第二十四話・先の見えない修行
「おおぉぉぉっ!!!」
深い森の中、俺は迫り来るゴーレムを片っ端から斬り裂いていた。
父さんに教えてもらった、御神の剣士が古くから修行に使っていた森林。
俺はそこで、ディアーチェに出現してもらったゴーレム相手に戦闘訓練を続けていた。
桁外れの魔力を使用して、次から次へと形成されるゴーレムを片っ端から斬り裂いていく。
ゴーレムの生成は、ディアーチェが自分で働かずに魔力を供給する事で動く手駒を作るという事でいかにも王っぽい魔法という事で習得したらしい。
もっとも、得意分野が大魔力広範囲攻撃であるディアーチェにとっては畑違いだったため、アリシアに専用のデバイスを用意してもらう必要があったが…
魔力量は桁外れの為、使えるようになると数が酷い事になった。
数百のゴーレムを解体した所で、唐突に静かになった。
不思議に思っていると、おぼつかない足取りでディアーチェが姿を見せる。
「いい加減にしろ…我ももう限界だ…」
「あ、そうなのか?」
荒れた呼吸をそのままに返すと、ディアーチェは手近な木に背を預けて頷く。
「と言うか貴様がおかしいんだ…小烏を大本に生まれた我の魔力が尽きかけるまで戦闘が続けられると言うのは異常以外の何物でもないぞ…」
「常人の枠内に収められても困るけどな。ま、いいや。長々とつき合わせて悪かったな。」
俺はディアーチェの肩を軽く叩くと川に向かって歩き出す。
「おい!まだ続ける気か貴様!?無茶をしても身体を壊すだけだぞ!!」
「問題ない、瞑想するだけだ。さすがにどっかの誰かみたいに関節壊したらやってられないからな。」
態度は横柄ではあるもののそれなりに身内を気遣うディアーチェに心配かけないように言う事は言った上で、俺はその場を離れた。
川まで来たところで、座るのに手ごろな岩を探す。
それなりの大きさの岩を見つけたところで、岩の上で手足を組む。
そのまま俺は、自然の息吹の中に深く意識を沈めていった。
Side~リインフォース・フレイア
なのはの見舞いから一月程経った今、さすがに私は不安に駆られていた。
主の鍛錬量は、それだけ異常なものだったから。
恭也達が行っている鍛錬は既に管理世界でも異常なほどで、管理局員でさえやらないような時間とメニューをこなしていた。
全てを魔法抜きで体現するとなればそれだけの密度が必要なのは私にも理解は出来るのだが…
今主がこなしている修行は、それすら上回っていた。
以前、止めなければまずいと思ったときには…
「兄さんは膝壊すまで鍛錬してた時、倒れるまで鍛錬、起きたら鍛錬って感じでやってたんだって。さすがにそれはやってないから大丈夫だろ。」
と、一蹴された。
しかし…身体の様子を伺って軽く(完全回復を毎回施すと自然治癒能力が失われるため)回復魔法をかけたり、身体を動かさない瞑想を行ったりと、時々で身体を回復させているとは言え、それでもあの修行量では保たない筈…
「またいつもの病気ですか?いい加減しつこいですよ。」
「な…」
そんな心配をしている私の耳に届いたのは、シュテルの冷めた声だった。
「主が心配ではないのか?」
「心配してどうにかなる方ではないでしょうマスターは。それに、一月ずっと暗い顔で落ち着きなくされていればさすがにうっとおしいです。」
「シュテル…酷い…」
確かに、同じテントで常に不安がっていては見ていて気分はよくないかもしれないが、それにしてもシュテルに言われると酷く痛い。
「マスターなら大丈夫だよ。」
「レヴィ…簡単に言うが…」
「だったら試してみる?」
呑気に告げたレヴィは立ち上がると、小石を拾う。
恐らく、瞑想中の主に投げてみるつもりなのだろう。
「いいんじゃないですか?もしマスターが何も出来なければ、それを理由に休ませればいいと思いますし。」
「だが、主に石を投げると言うのは…」
「大丈夫大丈夫!マスターならバッチリ斬ってくれるって!」
結局、心配していて疎まれているのは私だったため強く止める事もできず、私達は主が瞑想を行っている場所まで来た。
