第十二話・誰が為の剣
「あ、マスター!恭也達だよ!!」
リビングで楽しげにはしゃぎながらテレビを指差すレヴィ。
画面にはフィアッセさんを囲うようにしている兄さん達の姿が時折映っていた。
おーやってるやってる。
「見ていていいのか貴様は。合流する予定なのだろう?」
「そろそろ出るぞ、心配してくれてありがとな。」
「っふん!一々前向きなのは分かったからとっとと行け!!」
追い払うかのように手を振るディアーチェ。
照れてる照れてる。
「マスター、分かっているとは思いますが、いざとなれば魔法も使用して下さい。」
「元々死人が出そうなら遠慮する気はないさ。」
シュテルの心配は俺の事だろうが、俺はそれ以前に誰かがやばそうなら使える手は全て使うつもりだった。
管理局の皆には悪いが命優先だ。
「それに…御神の剣士3人にヒーローまで参加して、悲劇なんか起きるかよ。」
笑顔で宣言すると、シュテルはそれ以上何も言わなかった。内心呆れてるんだろうが、気にしない気にしない。
「主。」
「フレイア、どうかしたのか?」
出ようとした俺に近付いて来たフレイアが俺の手を取って魔法を使う。
軽い疲労回復程度の微弱な回復魔法。
「はやてから頂いた祝福の風の銘、どうか主の祝福となりますよう…」
祈るように手を握るフレイア。
祈る程心配しなくていいとも思ったが、止める気になれなかった。
少しして、手を放すフレイア。
「最高だ…後は任せろ!」
暖かさの残る手で親指を立て、家を出た。
見えない手に支えられているような感じがする。
負ける気がしない、どんな奴が相手だとしても。
Side~エリス=マクガーレン
「車に乗るのも大変だね。」
群衆を掻き分けるように空港を抜けて車に着くと、美由希がくたびれたような声を出す。
「頼りにするつもりなんだ、これでへばらないでくれよ。」
「それは大丈夫。」
一応言っては見たが、頼もしい返事が返って来た。
「俺より弱いがこの二人もかなり腕の立つ剣士だ、そんな心配はいらんさ。」
「待て、俺の方が勝率高いだろう。」
士郎さんと恭也が睨み合う。…護衛がこんな調子で大丈夫なのだろうか?
少しして会場に着いた為、車から降りる。
現地にもう一人協力者がいるという話だが…
二刀を腰にした子供が立っていた。
「フリーズ!」
すぐさま声を掛けて銃を抜くが、その子供は身構えもせずに歩いて来た。
「待ってくれエリス、その愚弟が現地協力者だ。」
「な…」
警戒する私に恭也が放った一言は、私を硬直させるに十分な台詞だった。
驚き戸惑う私の前で、その子供は片手を出してくる。
「高町速人、剣士見習い。趣味はヒーロー探求、特技は暗殺だけど廃業したから暗…殺さない程度に動きを止める。よろしくエリスさん。」
「ま、待て!?今聞き捨てならない台詞が…」
私の前で差し出した腕を所在無さげに上下させる子供…高町速人。
『こんな子供が何故協力者だ』とか、『暗殺って一体なんだ』とか、気が動転していたが…
私は渋々その手を取った。
明らかに子供の仕草な筈なのだが、よく分からないまま安心感を与えてくる恭也と同じ空気を少し感じてしまったから。
握手していた手を離すと、フィアッセに向かう速人。
