なのは+『風纏う英雄』   作:黒影翼

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幕間・旅立ちの日

 

 

幕間・旅立ちの日

 

 

 

どう考えても管理世界の話もせざるを得ない状況だと判断したため、クロノに連絡を取ったところ、仕事に片がついたら来るとの知らせを受けた。

かってにベラベラと管理世界の話を局員ですらない俺からする訳にもいかないので、それまではノンビリする事となった。

美沙斗さんと直接会うのも久々だし、ゆっくり話すのもいいだろうという事で、俺は美沙斗さんと一緒に紅茶を飲んでいた。

 

「それにしても…強くなったみたいだね。」

「え?いやぁ…それほどでもありますけど。」

 

美沙斗さんに褒められつつ、俺は胸を張って笑う。

 

「自信を持つのはいいけど」

「過信は禁物でしょ?勿論分かってますけど、姉さんから一本とった身で強くないとは言えませんしね。」

 

先の台詞だけだと自惚れに近いが、これが俺の本音だった。

兄さんや美沙斗さんは勿論、二人に追従する姉さんや怪我を治してブランクを取り戻した父さんも、異能力無しでは全『生命体』の内で最強に近い部類だ。

その内の姉さんから、一本とはいえ神速まで解禁した状態で勝利したんだ。下手にまだまだなどと下手に出てはそんな皆の格を下げかねない。

 

「…もしかして、全力の美由希から一本とったのかい?」

「教わった『歩法』までは使いました。これより上の禁じ手があったなら全力とは言えませんけどね。」

 

名前は誰に聞かれてるのか分からないから出さなかったが、歩法と言うだけで充分伝わったのだろう。

美沙斗さんは俺を見て呆然としていた。

 

「驚いたな…もう辿りついたのか。身体は大丈夫かい?」

「壊れてる場所は無いですよ。修行内容がきつかったんで見た目が荒れちゃいましたけど。」

 

幸い長袖襟あり長ズボンでいれば問題は無いが、足から首まで刀傷やら倒れたときに刺さった木片や石の傷なんかが多数ある上に魔法で完治までさせると身体の回復能力が落ちるからと言う理由で致命傷以外は自然治癒に任せてきたから傷跡だらけになってしまった。

兄さんや父さんも似たようなものだし俺も別に気にしてはいないが、さすがに公共の風呂なんかは避けたほうがいい状態だ。

 

「まだ若いんだから、多少なり見た目も気にした方がいいと思うよ。」

 

苦笑しつつそう忠告する美沙斗さんだったが、顔の僅かな笑みを見る限りでは安心してくれたのだろう。

 

「君はまだ、いつか告げたようにヒーローになるつもりでいるのかい?」

「ですね。その為に身に着けた力ですから。」

 

迷いなく即答すると、目を伏せた美沙斗さん。

 

 

「なら…私も止めるかい?」

 

 

そのまま静かに出された問いかけに、俺は答えを返す事ができなかった。

 

美沙斗さんは、真っ当なやりかたを以って龍というテロ組織を潰すと決めている。

それに限った話ではないが、最凶とも呼ばれる香港国際警防に居るとなれば当然敵を…

 

答えあぐねている俺の前で、美沙斗さんは軽く微笑んだ。

 

「少し…意地の悪い質問だったかな?」

「いえ…」

 

無論、追い詰めるための質問で無い事ぐらい承知している。

だが、そんな普通の問いかけにすら答える事が出来ない程、俺の目指す先は…

 

「君のことだ、理解していないとも思わないけれど…君の目指す先はこんな事を考え、答えを出せずに終わる事が殆どになってしまうだろう。」

「…そうですね。」

 

荒唐無稽なのは肯定せざるを得ない。

けどそれは今に始まった話じゃない。

 

「もし君が今の道に限界を感じて、それでも日向の人々を護りたいと思ったら、香港国際警防に来るといい。」

 

