外話・白い堕天使
Side~???
私は、その日を忘れない。
「貴様…平民の分際でよくも…」
「ご、ごめんなさい…」
ドジで失敗だらけなのは今更だったから、自分だけが被害を被る失敗なら頑張ればいいって片付けられた。
だけど、よりにもよって兵士の方にぶつかってしまった挙句、鎧に傷までつけてしまうなんて…
「まぁまぁ…責任位はとってくれるでしょ。」
「何…あぁ、成程な…」
ぶつかった人と一緒にいる兵士の人が笑いながら言う台詞に、私がぶつかってしまった兵士が同意する。
「君だって悪気はないんでしょ?だったら失敗分の誠意位見せてくれるよね…」
「そうだな…よりにもよって装備に傷をつけたんだ、それ位は当然だな。」
「っ…」
笑いながら二人が近づいてきて…
「そこまでだ。とかよく通る声で言うと、ヒーローと間違えられそうだけど…とりあえず止めてもらおうかな。」
とても明るい声で、そんな言葉が聞こえてきた。
私と兵士の二人はすぐに声の方に視線を移すと…
黒いローブで全身を包み込んだ小柄な子が、静かに私達を見つめていた。
SIDE OUT
私にとっては、人の住む管理外世界に隠れるのはそう珍しい事ではなかった。
転移魔法を見られたりすれば現地の局員が聞き込みした時にばれやすくなってしまうし、管理外世界で魔法を使わずに過ごすとなると並の魔導師ではかえって危険になる。
そういう訳で、普通違法魔導師としては人気の無い世界に隠れた方が安全ではあるのだが…
ようは、生身で管理外世界のトラブルに対応できるだけの実力があれば、転移魔法に気をつけるだけで管理局の調査はほぼ困難になる。
と言う事で、私は管理外世界もいくらか転々としていた。
と言っても、そこまで魔法なしでの技量に自信があった訳じゃない。
何しろ初めて速人と会ったときなんかは何で武器をしまった状態が構えなのかまったく理解できなかった位なのだから。
だけど、だからこそ私はこういう世界を回る事を選んだ。
初めのうちは魔力による強化をしていても、小規模な大会に優勝する事すらできなかったし、山篭りしていた人に勝負を挑んだら何をされたかも分からないうちに倒された。
けどそうこうしているうちに、少しずつ魔導師の戦いと違うものが見えてきた。
今ならきっと、以前あった時のフレアとか言う局員位であれば、技だけで戦っても勝てると思う。…向こうも成長しているだろうから意味はないけど。
だから、今回管理局の追っ手を撒いてこの管理外世界に来たのも至って普通の事だった。
で、逃げ隠れるのが目的だから当然目立たない方がいいんだけど…
「何者だお前…」
「君も混ぜて欲しいのかな?」
どうも私は、嫌な思い出のお陰でこの手の相手に大人しくしていられる性分ではないみたいだ。
「悪いのが頭なのか性格なのか両方なのかは知らないけど、私は『止めてもらう』と言った筈だよ。」
「頭の悪さを貴様に言われる義理はない。戦争中の国にそんな怪しげな格好で兵士の前に堂々と出てくるとは。」
少し呆れて告げた私の台詞に対して返って来たのは、ぐうの音も出ないほど的確な返答だった。
そうなんだよなぁ…まったく、とことん馬鹿だと自分でも思う。
「やれやれ…また仕事か。」
「ぼやくな。」
腰の剣を抜く兵士達。
コンビネーションはそれなりにやっているのか、掛け声ひとつなく同時にかけてきて…
剣が中ほどから真っ二つに斬れた。
「「な…」」
「別に力自慢なんてする気もないし、虐めなんて論外だけど…貴方達みたいな男にだけは容赦する気はない。大人しく消えないのなら…」
鉄が一般のこの世界の武装で、オマケに日本刀のような洗練された武器でもない量産剣なら、ナイフ形態とは言えデバイスで切断できないほどの強度はない。
おおっぴらに全身を見せる気もないので通り過ぎざま二閃して両断しただけだが、十分脅しにはなるだろう。
そう考えつつ私はイノセントを振り上げ…
ようとした腕に、倒れていた女の子がしがみ付いていた。
目を硬く閉じてふるふると首を横に振る少女。
…怪我させるな…って所だろうか?
