第一話・開幕直後の大問題
「ありがとうございました。」
フレイアの優しい声を背に、店を出る客。
それでここ…我が家の一階に位置する『洋菓子店エメラルドスイーツ』は静かになった。
「しかし…暇な店だなぁ。」
あくまで洋菓子店であるため席数こそ少ないものの、一応席もあり、店内飲食も可能となっているにも拘らず、店内は静まり返っていた。
祝日は休みの少女達が多少やってくるのだが、それ以外ではあまり人が来ない。
休みにはそれなりに来るは来るのだが、赤字と黒字の境目を彷徨っている成績では、到底生活の足しに出来るだけの資金源とはなっていなかった。
「すみません主、私の力量不足で…」
「あ、いやいや。問題なのは位置だろ。」
申し訳なさそうにするフレイアに対して俺は手を振って否定する。
一般人が容易に近寄らないような位置にある、管理局の敷地に一番近い土地にある一軒家が、この世界に来た際に提供された場所だった。
学校にも一般オフィスにも縁が無く、たまたま通りすがるような場所ですらないこんな場所で商売をするとなると、正直ここの菓子だけが目当てで来るような客しか来ない。
恐らくは俺と宵の騎士の見張りが目的なんだろうが…正直商売には辛いだろう。
「フレイアは充分すぎるほど良くやってるって。母さんほどじゃないにしてもその母さんにべた惚れの父さんが褒めてくれたろ?」
「ですが結局翠屋を名乗る許可はいただけていませんし…」
「そりゃ数年じゃ無理だ。むしろそんな簡単に追いつかれたら母さん泣くぞ。」
本人は恐れ多いと思っていたらしいが、折角なので俺が翠屋名乗らせてくれないかと聞いてみたのだ。
が、どうしても母さんを納得させる域にいかなかったため断られたのだ。
何であれ本職は厳しい。
しかし、単に洋菓子店を自分で持つ分の腕については充分とお墨付きは出ているので、こうして洋菓子店そのものは出来ている。
「ただいま。」
「ただいま!」
と、呑気に話しているところに兄さんと雫が修行から帰って来た。
異界だからか保護されているからか自然が多いミッドでは、多少都市部を離れれば容易に剣の修行が可能で、俺も兄さんも助かっている。
そして…雫も。
兄さんになついている雫は当然の如く兄さんが扱う御神の剣技にも惹かれ、見様見真似で木刀を手に振りはじめ、最近では基礎鍛錬のみとは言え兄さんについていっている。
…すずかもおしとやかな文系のクセにフェイト相手にドッジボールで一本取るほどの超人だし、足りてる身体能力を修行で更に鍛えたせいか、体力では俺や兄さんに迫るほどになっている。
末恐ろしいなおい。
一緒に風呂場へ向かう兄さんと雫。
父さんもなのはと入ろうとしてたが、兄さんまで駄々甘だったことは、正直今でも驚きだ。
「あー、やっぱり見てない。」
「アリシア。どうかしたのか?」
と、家一番の『稼ぎ頭』となっているアリシアが姿を見せた。
アリシアはポッドで長く眠っていたのが原因かろくに成長せず、未だに中学一年相当の少女体型だ。
中学卒業と共に家の人に挑戦状叩きつけるくらいの勢いで俺のところに行くと大見得切ったあたり、本当に子供っぽいのかも分からないが。
基本部屋から出てくるのは外出時くらいのアリシアが店舗部分に姿を見せることは無いんだけど…
振り返っている間にアリシアはテレビのチャンネルを切り替え…
見覚えのあるキャラクターが映っていた。
「ふふん、とうとうCMまで出来たのよ。自分でやっておいてなんだけど本当ビックリだよ。」
テレビには、『ダークフェンサー2・迫り来る闇』と、ありそうな名前が書かれていた。
「って2!?いつの間に…」
「人気だったからね。今回は全部自分で作る必要なかったから早く済んだんだよ。」
腰に手を添えて胸を張るアリシア。
ダークフェンサーは元々、アリシアが暇つぶしで作った、海鳴の身内をモチーフにしたキャラクターを即興の設定に組み込んだ格闘ゲームだったのだが、それをこちらで売った所評判が良かったのだ。
ゲームセンターやグッズからの利益が稼ぎになって思っていたのだが…まさか、2の製作までやっていたとは知らなかった。
「ちゃんと許可取ったんだろうな?」
「速人以外の皆にはちゃんと許可取ったよ。ビックリさせたかったから黙ってたんだ。」
「あー…こりゃ確かに驚いた。」
誇らしげにしているアリシアの頭を撫でる。
と、アリシアは何故か表情を歪める。
「嬉しくて驚いてくれたなら…もっと違うご褒美がいいなぁ。もう大人なんだし…」
言いつつ俺の顔に手を伸ばしてくるアリシア。
多分キスしようとしているんだろう。それと言うのも、好かれているのかこういう事をされる事が多いのだ。
定番となっているそれを軽くかわして何気なくテレビに視線を戻す。
「続いては、未だに続く白い堕天使と呼称されている謎の魔導師、リライヴについての特集です。」
たまたま、そんなニュースが入った。
