じて息を吐く。
『覚えておくと言った。その約束、僕も守ろう。』
ったく、あの馬鹿野郎…一年そこらで脱走なんかかましやがって…
見つけたら絶対ぶっとばしてやる。
Side~グリフ
7年前…
「…何者だ?」
奪った警棒を捨て、建物の影に感じる気配に向かって声をかける。
物陰から妙な全身スーツを着た長身の女が姿を見せた。
「同じ生身の人間だと言うのに魔力も装備も無いまま見事なものだな。」
「貴様のような機械人形じゃないが、僕をただの見張りと同じ人間だと思うのはとんだ検討違いだよ。」
少し驚いたのか軽く目を動かす女。
だが、それ以上の反応は無かった。
「貴様はこの後どうする気だ?脱走自体は出来たとはいえこのままではすぐに捕まるだろう。」
「答える必要が無いな。それを聞いてどうする?」
「いい避難方法を知っている。」
あくまで表情を変えずに言い切った女。
確かに鍛錬こそしていたとはいえ、戦闘訓練を殆ど出来ていない分の勘を取り戻すあるし、武器も無い。
このまま行方を追われれば逃げ切る事は難しいだろう。
この女が何を考えているのか分からないが…
「条件は?」
「大した事ではない。が、悠長に話している暇も無いのでな、出来るならこれ以上の話は移動してからにしたいのだが?」
…まぁ、いい。
どうせこのまま逃げた所で危険も大して変わらない。
「いいだろう、ついていこう。」
「交渉成立…だな。掴まれ。」
手を差し出してくる女。
意図は分からなかったが僕はその手をとり…
この世界から消えた。
廃墟と化した様相の都市で、僕は女の条件を聞いた。
その条件は思っていたより単純なものだった。
「戦闘方法を知りたい…だって?」
「ああ、貴様もセンサーや魔法を使わずに私を戦闘機人と見抜いた。何故そんな事が出来たのかを聞きたい。」
どう見ても戦闘用に改造されているくせにそんな事が分からないのか?
少し拍子抜けした。
「どうと言われてもね…見た目だけは人間のようだが、機械が使われていいることくらい分かる。」
見た目、確かに人に似せて作ってあるようだが、動くのを見ていれば違和感は感じ取れる。
「気が遠くなるほど人の殺し方を学んできたからだろう。感じ取っているだけだからどういう技術を使っているのかと問われても返す言葉は無い。」
「感じ取る…か。成程、データや機能に頼っていては扱えないと言う事だな。」
「サイボーグにしては理解が早いな。」
疑問を口に出すと、女は軽く目を伏せた。
「こちらの事を貴様が知る必要は無い。」
僕との取引内容はあの場から逃がす代わりに戦闘方法を教えると言うもの。
確かにこの女の技術の話は僕が知る必要は無い。
だが…気になる事はある。
「戦闘用の筈で理解できる能力もあるのに、今更そんな事を僕を連れ出してまで聞く理由は何だ?」
「だから答える必要は」
「地球の戦闘者に負けたのか?」
少し勘ではあったがどうやらあたりだったようで、女の表情が一瞬険しいものに変わる。
…そうか、戦闘者と交戦する可能性があるのか。
「お前の主人に会わせてもらおう。」
「何だと?」
「必要なら戦闘データも取れる、その方がお前達にとっても都合がいいだろう?」
暫くの間を置いて、女は握り拳を振りぬいた。
速い…が、拙い。
潜り込む様に避けてカウンターで掌底をあごに叩き込む。
倒れた女は跳ね起き、僕は隠し持っていた拳銃を取り出した。
「質量兵器とは言えそんなちゃちなものなど…」
銃を見て意にも介していない女に向かって、僕は…
銃を投げた。
「な、くっ!!」
慣れていない武器などそのまま使っても仕方ない。
ならば、発砲に耐えられる金属で出来ている重さを投擲物として利用した方がいい。
鼻を捉えるように投げた銃をかわす女に詰め寄り、その顔を掴む。
「が…っ!!」
後頭部を地面に叩き付けた。
これだけで脳震盪位は引き起こしているだろうが…サイボーグ相手となると心許無い。
「ぐ…」
女の左足の腿を全力で踏み砕く…つもりだったのだが、骨格が金属だった為か、足が妙な曲がり方をしただけで止まってしまった。
抵抗できる力を取り戻す前に片足位は完全に潰しておこう。
そう思い、同一箇所をもう二度踏みぬいたところで、妙な映像が何も無い眼前に…宙に表示された。
『その辺にしておいて貰えないかね?異界の戦士君。』
「…お前がこの女の主か?」
モニターには、白衣の男が写っていた。
…成程、裏の人間だ。
一目で分かるほどに目が欲望に取り付かれて歪んでいた。
『ISを使っていない地上戦闘とは言えただの生身でトーレを負かすとはね。それで、私に何のようだい?』
「その前に確認したい事は二つ。この女が負けたという戦闘者とまた敵対する可能性があるか否か。それと、貴様は武器を作る事が可能か。」
『トーレが負けた相手は目的は不明だけど、敵なのは間違いない。装備はそれなりに作れるつもりだよ。』
問題は無いと思ったが確認事項を挙げておくと、笑みのまま答えを返してくる白衣の男。
…理想的だな。
「僕を…雇わないか?」
あれから7年、ナンバーズとやらの訓練に付き合い、かつ空いた時間を修行に裂いた結果、それなりの勘は取り戻せていた。
そして今…
断続的に金属の甲高い音が響く中、僕は眼前の相手に全力で剣を振るっていた。
打ち下ろしが敵の髪を掠める。
と、振り切ったところで敵は迷わず踏み込んできた。
