なのは+『風纏う英雄』   作:黒影翼

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第二十五話・己が剣に乗せる答え

 

 

 

第二十五話・己が剣に乗せる答え

 

 

 

原点は、なのはを救う為に野良犬を惨殺した時。

アレから俺は、ヒーローを目指すようになった。

 

兄さんの言いようにずっと引っかかるものを感じる。

けど、何度考えても、それが俺の望みであるとしか思えない。

 

 

もう一つ、決定的に足りないものと言っていたが…

 

 

身体能力、戦闘能力、技量、身長…

 

 

 

 

 

考えるのが嫌になる程足りないものが思いついたため止めた。

 

 

 

しかし、決定的というくらいだからこういうものじゃない気もするんだが…

 

 

 

結局、どれだけ考えても兄さんの言う答えにたどり着く事はなく…

 

 

 

朝を…迎えた。

 

 

 

 

 

森の一角、比較的平らな地面がある場所で、俺は兄さんと対峙していた。

 

「本当の望みは見つかったか?」

「やっぱりヒーローになる事が俺の本当の望みだと思う。兄さんは違うと言いたいんだろうが…」

 

兄さんは答えない。

俺は答えを続ける。

 

「俺は…もう何も思わずに殺してきた日々を繰り返すのが嫌だったから」

「違う。」

 

俺の答えを一蹴する兄さん。

 

否定された筈なのに、怒りがわいてこない。

言い返したいのに、言葉が出てこない。

 

「思い出せ、お前が今の夢物語に到達した本当の理由を。」

「本当の…理由…」

 

言われて思い出す。

 

 

 

 

俺は、温かさを知ってから、既に人を殺してる。

 

 

 

 

暗殺者としての全力で、月村の敵の命を刈り取った。

それは俺のアタリマエ―『だった』。

 

 

そうじゃなくなったのは…

 

 

 

 

 

 

どうして―

 

 

 

 

 

そう言って…自分に襲い掛かってきた野良犬を抱くなのはの涙を見てから。

 

 

 

「思い出したか?」

 

 

血に濡れた手を笑顔で差し出して…護れてよかったと思っていた少女が泣いている事に気づいた俺は…

 

 

 

 

これじゃ駄目だって、そう思ったんだ。

 

 

 

ヒーローになると言うのはようは『手段』。本当の目的とは別で…

 

 

「お前が今抱いている正体不明の焦りはそれが原因だ。だと言うのに張りぼてのように掻き集めた夢物語にまだしがみつく気か?」

 

なのはが倒れてしまった今、まだ全てを護る事に固執して、今まで通りでいるつもりなのか、兄さんはそう聞いているんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ。」

 

 

 

 

 

 

俺は迷い無く言い切った。

 

 

俺の答えに目を伏せる兄さん。

 

 

「なのはの限界は、自身が墜ちる程度で済んだ。だが、お前の理想はあまりにも高く無謀で…崩れ落ちた時の反動が大き過ぎる。」

 

言いたい事はわかる。

もし俺が失敗したその時は、無茶を通した分だけ被害が大きくなる。

 

 

端的に言うと、全てを救おうとするものの敗北は、全ての滅びを意味するのだから。

 

 

「だから…ここまでだ。」

 

 

二刀を鞘に収める兄さん。

肌に感じる威圧感が兄さんが本気である事を伝えてくる。

 

 

 

 

 

…最悪殺す事になっても、俺の未来を立つ気なんだろう。

 

 

 

何しろ全部ではないとは言え御神の剣を教わっている身だ、なのはのように放置しておいて俺が怪我するだけなら良いが、護る為の力を好き勝手振るわれて災厄にでもなられたらたまったものじゃない筈だ。

 

 

 

本気で来ると言うなら間違いなく、例の速度での薙旋の筈。

 

 

 

見切れた事のない速度。

 

捌ききれた事のない薙旋。

 

 

 

 

必死確定。

そう言ってまったく問題ないこの現状を前にして俺は…

 

 

 

 

笑った。

 

 

 

「先に聞いとくが、この状況で俺が勝つのは『不可能』だな?兄さん。」

「魔法でも使わない限りはな。」

 

当の本人から同意を得た。

つまり…

 

「と言う事は…この状況で魔法無しで勝ったら、不可能を可能にするヒーローとしての『可能性』を認めてくれるな。」

「呆れた奴だ…この状況でそんな妄言を吐けるとはな。」

 

返ってきたのはそれだけだった。

 

 

もう言葉を交わす空気はなく、目の前にはただ生命体ならば逃げ出す他選択肢の無い尋常じゃない威を湛えた剣士の姿があった。

 

 

 

 

 

死ぬ。

 

 

 

 

 

身体がそれを分かっていた。理解していた。

俺だってそれなりに修行を積んできた身だ、戦えばどうなるか位感覚で分かる。

 

 

けど、それが嫌だとは思わない。

 

 

建前上、死ぬのは嫌だけど、それでも心が感じられない。

 

 

だけど…そんな俺にも、たった一つ見つかった『本物の気持ち』がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰も…泣かせたくない。

 

だから…

 

 

 

「これで…終わりだ。」

 

 

 

 

こんな所で死ぬ訳には行かない。

 

 

 

「はああぁぁぁっ!!!!」

 

 

念じて俺はナギハを抜いた。

 

 

 

一閃。

逆手に握った右手のナギハから衝撃が伝わる。

だが…兄さんは既に右に納めた刀を放とうとしていた。

 