「っ…おおぉぉぉぉっ!!!」
斬れた状態の剣を手に掛け声と共に迫ってくる兵士。
っ…彼女を振り回す訳にも行かないし…
回避しながらしがみ付いている娘を抱える。
左肩を軽く切られたけど、どうにか傷自体は浅く済んだ。
「ああもう!この御人好し!!」
「くっ…逃がすか!!」
強化した身体能力で走れば鎧つけてる兵士相手なら女の子一人抱えてても簡単に撒ける。
とは言え…管理世界では一組織相手に立ち回る私が、生身だと随分情けない有様だなぁ…
何とか逃げおおせた私は、彼女を家まで連れて行って、そのまま家の中に連れ込まれた。
「あぅ…ごめんなさい私のせいで…」
「気にしなくてもいいよ、助けたって言っても私怨みたいなものだし。」
と言うか、頼まれてもないのに首突っ込んだ挙句、庇った娘に止められたのだから余計なお世話と言われても否定できない。
まぁ、否定する気もなければだからといって止めて大人しくしてる気もないからこんな事になってるんだけど。
「私怨…ですか?知り合いじゃなかったみたいですけど…」
聞き返されてしまってから、失敗したと自覚する。
どうごまかそうかと考えて…
私より余程異常な経歴をさらりと言った少年を思い出し、止めた。
ばれて戦力的に困る事は何もないし、別に好評が欲しい訳でもない。
「昔あの手の男に捕まってね、ああいうのにだけは容赦したくないんだ。」
「あ…その…ごめんなさい…」
答えると、彼女は申し訳なさそうに顔を伏せる。
聞いてて心地いい話でもないし当然か。
「けど貴女も御人好しだよね。襲ってきた男を庇う為に正体不明の黒服にしがみ付くなんて。」
「しょ、正体不明なんて!私を助けてくれたじゃないですか!」
意外すぎる熱の入れようで否定する少女。
それだけで信用できる辺り充分御人好しか、能天気だと思うけど…
ま、いいか。
あまり色々言って御人好しの反対になられても嫌だし。
「…あの人たちだって、私達の国を護るために命懸けで戦っているんです。そんな人の邪魔になる事をしてしまって、なのに私が助けられて兵士の方達が傷つくなんて…」
「我慢できなかったから庇った…と。」
言葉を続けてあげると、彼女は静かに頷いた。
この世界は、水を汲むにも途方もない苦労が居る砂漠の国。
今戦争中の隣国は比較的豊かなオアシスを保有しているが、それでも二国をまかないきれるものでもない。
つまり、今この国の兵士は自国を救う為に命懸けの戦場に出ている訳で…
だからといってよくもまぁ庇ったりするものだな。
「皆傷つくだけの戦争なんて…無くなればいいのに…」
呟いた彼女は、何かに気づいたように慌てて顔の前で手を振る。
「な、何言ってるんでしょうね私!そうでもしないと国の皆が困るから戦いなんてやってるのに!!」
わたわたと慌てる彼女。
別に慌てること無いのに、何で慌ててるんだろう?
「皆が困るのと戦争が嫌なのは関係ないと思うんだけど?」
聞き返すと、少しだけ驚いた彼女は俯いてしまう。
「………私達の国の人を護るための戦いを否定するなんて、倫理の為に死んでやれって言うのと同じだって、そう言われた事があるんです。何の解決策も持ってない私に、それを否定する事は出来ませんでした。…甘いんですよね、結局。」
少しだけ冷めたように言葉を紡ぐ彼女は、言いつつ私の前に半分のパンとグラスに注いだ水を置く。
こんな物、人にやるほどの余裕が今のこの国にある筈がない…
彼女を見ると、苦笑しながら首を横に振った。
「気にしないでください、助けていただいたお礼ですから。」
……本当に、呆れた娘だ。
今この国の惨状でこんなものを出すなんて、身を切って他者に施す位の行いだ。
ただ甘いだけでできる事じゃない。
私はお礼を告げて固いパンを齧って水を飲む。
すぐに片付いた食事の後、私は席を立った。
「あ、もう発たれるんですか?」
「いや、その前に…ちょっとお礼をね。イノセント、シュークリーム出してもらえる?」
『プットアウト。』
私はイノセントに出してもらったシュークリームを彼女に手渡す。
「え?え?」
「まぁまぁ、いいから食べてみて。」
半信半疑と言った感じでシュークリームを齧った彼女は、瞳を見開いた。
「こ、これ御菓子…」