恐らくは、妥協案を提供してくれたのであろう美沙斗さんの優しさに嬉しくなるが、俺は肩を竦めて首を横に振った。

 

「折角のお誘いですけど、兄さんから修行つけてもらったときにこの道をどこまでも進むって約束してるんで。」

「そうか。」

 

静かに声を返した美沙斗さんは、やっぱり何処か優しげだった。

俺はともかく、兄さんの事は信用してるんだろうな、きっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仕事を終えて出向いたクロノにこっちの現状を伝えると、さすがに美沙斗さんに説明する許可は出た。

そんなわけで、追っている杖を持った男については捕まえる事は不可能だと異界の概要とともに説明することになった。

 

「異世界に…魔導師に…時空管理局か…非常識には慣れているつもりだったが…」

 

いい加減異常にも慣れているだろう美沙斗さんも、さすがに驚いているようだった。

無理も無い話だが。

 

「で、実際問題としてだけど…撒かれた情報を駆逐するにはどれ位かかる?」

「…私達が本気であたればさほど時間はかからないが…本気で動いた事をより暗部の連中に知られた場合、かえって何かあると判断されかねない。」

 

美沙斗さんの想定するケースは最悪のものだった。

未だ殲滅し切れていない龍の面子に漏れでもしたら、あっという間に事態は最悪の方向に向かっていくだろう。

平和ボケも含まれていたとは言え、御神本家の大半を爆破テロ仕掛けて殲滅するような裏のプロだ。

いくら夜の一族が異種族だからといってもそう上手い事凌げる相手ではない。

 

「じゃあ管理局の方で何とかできるか?」

「こちらも同じだ。下手に管理外世界で本気で活動すれば上層部に睨まれたり犯罪者に知れたりでかえって状況が悪くなりかねないだろう。」

 

クロノが静かに返した答えも、ある程度予想がつくものだった。

だがそうなると…

 

「漏れていた情報はあくまでも二人のものだった。関係するものが無い場合はこちらで管理して噂の自然消滅を待つのが妥当ではあるんだけど…」

 

言いつつ美沙斗さんは忍さんとすずかを見る。

兄さんならともかく、二人が香港国際警防の監視下にずっと押し込められっぱなしと言うのもきっついだろう。

 

「つまり、沈静化するまで人に見つからない場所に居ればいい…と。」

 

そこまで言って俺はクロノを見る。

どっちの返答も大体予想は出来ていたから、もうこれしか手は無いんじゃないかと思っていた。

結局予想通りの返答しかなかったため、クロノに視線を移した訳だが…

 

「…ちょっと待て、君は本気で言っているのか?」

「日本で働いている訳でもないミッド籍の人間に国籍持たせてるんだから、逆だって別に不思議な事じゃないだろ?」

「ぐ…っ…」

 

視線だけで察したクロノが渋い顔をするが、何一つ不思議で無い当たり前のように説明してやると、返す言葉もなくなったクロノが歯噛みする。

 

「速人君…ひょっとして私とすずかに異世界に住めって言ってるの?」

「そうですね。」

「私嫌よ、恭也や雫、ノエルと離れるのは。」

 

言いつつ忍さんは兄さんの服のすそを掴む。

 

「ノエルさんは質量兵器厳禁の関係で武装を多少外さないとまずいけど…別に豪邸に住ませろとまで言わなければ多少は頑張ってくれるだろクロノ。でないとさくらさんキレるぞ。」

「それは…」

 

思い出してもらう意味も込めてクロノに問いかけると、渋い顔をする。

 

以前の騒動時にアースラ組員が外に漏らした場合魔法関係の話を漏らす。と言った脅しあいの様相を呈している。

無論、アースラ乗組員が漏らした訳では無いのだが、誠意も何もなく犯罪者が勝手に漏らしたなんて言い訳をすれば、一族側からは縁を切った分家が勝手に喋ったとか言う形で話を漏らされかねない。

 

