第十七話・出生と罪過の重さ
取りあえず人目を避ける為に忍さんの家に移動する。
しばらくして忍さんの家に着くと、広い部屋で机を囲んで座る。
忍さんは、夜の一族についての説明を始めた。
曰く…身体能力が常人より高く、特殊能力を持ち…
鉄分のバランスが悪い為、完全栄養食である血を欲する。
「私達についてはこんな所かしら。」
スパッと切るように話を終わらせた忍さんは、全員を見渡す。
異能や異種に慣れているのか、魔導師の皆には特に驚きといったものはなかった。
ただ…フェイトだけがその話を聞いて表情をますます曇らせた。
「ごめんすずか…無茶させて…」
フェイトの消え入りそうな声とともに、すずかの顔に影が差す。
何かあったんだろうか?
「血に関しての力があるからって、ただでさえ辛い筈なのに、私に力をくれて…」
…どうやらあったらしい。
忍さんが驚いたようにすずかを見ている所を見ると、どうやら忍さんに何も言わずに何かしていたらしく、すずかは泣きそうに…いや、泣いていた。
「ごめん…なさい…ばらしちゃいけないの分かってたのに…私達の為に命懸けで戦ってるなのはちゃんとフェイトちゃんを放って置けなくて…」
「すずか…」
すずかは泣きながら話を続けた。
話によると、闇の書事件の時になのはとフェイトに力の一端を見せていたらしい。
フェイトが闇の書事件の時フレイア相手にすずかの名前出して怒ったのはそういう訳だったのか。
「ばれたら誓いを立てるかどうかの選択をしなきゃいけなくて…でもそのためには全部話さなきゃいけなくて…それが怖くて私…ごめん…ごめんなさいお姉ちゃん…」
本当に恐かったんだろうすずかは珍しく乱れて泣いていた。
元暗殺者だと平気で明かす俺には分からないが、本当に辛いんだろうな…
フェイトは、すずかが黙っていた事をばらしてしまった事に表情を歪めて俯いて…
何か、決意したように顔を上げた。
「私…クローンなんだ。」
「え…」
泣いていたすずかが、驚いたのか呼吸ごと止まる。
「一時期死んだかと思われてたアリシアを蘇らせようとして生まれたクローンで、アリシアになりきれなかった人形。本当の母さんにとって、私はそういう生まれなんだ。」
クロノとリンディさんがフェイトの言い様に目を細めるが、ここまでは落ち込んだようでもなく静かにはっきりと語っていたため、止める事はしないで続きを待つ。
「私だって…これを話せと言われたら怖いから、秘密を話せない気持ちは分かる。なのに…」
肩を震わせながらフェイトは続ける。
「それなのにすずかは、魔導師である事さえ隠していた私が、何をしているのかもよく分からない筈だったのに!そんな私にあんな…自分の秘密を明かすような方法で力をくれて…」
だんだんと悲痛な叫びになって、悲しくなる。
「お礼言わなきゃって、謝らなきゃってずっと思ってて…こんな事になるまで自分の事は隠し続けて来たのに…」
「フェイトちゃん…」
顔を上げたフェイトは、真っ直ぐすずかを見る。
「助けてくれてありがとうすずか、私は…すずかの事本当に凄いと思ってる。」
ようは、すずかの不安の種を和らげたかったんだろう。
誓いの事もあるしそう簡単にはいかないが、それでもすずかは落ち着いていた。
まったく、上手くいかないよな。
生まれなんて二人には一切悪い所の無いものでこんなに悲しげな空気になられたら、俺なんか生きてる資格すら危ういって言うのに。
何しろ…
「あー…半分獣の子供と試験管の中で生まれた子供と犯罪者。どれが悪い奴だと思う?」
聞くまでも無く犯罪者だ。
唐突に妙な事を聞いたからか、皆の視線が痛い。
「意地が悪いぞ速人。」
俺が何を言いたいのか察した兄さんが釘を刺すような視線を送ってくる。
「それは兄さんにだけは言われたくないんだが…まぁとにかく、さっきの三択だと当然犯罪者が悪い奴だ。」
「私も元犯罪者なんだけど…」
フェイトが落ち込んでしまう。
ちょっと例をミスったか…
「で、何一つ一切悪くない生まれが特殊なだけの二人にそんなに悲痛な顔されてると、俺は首でも吊ればいいのかって話になってくるんだが。何しろ元人殺しな訳で。」
「な…」
このカミングアウトは、すずかと忍さんには初だったので、思いっきり驚かれた。
「すずか、今俺がそんなんだって知って、痛い目見て悲痛な顔して、苦しんでたほうがいいと思うか?」
「そんな事…無いよ。」
「そっか、ありがとう。」
いきなりで少し躊躇いがちではあったが、すずかははっきりと否定してくれた。
子供だから救われた程度で、殺した数的には十二分に死刑でまったくおかしくないんだが…