繋ぎが速すぎるがそんな事はやる前から分かっていた事だから無視して左を抜く。

 

左逆手のナギハと兄さんの抜き放った刀が甲高い音を立て、間が空くかどうかも怪しい位の速さで兄さんから三撃目が放たれる。

 

 

左による刺突。

 

俺の方は元々二閃で終わりの技、続けて刀を振るう余裕なんて無い。

 

 

だから…

 

 

 

ナギハを手放した右腕で、兄さんの刀を逸らした。

 

 

切っ先ならば骨ごと切られるだけで意味はない。だが、鍔元にはそこまでの切断力は無い。

 

だから、骨で刀を受け流す。

 

 

 

 

 

 

大怪我だろうが関係ない、左に握った一撃が先に届けばいい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

衝撃を感じた瞬間、俺はよろめいて崩れ落ちる。

 

「っく…」

 

背後に一回転して着地するが…

 

 

 

散々だった。

 

 

右手は切断されないまでも骨は折ったようだし、左の一撃は先に届く所かナギハをはじきとばされて胸元が一文字に裂けていた。奥義の筈の一撃に徹を織り交ぜたのか?滅茶苦茶にも程がある。

 

 

勝てない…

 

 

一瞬だけそう浮かびそうになったのを振り払う。

 

 

理論で言うなら不可能な事が望みなんだ、いちいち止まってられるか!

 

 

その一念だけで構え…

 

 

 

兄さんが刀を納めた。

 

 

 

「護った筈のなのはを傷つける事になったから、殺さずに戦う事にしたのだと思っていたのだが…なのはが倒れた今まだ全てを救う事為に足掻くと言うのなら違うのだろう?お前は何故その道を選ぶ。」

 

今になってその質問が出ることに若干苦笑しつつ、俺は真っ直ぐ兄さんに向かい合う。

 

「きっかけはそれだけだったし、なのはを護れなかった事にも十分嫌気が差してるよ。でもさ…それだけじゃないんだよ。」

 

なのはの親友になったフェイトやはやてだったり、俺の道に付き合ってくれると言ったアリシアだったり、主となった宵の騎士の皆だったり。

俺が好き勝手に殺す暗殺者のままなら、なのはや家族を護る為に容赦なく消していただろう。

 

勿論趣旨変えだってありだろうし、普通はきっと折り合いをつける。

 

けど折り合いで…死んでいい命を決めるなんて嫌だと思ったから、夢物語を成就するヒーローになろうと思ったんだ。

 

「確かになのはは気がかりだけど、それだけじゃ…無事なのがなのはだけじゃ、なのはの身体だけじゃ意味ないんだよ。俺があの時ヒーローになろうと思ったのは、そういう理由さ。で、よくよく考えた結果、どこまで護れればいいか考えて…どこまでも何も、切って捨てるのにいいも何もないって結論に至った。」

 

左拳を硬く握り、胸の前に置く。

 

「どこまでも…一欠けらでも多くの幸福を生み出し、守り抜く可能性に全てを賭ける。それが俺の答えだ。」

 

俺の答えに肩をすくめる兄さん。

 

「欲張りな奴だ。」

「知ってる。さ、続きだ。」

 

絶望的状況なのは百も承知。

でも、ここで引くわけには行かない。

 

霞んで来た視界を無視して構え…

 

 

 

「少し寝ていろ。」

 

 

 

耳元から聞こえたそんな声を最後に、俺の意識は断ち切れた。

 

 

 

 

Side~高町恭也

 

 

 

速人を抱えてテントへの道を歩く中で、俺は先の戦いを…その中で感じた気を思い返していた。

 

 

 

 

剣気を感じたのは初めてだったのだ。

 

 

 

 

速人は、常に気配を殺すように生活していたし、それが心底なじんでいた。完全に気配を絶たなくても人ならば発するはずの気配がいくらか消失していた。

剣の鍛錬の時も、意図的に気配を絶つような真似はせず正面から切りあっていて、声も出してはいたのだが…

 

 

 

 

剣気は感じた事がなかった。

 

 

 

 

近接戦の達人…それでなくても最悪ただの暴漢などですら、攻撃的意識を感じる事ができる。

無論、そんな意識して操るようなものじゃない殺気や剣気を、意図的に使える者は俺達のような戦闘者の中でも極僅かに過ぎないのだが…

 

普通ある程度鍛錬が出来ている者であれば、構えただけで自然に纏い、放つものだ。

現に表舞台上位の赤星や晶もそれ位は出来ている。

 

 

だが、速人からはこれらの気をまったく感じた事がなかった。

 

 

自分なりの信念が出来ていれば、そんな事はありえない。

だからこそ、ヒーローになると言うのが上辺だけの回答だと当たりをつけた訳だが…

 

 

「まさかこの土壇場で剣気を身に着けるとはな。」

 

 

呆れ半分に思い返す。

 

本来なら一撃目すら捉えられなかった筈だった。

未知の者にとっては神速はそれだけの奥義なのだから。

 

だが、上辺だけの答えのままならば感じるはずのなかった剣気を叩きつけられ、軽く居竦んでしまったせいで、極度の集中状態でなければ維持できない神速が解けてしまった。

 

普通の敵なら気の向け合いは緊張感を高める材料ともなるのだが…普段気を感じない速人からの剣気だったため、完全に中られた。

 

 

速人本人からすれば結局負けたからヒーロー失格なのだろうが…

 

 

少しだけ俺も、この呆れた馬鹿野郎の夢物語を見てみたくなった。

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 


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