さすがに食べた事はなかったのか、思いっきり驚いている。
「こ、こんなもの受け取れ」
「食べかけ返されてもね。それに、結構好きなんだけどこんなものって言ってくれる訳?」
慌てて返そうとする彼女を封殺する。
言葉に詰まった彼女は、結局再びシュークリームをついばむ。
「どう?おいしい?」
「は、はい…」
萎縮するほどの代物だったのか、おっかなびっくりシュークリームをついばむ彼女を見ていると、なんだか可笑しくなってくる。
「知り合いにね、君みたいな馬鹿がいるんだ。」
「ば、馬鹿…ですか?」
「そう。実現不可能な誇大妄想掲げて、その為に粉骨砕身しているような大馬鹿野郎。」
いきなり馬鹿呼ばわりされて戸惑う彼女の前で私は続ける。
「けどそいつはある程度掲げた誇大妄想に近づいている。今の君みたいにね。」
「え?」
「君は無力な甘い人間なんて意味はないって思ってるのかもしれないけど、ちゃんと救えているんだよ。もしもあの時君が私を止めていなかったら…あの人たち、今頃解体されていたはずだから。」
本気で告げたのが分かったのか、彼女は息を呑む。
「でも…それは貴女が優しいから止まってくれただけで…」
「自分の力で止めた訳じゃない…と。そこまで言うなら私も空気や水がないと生きていけないから他所の力に頼りっぱなしになるね。」
「そ、そんなこと…」
ない。とは続けられずに口ごもる彼女。
でも、やっぱり自信ないんだろう。こんな情勢の世界だ、色々言ってても綺麗事と一蹴されて終わるのがオチだろう。
…だったら。
「叶えてあげる。」
「え?」
「『誰も傷つかずに戦争がなくなればいい』…それが貴女の願い事でしょ?」
誰も叶えてくれない―そこは彼女にとってはさして重要でもないはずだから言わなかった。
だが、彼女は目を伏せる。
「そんなの…綺麗事ですよ。」
「ぷっ…あ、あぁごめん…悪気はないから許して。」
落ち込むほどに綺麗事と言われたか納得せざるを得ないほど衝撃的な目にあったのかは分からないけど、あんまりにも予想通りの反応に思わず笑ってしまった。
私は笑みを隠さずにイノセントを取り出す。
「イノセント、セットアップ。」
瞬間、全身を包む衣装がこの世界の旅人を装う様相から、全身純白で桜色の首輪をしたバリアジャケットになる。
彼女は、現状が上手く理解できないのかパチパチと瞬きをしている。
「けど…私にその願い事知られちゃったのはまずかったかも知れないね。」
「な、何で…ですか?」
理解が追いつかないままに問いかけてくる彼女に、私も笑みのまま返す。
「私、違う世界から来た犯罪者…所詮悪者だから。」
他の人にはナイショにという意味を込めて口元に人差し指を立て、私は彼女の家を出た。
『…やる気ですか?』
「そうだよ。貴方は自分のマスターの誓いも忘れたの?」
イノセントからの何処か不安げな音声に私は当たり前のように答える。
どうあっても叶えて貰えない切なる願い、誰一人聞き入れてくれない助けを望む声。
それらの為に、私は自分の力を使うと決めている。
この世界の問題は、管理局ならアッサリ解決できるだろう。
魔法技術で川を引いてもいいし、転送魔法を利用して水や資材を送れるようにしてもいい。
ただ…『管理外世界』と言うだけで、彼女の願いは叶わない。
とは言え私も、殺し合いを先導、享受している人の為に管理局に見つかる危険を冒すつもりはなかった。私自身雲隠れする為に管理外世界に居るのだし、徴兵でもされてなければ理由はどうあれ戦争やってるメンバーも、物資を平気で収める人も全員殺し合いを推奨してる人達なのだから。
でも彼女は、綺麗な願い事を抱いていて何の力もないせいでその願いを封じられている人だ。
私が叶える願いとして、これほど当てはまるものもそうない。
『分かっているとは思いますが…マスターの計画、条件は最悪ですよ?』
「『私にとって』でしょ?戦争をこれ以上被害なく終わらせるには次の戦端が開く前に片付けなきゃいけない。」
速効でなければいくらか手はあるが、ちまちま魔法を使用していれば管理局に見咎められてそれまでだし、何よりそんな事をしている間に何回戦端が開かれるか分かったものじゃない。
だったら…一手で決めるしかない。