背後から、大体50メートルほどの距離までつめたところで、私達は足を止めた。
これ以上近づけば、どれだけ忍ばせても足音で気づかれるから。
『それじゃボクが投げるよ。』
一人元気なレヴィが、意気揚々と石を手にした腕を振りかぶる。
普通に投げるならともかく、魔力で身体能力を強化していればこれ位の距離であれば余裕で届く。
石は風をきって主へ向かっていき…
唐突に振り返りながら立ち上がった主は、そのまま右手を振り上げる。
硬い何かが高速で川原にぶつかる音と共に、レヴィのすぐ傍の地面に何かがぶつかったような跡が出来ていた。
先に石を投げたはずのレヴィのほうが、石を投げつけた体勢のまま呆然としていた。
瞑想中に石を握っていたとは思えない。
となれば、反転しながらレヴィの投げた石をとったのだろう。
…背後からの投石なのに…なんて出鱈目な動きだ。
主は特に驚いた様子もなく歩いてくる。
「え、えーっと…マスター…元気?」
レヴィは目の前まで来た主から一歩後ずさりながら声をかける。
「怒ってないからそんな怖がるなって。いや、足元に投げた俺も俺だけど。」
主はそんなレヴィの様子に苦笑する。
あれだけ張り詰めた空気で異常な訓練密度なのに、主からは怒りも焦燥感もまったく感じられない。
「すみませんマスター。マスターの訓練密度に不安を訴えたフレイアがマスターの状態を確認したいと。」
「ふーん…」
シュテルがさらりと私の名前を出す。
主が横目で見て来る中、私はどうしていいかわからず顔を顰めた。
常に冷静でこういう悪戯めいた意地悪をする部分は恭也と似ている。
「ま、俺に無理があるかどうかは、そこで見てる二人に聞く事にするさ。それならフレイアも文句ないだろ?」
「え?」
主が言いながら指した森の中から、見知った顔の二人…
「とりあえず、意識が鈍るほどの無理はしていないみたいだな。」
「久しぶりだね、速人。」
恭也と美由希が、それぞれに二刀を下げて立っていた。
SIDE OUT
わざわざ様子を見に来てくれた皆だったが、もし兄さん達と修行するなら余計に心配を掛け兼ねないのでテント周りに戻ってもらう。
何しろ生身で抜き身の剣を振り回すわけだし。
「んで?様子でも見に来てくれたのか?」
さすがに兄さん達が俺に付き合って此処に長期滞在するはずが無いから少し覗きに来ただけだろうとふんで聞いて…
瞬間、俺は地面に倒れていた。
頬が熱を持っている感覚を覚えた所で、殴られたことを理解した。
「恭ちゃん!いきなり殴るなんて!!」
「黙っていろ。」
姉さんの抗議の声を耳に立ち上がる。
悪戯やホラで人をからかうのが好きな兄さんだが、力は冗談で振るうほど横暴じゃない。
「何故、なのはのトラウマを掘り返すような真似をした。」
兄さんから投げかけられた質問で、ようやく合点が行った。なのはから俺が話した事を聞き出したんだと。
見舞いに言った時に、迷惑と連発したり、一人で留守番何て妙な言い方したのはトラウマを掘り返す事が目的だった。
でもなければ、魔法使えなくなって家に戻るだけでアリサやすずか、久遠といった友達もいれば父さんも入院していない今、独りぼっちで留守番なんて事はそうそうあり得ない。
しかし…
「殴ってから理由聞くのかよ。」
順序おかしくないかと思って文句を付けたが、兄さんはまだマジだった。
「お前がただなのはを追い詰めるとは思っていない。だが、どんな理由でもただ許すつもりはなかったから取り敢えず殴った。」
取り敢えずと言うことは答えによってはまだボコボコにされるんだろう。
なのはのトラウマを抉ったんだから当然と言えば当然か。
「泣かないからだ。」
「何?」
「泣かないから泣かせた。膝怪我したとき兄さんですらやさぐれてたんだろ?あれだけ鍛えてたものをなくしたんだ、何言われても出来るだけの事をしようと思ってた。」
俺は肩を竦めながら両手を上げる。