それでなくともさくらさんには前回はギリギリ何とかようやっとの思いで怒りを静めてもらったのだ。

実は魔導師に漏らされた情報についてカバーしきれてませんでしたなんて今更言ったら…

 

正直、俺は想像もしたく無い。

 

「確かにこっちにもそれなりに人脈とかあるだろうけど、いつ誰に襲撃されるか分からない状態でずっと居る事になってもその方がいい?」

「う…」

 

忍さんは何処か悲しそうに兄さんを見る。

勿論、そうなればなったで兄さんは何が何でも、どんな連中が出てきても護ろうとするだろう。

だが、長い期間まったく隙なしと言うのがどれだけ難しいかという事は、御神の剣士の親族ですらテロに対応できなかった事が示している。

ボディーガードの真っ最中にまさか修行する訳にもいかないし、それはそれで長期間続けば腕が鈍る原因にもなりかねない。

 

「どうしても嫌だ無理だと管理局や忍さん達が言うなら…全部どうにか済ませる方法は俺が考える。」

「何?」

「なのは達が護れると信じた管理局にとって、魔導師の管理外世界襲来を防ぐどころかその被害を受けた人の引越し一つが無理な事だと言うのなら…俺一人で、世界中に氾濫してる情報源と、それを持っているかもしれないまずい連中を捌いてやるって言ってるんだよ。」

 

魔導師の来襲が防ぎきれないと言うのはまだいい。

人海戦術なんて常時監視なんかに使えるものでも無いし、そこまで対応しろとは言わないが…護衛しろと言ってる訳でもない引越しに渋るようであればさすがにちょっと怒る。

 

だから怒っていることを示しつつ嫌味な言い方をしてみたが、クロノは言い返してくることも無く静かに俯いた。

 

「分かった、こちらは出来る限りサポートさせてもらう。彼女達がよければになるが…」

 

クロノがそう言って視線を移した先では、忍さんの手を引いたすずかが頷いていた。

 

「速人君は…私達が残りたいって言ったら無理でも本当に一人で飛び回るし、恭也さんだってきっと、いつでも気を張ってなきゃ行けなくてもずっと護ろうとするよ?そんなの…嫌だよ…」

「すずか…」

 

人と違うという事を背負ったばかりか、それで力になるどころか足かせや重荷として、認めて受け入れてくれる親類に迷惑にしかならないと言うのが嫌なのだろう。

 

「此方でも出来る限り騒ぎにならないよう沈静化を試みたいと思う。終わり次第、速人君にでも伝えればいいのかな?」

「いや、俺も兄さん達に同伴するから。」

「何だと!?」

 

俺が一緒に引っ越す事が意外だったのか、思いっきり驚くクロノ。

だが、これも承諾してもらうしかない。

 

「魔導師襲撃があって避難するのに、護衛一人なしってのは酷だろ?かと言って局員常に巻き込むわけにも行かないだろ。俺と宵の騎士皆が同居すれば護衛になるからな。」

「はぁ…なんだか君に毎回踊らされてる気がするんだが…」

「だったらしっかりしてくれ。そもそもその毎回が『事件が起こる度』何だから。」

 

ぐうの音も出なくなったクロノは、ただ頭を抑えて深く溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

Side~月村恭也

 

 

 

引越しが決まり、一時的にとは言え籍も消す事になるためごく近しい関係者のみに連絡をつけた俺は…全ての終わりに赤星に呼び出されて森に来ていた。

 

「…どうしたんだ?」

「一度でいい、お前の『本気』で勝負してくれ。」

 

問いかけた俺に、真っ直ぐな視線を向ける赤星。

 

「勿論、無闇に振るうものでもなければ、試合として使うものでない業なのは俺も知っている。だが…一度も親友の本気を知らないまま別れる事になるのは…な。無理なのは分かっているけど、一度だけ高町…っと、今は月村恭也だったな。その『本気』を受けたいんだ。」

 

