なのは+『風纏う英雄』   作:黒影翼

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第二十一話・亀裂から零れた涙

 

 

 

第二十一話・亀裂から零れた涙

 

 

 

 

Side~ヴィータ

 

 

 

なのはが目を覚ましたって連絡を受けたあたしは、すっ飛んで病院に向かう。

 

「走るなヴィータ。」

「シグナム…」

 

急いでいたから呼び止められて睨んでしまう。

 

が、それでシグナムが怯むわけもなく、淡々と言葉を続ける。

 

「なのはは少なくとも回復しているんだ、飛び込む必要もないだろう。」

「む…」

 

それはそうだけど、気になるものは気になる。

 

「慌てる前になんと声をかけるかでも考えておいたらどうだ?あのなのはの事だ、お前が戸惑えばかえって励まされるかもしれん。」

「う…」

 

十分にあり得る話だったから、あたしは逸る気を押さえてなんて声をかけるか考えた。

 

 

 

 

 

 

んでまぁ…こう言うときのお約束って言うか、あたしは何も思いつかないまま病院についた。

 

「あ、ヴィータ、シグナム。なのはちゃんのお見舞い?」

 

病室が見える位置までくると、ちょうどシャマルがなのはの病室から出てきた。

ダメージが酷かったなのはの治療のため、癒やしが本領のシャマルは一時的に病院預かりになっている。

 

「二人とも、時間はあるの?」

「今日の仕事は片づいたからな。どうかしたのか?」

 

シグナムの答えを聞いたシャマルは、病室を見る。

 

「今速人君が来ててね、折角だから少しくらい兄妹水入らずで過ごさせてあげよっかな…って。」

 

アイツの名前を聞いて、その状況を思い出す。

皆救うために命懸けで奔走した速人は、それでも『要注意人物』扱いになっている。

二つの事件解決の功績も、危険人物の活躍は犯罪者を増長させる理由になると言うことで、一般には完全に無かったことになっている。

 

仕事があるとはいえ、あたし達よりアイツの方が遙かに来づらい以上、二人きりになれるならそんな時間もあった方がいい。

 

あたしは、考えている間に向けられたシグナムのアイコンタクトに頷く。

 

「では先に容態から聞いておくか。なのはから許可は出ているか?」

「えぇ。立ち話も何だから部屋に行きましょう。」

 

そうして、あたしらは空き部屋に向かうシャマルに続いて、その場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず…命に別状はないわ。もう落ち着いてきてるし、今以上悪化することはないわ。」

 

冒頭から、素直に喜べねぇ話だった。

勿論生きてることは嬉しいけど、それが『とりあえず』なのが、間違いなく何かあるってことを意味してるから。

 

「ただ…今回の怪我だけじゃないのよ、なのはちゃんのダメージ。」

「どう言うことだよ、それ…」

 

訳が分からなくて何か酷いことになってるんじゃないかと怖くなる。

 

そしてそれは、予想通りだった。

 

「なのはちゃん、砲撃使うでしょ?まだ整い切れてない子供の身体で、ただでさえ高い魔力をミッド式にあわせ切れてないカートリッジシステムで増幅させながら、しかも管理局でも一握りしかいないような魔導師が就く仕事をこなしてきたから…それまでの負担が一気に現れちゃって…」

「けどっ…アイツちゃんと毎日魔力回復してたし、身体の疲れだって…」

 

シャマルは軽く首を横に振る。

 

「私達は…守護騎士システムだから。負荷が身体に残って貯まっていくって言うのがあまり想像できないかもしれないけど…そう言うわかりやすく見える疲れとかとは違うのよ。」

 

シャマルが告げた言葉に、あたしは黙り込むしかなかった。

何しろあたし達は、何度か死んでは蘇ってを繰り返してきたようなもんだ。

まともな人間の『疲れがたまる』何て現象が正しく理解出来るわけない。

 

「実際どうなのだ?なのはの具合は。」

「…全身に痺れがあるって。特に足は殆ど動かせないみたい。」

「っ…」

 

はやての姿を思いだしたあたしは思わず歯を食いしばる。

 

あれだけの深手だ、何があってもおかしくねぇ。

速人の奴は気にするなって言ってやがったけど、やっぱりそう言う訳にもいかねぇ。

 

責任なんてとりようもねぇけど、出来るだけの事はしようと誓って…

 

