第二十二話・リハビリ開始
Side~高町なのは
直接的な怪我が塞がって落ち着いた頃、リハビリを始める事になった。
のはいいんだけど…思っていたよりも酷かった。
「つうっ…」
身体を支えきれずに平行棒から崩れ落ちた私は痛みに顔を顰める。
「なのはちゃん!大丈夫!?」
「は、はい…」
どうにか返事を返したけど、痛みと言うよりはショックがあった。
自分の身体が思うようにならないって言うのは思った以上に辛い。
車椅子でもいつも笑顔だったはやてちゃんに改めて感心する。
だけど、いくら治るか分からないとは言え初日から上手くいかない程度でめげていられない。
「もう一回…お願いします。」
「なのはちゃん…あまり無理は…」
「はい。今度はもっと慎重に行きます。」
勿論いきなり上手くは行かないのは分かっている。
けど、慣らすにしてもしっかり確実にやっていかないといつまでも治らない。
当然、無理は出来ないけど、まだ大丈夫。
平行棒に立たせてもらった私は、腕の力を抜かないように気を配りつつ少しずつ足を動かした。
「ふぅ…」
今日は休む事になった私はベットで息を吐いていた。
いきなり治るものじゃないのは分かってはいるけど、それでもこうして歩けないと言う状態を体験すると、やっぱり落ち込んでしまう。
私は軽く首を横に振る。
病は気からって言葉もあるし、皆に暗い顔を見せたらただでさえ迷惑かけてるのに余計に不安に巻き込んでしまう。
落ち込んではいられない、しっかり休んでまたリハビリに専念しないと。
そんな決意をする中、びっくりする人が病院に姿を見せた。
「こんにちは、なのはちゃん。」
「フィリス先生!?」
魔法関係に関わってない筈のフィリス先生が、管理世界の病院にどうして来れたのか不思議で、思いっきり驚いた。
そんな私の様子がおかしかったのか、微笑むフィリス先生。
「リンディさんが色々してくれたみたいで。手が空いたらお母さん達も来るはずよ。」
フィリス先生の言葉に少し嬉しく、同時に悲しくなる。
やっぱり速人お兄ちゃんの言うようにいろんなところで迷惑になっている。
少ししてシャマル先生も来て、手にしている紙の束をフィリス先生に渡す。
「それじゃあすみませんけどよろしくお願いします。」
「魔法に明るくない私に出来るのはこれ位ですから。」
しばらくして、資料を側の台に置いたフィリス先生は、私の身体に手を伸ばす。
「それじゃあちょっと我慢してね、なのはちゃん。」
「えっ…あ、はい。」
女の子でも可愛いと思える位の笑顔でフィリス先生にそう言われ、治療なんだろうと何となく納得した私は反射的に答えて…
身体中から鳴り響く鈍い音につられるように何回も短い悲鳴をあげる羽目になった。
「はい。後は包帯を巻けば終わりです。」
「は、はぃ…」
あくまで治療だからここまで痛いとは思わなかった。
でも、よく考えたらあの恭也お兄ちゃんですら病院にいくのは気が進まないんだ、これくらいの事はあってもおかしくなかったのかも…
「でも本当に無茶したのね、魔法の事はよく知らないけれどあちこち傷んでいるもの。」
包帯を巻かれながら、傷んだのはたった今じゃないのかとちょっと聞きたくなった。
魔法戦より痛い何てどんな治療なの。
「はい。取りあえずコレで身体に出来ることはやれたかな。」
けど、包帯を巻き終わった所でそれが間違いだって気がついた。
身体にあった妙な重さや痺れが引いている。
それに動かそうとするだけで痛かった部分も楽になっている。
「魔法のことは分からないけど、身体は大丈夫だと思うわ。きっと正常になると思う。」
「本当ですか?」
魔法だけの影響で歩けなかったはやてちゃんを思うと安心は出来ないけど、ちょっと嬉しくなった。
フィリス先生にはバレちゃったのか笑顔をより明るいものにする。
