第九話・修行、無事(?)終了
夕食後、俺は姉さんと打ち合っていた。
互いにクリーンヒットは一撃も無く、いい勝負に見えるだろうが…
多分姉さんもアレ使えるんだよなぁ…
兄さんがフェイト相手に背後を取った高速移動。
アレを姉さんも使えるとなると手加減されて互角って事になる。
「っはぁっ!!」
「っ…」
徹を受けた姉さんはよろけるように僅かに後退し…
見た事のない構えをとった。
いや、この構え何処かで…
考えた瞬間、とられていた筈の距離が完全に詰められていた。
この射程、虎切並だ!!
「らぁっ!!」
額に向かう突きを回避し切れないと判断した俺は、左腕を使った斜め受けで突き出される木刀を弾く。
額脇を掠め焼けるような痛みが走るが無視して右の木刀を姉さんの鳩尾に突き付ける。
一息の間をおいて、俺と姉さんは互いに木刀を下げた。
「まさか腕で弾くなんて思わなかったよ。」
「刀だったら腕ごと頭に穴が開いてたさ。それより今のは?」
いつもと違う上かなりの性能で、何より見覚えがあった。
これは…
「御神流・裏、『射抜』。御神の母さんに教わった奥義だよ。」
「やっぱり。」
予想通りの答えが姉さんから返って来た。
速度以外は瓜二つだったからな。
「腕、大丈夫?」
「痛い。骨まではいってないと思うけど…」
木刀を弾いた左腕は、皮が剥けて強張っていた。筋肉にダメージがあるみたいでつったみたいになっている。
「今日はここまでにしておいた方がいいよ。」
姉さんは少し低い声でそう言った。
訓練中の怪我が慣れっこだとはいえ、心配はしてくれているんだろう。
「初日で潰れてもしょうがないか。わかった。そうするよ。」
怪我の消毒などもあるしいろいろやっていたら時間もそれなりになるだろう。
今日は仕方無いと判断した俺は、姉さんの忠告に素直に従って戻る事にした。
テントに戻ろうとした所で、魔力を感じた。
クロノとフレアが模擬戦をやっているはず方向からだ。
あいつらもいい加減に戻るだろうし折角だから一緒に戻ろうかと思って向かってみる。
すると…
「まさか…負けるとは。」
クロノがフレア相手に槍を突きつけられていた。
やってたのは魔法戦のはずだ、フレアの奴もそろそろ対一戦闘じゃ魔導師に負けなくなってきたのかもな。
「よっ、凄いなフレア。クロノに勝てればもう魔導師には負けないんじゃないか?」
「あらゆる事を同時にこなすマルチタスクを主としている魔導師相手だ、お前達と違ってよく見える。」
返って来たコメントには同感だった。だが、それはそういう事が分かる位に成長しつつあると言う事だ。
一年に満たない期間で管理局でも一握りの執務官であるクロノの攻撃に『よく見える』と言えればたいしたものだろう。
実際には俺達の域での技量は魔導師には皆無に近いんだが、一年目の人間相手にそれは言うまい。
「ところでお前達と違ってって言ってたけど…昼の兄さん達との修行は…」
切り出して、すぐに悟った。
俺の問いかけが終わる前に、普段はあるのかどうかも怪しいフレアの表情が目に見えて歪んだからだ。
おそらく、手も足も出なかったのだろう。
「気を落とすな。あの人たちは魔力強化使っても勝て」
「勝てなかった。」
『勝てるかどうか分からない』と言おうとした矢先にフレアから漏れた呟きに、空気が凍った。
…まだ子供で身体能力に限りがある俺が魔力強化施すのと違って、コイツの身体強化なら軽く肉食獣クラスのパワーとスピードが得られるはずだ。
それで尚及ばなかったと?