フィアッセの方も速人に微笑みかけて握手を交わす。
「速人、わざわざありがとう。ガードよろしくね。」
「軽く百人力の兄さんには及ばないが、五十人力ぐらいはやってみせるから任せとけ!!」
自分を指差して胸を張る速人。
どう見ても子供だ。力を謳う辺りは特に。
なのに…何故かそれを告げる気になれなかった。
Side~月村すずか
私は…どうしてこんな生まれ方をしたんだろう。
何にも気にせず明るく過ごせる友達がいると、時々余計にそう考えてしまう。
例えば今のように…待ち合わせに行こうとしていただけなのに捕まってしまった時とか。
「…私達をどうする気?」
「使い道は色々あるさ。抱ける位リアルな戦闘人形に盛りのある吸血鬼何てなぁ…」
車を運転しながら嫌な笑い方をする誘拐犯。その意味を私は既に知っていた。
夜の一族には発情期がある。
保健で身体の仕組みを教わるのと同時に、私は色々とお姉ちゃんに教えて貰っていた。
正直知りたくなかったけれど。
しかもそれを知ってる人に捕まるなんて…
私は後ろ手に拘束された状態でどうにかできないか考える。
ポケットに携帯電話が入っていた。
私はストラップを引っ張ってどうにか携帯電話を取り出して、履歴からなのはちゃんに電話をかける。
「お姉ちゃん…私達どうなるの?」
「心配しないで…きっと大丈夫だから…」
私は特に聞く気も無かったけど不自然にならないように声をかける。
いつ繋がるか分からないけれど、こっちの状況を知ってもらうためだ。
「そんなに心配しなくても大丈夫さお二人さん。何しろ死ぬほど気持ちよくなるだけなんだから。酷い事なんて何もない…ってね。」
卑下た嗤い方をするその人に、否応無く不快感を煽られる。
「でも残念ね。よりにもよって私達を誘拐するなんて。」
お姉ちゃんも私が携帯をかけている事に気づいたのか、明確なキーワードを漏らす。
誘拐犯は楽しそうに笑う。
「何がおかしいの?」
「確かに、優秀な暗殺者が知り合いにいるものな、君達は。」
戦士とかじゃなくて暗殺者と言った所に違和感を感じる。
お姉ちゃんもそうだったのか、少し表情が翳った。
「けどなぁ…人間が勝てる訳ねぇさ!あんた達自慢の機械人形もアッサリ五体ばらされたってのに、まだただの人間に期待してるのか!?とんだお笑い種だ!!」
「ノエルさんは人形なんかじゃない。」
「名前をつけて人形遊びは子供の内に卒業しておくべきだなお嬢ちゃん。」
言っては見たけど、無駄だった。
人ですら誘拐するくらいなんだから当然と言えば当然だけど…
「そうさ、今度こそ上手くいく…今度こそなぁ…」
信号で止まると振り返る誘拐犯。私は慌てて携帯を切った。
案の定取り上げられた携帯を見ながら、誘拐犯は笑う。
「なるほど急に喋りだすと思ったら…残念だったなぁお嬢ちゃん。車両に電波妨害かかってるから意味無いんだよねぇ。」
笑いながら私の携帯電話を助手席の床に放る誘拐犯。
「いけない娘にはお仕置きをしなきゃならないかな?」
「すずかに手を出さないで、私が代わりになるから。」
「お姉ちゃん!」
私は結局、何も出来なかったばかりかお姉ちゃんに負担をかけてしまっただけだった。
私は自分の情けなさに俯いて…
『電波』妨害?