「あ、またやってるんだ。」
「珍しいケースの犯罪者ではあるからな。」
ニュースの映像には、リライヴによって破壊された施設のいくつかが映っている。
管理局施設が無いあたりは、管理局側から緘口令でも敷かれているのか、情報操作でもあったのか…
局総出であたっても大して隠れても居ない犯罪者を10年近くも捕らえられていないと言うのは局的には伏せておきたい情報でもあるのだろう。
「彼女は徹底的に民間施設を破壊しつくしたかと思えば、犯罪組織を潰したりもしているというその不明慮な行動で有名ですが、専門家の方々はどのような見解をお持ちなのでしょうか?」
「非合法な依頼の請負人と言うのが現時点でもっとも有力な説になります。しかし、誰の利益になるわけでもないような行動も多数見られる為、安易に確定させる訳にも行かない状態です。」
管理世界では魔法が見られても捕まらなければいいからなのか、時折災害救助にすら姿を見せる事もあるリライヴ。
アイツの戦いの意味なんて、一般人がどんな考えても分かる訳無いよな…
「ねぇ速人。彼女は止めなくてもいいの?たしかにそんなに犠牲者を進んで出してるって訳じゃないけど…」
「放っておいていいとは言わないけど、まぁそのうち止める事になるさ。管理局から依頼扱いで頼まれるくらいまでは俺から止めには行かない。」
正義…なんてものじゃない。
ただ、『真っ当なルールに従ったが為に見捨てられた自分』と同じ者を見捨てないが為に戦っている。
そういう人たちの障害となっているものにあまり容赦をしないだけで、誰かを傷つける事を目的にはしていないんだ。しかも、非殺傷にも気を使っている。
進んで…何が何でもと言うほどには止めたく無い。
「管理局と言えば、今日だよね。はやての新部隊。」
「そうだな。もっとも集中させてる戦力を考えたら到底俺が呼ばれる必要は無いだろうし、あんまり関係はなさそうだけど。」
言っててあんまり目立つ事ないなぁと自覚して寂しくなる。
…いかんいかん。目立つ事が目的じゃないんだから。
「主のほうはどうなのですか?依頼等は…」
「うぐっ…」
「あーあ、フレイア地雷踏んだ。」
「え!あ!その…すみません…」
フレイアの切り出した通り、フレイアを除く宵の騎士三人と俺は、フリーの魔導師として依頼があれば動いているのだが…
今まさに目立てないとか考えていた所だったので、フレイアの質問は耳に痛かった。
魔導師が活躍する場所であるミッドで、人手が足りないなどの依頼は大抵普通に魔導師が必要となる事が多い。
よって、単体戦力としては役に立つ俺ではあるが、小出しに来る依頼にそんなものが必要な依頼はあまり無い。
企業スパイなんかもその気になればいくらでも出来るのだが、そういう相手方を不幸にしかねないような依頼については基本的に受けない事にしているため、俺の能力が使えるのはせいぜい管理局の依頼かボディーガード位なのだが…
管理局はそうそう民間魔導師に頼らないし、ボディーガードが必要になるような事がほいほい起こる筈も無ければ、必要な人は有名所を探して依頼する。
その為俺がこなすような依頼は来ないのだ。
「仕方ないよ。それに、ヒーローさんが忙しい世界って言うのも結構危なさそうだけど。」
「あ、すずか。」
「夕食にするから呼んできて欲しいってノエルさんに。」
「了解。」
すずかに呼ばれ、俺達は店から家の中に戻る。
この時はまだ、すずかの言うように俺が忙しくなるとは知らなかった。
Side~高町なのは
機動六課設立から暫くの後、初出撃の日を迎えた今日…
出てきたガジェットドローンも特に問題なく掃討出来ていたし、リニアレール内に向かった四人も新人とは言えガジェット相手に一瞬でやられるような実力じゃない。
危なくなればフォローできる距離にいるし、そこまでの不安はなかった筈だった。
レリックが格納されていると予測される区画が唐突に爆発した。
「っ!?」
一瞬、最悪の事態が頭をよぎる。
が、次に感じた魔力によって、どうにか最悪の事態だけは起こっていないだろう事が分かった。
もっとも…だからと言って喜べる要素はまったくなかったけど。
「久しぶりだね…なのは、フェイト。」
「リライヴ…ちゃん…」
爆発した車両から姿を見せたのは、レリックを手にしたリライヴちゃんだった。
フェイトちゃんも驚いていたようだったけど、思い直してすぐに構える。
彼女は広域次元犯罪者…今も尚罪を重ねる私達の止めるべき対象。
「無駄話に付き合う気が無いあたりは昔と違って局員らしいよ。」
「リライヴ…まさかこんな事件にまで協力してるなんて思わなかったよ。」
フェイトちゃんは少し悲しみを帯びた低い声でバルディッシュを振りかぶる。
当のリライヴちゃんは軽く肩を竦めると、杖状にしたデバイスを翳して…
「シュート!」
見えない魔力弾を四方に放つリライヴちゃん。
ただ透明なだけならもう既に打ち落とす位出来る!