「足腰を中心に鍛えられてるのが良かったのね、速人君達に感謝しないとね。」
いきなり出た名前に、胸が痛む。
すぐに返事を返せなかったけど、表情にだけは出さないように堪える。
「え、えっと…さっきの整体と包帯の巻き方を教わってもいいですか?」
「あ、いいですよ。私もそんなにこまめに来られるわけじゃないですから。」
「それじゃあなのはちゃんはゆっくり休んでね。急に無理してもリハビリにならないから。」
急かすようにフィリス先生の手を引いて出て行くシャマル先生。
病室が静かになったところで、私は胸を押さえて思い出す。
『その取り返しつかない事を散々やってきた癖にヒーロー気取りのお兄ちゃんにそこまで言われる理由無いよ!!』
あれは…何があっても言っちゃいけない言葉だった。
私を守るために野良犬さんを殺した速人お兄ちゃんに怯えて、そんな私に謝ったお兄ちゃんは、それ以来何一つ殺していない。
私や管理局の人とは違う『本物』のお兄ちゃんは全てが守れないことを私よりずっと前に身を以って分かってて、それでも…まるで自分の身を削るように全てを守るために力を尽くして…
そんな速人お兄ちゃんを、よりにもよってその原因になった私が否定した。
自分の全てだったプレシアさんに捨てられて崩れ落ちたフェイトちゃんの姿を思い出す。
…私は、あれと同じ事をお兄ちゃんにやったんだ。
しかも見舞いに来てくれていた。
「っく…泣いても仕方ない…仕方ないの…」
今更泣いてもどうにも出来ない。
私は強く目を閉じたまま悲しさを堪えていた。
「お姉ちゃん、恭也お兄ちゃん。」
フィリス先生が帰って間もなく、二人が来てくれた。
「具合…どう?」
「フィリス先生が来て、治して貰ったから結構良くなったよ。」
少し不安そうに聞いてくるお姉ちゃんに明るく返す。
「歩けるかどうかも…魔法が使えるようになるかも分からないんだったな。」
「…うん。」
ちゃんとリハビリをこなして治すつもりではいるけど、絶対に治るとは限らない。
恭也お兄ちゃんは余り顔に出ないから分かりにくいけど、少し怒っているように見えた。
「無理を重ねればこうなる、止めたはずだぞ俺は。」
「恭ちゃん…」
一度恭也お兄ちゃんも、右膝を怪我していた。
お父さんの怪我と同時に師匠がいなくなったお姉ちゃんの為に、お兄ちゃんが師匠になるだけの実力を身につけた。
その無茶な訓練の結果、お兄ちゃんは右膝を痛めて、剣士として大成する可能性を失いかけて、私生活もままならなくなった。
治療のおかげで今は治っているけど、そんな体験をした恭也お兄ちゃんが怒るのは当然だった。
「…ごめんね、心配かけて。」
「なのはは気にしないでゆっくり身体を治して行けばいいよ。」
お姉ちゃんは気遣っていってくれたんだと思うけど、私は首を横に振る。
「そんな訳には行かないよ、ただでさえ管理局は人手不足なのに…私でもエースなんて呼ばれる位なんだから、早くちゃんと治さないと。」
自慢したいわけじゃない。
実際リライヴちゃんには手も足も出ないし、速人お兄ちゃんにも勝てない。
けどそんな私でも一握りの実力者に入るくらい、管理局は人手不足なんだ。
「だったら尚更だ。ちゃんと治すなら早くは行かない。リハビリまで無茶をする気か?」
「それは…」
そう言われると、返す言葉がなかった。
「…うん、これ以上迷惑かけられないもんね。焦らないように頑張るよ。」
また無茶して今度こそ大事になったらいけない。
改めて反省した上で返事をしたんだけど、恭也お兄ちゃんには何でか余計に不安な表情をされた。
「そう言えば、速人は来てないの?一回だけ行ったって話は聞いたけど…」
名前は出るとは思っていたけど、不意打ちだと取り繕うことも出来なくて俯いてしまう。
「…何かあったのか?」
「ちょっと…だけ。」