「まぁいきなり何も気にしないようになれ何て言ったって無理があるとは思うけど…明らかに問題外の俺でも助けられたんだから、そんなに悲しまないで欲しいなー…と。」
俺ほど開き直るのは無理があるかもしれないが、だからと言って悪くも無ければ責める気もない事に悲しまれ続けるのは見ているほうも辛いだろう。
無理して我慢して欲しいとは思わないが、出来るならそういう事を重荷に感じて欲しくはない。
「速人君、一体何をしてたの?」
忍さんが、少し厳しめの視線を向けてくる。
人殺しを無条件に信じる方がどうかしてるし、むしろ自然な対応だ。
「今の本題とずれて来るから後日にしてもらえませんか?」
答えようとしたところで、気を使ってくれたのかクロノがそう言い出した。
ありがたい話だが…
「いや、話させてくれ。実は今回の件に絡んでくる…というより、そいつ俺が昔殺し損ねた奴なんだ。」
俺は縛ってある男を指して告げる。
俺の暗殺者としての話が具体性を帯びてきたせいか、兄さん以外の表情が眼に見えて翳った。
とりあえず、忍さんとすずかが知らない暗殺者育成施設出身という生い立ちを説明する。
「んで、美沙斗さんに救出された俺は、唯一の美沙斗さんの親戚になる父さんのいる高町家に預けられたんだ。」
俺の出生を聞いた忍さんからは、既に警戒の視線は消えていた。
すずかに至っては悲しんでさえくれてている。
「けど俺はこの時、『奪う敵は殺さなきゃ殺される』って観念を持ってて…実際俺を助けてくれた美沙斗さんも施設の大半の人間斬り殺してたし、戦闘者としては持つべき意識だって疑問すらもってなかった。」
一般人には…どころか、非殺傷設定が当たり前となっている魔導師から見ても、目を伏せ、耳を塞ぎたくなるような内容だ。
「そんな事考えてたから『敵』の存在は常に疑ってかかってて…俺は忍さん達の誘拐を画策していた一団がいる事を知って…計画発動前に乗り込んで皆殺しにした。」
淡々と告げた内容に息を呑むフェイトとすずか。
無理も無いけどな。
「一人…確実に殺してなかった奴がいてさ。逃げようとしてる所を背中から斬ったけど、それまでの戦闘で疲れてて急所を外して…でも深い傷ではあったし海に落ちたから死んだかと思ってたんだけど…」
言いつつ椅子に縛っている男を見る。
何か思いっきり頭がおかしくなってなければ、殆ど間違いなくあの時逃がした男だった。
「あ…ぁ…」
一方男の方も、俺があの時の殺戮者だと知って、殺して回ってた現場を思い出したのか、ガタガタと震えだす男。
俺は片手で頭を抑えつつ男を見る。
「あー…トラウマなのは分かるけどさ、そんなに怖いなら誘拐騒ぎまで起こすなよ。大丈夫だって、普通に裁かれるだけで俺は何もしないから。」
今の俺には誰かを殺す気は無いし、どうせ管理世界と夜の一族の掟で記憶の大半飛ぶ事になるのだから別に怖がる事はない。
「とにかく…そう言う訳で今回のは俺のせいだ、ごめん。」
敵側が遠慮するはずが無い。なぜなら敵だから。
だから、手段はどうあれ守りきれなかった事については俺のせいという他ない。
「という事は…速人君随分昔から私達の事知ってたのね。でもどうやって…」
「暗殺技法、完全気配遮断。常人所か戦闘者にすら感知されなくなる、俺だけが使える技法。音は勿論それ以外の気配でも達人が感知できなくなるこれを使って、あらかじめ高町家やその親類に害あるものが傍にないか暇を見つけては調べてたんだ。」
忍さんの疑問に答えると、納得されるどころか驚かれた。
確かに兄さん達でも扱う事のない戦闘者の中でも恐らく俺だけしか使えない技法ではあるけど。
「それと忍さん、誓いだけど…管理局の人達には無理だ。」
「そう言えばさっきすずかも誓いと言っていたな。どういう事ですか?」
クロノの問い掛けに、夜の一族の誓いについて話す忍さん。
ずっと一緒にいて一族と共にその秘密を守って行くと誓いを立てるか、それが重ければまじないで忘れるかと言う選択をするというものなのだが…
予想通りと言うべきか、話を聞いたクロノとフェイトは重く口を閉ざす。
「忍さん、管理世界には魔法やレアスキルって異能があるんだ。たとえ上手い事矛盾無く記憶操作しても病院の検査で普通に引っ掛かる。」
確認を取る意を込めてクロノに視線をやると、クロノは頷く事で答えてくれた。
「かと言って異世界飛び回って仕事やってる皆には秘密を守る方はともかくずっと一緒にって言うのは無理があるだろ。しかも見たってだけならブリッジの全く知らない人にも何人かいるんだろ?全員信用出来るの?」
どうしたって無理な話だった。
唯一方法があるとすれば、アースラごと全滅させて、どっかの犯罪者のせいに仕立て上げるくらいだが…