ワイドエリアサーチを行い、両軍の兵士が次にぶつかりそうな位置を探す。
「…っちゃぁ…また都合いいのか悪いのか…」
数分も立たないうちに両軍がぶつかりかねない一角を見つけた私は、その地に向かって飛翔した。
「止まれ!」
私が上空から拡声魔法を使用して叫ぶと、地上の両軍は上から声がしたことを不思議に思ったのか私を見上げ、姿を見たものから硬直する。
衝突しそうな両軍の間で、私は『巨大な白い翼』を背に空に浮かんでいた。
言うまでもないが、魔法で構成した見た目だけの翼である。
「人の子等よ、我は貴様等の戦を見ていた。他者を犯し奪い合うのは弱肉強食の理、避けられぬのだろう。だが…この戦が、この奪い合いが、真に必要な物だと貴様等はそう言い出す気か?」
ったく…犯罪者が神様のフリなんて世も末だな。
内心で悪態を吐きながら表面上は出来るだけ無表情で偉そうな物言いを続ける。
「世界の支配者を気取り、己が生きる道を他者を蹂躙する事にしか見出せないと言うのであれば……」
そこで言葉と拡声魔法を切る。
ここだ。ここで失敗すれば、ただの無意味な脅迫になる。
いくら神っぽいものの強大な力が恐くたって生きるためならまた戦うだろう。
そうなれば、彼女との約束は守れない。
「加減はしない…いけるね?イノセント。」
『…了解しました。』
少しだけ不満がありそうな間はあったものの、それでも了承が返って来た。
バーストモードを展開、全放出魔力を魔力剣に集束させる。
後先考えてたら絶対に届かない、乗せられるだけの魔力を乗せる!
「バースト…セイバー!!!」
本来無色のはずの私の魔力が、白い刃と化して放たれ…
両軍の間の砂漠を両断した。
裂けた大地に砂が流れていき、裂け目の傍にいた人達は慌てて離れていく。
地平線の彼方まで裂けていく大地を確認した上で、私は息が乱れるのを無理矢理堪え、一回だけ深く息を吐く。
ヘロヘロな様を見せたら神聖っぽさが薄れるから。
再度拡声魔法を発動した私は、全体に向かって叫ぶ。
「己が生きる道を他者を蹂躙する事にしか見出せないと言うのであれば……この裁きの刃、次は貴様等に直に降り注ぐと思え!」
宣言と共に、両軍から悲鳴が上がりそれぞれの国へ散っていく。
いくら管理局の対応が遅い世界とは言え、バーストモードまで使えばさすがに魔力を感知されているだろう。
私もすぐにでも転移魔法でこの世界を去らなければいけなかったのだが…
『マスター、転移を』
「まだ…成功してるか確認して、出来てなかったら完成させていかないと…」
けれど、私の心配は杞憂に終わる。
亀裂から、水が流れてきていた。
私がやりたかった事は二つ、超常現象的な一撃を見せて神を連想させ、怯えさせる事で戦端を閉ざす事と…すぐに来れる位置に川を引く事。
海までの距離を考えるととても常人のやる事ではなかったけど、どうにか届いた。
おまけに、少なかった隙間は濁流に押される形で広がっている。
海水だからそのままは使えないとは言え、近場に水分を採取できる場があればあとは知恵で解決できるだろう。
確認が済んだ段階で戦艦の転移反応を感じる。
ち…やっぱり簡単には逃げられないか。
「…ごめん、馬鹿なマスターで。」
『今更です、お気になさらず。』
「傷つくなぁ。」
本当になんでもないことのように間髪入れずに返してきたイノセントに苦笑しつつ、私は戦闘に備えて別世界に転移した。
転移先もトレースされていたらしく、結界に捕まった。
「管理外世界での無断魔法使用他の容疑で逮捕する!抵抗せずに降伏しろ!!」
一回り見渡せば、大体百人ぐらいの魔導師に囲まれていた。
ふん…ようやく本気か?いちいち対応が遅い…
「寝ぼけたことを…」
「何?」
「管理局が本気で当たれば、私一人で出来る事なんて簡単だったはずだ。それを法が理由で見殺しに出来る癖に、法を破った張本人である私は逮捕程度ですませる気か。」
私はイノセントから魔力剣を展開する。
「私は悪だと言われて否定はしない。正義と秩序の管理局らしく…潰しに来い!!」
堂々と言い切ると、私に警告を行った隊長格らしき男がその手を挙げ…
「放て!!」
彼の号令と共に、四方八方から射撃魔法が放たれた。
っち!囲んで一斉射撃とは大したシンプルイズベストだ!