「なんて言うかその…頑張ろうか。」
「そうだな。」
俺とフレアは乾いた笑みを浮かべながら互いに見合わせた。
二日目・なのはは筋肉痛、フェイトは豆の痛みによる苦痛に顔を歪めながら初日同様のメニュー。魔導師であるはずのフレアが『最初はそんなものだ』とアッサリ言い切ったことに触発されたのか、一切疑問をもたれなかった。何よりだ。
三日目・見かねたクロノが俺に二人の訓練を止めるように言い出したが、自分達が寝た後もまだ仕合やってる兄さん達をみて断念。
四日目・疲労を抜くのに期間が必要なため、休み明けすぐに仕事のクロノは此処から訓練のサポートに回る。(主にレヴィの)監督役が増えたとフレイアが喜んでいた。
五日目・全体的にそろそろ口数も目に見えて少なくなってきた。兄さん達は訓練中と言う事もあって元々口数が少なかったが、さすがに疲労が見える。ただ、俺自身そろそろ様子を伺う余裕がなくなってきていた。
六日目…
「はっ!」
右の斬撃を棍で受けるフレア。だが、受けた棍が真っ二つに折れた。
脇腹に左の木刀を一閃。
うずくまったフレアの前で、俺は一息吐いた。
「真っ向から受けるからだ。体力を消耗した時や体に力が入らない時にはますます技が役に立つ、何しろそれしか使えないからな。さ、ここら辺が正念場だぜ。」
「く…なるほどな…限界までつめるのにはそういう意味があるのか…」
明らかに苦しそうなフレア。だが、俺も人の事は言ってられないくらいには疲弊していた。
正直此処まで来ると人前だろうがなんだろうがぶっ倒れてすやすや眠れる気がする。
と、背後から肩をつつかれる。
慌てて飛びのきつつ振り返ると、父さんが笑顔で木刀を握っていた。
「徹!」
「っ!!」
真っ向から受けたら先のフレアのように破壊されるため、打ち下ろしの一撃を横薙ぎに払う。
「貫!!」
「が…っ!!」
瞬間、鳩尾に衝撃が来た。
鳩尾を押さえてうつむいていると、なだめるように頭を叩かれる。
「講釈してる場合か速人?お前が俺から背後とられて気づかず、その上二手で防御抜かれるようじゃ致命的だぞ。」
「く…っそ…」
倒れるのを避けて顔を上げる。
どこにそんな体力あるんだよ!ブランク明けの筈なのに!!
徹はともかく貫に使う集中力は並じゃない。何しろ相手の動きも感じ取れる状態でなければ扱えないんだ。
疲労困憊の筈のこの時期によくもまぁ普通に…
考えている間もなく、フレアが新しい棍を手に俺の前に立っていた。
「どうした?体力切れか?」
「…まだまだ!」
両手で頬を張って木刀を握りなおす。
此処からだ、集中していくぞ。
昼を以って訓練を終わりにした俺達は、ばててズタボロのまま飛行機に乗るわけにもいかないので、最低限身支度だけ整えて帰りの飛行機に乗り込んだ。
直接転移できたフレアだけはそのまま仕事に戻り、クロノも空港に着いたところで無限書庫に向かうと言う。
ユーノに話がてら情報を(恐らく宵の騎士関連のを)纏めるらしい。
フェイトとなのはは…正直よくやった。
普通に考えたらオーバーワークの域だ、間違っても余裕があるはずが無い。
時々やってる俺達はともかく二人はよくついてきたもんだ。
そして、さすがに俺も限界だった。
「ふー…」
部屋に戻るとすぐに寝床に身を投げる。
体の痛みで眠れないのが普通だが、その手のことは慣れているから特に問題ない。
それよりも横になった状態で思い返すと、短期間なのに皆随分色々あったように思う。
兄さんと姉さんにとってはいつもどおりの訓練だったが、父さんは成長する俺達と違って元々持っていたものを取り戻す形で強くなっていったため、最終的に序盤と見違えるほどになった。と言うより、父さんにも勝てなくなったんじゃないだろうか俺…
フェイトは楽に…と言うとへんな言い方だが、力まずに武器を捌けるようになった。