 

 

 

 

 

「それと…この先もう二度と、魔法が使えないかもしれない。」

 

 

 

 

 

 

そんな誓いすら頭から消し飛ぶ程、衝撃的な事実を聞かされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「冗談…だろ…」

 

いきなり聞かされた最悪の事実に、あたしは正気ではいられなくなった。

 

「あいつが…どれだけ魔法が好きか知ってんだろ?どれだけ頑張って来たか知ってんだろ?」

 

子供所か、優秀程度の魔導師なら、あたしらベルカの騎士が負けるわけがねぇ。

たとえ魔力だけあったって、負けるはずがねぇんだ。

 

そんなあたし等が本気の時に負けて、それからもずっと認められる位の活躍をし続けて来たなのはが…よりにもよって魔法を使えなくなる何て…っ!!

 

本当に思わず、シャマルにしがみついていた。

 

「あたしに出来る事ならなんだってする!だから何とか」

「ヴィータ!!」

 

シグナムの一喝にシャマルの服から手を離す。

 

「私ですら惜しいと思えるのだ、気持ちは分からなくはないが…本当に辛いのはなのはだろう、情けない顔をするな。それに、まだ確実に治らないと決まったわけではないのだろう?」

「ええ、私達も最善は尽くすわ。信じて…くれる?」

 

ステレオで声をかけられてうな垂れる。

分かってる…八つ当たりにしかなってねぇ事くらい。

 

「く…っそぉ…ちきしょう…」

 

あたしは両手を握り締めて俯いていた。

 

 

どれくらいそうしていたか分からないくらい時間がたって…

 

「そろそろ行きましょうか。」

「ああ…」

 

シャマルの取り繕った声に続いて、あたしは絞り出すように返事を返した。

 

 

 

Side~高町なのは

 

 

 

お見舞いに来てくれた速人お兄ちゃんは、何を言うこともなく私を見ていた。

 

「心配かけちゃってごめんね。こんな状態じゃ家の手伝いだって出来ないし…」

 

足がほとんど動いてくれない今、本当に出来ることが少ない。

ほとんどの時間を修行に割いてるはずのお兄ちゃんがわざわざ来てくれた以上、本当に心配をかけたんだろう。

 

「思ったより余裕なんだな、魔法使えなくなるって言うのに。」

「まだ…そう決まった訳じゃないよ。リハビリも何もしてないんだから。それに、空に戻りたいし。」

 

怒っていると言うよりは少し冷めた声を返してくるお兄ちゃん。

私は強がって返したけど…正直余裕じゃなかった。

 

 

本当は遠い夢の話だったはずの魔法を失う事は、この二年の内に耐え切れないほど辛い事になっていた。

けど、お兄ちゃんからもレイジングハートからも忠告は受けていたし、自業自得だからあんまり泣き言は言えない。

 

せめて前向きにと思って返したんだけど、お兄ちゃんは首を横に振る。

 

「やめとけやめとけ。不調を黙って自爆するようなアホがいても何の役にも立たないから。」

 

胸が痛む。

言われても仕方ないんだけど、やっぱり辛い。

 

…なんでこんな事を言うのか、そう考えて一つ思い当たる事があった。

 

 

 

管理局を止めさせる。

 

 

元々、私が戦うのを望んでいたわけじゃないはず。私が決めたら動かないから、無理矢理とめる気が無くて見過ごしただけだ。

そんな私に、これを機に管理局を辞めさせたいんだろう。

でもなきゃ、甘えてる子を更にもてはやす位の駄々甘なお兄ちゃんがわざわざ酷い言い方する筈がない。

 

「ま、思いつきで始めたお遊戯の結末としては妥当だろ。だいたい向いてないんだよ、力を振るうなんて。」

 

さすがに、ちょっと黙ってられなかった。

 

「思いつきなんかじゃないよ。」

「じゃあ本気で真剣にまじめにやってもこの程度なんだろ?」

「っ…」

 

けど、お兄ちゃんは冷めた息を吐いて、肩をすくめるように一蹴する。

こんな失敗した身でそう言われたら言い返せなかった。

 

「元々許可が精々だ、戦って欲しかった訳じゃない。コレでやめとけ。お前だって死ぬより一人で留守番してる方がましだろ?これ以上迷惑」

「何で…」

 