だけど…この道を選んだときから一人の戦いになることくらい分かってたんだ!
「イノセント!レイブラスター4つ!!」
『プットアウト。』
どうにか射砲撃を回避しつつ、かわしきれない誘導弾はフィールド防御で止める。
絶対売れない難易度だなこのシューティング。
長時間やってられないので四方にレイブラスターを投げる。
シューターや砲撃に当たったレイブラスターは…
洒落にならない光を放ち爆発した。
自作強化閃光弾、レイブラスター。
生身で受ければ確実に目を破壊する光。
光量が強すぎるため、バリアジャケットがないと死にかねないほどの熱量を放つ。
だが、フィールド防御に鏡、黒色等の持つ光を通さない性質を加えるだけで簡単に防げる。
何しろバリアジャケットさえ来てればまず死なない程度の熱量なのだから。
つまり…広範囲攻撃にもかかわらず少量の魔力で自分には無害化できる、独り身の私には便利な武装だ。
私は光の熱を感じながら包囲の一角に迫り、そこにいた数人を斬撃による魔力ダメージで昏倒させる。
そして切り崩した一角を飛ぶ。
取り敢えず包囲は抜けたか…
「っく…逃がすな!」
男の号令で、即座に私の後を追う形で飛翔する局員達。
単に今結界を破って転移を使って逃げたところで、様子をうかがってるだろうバックアップに捕まるだけだ。
だから…もとより逃げるつもりで包囲を抜けた訳じゃない!!
私は振り返り、左手の『指先』を媒体に五つの魔法陣を展開する。
「ストレートバスター・フィフス…」
「いかん!回避し」
「墜ちろぉっ!!」
『ファイア。』
男が何か言っていたが、無視して砲撃を放つ。
5つの砲撃は、包囲を抜けた私を追うことで直線になりつつあった魔導師達を飲み込んだ。
五発撃つ分制御が難解な為、スパイラルバスターは使えない。
だが、そもそも五発の砲撃と言う時点で高威力だ。
現に、未だに浮いてる連中は最初の1/3程度だった。
出来るだけ仲間をかばおうとしたのか、騒がしかった隊長らしき男は防御魔法を展開する体勢のまま固まっていて、落ち始めた段階で局員に支えられていた。
成る程、換えの利かない指揮官としてはどうかとも思うけど、仲間思いのいい隊長さんだ。
『マスター、もう戦闘続行は不可能です。』
「っと、それもそうか。」
イノセントの声にふらついて、ようやく自分の状態を自覚する。
かなりの魔力を使用するバーストセイバーから転移魔法での逃走、魔力ダメージを与える局員達の射砲撃を(回避もしたとは言え)フィールド防御で耐え、なのはのディバインバスター級の砲撃を5発同時に放ったんだ。
さすがにこれ以上…魔法戦闘は無理か。
「イノセント、モードリリース。」
『マスター、転移座標をトレースされるのを警戒するのは分かりますが引くべきです。』
私はイノセントを無視して短剣を抜く。
麻痺と眠気を伴う神経毒を血中に直接流し込むための短剣だが…非殺傷なんて便利なものはなく、急所でも斬ろうものなら…
『マスター!』
イノセントから強めに呼びかけられる。
「心配しないの。私が誰だか…忘れた訳じゃないよね?」
こんな所で終わるつもりはないし、法か説得か、理由は分からないけれど…
私を諦めた管理局に負けて終わるつもりはもっとない。
私は短刀を手に視覚を取り戻しつつある局員達に向かって飛翔した。
ある人は切って麻痺させ、ある人は液体窒素弾を投擲し凍結させて、デバイス本体に殴られて片腕が折れて、蹴りを直撃させて胃を潰し、麻酔銃をバリアジャケットに遮られ、シューターを喰らってよろけて、配慮する余裕もなくなってきて、バリアジャケットの隙間に小型爆弾投げ込んで、直撃して多量の血を流す味方に怯えた残りを切った。
全滅を確認した所で私は眼下に広がる森に落ちていく。
結界だけは魔法を使わなきゃ破壊できない。
私は結界の境目まで行き、イノセントを取り出した。
魔力刃を展開して結界を破壊した後、転移魔法を使ってその場を離れた。
「ふぅ…とりあえず大丈夫みたいだね。」
『そのようですね。』
洞窟内で息を吐くと、私は身体の力を抜いた。
ここは局員と交戦していた世界で、私自身は転移していなかった。