現地協力者となるに当たって管理局の人と連絡を取る都合上、携帯電話も当然異界から連絡を取れるような技術が使われている。
…諦めるには…まだ早い。
祈る事しか出来ない身だけど、信じて待つことにした。
SIDE OUT
会議中になのはから念話が届く。
やけに焦っているので何事かと思ったら、すずかが誘拐されたとか言い出した。
『はぁ!?何でそんな事になった!!』
『わかんないの!でも待ち合わせに来てないと思ったら電話がかかってきて、出たんだけど返事が無くて、代わりに誘拐とか大丈夫とか声がして、知らない男の人の声もして、急に切れて…』
この手の大騒ぎになる様な悪戯は忍さんもしないし、すずかとなのはは論外。
むしろ誘拐されるに当たる理由がある。
『私…魔法…使えないから…どうしよう…』
今にも泣きそうなのを持ち前の強さで堪えている声がする。
…まったく、俺に連絡しておいてどうしようも何もないだろうが。
『答えは簡単だ、お前は普通にコンサートを心待ちして楽しめ。』
『でも!』
『俺達を信じろ。』
目いっぱい自信を持って宣言すると、なのははようやく落ち着いてくれた。
不安が拭えたわけでは無いだろうが、少なくとも俺や兄さん達の実力は信じてくれているようだ。
なら当然、その期待に答えるまでだ。
「兄さん、ちょっと来てくれ。話がある。」
俺はいぶかしむ兄さんを連れて、警備の話し合いを抜けた。
兄さんになのはから聞いた話を伝えて、すずかの携帯の位置を探れる魔力探知機を渡す。
「行ってくれ、こっちは俺達でどうにかする。」
なのはに自信満々に言った手前俺が行かないのもどうかと思うが、忍さんを助けに行くなら兄さんが行くほかない。
と、そう思っていたのだが…
「駄目だ。」
俺が促すと、兄さんは否定の意を返して来た。
「俺はフィアッセのガードでここにいる、守ると約束した者を放り出して私事に走る事は出来ない。」
「じゃあ忍さんほっとくのかよ。」
「だからお前に頼みたい。お前は防衛より追跡、奇襲の方が得意だろ?それにSPの人達にまだ信用されきっていないお前の方が動いても士気に影響が出ない。」
あくまでも淡々と語る兄さん。
そうだな…確かに効率的だ。
「ふざけんな。」
吐き捨てるように言うと、兄さんの目が少し細くなる。
「仕事大事もいい加減にしろよ、兄さんが行かなきゃ誰が行くってんだよ。」
「何?」
「御神の剣は大切なものを護る為にあるって言ったのは兄さんだろう、忍さんどうでもいいのかよ。」
痺れるような空気を…威圧感を感じる。
すぐにでも駆け付けたいのを私情だと判断して堪えて妥当な選択肢を考えたんだろう。
「護るのは遊びじゃない、お前の勝手な理想を押し付け」
「忍さんを!兄さんが護らなかったら!!一体誰が護るって言うんだよ!!!」
殴られて首が横に逸れる。が、倒れてはやらない。
「分かるよ、行きたいの我慢してるのくらい。だけど、自分を抑え込んだ剣が何処まで役に立つんだよ!それに、ガードの仕事は誰でも出来るけど!忍さんが待ってるのは兄さんじゃないのかよ!!自信無いのか!?」
兄さんの言いたい事も分かるは分かるから、あくまでうったえかける形になる。
だが火に油を注ぐ形になり兄さんは余計かたくなに…
「そこまでだ。」
なる前に、父さんが間に入った。
やっぱり俺が止められるかと思ったが…父さんは兄さんに向き直った。
「恭也、いいからさっさと行って来い。」
「父さん?」
「惚れた女を助けるのに理由はいらん、男だろ。」
俺みたいにグダグダとした内容ではなく、断言するような台詞。
「俺を誰だと思ってる、ここは任せろ。ほら!」
言いながら兄さんの背中を平手で叩く父さん。兄さんは少しだけぐらついて、俺と父さんを見る。
「…フィアッセは頼む。」
「合点承知!!」
笑みを交わしあうのは一瞬。兄さんは常人を遥かに上回る速度で駆け出した。
と、会議場から姉さんが出てくる。
「人海戦術はSPの人がとるから私達は怪しい人の発見と撃退だって。恭ちゃんは?」
「一悶着あって片付けに行った。」
それだけで何となく察してくれたのか、姉さんはそれ以上聞いて来なかった。
にしても…
「珍しく父さんがかっこよかった。」
何というか『漢』って感じだった。
だが、当の父さんはオーバー気味に胸を張る。
「馬鹿野郎、俺はいつでも格好いいだろう。」
普段からこういう台詞が出てくるから、大人気ないんだよなぁ…
俺は苦笑交じりにそんな感想を抱いていた。
今はここまでです。