「それが第一声で謝られたんだぜ?心を閉ざすなってあれだけ言ったのに。頭に来たし、普段ならともかくこんな時にすら頼る気にならない程俺が信用無いことに情けなくなってさ。俺が悪い側になれば遠慮しないと思って怒らせてみた。」
全部話すと、兄さんは軽く息を吐いた。
「どうして俺達に言わなかった?」
「トラウマの元凶に話してもどうにもならないだろ。」
「む…」
俺の返しに表情を歪める兄さん。
側にいた姉さんも、何が原因かを察して表情を曇らせている。
「大体就職出来る年齢でもないのに戦闘がある管理局に入るのを許可するくらいの自己責任方針の結果なんだから、相談できるわけ無いだろ。」
俺自身そんな家にいるから学校休んで修行に来れてる訳だし文句はないのだが、それでも今からなのはに我慢以外をさせる何てのは無理だろう。
どこまでも事実だけ突きつけるなら戦う者が負けた理由は負けた奴が悪い以外には無く、なのはに戦いを許可したのはそれが当たり前の戦闘者なんだから。
だがそれは、『弱いものいじめは弱いやつが悪い』ぐらいの極論だ。
俺はそういうやり方が嫌だからヒーロー目指してるんだし、なのはにも任務でないとき位我慢して欲しくなかったんだが…
「危険があることを承知済みで任せた結果だ、確かに今更何を出来るものでもないのだろうな。」
自分でも納得せざるを得なかったのか、そういって同意する兄さん。
まぁ、今は暇なときは張り付くように顔を出している友達もいるし、独りぼっちにはならないだろう。
「…ならばせめて、もう一つの『自主性に任せた問題』は片付けておくか。」
話も終わったことだし修業に戻ろうかとした所で、兄さんからそんな声が聞こえてきて振り返る。
なのはの事でないのなら、自主性に任せて黙って見ていた子供って…
刹那、兄さんから目にも映らない程の速さの剣閃が放たれた。
「っ!」
辛うじて見切って防ぎ、距離をとって構える。
全身の疲労がたたっている今、全力戦闘が出来る時間は余りに短いが…
嫌になるほど繰り返した基本型に瞑想のお陰で、『感じる』事に関しては少しマシになってきている。
常人なら軽く硬直する程の剣気と共に放たれる剣閃を、片っ端から防ぐ。
徹を打ち合って一歩ずつ距離が空くと、兄さんは飛針を投擲してきた。
「ふっ!」
回し受けの要領で左手を使い飛針を弾き落とす。
距離を詰める兄さんにあわせて右の刀を振るい…
刀を弾き飛ばされた。
「ぐっ!」
蹴りを喰らった俺は地面を転がったあと片膝をついた状態から駆け出そうとして…
兄さんが刀を納めたのを見て、駆け出すのを止めて立ち上がる。
「意識や集中力が鈍らない状態で肉体と神経を酷使してきたのか、反応は悪くないがやはり身体に疲れが出ているな。」
兄さんの言うとおり、打ち合わせてアッサリ刀を弾かれるほど身体に力が入っていない。
「今日はもう休め。」
「今は身体を鍛えてるわけじゃないんだから別に」
「明日…お前を試す。」
いきなり休めと言われて結局口出しに来たのかと思ったが、そんな軽い雰囲気ではなく、試すという事は…
「お前には決定的に足りないものがある。その足りないものと…お前の本当の望みが何なのか、よく考えておけ。」
「俺の…本当の望み?」
聞き返した俺に答える事無く、兄さんは先に森を出る。
「大丈夫?」
「ああ、まぁ…」
心配して声をかけてくれた姉さんに返事を返すが、俺は兄さんに言われた言葉が引っかかっていた。
兄さんにテレパシーなんて使える訳は当然ないし、俺はヒーローになるつもりだとは知っているはずだ。
「心配してくれるのはありがたいけど、ちょっと一人にしておいてくれ姉さん。少し考えてみる。」
「そっか…分かった。それじゃシュテルたちにもそう伝えておくね。」
微笑み返してテントへ向かう姉さん。
俺は弾き飛ばされたままになっていた刀を鞘に収め、木々に覆われた空を見上げる。
俺の望みはヒーローになる…救い手として完全を目指す事。
だが、兄さんはそのことを知っている。にも拘らず本当の望みを考えろと言った。
俺に…別の望みがあると言いたいのか?
一蹴するのは簡単な事だけど、何故か簡単にそうする事が出来なかった。