一撃一撃であればちゃんと身のこなしと連動した振り方が出来ている。
後半は疲労でボロボロだから、その辺が出来てないとまともに振るう事も出来ないはずだが、ちゃんと振るえていた。
なのはは疲弊しきった状態での模擬戦を繰り返したからか、六日目の十戦目で何発か当てたらしい。さすがにまともに勝てなかったらしいが、当てるだけでも十二分に凄いだろう。
俺は…
「貫徹…か。」
フレアとの仕合で使った対魔導師用の技法。
貫でもフィールド系障壁に阻まれて、徹でもバリアジャケットのせいで決定的なダメージにならない。
だったら同時にこなせば?と言う端的な発想から使ってみたのだが…
難しかった。
何しろ徹はいつどこでどんな体勢でも成せるものでもないし、貫は逆に相手の防御や見切りを見切って攻撃する技。隙を縫うように攻撃する以上、それ以上別の技法を使うとなるとかなり難がある。
だが、魔導師相手ならどうにかいけそうだった。
フレア相手の成功率もあまり高くは無いがクロノなら決まったし、貫を磨けばもう少し活きてくるだろう。
体が動くようになったらまた急がしいぞー…
そう思いながら、俺は眠りに付いた。
…とても…大事な事を忘れたまま。
Side~高町なのは
いつもの早朝トレーニングの時間に目を覚ましはしたものの、体中が痛かった上に二、三日休むように言われていて、それをレイジングハートもしっかり聞いていたから出るに出られずゆっくりしている事にした。
フェイトちゃんにメールでもと打って見ると、フェイトちゃんもバルディッシュに止められたらしい。
手が血だらけで痛そうだったし、無理も無いと思うけど。
それで、朝になって…
「なのはー、速人をそろそろ起こしてあげて。多分寝てるはずだから。」
「はーい!」
下から聞こえてくるお姉ちゃんに返事をして速人お兄ちゃんの部屋に向かう。
二回ノックをするけど、反応が無い。
直接起こさないと駄目だよね、疲れてるはずだし。
ノックもしてあったので、あまり躊躇わずにドアを開ける。
「お兄ちゃん、起きないと学校」
そこまで言って、私はピタリと硬直した。
お兄ちゃんの両脇で、お兄ちゃんを抱え込むようにシュテルちゃんとレヴィちゃんが眠っていたから。
「な…なっ…」
何で三人一緒で寝ているのかとか、まんま私やフェイトちゃんの姿をした二人がお兄ちゃんを抱え込んでいるこの状況とかに頭がぐるぐる回っておかしくなりそうだった。
寝返りしようとしたのか顔を傾けたお兄ちゃん。シュテルちゃんを目の前にする形になって…
見ていられなかった私は慌てて三人に被さった布団を引っぺがした。
「寒い…あ、なのは。どうしたのですか?此処はマスターの」
「そのお兄ちゃんの部屋でどーして三人が一緒に寝てるの!!?」
「マスターが部屋で眠ってしまって寝るところが足りなくなったからですが?」
そうだった。お兄ちゃんはそれでソファで寝るようになったんだった。
だけど…
「それにマスターは女性が好きなようなので、密着して寝る事になっても特に問題ないかと…どうしたのですかなのは?何処か怒っているように見受けられるのですが。」
納得いかなかった。特にそんな理由なら、普段からお兄ちゃんの言動がおかしいのが原因だと思う。
「ん…あれ?朝?」
お兄ちゃんは目を覚ましたのか、身体を起こそうとして自分にしがみついているレヴィちゃんを見る。その後反対側のシュテルちゃんを見る。
「あれ?何でこんなオイシイ状況なんだ?」
…怒るのはやめておいたほうがいいのはわかっていたけど、ちょっと我慢できなかった。
私は近くにあった雑誌を両手でもって振り上げる。
「あ、なのは。…ちょ、ちょっとまて!?俺も何がなんだかわか」
私に気づいて慌てているお兄ちゃんに向かって、雑誌の面を思いっきり振り下ろした。
SIDE OUT