別に自分から心配してくれとか応援してくれとか頼む気はないけれど、わざわざ来て何でこんなに言われたい放題言われ続けなきゃいけないのか。

そろそろ我慢できなかった。

 

「何でお兄ちゃんにそこまで言われなきゃいけないの?一回失敗しただけで。」

「だけってまた軽いな、死んだらどうする気だよ。取り返しなんて」

「その取り返しつかない事を散々やってきた癖にヒーロー気取りのお兄ちゃんにそこまで言われる理由無いよ!!速人お兄ちゃんがいつ無茶やめたって言うの!?」

 

気が付けば、思いっきり叫んでいた。

自分の出す声に身体が痛むけど、それさえ気にせずにまくし立てる。

 

「出てって…出てってよ!!」

 

 

二回言うと、お兄ちゃんは背を向けて病室を出る。

足音もなく扉をでたお兄ちゃんの姿が閉まる扉に隠れて見えなくなる。

 

 

そうなってから、さっきまで間髪いれずに私をなじって来ていたお兄ちゃんが何も言い返して来ない事に疑問を感じて…

 

 

 

 

 

 

物凄く残酷な事を言ったことに気が付いた。

夢を得た理由がそのまま叶わない原因になるなんて、残酷じゃなきゃ何なのか。

 

傷つけた…なんてものじゃない。

たとえどんなに喧嘩したとしても言っちゃいけないことを言ってしまった。

 

 

 

「っ…うぇ…」

 

 

しばらくは我慢しなきゃと思ったけど、もうだめだった。

私は抑えきれない声を上げて泣いた。

 

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 

 

病室の外に出ると、ヴィータとシャマル先生とシグナムがいた。

 

…やれやれ、睨まれてるなぁ。

 

シグナムはあまり分からないが、ヴィータとシャマル先生のそれは明らかに厳しい視線だった。

指一つで指し示された別室に向かって、まるで連行されるかのように連れて行かれ…

 

ヴィータに服を捕まれ、壁に背をおしつけられた。

 

「何でテメェがなのは泣かせてほいほい出て来てんだよ!!」

 

割とまじめに怒っているらしいヴィータに、本気でなのはを心配してくれていることが少し嬉しくなる。

 

泣かせて出てきた俺の台詞でもないが。

 

「いやまぁ…出てけって言われたし。」

「何言ったらそうなるんだよ!アイツが泣くなんて!!」

 

怒鳴りかかってくるヴィータの手を服から外す。

はたく訳にも行かないから拘束を抜けるための技法で。

 

が、あしらわれたとでも思ったのか、余計に怒りを表したヴィータは拳を握る。

 

「く…このっ!」

「止めろヴィータ。」

 

憤るヴィータを制するように立ち位置を変えて俺の前に立つシグナム。

どこか真剣に俺を見るシグナムから、少しばかり嫌な空気を感じる。

 

「俺を殺す気なら、避けられないくらいの範囲攻撃がオススメだぜ。」

「覚えがない…と言ったところで貴様には無駄か。」

 

シグナムの肯定に、シャマル先生とついさっきまで怒鳴っていたヴィータまでもが硬直する。

 

「出来れば勘弁して欲しいんだけどな。何でそうなった?」

 

シグナムは答えない。

けど、どうも必ず殺すって感じじゃない。

探るような仕方なくと言うような…

 

…まぁ、いいか。気配読んだ位で心まで読めるわけでもないし、何もないと信じよう。

 

「何でもないならそろそろいくぜ、俺もちょっとやることがあるんだよ。」

 

なのはの様子を確認できたし、その体調も分かった。これ以上ここにいる必要も意味もない。

 

「待てよ!何でなのはを泣かすような真似したか言えってんだよ!!」

 

どうしても訳が必要らしいヴィータが部屋を出ようとする俺にまだ問いかけてくる。

 

「中学にすら満たない女の子が泣いた事に、今の状態以上の理由がそんなに必要なのか?」

「その辺のガキならともかくあいつが簡単に泣くもんかよ!何しやがった!!」

 

俺の問いに返されたヴィータの答えは、酷く的確なものだった。

俺は目を閉じて医療器具につながれたなのはの姿を思い返す。

 

 

「そうだな、泣かないよなあいつ…」

 

 

呟くようにそれだけ言い残して、今度こそ部屋を出た。

 

 

 

 


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