最終部開始前・始まりの災禍
なのはとフェイトがはやてのところに遊びに集まると言う事で、フレイア達が呼ばれていたため、折角だから軽く営業活動でもと来ていた空港で、火災が起きた。
局員に避難命令出される前にと出来る限り近場の人を護っている中で、泣き声が聞こえた。
「お人形が無いの!」
「そんなのは新しいのを買えばいいから!」
「ダメ!アレは…あのお人形はダメなのっ!!」
結界から出ようとしている女の子から、そんな悲鳴が聞こえてきた。
この炎だ、人形一つが残る可能性はあまり無いだろう。だから…
「君が探してるお人形がどんなのか教えてくれる?」
鎮火するまで待ってはいられない。
俺は結界内で泣いている女の子から人形の特徴と通ってきた方向を聞いて駆け出した。
『局員に気づかれます、凪形態での捜索を。』
「分かってる。あの人達に見せたらまずいから物陰まで行ったらな。」
言いつつ物陰に飛び込んだ俺は、即座に凪形態をとる。
ほぼ全ての探査系に引っかかる事無い素材を駆使して出来うる最善の形で装備を整えた服装。
上下共に黒い服に黒い靴に黒い手袋、オマケに顔を覆う覆面。
全身防護に顔隠し、更には毛髪などが現場に残る事を避ける意味も含まれている。
魔力で構成するバリアジャケットをフルに活用すればどうしたところで反応が漏れるため、これは基本的に科学素材で作成された服を展開する形となっている。
これが、俺の為にアリシアが作り上げてくれた隠密活動用形態である。
『しかし…普通人命より優先しますか?』
「馬鹿言え、両方取るんだよ。」
『…そうでしたね。』
俺も馬鹿だとは思うが、自身のデバイスに呆れられると少しむっとくる。
だが口論している場合ではないので、俺は即座に気配遮断を行う。
今回は思考を殺す必要が無いので代謝の低下のみ。
中毒症状を避けるため呼吸量を減らした状態で活動するためである。
炎を纏った瓦礫が降り注ぐ中、俺はひたすら少女が来たらしい方向を駆ける。
と、煤けた人形が転がっているのが見えて…
人形に瓦礫が降り注いだ。
「…っぶねー…間一髪…」
神速を使ってどうにか人形を回収する事が出来た俺は、地面に倒れこんで荒い息を吐いていた。
『マスター、代謝が戻っていますよ。』
神速を扱うには極度の集中力が必要になるため、気配遮断等と併用が出来ないのである。
だが、ナギハの忠告は当然織り込み済みだ。
「だから倒れこんだんだ。中毒起こす空気は比重が軽いからな。」
とはいえ、代謝もそのままにいつまでも火災の中で呼吸していては肺から焼ける。
早急に呼吸を整えた俺は、外からの馬鹿でかい魔力を感じる。
これは…はやてだな。
『この区画への氷結魔法かと予測されます。直撃は危険です。』
「って言っても何処へ…」
魔法発動まで時間も無い中で、俺は適度に隠れられそうな場所を探し…
辺りを圧倒的な冷気が埋め尽くした。
Side~八神はやて
「この区域もこれで大丈夫です!」
「了解。」
大規模な火災に足りない人員。
通常なら犠牲者すら出ていておかしくない事態の中、誰も被害を出さずに済んでいるのは、たまたま遊びに来ていたなのはちゃんとフェイトちゃんの協力と…
『見知らぬ民間魔導師』の協力のお陰に他ならなかった。
勿論、あまりそういう人に好き勝手されるわけにはいかないんやけど…
「この火災にその人数で対応しようと言うのであれば聞けません。私は貴方達の面子の為に人を焼き殺す趣味は無いので。」
とまで言われ、しかもなのはちゃん達と同等の魔力値で挙句救助の指揮には従うとまで言われては、ろくに人手の無い今、協力を断るわけにも行かなかった。
「(とはいえ…あんまり目立つとまずいと思うんやけどなぁ…シュテルちゃんも。)」
現在局員に見知らぬ民間魔導師として扱われているのは、他ならぬ宵の騎士の内の二人…シュテルちゃんとレヴィちゃんだった。
変身魔法でも使っておけばいいものを、全身を覆い隠すようなローブを身に纏っているその姿は何処からどう見ても怪しかった。