どうにか見切ろうと思っていたのだが…放たれた魔力弾は私とフェイトちゃんを避け、残っていたガジェットを爆散させた。
「部下の人たちのしちゃったお詫び。どうせ二人ならガジェットくらい軽く片付いただろうし。」
「そんな事を気にするくらいなら大人しく捕まって欲しいんだけど。」
あい変わらずへんなところを気にするリライヴちゃんを睨みつけるが、まるで気にした様子も無い。
リミッターがかかった状態じゃいくらなんでも無理がある。しかもどうせ情報は収集されていると見たほうがいい。
ここで切り札全て切る訳にも…
「あぁ、リミッター解除してまで私と戦う気なら止めておいたほうがいいよ。再申請面倒なんでしょ?二人じゃ勝てないから。」
「っ…言ってくれるね。」
「それじゃ、私はこれで失礼するね。」
と、本当になんでもないように去ろうとするリライヴちゃん。
「逃がさない!」
高速移動…恐らくはソニックムーブで先回りしたフェイトちゃんがバルディッシュを振り上げ…私は背を向けたリライヴちゃんに背後からシューターを撃つ。
計三十二個のシューターはリライヴちゃんに向かっていき…
リライヴちゃんは『何か』を振るう事でシューターを防いだ。
魔力の残滓に包まれて姿が確認できなくなって、その中から何かが投げられる。
完全に意識を絶たれたフェイトちゃんだった。
「フェイトちゃん!!」
急いで抱きとめると、私の魔力を感じる。
フェイトちゃんを振り回して私のシューターを防いだみたい。
いつの間にか姿を消しているリライヴちゃん。
「っ…」
リミッターもあるとは言え、完全にあしらわれたことに情けなくなった私は、ただ硬く口を閉ざしていた。
レリックは持ち出され、こっちの魔導師は私以外完全に昏倒させられると言う最悪の状態になった今回の事後処理を終えた夜…
「最悪やな…まさか最強の魔導師とまで噂されとるリライヴが今回の件に関わっとるなんて。」
はやてちゃんのもとに来た私とフェイトちゃんは、苦い表情で吐かれたはやてちゃんの台詞に同意する形で頷いた。
「少なくともリミッターついたまま…ううん、切り札まで全て何もかも使っても一対一でどうにかなる相手じゃないよ、リライヴは。」
「わかっとる。しかも魔力に頼っとる訳でもないんは四人の倒され方で判明しとるし。」
はやてちゃんが言う通り、リライヴちゃんは魔力に頼って戦っている訳じゃない。
何しろ中の四人が倒されてレリックが回収されるまで気づけなかった原因は、『魔法を使用しないで四人を倒したから』なのだ。
急所攻撃による昏倒。
まるで何処かのヒーローもどきのような技を使っている以上、ただ魔力値に優れただけでない事は明白。
魔力でも技量でも勝てなければ、どう勝つかなんて殆ど見えてこない。
「下手に目をつけられたりしたら嫌やからあんまり使いとうなかったんやけど…」
「手があるの?」
渋い表情のはやてちゃんだけど、対処できるなら知っておきたい。
この際裏技でも何でも知ったことじゃなかった。
「とある民間の魔導師さんとろくに出世できてない管理局の鼻つまみ者さんの力を借りるほか無いかなー…と。」
「…結局…そうなるんだね。」
フェイトちゃんが、少しだけ悲しげに呟いた。
速人お兄ちゃんの手を借りるのが悔しいのだろう。
正直、私も情けなくて悔しいのはあるんだけど…
ただの事件ならともかく、今回の機動六課の設立が許されたのには何か訳があるはずなのだ。
そこまではまだ聞かせてもらって無いけど、折角戦力を集めたところでそれで太刀打ちできない一人が相手にいたのでは話にならない。
「これから手を回してみようと思うんやけど…なのはちゃん」
「大丈夫、分かってるよ。」
宵の騎士の皆の事といい、結構危ない橋を渡っている速人お兄ちゃんの功績とか私との兄妹関係については伏せられている。
こっちでも特に高町は名乗っていないみたいだし、わざわざばらすような事はしないほうがいい。
「なのは…大丈夫?」
「もー…子供じゃないんだから大丈夫だよ。大体、仮に全部喋ってても出来るだけ頼りたくないし。」
別に嫌ってるからと言うわけじゃないけど、やっぱり管理局の事でお兄ちゃんの手を借りるのは出来るだけ避けたい。
本心で言ってると分かってくれたのか、フェイトちゃんもはやてちゃんも苦笑しつつではあるけど頷いてくれた。
「それじゃ…何とかしてみるわ。今日は二人はゆっくり休んでな。」
「「了解。」」
周囲の説得とか、はやてちゃんの負担が増えるのは間違い無いけど…
今の私に出来る事は、フォワードの皆を強くする事。
体調不良で失敗でもしたら目も当てられない。
軽く覚えた悔しさを堪え、今日は休む事にした。
もう二度と、今日のようなことが無いように…
SIDE OUT