速人お兄ちゃんとも一緒にいるはずの恭也お兄ちゃん達に隠しても仕方無い。
私は出来るだけ気持ちを落ち着けて、話すことにした。
「速人お兄ちゃん…許可はしたけど戦わせたいわけじゃないからって、管理局やめないかって言ってきたの。」
「そっか…速人の気持ちも分からなくはないけど、決めたなのはがまだ続けたいんだから、あんまりよくないよね。私だって剣を捨てろって言われたらちょっとムッとくるし。」
お姉ちゃんが返してくれた言葉は、私と同じ気持ちだった。
けどお兄ちゃんは少し様子が違って、難しい顔で何かを考えている。
やっぱり、恭也お兄ちゃんも私を戦わせたくないのかな…
「…速人はなんと言った?」
「恭ちゃん聞いてなかったの?」
真剣な表情で私に問いかけてくるお兄ちゃんは、割って入ったお姉ちゃんの額を小突く。
…内容まで細かく話すと告げ口みたいになりそうで嫌だったんだけど、実際にあったこと言うわけだからしょうがない。
「無茶して墜ちる人がいても迷惑だ、一人で留守番してても死んじゃうよりいいって。」
「うわ酷い言い様…」
すぐにそう反応したお姉ちゃんと違って、恭也お兄ちゃんは何かを考えるように目を閉じる。
少しだけそうしていたお兄ちゃんは、腕時計を確認してから私に視線を移す。
世界間を自由に移動できるわけでもないし、転移担当の人がいないと帰れないお兄ちゃん達は地球に帰るタイミングを決められているんだろう。
「そろそろ帰るが…無理はするなよ、なのは。」
「うん、ごめんね。」
「それじゃあまたね、なのは。」
先に出たお兄ちゃんに続くように笑顔で手を振って部屋を出るお姉ちゃん。
私も手を振り返し…
扉が閉まるとまた一人になる。
一人になると…取り繕う必要がなくなるから、色々考えてしまう。
管理局を辞めさせる為に色々と言ってきた速人お兄ちゃんに、最後まで難しい顔をしていた恭也お兄ちゃん。
私、戦わない方がいいのかな…
人に自分の道を決められるような事はしてきてないけど、どうしても浮かんできてしまう考えを、私は首を振って振り払う。
けど、お父さんが怪我したときの事も知っているのに、今の今まで私が管理局にいる事に対しての家族の気持ちを考えていなかった事に今更気が付いたという事実に、私は沸いてくる戦わない方がいいのかという考えを消し去る事ができなかった。
それから、幾つかの月日が経った。
フェイトちゃんもユーノ君も、仕事の時以外は殆どと言っていいほど病院に来てくれたし、はやてちゃんたちも結構様子を見に来てくれた。
魔法を知っている人たちは皆来られるようにしてくれたみたいで、アリサちゃんやすずかちゃんも顔を見せてくれた。
ただ…喧嘩して以来速人お兄ちゃんだけは来てくれていなかった。
そんな中、たまたま皆がいない時間が重なった今、私は病院の庭にあるベンチで深く息を吐いた。
整体を受けながらの治療に、足は少し使えるようになってきていた。
だけど…
「っ…」
シューターを精製しようとして走った激痛に胸を押さえる。
魔法が、未だにこの有様だった。
このまま…治らないのかな…
足が治ってきていることが余計に魔法が使えない事を示している気がして、悲しくなってくる。
何で治ってきてるのが身体で、魔法が使えないままなのか。
こんな事なら身体じゃなくてリンカーコアの鍛えかたでも教えてくれれば…
「違う…速人お兄ちゃんのせいじゃない…」
浮かんできた考えを振り払うように首を振る。
過剰な訓練と仕事を大丈夫でも無い癖に大丈夫と言ってやってきたのが原因…つまりは自業自得。
なのに、人のせいにしようなんて虫が良すぎる。
「っ…」
それでも、魔法が使えないまま終わってしまうのは悲しくて…
私は胸を押さえて泣きたくなるのを堪えていた。
SIDE OUT
今はここまでです。