とは言え、シュテルちゃんは下手な局員はおろか、なのはちゃんよりも制御系が上手い位の魔導師であり、レヴィちゃんも、建物内部に突入させると危ないからと言う理由でなのはちゃんやフェイトちゃんが建物から救助した人を救助隊まで連れて行くという安全な作業をしている。
ちなみにそのシュテルちゃんは、燃料等爆発の危険があるものへの障壁の展開を行っている。
お陰で他の局員が凍結可能区域を探す作業に回せたり、なのはちゃんやフェイトちゃんが建物から救助隊まで往復する時間を短縮できた。
おかげで既に救助の大部分が済んだ上、かなりの範囲を氷結できた。
「遅くなってすまない!現地の諸君と、臨時協力のエース達に感謝する!後はこちらに任せてくれ!」
そんな頃合になって、ようやく航空魔導師隊が来た。
「了解しました!引き続き協力を続けますので、指示をお願いします!」
…言いたい事は…あるにはある。
けど、一刻も早く救助に向かう気概があったはずの局員も、『お上のごたごた』でこれだけかかったのだろうと考えると、口を噤む他なかった。
SIDE OUT
「…あっぶねー…氷漬けになるかと思った。」
直撃の方向で向かってきた氷結魔法を凌ぐため、近くにあったトイレの個室に飛び込んだ。
だが、着弾した箇所から広がってきたのか壁から扉から次々凍結していくため、個室に入っただけでは足りず、ナギハを床に突き立てた上で柄に立つと言った曲芸じみた真似をすることになった。
さすがにデバイスまでは凍らなかったので助かった。この服耐冷仕様か聞いて無いし。
『…トイレの床に突き立てられるとは思いませんでした。』
「熱消毒されてるだろ、多分。」
と言うよりそんな事気にするデバイスってどうなんだ?
魔法制御をほぼナギハ任せにしてきた影響で人間らしくなったのだろうか?
「さて、局員がばたばたしてる間に逃げるとするか。捕まって詰問はごめんだからな。」
『人形取りに火災現場に飛び込んだとは言えませんしね。』
「…だから、お前本当にデバイスかっての。」
呆れたナギハの愚痴を聞き流しつつ、降りても凍らない事を確認した上で俺は凍って開かない扉を切断した。
…小用のトイレが無い。
トイレを出てみればきっちりプレートに女性用の文字が刻まれていた。
「いや、この状況でそんな事で怒られないとは思うけど…これってまずいのかなぁ?」
『まずい事なら他に山ほどしているでしょう。』
「それはそうだけどな…」
なのはのお説教に若干恐怖しつつ、俺は凍りついた建物を脱出した。
ま、まぁばれない…よな?
脱出した後、救助隊の下へ向かう。
どうやら殆ど片付いた上に航空隊もついたようで、さすがに俺が何の情報も無いまま突入する段階は過ぎた。
全身黒尽くめの男が侵入しては怪しまれるどころではすまないので、私服に戻りデバイスを待機状態にする。
そんなに衰弱した様子もなかったし検査位は受けただろうが病院にまでは搬送されていないと思うんだが…
当たりをつけてそれらしき場所を探すと、丁度帰り支度をしている母娘を見つけた。
「や、奥さん、お嬢さん。」
「貴方は…」
「お兄ちゃん?」
俺は首を傾げる女の子に、人形をそっと差し出す。
所々煤けたり溶けたりしてはいるが、とりあえずは元の形は留めていた。
「これであってる…かな?」
女の子は人形を大慌てで手に取ると、服をずらして中を見る。
途端、目を輝かせて大事そうに人形を抱きしめた。
「これは…」
「えっと、出来れば黙ってて貰えますか?局員さんにばれるとちょっと…ダメですかね?」
「い、いえ!とんでもない!!」
どっちかと言うと世間一般的には褒められた話でも無いので頼み込む形で軽く頭を下げると、お母さんは激しく首を左右に振った。
「お兄ちゃん、ありがとう!」
「痛んでてごめんな、もうちょっと早く見つけられたら良かったんだけど。」
「ううん、見つかってよかった!」
本当に大事そうに人形を抱える女の子。
そんな彼女を見ながらお母さんはいとおしげな笑みを浮かべた。
「この娘の同じ学校の男の子からの誕生日プレゼントなんです。」
「へぇ、恋人ですか?それは確かに代えがききませんね。見つかってよかった。」
「本当にありがとうございます…何かお礼が出来ればいいのですが…」