一応、剣道ですらないルールで戦いに近い試合はやっているものの、それでもルールがある道場で繰り広げていたものだ。

確かに、俺は赤星と『本気』では戦っていない。

 

修行をしてきた美由希や速人とも違う、ただ仕合って来た友人。

 

「…分かった。」

「ありがとう。」

 

静かにそれだけ交わすと、後は合図もなく互いに戦闘態勢になる。

赤星が木刀を構え、踏み込みに入った瞬間…

 

 

神速に入る。

 

 

躊躇う事無く緩やかな世界の中であいた赤星の胸に一閃を叩き込んだ。

 

 

 

「…分かってはいたけど、本当に強いんだな。」

「これは…奥義だ。本気になると言ったとはいえ、必要もなく勝てる相手に見せるものじゃない。」

 

相も変わらず使っただけで軽く息を切らす神速の後、切れた息のまま告げた答えに満足したのか、仰向けに倒れている赤星は小さく笑みを見せて目を閉じた。

 

 

 

Side~月村すずか

 

 

 

「そっか…すずかもいっちゃうのね。」

「うん…」

 

アリサちゃんに管理世界に引っ越す事を伝えると、少しだけいつもの明るさが感じられなくなった声が返って来た。

 

なのはちゃんやフェイトちゃん、はやてちゃんはいずれ管理局にお勤めする関係できっとミッドチルダに引っ越すだろうとは思っていた。

私も居なくなると、アリサちゃんだけがこっちに残る事になる。

 

「ま、せいぜい勉強とかはしとくことね。戻ってきた時に働き口がなかったらすずかの出来次第ではすぐにいい役職当ててあげられるようにしておくから。」

「ふふ…そうだね。アリサちゃんにおいていかれないように頑張るよ。」

 

今一人離れる私も寂しいから、アリサちゃんだってきっと寂しいはずなのに、普段の様子を崩さないようにする強さを持ってるのは本当に凄いと思う。

 

「…ちゃんと、帰ってきなさいよ?忘れたりしたら承知しないんだから。」

「ふふ…アリサちゃんはきっと誰も忘れないと思うよ。」

「へぇー…言うようになったわねすずかも。」

 

折角だから、明るいままの方がいい。お別れなんて雰囲気よりも、お出かけ位が丁度いい。

 

「じゃあ…またね。」

「しっかりやりなさいよ。折角速人も行くんだから上手く使ってあげなさい。」

「あはは…」

 

挨拶を済ませてあくまでも明るいまま離れた。

だからきっと…少し視界が滲んでいるのは気のせいだと思う。

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 

「そういう訳で一足先に管理世界に移り住む事になったが…面倒だから帰らないとかいって寄るのは止めとけよ?今はまだ家に帰ってこれるんだから。」

「分かってるよ。って言うか、局内じゃ兄妹関係知られて無いんだから入り浸ってたら騒ぎになるってば。」

 

子供の内から両親に会える機会を無理矢理削る事もあるまいと忠告したが、なのはの返しの方がもっともだった。

 

そっか…管理世界に移り住むとなると色々隠す事も出てくるのか。俺も高町姓名乗らない方が妥当か。

 

「避難するのは分かるけど、いつでも帰ってきなさいね。速人は家の家族なんだから。」

「それより俺のように素晴らしい奥さんを探して自立して来い。」

「揃って間逆だなぁ。」

 

こっちのごたごたが片付けば戻るのに支障は無いし、そもそも俺は特にこっちにきたらまずい理由が無いから戻ってこれるのだが。

 

「ま、それじゃ行ってくる。」

 

別段重苦しく言う事も無いため、軽く手を振って俺は家を出た。

 

 

 

世界が変わってもやる事は変わらない。

思い描いた夢物語のヒーローを目指す。

 

『行きましょう、マスター。』

「ああ。」

 

決意を新たにする意を汲み取ってくれたのか、ナギハからの音声は何処か力強かった。

 

 

 

 




今はここまでです。

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