誰がそんな事するものか。
そうなると…手が無い。
どうにか両立出来ないかとは思うが、下手に記憶操作すると、地球に危険な奴がいるって事でかえってマークされて調査されるだろう。
「と言う事は君達もその誓いを?」
「え、あー…」
俺はクロノの問いかけに目を逸らす。
「速人、時間に余裕があるわけじゃないんだ、早く答えろ。」
兄さんにせかされて、黙っている訳にも行かず…
「…忍さん達に喧嘩売って突っぱねた。」
要約するとこう言う事なのだが、それだけだと伝わらないので詳しく話す。
「皆知っての通り俺はヒーローやるつもりでいる。そうするといつ海鳴出るかも分からないし、かと言って俺の無茶苦茶に忍さんなりすずかなりをつき合わせるつもりも無い。だから一緒にいるって言うのは承諾できなかったんだ。」
これだけなら、忘れる事になる。だけど…
「かと言って、今回の件は勿論の事、友人と義理の姉にごたごたあるのが分かってて全て忘れるなんて選択肢は毛頭無かった。だから、誰にも話さない事、何かあったら協力する事は誓えるけど…」
忍さんを見ると、少し呆れたように肩をすくめる。
「『ずっと一緒にいる事も誓わないと駄目だって言うなら、捕まえてみな。』って。そう言って逃げたの。当然私と恭也は探したけど、数日単位で見つからなくて…一騒動あって、助けに来てくれた後だったから、このまま行方不明なんかになられたらと思うと私達が悪い気がしてきて…」
「この馬鹿はそんなタイミングで戻ってきて、『とりあえず数日は一緒じゃなくても黙ってたけど、後どれ位やれば信用してくれる?』とか言い出したんだ。」
全員、なんとも言えない様な苦笑を向けてくれる。
いやだって、一緒でなくてもばらさないし秘密を守るって事を信用して貰うのが一番手っ取り早いと思ったんだししょうがないと思うんだが…
「これで許可してくれなかったら数ヶ月、数年も試してみようと思ってたんだけど…」
「さすがに私達も10に満たない子供に数ヶ月、数年単位で行方不明になられても困るし…」
忍さんは心底困り果てたようにそう言った。
実際、子供というだけでなく、秘密を知ってる人が数ヶ月、数年単位で離れてる事も問題になる。
とりあえず、そんな無茶苦茶の結果保護観察処分的な感じで放置されてる状況だ。
一応前例にはなるのだが、だからと言って管理局にそれを真似ろというのも無理な話で…
「箝口令はしいておきました。地球外絡みで問題が起これば出来る限り協力したいと思います。それで済ませては貰えないかしら?」
リンディさんが静かにそう告げる。
黙ってるから無条件で見逃してくれ…雑に言うとそんな所だ。
忍さんから見て簡単に承諾出来る筈も無いが、だからと言って他に選択肢も無い。
「…とりあえず今の所は。具体的に決まったらその時はまた話をさせて貰います。」
「ええ。」
結局即答出来る内容でも無く、後日と言う事になった。
「後は気がかりというとコイツと、コンサート会場か。」
「そう言えば何故お前は魔法を使って俺達の所まで来たんだ?あの傀儡兵というのがいる事は知らなかったはずだが。」
兄さんの質問に、リンディさんとクロノの視線が厳しくなる。
俺はそんな二人を制するように手を振った。
「責められても困る。一つはコンサート会場の襲撃と忍さん達の誘拐犯…コイツに繋がりがあったと判断したから。で、もう一つは、コンサート会場の襲撃犯に、魔導師がいたからだ。」
「なっ!?」
派手に反応するクロノ。
無理も無い話だが、だからと言って違法魔導師がホイホイ来る度にそんな反応で済ませられるとちょっとへこむ。
転移魔法を世界中常時監視する訳にも行かないのも分かるが…何とかしてくれマジで。
「父さんと姉さんが片付けてくれたから今伸びてはやて一行かなのはかの預かりになってると思うけど。」
「そういう話は先にっ…」
怒鳴りかけたクロノは、むしろ管理外世界が被害者側であることを悟り口を閉ざす。
「これ以上は全部事情聴取なんかが終わってからになるわね。クロノ、フェイトと一緒にその違法魔導師を引き取って来て。フェイトはそこで今日は終わり。私とクロノは彼と違法魔導師の事情聴取をして、まとまったら再度報告します。…それでいいかしら?」
方針を告げた後、リンディさんが忍さんに確認を取る。
「はい、後その…」
「事情聴取は私とクロノ執務官だけで行うわ。そこは徹底します。」
「…はい、それでお願いします。」
一通り片付いた筈なのに、むしろ問題が増えた。
今回は俺の昔の失敗も絡んでる訳で、尚更気張らないといけない。
混迷する状況の中、俺は一人握りしめる手に力を込めた。
今はここまでです。