少し申し訳なさそうなお母さんに、俺はポケットから一つの券を取り出して渡す。
券には、『洋菓子店エメラルドスイーツ・割引券』と描かれていた。
「親類がやってる店なんです、もしよければ一回顔出してあげてください。位置的にあんまり良くないんですが、味は自信があるそうなんで。」
「あ…はい。ぜひとも窺います。」
「それじゃああまり長居して局の方に捕まってもアレなので俺はこの辺で。」
「ありがとうお兄ちゃん!」
俺は笑顔の母娘に笑顔を返してその場を去った。
合流地点に向かいつつ、人形を手にした女の子の笑顔を思い出す。
「あの笑顔見れただけで今回は充分だな。」
『そうですね。』
俺の感想に素直な反応を返すナギハ。
うーむ、何はともあれ俺のデバイスなんだなぁこいつも。
「ふん…まったく、貴様と言う奴は…何処まで無茶をすれば気が済むのだ。」
「あ、ディアーチェ。そっちの首尾はどうだ?」
合流地点に着くと、片手を腰に当てたディアーチェがいた。
会うなり悪態をつくディアーチェの方がどうなったかをたずねると、少し苦い顔をする。
「何かいたはいたらしいが、逃げられた。調査用に使っていた人形が何体か壊された。」
はき捨てるように告げるディアーチェ。
そんなディアーチェに頼んでいたのは、この災害の犯人探しだ。
居なければ居ないで構わないし、事故の方が犯人が居るより平和でよかったのだが…
人形が破壊されたとなると、何か怪しい動きをしていた奴がいるのは間違いないだろう。
「局に見つかって無いだろうな?俺等が主犯だとか思われたら説明とか面倒だぞ?」
「敵が逃げたから残骸も回収してきた。恐らくは大丈夫だろうが、広域捜査をアレだけの局員に見つからずにと言うのは少し無理があるだろう。」
ディアーチェの返答にはさすがに同感だった。
俺どころか通常の局員レベルの隠密行動すら出来ないだろう人形を多数操っていたのだ。
オマケにディアーチェの魔力がいくらあろうと専用デバイスが用意してあろうと、本来専門分野でもないのに上手い事行くはずも無い。
局員が火災に集中してただろうと願うほか無いか…
「お疲れ様でしたマスター。」
「ただいまマスター!」
「お、シュテル、レヴィ。サンキュー。」
駆け寄ってくるレヴィと静かに歩いてくるシュテルそれぞれに声をかけられる。
二人ともローブは既に脱いでデバイスにしまっているようで、今はバリアジャケットの様相を成している。
「でも納得いかないなぁ…ボクが突入したほうが少なくともその辺の人たちよりは早く助けられたと思うんだけど…」
「仕方ないでしょう、正式に免許があるわけでも無いんですから。」
安全な場所で橋渡しをやっていたせいか不満げなレヴィをなだめるシュテル。
実際、後先考えず飛び回った挙句救助される人の容態なんかを考慮できないだろうレヴィが中まで行って拾ってくるというのはちょっと危険が過ぎるだろう。
「ところで、ディアーチェはともかくマスターは本当に行かないのですか?」
「ん、ああ。…むしろ俺は今回こっちにいなかったことにして欲しい。」
「また無茶したもんねーマスター。」
久しぶりに集まると言う事ではやてのところに呼ばれている『お友達』のシュテルとレヴィ。
ニコニコと笑顔お見せるレヴィに言われると何気に気まずいものがあるが、それ以外にももう一つ理由がある。
局員から見て色々危ない俺はなのはとの兄妹関係を伏せている。長期休暇や年末なんかに実家で会う分には構わないだろうが、なんでもない日に直接会いに行ったりして下手なゴシップにでも見つかったらシャレにならない。
「フレイアは先に行ってるんだろ?三人で楽しんでくるといい。」
「うん。」
素直に頷くレヴィに対して、少し考えるような仕草をするシュテル。
「なのは『で』楽しんでも?」
「友達に使う台詞じゃないぞー。あんまりからかいすぎるなよ。」
兄さんと同じで人をからかって遊ぶ傾向があるシュテルが真顔で告げた台詞に、俺は軽く肩を竦めた。
Side~高町なのは
「やっぱりなぁ…」
「んー?」
どこか期待外れと言うようなはやてちゃんの呟きに、私は目を開け…
「仕事着半脱ぎで寝転んで…中年のおばさんの集まりですか此処は?」
