第二十三話・真意
Side~高町なのは
レイジングハートこそ一緒にいたけど、一人静かにベンチにいたはずの私の耳に、唐突に静寂を破る音が聞こえてきた。
「きゃっ!」
「にゃ!?」
悲鳴に続くように誰かが倒れたような音。
誰もいないと思っていたからいきなり聞こえた声と音にびっくりする。
慌てて声のした方を見ると…
前のめりに倒れている女性の姿があった。
その少し前に、紫色の髪が落ちている。
「いたた…うぅ…外でも転ぶことになるなんて…」
痛そうな転びかたから立ち上がったその人は…
「那美さん?」
「あはは…格好悪いところ見られ…」
いつもくーちゃんと一緒の神社の巫女さん、神咲那美さんだった。
と、那美さんは落ちている髪に気がついて、慌てて拾うとはたいてからそれを被る。
「は、はじめまして、ファリンです。」
間。
…物凄い今更感にツッコミを入れることすら忘れて硬直していた私。
「え、えっと…はじめまして、ファリンさん…」
取りあえず合わせてみたけど、なんだかとても痛々しい。
被った髪の隙間から元の亜麻色の髪が見えるのが特に。
「レイジングハート、鏡出してくれる?」
『プットアウト。』
レイジングハートから受け取った鏡を那…ファリンさんに見せる。
ファリンさんは鏡に映った自分の髪の様子に気がついて、慌てて直し始める。
少しして、大体整ったところでファリンさんは私の隣に座った。
「…コホン!体調はどうですか?なのはちゃん。」
ちょっとわざとらしい咳払いに続くように体調を聞いてくるファリンさん。
…魔法のことを話しても仕方ないし、心配かけるのも悪いよね。
「大分治ってきてますよ。もうちょっと頑張れば杖無くても歩けそうです。」
ファリンさんは私の答えを聞くと、少しだけ瞳を細めた。
「魔法は…使えるようになりそうですか?」
直接聞かれるとは思っていなかったから少し動揺する。
「魔法は今すぐはちょっと…足が治ったら本格的にリハビリ…ですね。」
「そうですか…久遠も遊びたがってましたから、集中もできると思うしぜひ神社にも顔を出してくださいね。」
治らないかもしれないことは伏せて返すと、別名名乗っている意味が全くないお誘いをしてくれた。
ファリンさんはベンチを立つと、私の前で屈んで胸に手を当ててくる。
「きっとよくなります。その時は…なのはちゃんの元気な姿を待っていた人達に、もう少し素直になってあげて下さいね。」
どういう意味か聞く前に、触れられた胸から暖かさが伝わってくる。
…そう言えば…アリシアちゃん治すときにも那美さんに用事が…
私は今更気がついた。
私を治すためにわざわざ来てくれたんだ。それも、本来管理世界に進んでみせるべきじゃない力を使って。
なのに何で変な格好と演技で来たのか何て失礼なこと考えていた。
触れられた手から伝わる暖かさが消えると立ち上がる那美さん。
来たときと同じ道を帰ろうとする那美さんに、私は慌てて立ち上がろうとする。
けど、足も完全に治った訳じゃないからうまくいかず、杖を使って立ち上がる。
「あ、あのっ!!!」
何をどうしたらいいかも分からないまま声をかける。
すると那美さんは振り返って…
笑顔で口元に人差し指をたてた。
…そうだ。
わざわざ隠しているのに、私はいったい何を言うつもりなのか。
それ以上何もいえないまま、那美さんは去っていった。
「あの…レイジングハート、今の…」
『エラーが発生しました、再起動します。』
記録を残しておいたらまずいと思ってレイジングハートに問いかけると、なんだか不安になる音声が聞こえて来た。
『…すみませんマスター。5分間程のメモリーが消失しているのですが、心当たりはありますか?』
だけど、続いて聞こえてきた音声は、レイジングハートが気を使ってくれた事を示す内容だった。
「うん、気にしなくていいよ。」
『……分かりました。マスターの為になるのなら。』
…きっと、メモリーを消す前も同じことを思って躊躇いなく実行してくれたレイジングハートに、私は改めて感謝した。
那美さんの『おまじない』の後、私の魔力は少しずつ、けど確実に回復していった。
病院の人やはやてちゃん達にはごまかすのが大変だったけど、私だけの事じゃないから下手にばらす訳にも行かなくて、頑張ってごまかした。
そして…
「退院おめでとう!!!!!!」
営業終了後の翠屋の中に、何重かも分からない程の祝いの声とクラッカーの音が響き渡った。
「あーでも本当良かったわ、なのはがちゃんと治ってくれて。」
「にゃはは…心配かけてごめんねお母さん。」
お母さんに抱きつかれた状態で頬ずりされる。
大勢見ている中だからちょっと恥ずかしかったけど、すごく心配かけたって事でもあるから大人しくされるがままになる。
「だが、本当に完治して何よりだ。いずれお前とも仕合って見たかったしな。」
「あ、ありがとうございます、シグナムさん。」
シグナムさんにそう笑いかけられて思わずたじろいでしまう。
…シグナムさんとやると十中八九模擬戦から『模擬』が抜けそうな気がする。
と、フェイトちゃんが私の手を引きながら小さく首を横に振る。
「駄目ですよシグナム、治ったとはいえ病み上がりなんですから。」
そう言ったフェイトちゃんに視線を移したシグナムさんは、意地悪く頬を吊り上げる。
「そうだな、執務官試験にすら身が入らない位に心配していたんだからそろそろ安心したいだろうしな。」
「あぅ…」
何かに刺されたようにビクリと身を震わせたフェイトちゃんは、そのまま肩を落として動かなくなった。
私が入院中に、フェイトちゃんは執務官試験を受けて、落ちていた。