ギリギリで身をかわした僕に追撃となる二撃目が間髪入れずに向かって来る。
燕返し…再現しているとは…
剣で防ぐ間も無いため、僕は暗器の短剣で二撃目を受けた。
止めきれずに脇腹に食い込んだ痛みを無視して股を蹴り上げる。
少し身体が持ち上がって尻餅をついた所でその眼前に剣の切っ先を突きつけた。
「また私の負けだね。」
僕が剣を鞘にしまうと、目の前の女…リライヴは溜息を吐きつつ立ち上がった。
二年前から、レリックを集める事にのみ協力する事になった、この世界では噂の魔導師。
僕としては魔導師として強い連中にはさほど興味は無かったのだが、この女はあろう事か僕に魔法なしでの試合を挑んできた。
さすがに負けることは無かったが、それなりに驚かされる事となった。
何でも、魔力が切れた状態でも戦わなければならない事があるらしく、その為の備えとして純粋な戦闘者である僕と修行したかったのだとか。
以来、定期的に試合を行う事となり、かなりの修行になっている。
「はぁーいお疲れ様ですグリフさん、リライヴさん。それにしてもまぁーた負けちゃいましたねぇリライヴさん。」
「また出た嫌味メガネ。」
「そんなに怒っちゃ嫌ですわリライヴさん。ひょっとしてストレス溜まってるんじゃないんですか?大事なところ足蹴にされて腰が砕ける位」
「そういう品の無い話は命が惜しかったら私の前でしない方がいいって言わなかったっけ?」
「き、聞き覚えありましたからこの鼻先の剣をしまって下さいな。」
馬鹿をやりだした二人を放って訓練室を出る。
「ふ…ふふふ…そろそろ…いいかも知れないな…」
一度や二度位は同位の戦闘者との戦闘をはさんで勘を完全な物にしておきたい所だが、そもそもそれが稀少だからこそ御神との殺し合いがこれほど待ち遠しいのだ。
スカリエッティの計画が片付く頃には、地球へ戻り、御神を探そう。
楽しみだ…どっちがより上手に斬って殺せるか…
Side~アリサ=バニングス
知らない間に事件が片付いて、なのは達はミッドへ帰り、私は一人家路についた。
そう…一人。
勿論大学にも友人はいる。
告白はそれなりにされているけどどうも気乗りしなかったり、そもそも論外だったりで断っているが、それは別にどうでもいい。
ただ…なのは達と会ったり、連絡を取ったりすると、嫌でも実感する事がある。
私だけが、『この世界』に残っている…と。
魔法と関係なかったすずかまで、巻き込まれてその身を狙われるようになったからと言って地球を離れてしまっている。
なのは達も、私の事を忘れたりぞんざいに扱ったりする訳ではないけど…
『私の帰る場所は…私達の部隊、機動六課やからな。』
はやての言葉が嫌に胸に残る。
帰る『場所』が、ただ一人私だけ違うようで…
止めよう。
友人と再会できたんだから今日はいい日なんだ。
いちいち暗い事考えるのはよそう!
「ふぅ…」
私は部屋に戻ると窮屈な衣服をぱっと脱いで…
「ちょ!待て!」
「えっ!?」
下着だけになったところで、クローゼットの中から男の影が飛び出してきた。
影は倒れそうになったのを支えた為か、床に膝と手を突いて四つんばいのような格好になって私を見上げる。
影の正体は、部隊の裏事の関係上同伴できていなかったらしい馬鹿男、高町速人その人だった。
どう動いたらそうなるのかはねるように直立した速人は、目の前でブンブンと手を振る。
「や、待て。待とう。決して着替えを覗く為にここに隠れていたんじゃないんだ。ただちょっとサプライズ性を持たせたかったから脅かそうと思ってただけで部屋に入って扉も閉まったかどうかってタイミングで早脱ぎしだすなんて夢にも」
「遺言は…それで終わりかこの馬鹿男!!!」
これでも高いつもりの身体能力を駆使して全力で脛を蹴る。
と、速人は蹴られた部分を押さえて蹲った。
「こ、この馬鹿はぁ…自分の歳考えなさいよ!今やったら冗談で済むわけ無いでしょうがこの色魔!!」
「だ、だから狙ったんじゃないんだって…」
「それにつけても不法侵入でしょうが!!」
空いているもう片方の脛を踵で斜めに踏むように蹴ると、両足を抱えて床に転がった。
って、こんな事してる場合じゃない、着替えないと。
さっさとクローゼットから寝間着を取り出して着替えると、いつの間にか速人が立ち上がっていた。
「はは…それにしても元気でよかった。」
「はぁ?何よそれ。意味わかんない。」
いきなり何を言い出すのかと思って返して…
何となく、コイツの意図が分かってしまった。
なのは達の誰かから念話か何かで私の様子を聞いた上で、わざわざこんな馬鹿な真似をしたのだろう。
昔っからシュテルに巻き込まれるのも含めて全力で突っ込み入れてたから…
…変わらない物もある…か。
何となく許す気になってしまった私は、速人から顔を逸らして呟く。
「ったく、なのは達に聞いたけどアンタは別行動なんでしょ?泊まってく?」
「え?一緒に寝るのはまずくないか?」
サラッと告げられた速人の言葉に、さっきまでの感謝の念が一瞬で霧散した。
…前言撤回、やっぱこの馬鹿徹底的に伸しておこう。
「別室に決まってんでしょうがこのヘンタイヒーロー!何だったらアルフが昔愛用してたお部屋もあるけど!?」
「さすがにそれは勘弁してくれ!」
手近な所にあった辞書を振り回して速人を追いかけまわす。
暗い気分は吹き飛んだけど、やっぱコイツ絶対どっかで痛い目見るべきだ。
SIDE OUT