「「「っ!?」」」
扉が開くと共に聞こえてきた冷めた声とそのあんまりな内容に跳ね起きる。
フェイトちゃんとはやてちゃんも同様だった。
声の発生源に目を向けると、既に私服に着替えていたシュテルちゃんの姿があった。
黒のゴスロリがやけに似合う。
「首都航空魔導師に活躍が横取りされていた件ですか?」
「そ、そうやけどとりあえずさっきの発言について」
「大して重要な話でも無いし事実でしょう?」
どうやら私達に弁解する間をくれる気は無いみたいだ。
さすがにこんな歳で中年のおばさんなんて言われては立ち直れないが、仕事着半脱ぎで寝転んでいたのは事実なので何も言い返せない。
諦めたのかはやてちゃんは咳払い一つした後、真面目な表情で私達を見た。
「そうや。今回の件もやけど、ミッドチルダ地上の管理局部隊は行動が遅すぎる。挙句上でこんな縄張り争いやっとって…」
「組織はそんなものでしょう。」
「そんなもので済ませたくないんや、だから…私、自分の部隊を持ちたいんよ。」
はやてちゃんは真剣な面持ちのまま続ける。
「少数精鋭のエキスパート部隊。それで、戦果を挙げてったら、上のほうも少しは変わるかも知れへん。」
「腹黒い連中の鼻つまみ者になりそうですけどね。」
「シュテルちゃん、最後まで聞こうよ。」
冷めたシュテルちゃんの言う事も分からないではなかったけれど、今ははやてちゃんの話を聞きたかった。
「でな、私がもしそんな部隊を作る事になったら…フェイトちゃん、なのはちゃん、協力してくれへんかな?」
はやてちゃんが言い切った後、顔を見合わせる私とフェイトちゃん。
と、はやてちゃんは慌てて手を上げる。
「今シュテルちゃんが言ったようなこともあるし、二人の都合とか、進路とかあるんはわかるんやけど…でも…」
「はやてちゃん、何を水臭い。」
「小学三年生からの付き合いじゃない。」
少し申し訳なさそうなはやてちゃんの心配をバッサリ切って捨てるくらいの気で言い切る。
「あの頃はまだしっかりパジャマ位着ていたんですけどね…いつの間にものぐさおばさんになったんでしょうか。」
「うぐ…」
が、シュテルちゃんのつっこみで台無しにされてしまった。
当のシュテルちゃんは自分のデバイス、ルシフェリオンを眺めつつ溜息を吐く。
「マスターはともかく、こんなみっともない姿恭也が見たら怒りますよ?」
「見たらって見せる訳…」
と、言いかけてシュテルちゃんの手にしているルシフェリオンを見る。
…まさか…映ってる?
「ちょっ…だ、ダメ!シュテルちゃんそれ貸して!」
「何ですか?人のデバイス取ろうとしないでください。」
「絶対わかっててやってるでしょ!?」
慌てて起き上がってデバイスを取ろうとするが、未だに運動オンチの私では多少体力がついた程度でシュテルちゃんを捕まえられるわけもなく簡単にあしらわれる。
「縄張り争いに精を出す連中より人命救う為に躍起になる人が出世した方がマスターとしても嬉しいでしょう。局外の私達にも出来る事があれば言ってください。」
「シュテルちゃん!」
軽く私をあしらいつつ、はやてちゃんにそう返すシュテルちゃん。
「おおきに…ありがとうな。」
はやてちゃんがそんな私達を見ながらお礼を告げたところで部屋の扉が開かれる。
「おっはよー!フレイアとすずかがご飯作ったから呼んできてって…」
入ってきたのはレヴィちゃんだった。
と、レヴィちゃんは言い切らずにシュテルちゃんとそれを追いかけていた私を見る。
「下着姿で飛び回るなんてはしたないってマスターが言ってたぞ、なのは。だからボクはちゃんと着替えてる。」
両手を腰に当てて、得意げに胸を張るレヴィちゃん。
と、シュテルちゃんは目を伏せた後ルシフェリオンを操作する。
「レヴィに常識を指摘されるとは…あまりにも可哀想なので今回は見なかったことにしておきます。」
…正直シュテルちゃんにからかわれたことよりもダメージが大きかった。
馬鹿にされたレヴィちゃんがシュテルちゃんに抗議しつつ去る姿を見送った後、私はフェイトちゃんに泣きついた。
休暇だったのに災害が起きるし、本当に厄日だ…
SIDE OUT