かなり勉強していたし、普通なら受かってもおかしくなかったんだけど…
私が心配かけたせいで色々調子悪かったみたい。
次の試験の時にはできる限り手伝おうと思う。
「でも良かったな、なのはちゃん。家でも心配でしょうがなかった子がいたし無事完治してくれて何よりや。」
はやてちゃんにそう言われて、ヴィータちゃんの姿を探すと、ヴィータちゃんは私から目を逸らして料理に手を伸ばしていた。
「ホンマに素直じゃないなぁ…」
「そうだね。」
そんなヴィータちゃんの様子がおかしくて、同時にやっぱり申し訳なく思う。
物凄く…泣かせてしまったから。
「でもなのは、アンタもよ!学校じゃへらへら笑ってばっかりだし、入院して完治に影響出るくらい疲れてるなんて全然気づけなかったんだから!不意打ち喰らった気分だったわよ!!」
「出来てなのはちゃんの家の手伝いとか位だけど、もう少し頼って欲しいな。」
「そうだね、ありがとうアリサちゃん、すずかちゃん。」
無理をしすぎた結果については今回で十分身にしみた。
これ以上皆に心配かけたくないし、私だって二人がいきなり倒れたとか聞かされたらと思うと平気な顔はしていられないから、気をつけようと思う。
「くぅん…」
「くーちゃんもごめんね、心配かけて。」
足元に来たくーちゃんを胸に抱き寄せる。
神咲さんを見ると、静かに笑いかけてくれた。
こうして見ると、本当にいろいろな人に迷惑かけたんだと、改めて自覚する。
それに…
「あの…お兄ちゃん達…は?」
悪いことをしたという事も。
アレから、お兄ちゃん達は一度も病院に来る事はなかった。
そして、今もこの場に居なくて…
「なのは…恭也達は修行で…」
「気にしないでお母さん。私が怒らせちゃったんだから、避けられるのもしょうがないし。だから、アレからのお兄ちゃん達の様子だけ教えてくれないかな…って。」
あまり戦いを薦めたがっていなかったお兄ちゃん達が、こんな怪我をしてまだ管理局に戻るつもりでいる私を見限っても仕方ない。
だからせめて、怒らせてしまった皆の様子を知りたくて…
「そんな事…ないですよ。」
唐突に、フィリス先生からそんな言葉が放たれた。
「避けてはいたのかもしれないですけど、怒ってなんていませんでしたよ?速人君は。だって私になのはちゃんを診るように頼み込んできたのも、なのはちゃんの病院に行っても問題ないようにリンディさんに口添えしたのも、速人君なんですから。」
「え…」
信じられない事実に驚いてクロノ君を見ると、肩をすくめた後に頷いた。
「当の速人から口止めされていたけどね。」
「そんな訳あるかよ!」
クロノ君の声を遮るように、ヴィータちゃんの声が響く。
そんなヴィータちゃんに対して頷いたフィリス先生は、続きを話し始めた。
「あんな怪我で入院して、魔法まで使えなくなるって聞いて辛くない訳がない。だから、もし治るまで傍にいてって言われたら、修行そっちのけでもずっと病院に泊り込むつもりもあったって。なのに、病院に行ってすぐ謝られて…」
「あ…」
速人お兄ちゃんが見舞いに来た時、確かに私は謝ってた。
「どうせ友達の前でも、笑顔で『迷惑かけてごめんなさい』って言うんだろうって考えたら、許せなくなったから、本音を引きずりだす為になのはちゃんを怒らせたんだって。管理局にいたら迷惑になるって意味の悪口を、沢山言われたんじゃないかな?」
心当たりがありすぎた私は、寂しさや不安が薄れていくのを感じる。
何度も聞いた事だ。
心を凍らせるなって、その結果は俺みたいなものだって、そんなものが幸せでもいいものでもある筈がないって。
「本当は、なのはちゃんがいい子に振舞う必要がないように損な役を引き受け続けるつもりだったみたいだから、黙っているように頼まれてたけど、当のなのはちゃんが誤解したまま悲しんでるのもよくないからね。」
フィリス先生が全部を話し終えたところで、頬を流れる冷たさに気づく。
取り返しのつかない事を言って、嫌われたって思ってた。
けど、そんな事ばかり考えていた私の我慢を取り除くのが目的だったなんて…
「嬉しい…のに…何で…」
泣いている事に気が付いた私に、フェイトちゃんからハンカチが差し出される。
「良かったねなのは。」
私はそれを受け取ると、静かに頷いた。
本当に良かったって心底そう思って…
「そういう事なら迎えにいこか。もうなのはちゃん避けとっても無駄何やし。」
「え!?」
はやてちゃんの提案に反応したフィリス先生の様子がおかしくて、少し嫌な予感がした。
「帰っていない。」
「え?」
「恭也たちは修行に出て一度も帰っていないんだ。それなりに大掛かりな修行になっているはずだしな。」
お父さんがアッサリといった台詞に、不安が戻る。
帰ってないって…もう半年近くなるのにそんな期間一体何を…
「その場にいたのにお前を守りきれなかったと、かなり後悔していたようだったからな。それなりに無茶をしているんだろうが…」
「それが分かっててどうして!!」
「速人や恭也がなのはを止めたか?」
無茶の結果は知っているはずのお父さんが止めなかったことに怒ると、静かに返された言葉に反論出来なくなる。
お母さんが、そんなお父さんの隣にで涼しげな笑みを浮かべる。
「待つ側が心配なのはお母さんも分かるけど、信じてあげて。」
何一つ文句をいう事も出来なくなった私は、結局不安を我慢する事になった。
…速人お兄ちゃんの馬鹿。
悪気はまったくないのはわかっていたけど、そう思わずにはいられなかった。
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