転移魔法一回がギリギリの魔力では、次の転移座標を追われて逃げ切れないのがオチ。
だから、私は自分と同程度の質量の水を異世界の海へ転送したのだ。
局員がしっかり転移座標を追って、かつ作戦に気づかれていなければ早々見つかる事もないだろう。
何しろ洞窟自体は手を加えていない自然のものだし、入り口がやたらと狭い。
仮にこの世界へも調査のための要員を裂いているとしても、余程重点的に捜索しなければ見つからないだろう。
何より…調査しようにも百人ほど片付けた事だし。
「本当に、備えあれば憂いなし…だね。」
片腕が折れているため小型電灯を咥えて真っ暗な洞窟の一角に隠しておいた包みを取り出す。
緊急時に対応できるように幾つかの世界の見つかりにくい場所にこういった小包をおいてあり、転移魔法の行使可能距離内で丁度いいこの世界で戦ったわけだ。
『その備えも今回でほぼ使い切りましたが。』
「…デバイスって言うより小姑みたいだよイノセント。」
『私以外、貴女に説教なんてする人物は一人しかいませんから。』
イノセントの言葉に自嘲気味に息を吐く。
父親の顔を知らなくて、母親に売られて、都合よく誰かが助けに来てくれる事もなく、管理局の話は一切聴く気無い未だ一人で戦ってる私に説教なんてするのは確かに一人しか…
「ってイノセント、まるで私にお説教する人がいるみたいじゃ」
『何処かのヒーローに死んだ方がマシという考え方を矯正されませんでしたか?』
言い切れず、言葉を止められた。
はは…ホント予想外だよ…一緒に居る訳でも無いのに私の人生にまで食い込んでる。
君は今どうしているんだろうね?救える筈の人を探してがむしゃらに手を伸ばしているのか、それとも力を身に着ける為に修行でもしているんだろうか?
私は今こうして戦っている。
それが誰かの幸せに繋がるなら、いつかまた肩を並べられるのだろうか?
それとも私が平和や幸せを脅かす者とされて、戦う事になるんだろうか?
どちらでも、構わない。
ただどうか…夢破れていない君と再会出来ますように…
Side~???
戦争は、突然現れた天使様の裁きによって本当にアッサリと終結した。
裂けた大地に水が流れ、川が出来たのだ。
見たことも無い生物達が生息する川のお陰で食料も手に入るようになった。
両国共に水の不足から開放された私達は、そのままでは使う事のできない水の加工技術を模索するため、両国から研究者を集めて共同研究機関が作られた。
そんな中、私は…小さな教会を開いていた。
「しすたー!きょうもおはなしきかせて!」
「おはなしー!!」
「分かりました。」
せがまれた私は今日も『白い堕天使』の話を語る。
「しすたー、だてんしってなぁに?」
「神様の言う事を聞かなかった悪い天使様の事ですよ。」
「えー!てんしさまわるくないよー!」
堕天使の意味は子供達には不評だったみたいで、皆から不満気な声が上がる。
「神様は、私達を助けるつもりはなかったんですよ。自分達のことは自分達でやらないと、皆も怒られるでしょう?」
子供達が難しい事を聞いたように首を捻る中、一人の女の子が手を上げる。
「じゃあなんでてんしさまはわたしたちをたすけてくれたの?」
純粋で素朴な疑問。
私が告げていた自身への否定を笑い飛ばした彼女が何で、私の願いを叶えると言ってくれたのか…
「きっと、我慢…出来なかったんでしょう。」
細かい事は聞いていない以上憶測になるけれど…
私が諦めていた綺麗事を否定する事が、彼女がとても楽しそうに告げたとある馬鹿さんをも否定しているようで、我慢できなかったんだと思う。
「あーだからわるいんだ!こいつもがまんしないできのうおそなえものつまみぐいしてたし!」
「ば、ばらすなよぉー!!」
「ふふ…」
微笑ましい言い合いを眺めつつ思う。
こんな事が出来るようになったのも全部、彼女の力のお陰だ。
彼女が我慢していたならきっと、この世界は未だに続いている殺し合いと物資の搾取によって疲弊していただろう。
それが本当に悪者のする事なのか、違う世界に居る私には分からない。
だけど…私は、その日を忘れない。
とても綺麗な笑顔を見せてくれた、強くて優しい白い堕天使に出会った事を…
SIDE OUT