なのは+『風纏う英雄』   作:黒影翼

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第七話・雷神対剣聖

 

 

 

第七話・雷神対剣聖

 

 

 

「あれは大丈夫なのか?」

 

ディアーチェが指差した先では、一挙手一投足に痛みが走るのか、関節が錆びたロボットのような動きで魚を囓るなのはの姿があった。

うーん、さすがにバテたみたいだな。

 

「飛ばし過ぎじゃないのか?まだ初日だろう。」

 

兄さんがそう声を掛けて来る。

無茶して怪我した足の事があるから気にするのも無理は無いのかもしれないが…

 

「兄さんは気にし過ぎだ。極端にオーバーにしてる訳じゃないし、一つ二つの限界位上回っておかないと。」

「限界を上回っては危険なのではないでしょうか?」

 

フレイアが少し心配そうに問いかけてくる。

ベルカの知識から引いても異常なのだろうか?あるいは戦時は訓練で限界超すような真似してる余裕が無かったのかもしれない。

 

「普段から上回りっ放しだとさすがに無理が出るだろうけど、この訓練ってそういうものじゃないし。」

 

そもそも魔導師の訓練とはやる事が別物なんだし、科学的根拠に乗っ取ったトレーニングならジムで機械動かしてた方が余程効率いい。

無茶と呼ばれるだけのメニューをこなす事自体にも意味はあるんだ。

 

「辛いと思うのは慣れるまでだけだから、頑張れなのは。」

「う、うん。」

 

励ます姉さんだったが、トレーニングに一日二日で慣れる訳もなく、一週間程で帰ると言うのに…

 

何となく感づいているのかなのはも愛想笑いを返している。

 

「慣れた頃には帰りの飛行機だろうがな。」

 

だが、この手の意地悪が好きな兄さんがそんな粗を見逃す訳もなく、ばっさりと希望を切った兄さんを、姉さんは恨めしげに見て、なのはは乾いた笑みを浮かべていた。

 

と、談笑している側に転移魔法の反応が表れる。

特に害もないだろうと言う事で光に包まれた魔法陣を眺める。

 

「お、フレア。どうしてここに?」

 

中から現れたのは予想通り知った顔…フレアだった。

 

「休暇を申請してきたから約束を果たしてもらおうと思ってお前の家に行ったら、此方に来ていると言う事で追ってきた。」

 

事情を説明すると、フレアは兄さん達にお辞儀をした後に俺を見る。

約束というと兄さんと試合させてやるって言った件だろう。まだこっちの確約も取れてないと言うのにわざわざ休暇申請してまで来るとは…

 

…と、思い返しているとフレアに睨まれていることに気が付いた。

 

「クロノや彼女達は良くて、私には見せる訳にはいかないと言うのか?」

「へっ?」

「お前達の鍛練だ。」

 

あまり愚痴のような事は言わないフレアはそれ以上続けなかったが、なんか悔しそうだった。

フレアはクロノ達と違って武芸にいち早く興味を持って魔法外の鍛錬として別枠で続けてきたし、純粋魔導師組みがこっちの鍛錬に来ていた事が悔しいのか。

 

それにしても…そんなにハマったか。魔導師としては異端になるんだがな。

 

初めに教えたのも俺な訳だし、仲を取り持つのも俺の仕事だな。

 

「あー…兄さん、フレアをそっちの訓練に混ぜてやってくれないか?」

「何?」

 

兄さんはフレアを改めて注意深く見る。

魔導師としてではないフレアの実力を測ろうとしてるんだろう。

 

「槍使いで技量は俺の一個か二個下。けど魔導師としても異端の戦い方してたからか下地は出来てるし、長物相手の訓練にもなる筈だ。」

 

しばらくフレアを見ている兄さん。

だが、やがて笑みを見せてくれた。

 

「確かに槍を扱う知り合いは身近にいないからな。いい機会だ、よろしく頼む。」

 

フレアは兄さんに向かい合うと…

 

「ありがとうございます。」

 

お礼を告げつつ深く頭を下げた。

にしても兄さんとフレアの仕合か…一仕合位見てみたい所だが…

 

「あ、あの…」

 

おずおずと言った感じで手を上げるフェイト。

なんか言いにくそうだが…

 

「私、恭也さんと試合してみたいです。」

「俺と?」

 

驚いた事に兄さんと戦ってみたいと言い出すフェイト。

 

「その…前から速人の戦い方に興味があって…なのはと戦ったって話も聞いてて…ホントは秘密で魔導師に見せられないんじゃないかって思ってたんですけど、その…フレアさんが一緒でもいいなら…」

 

消え入りそうな声で告げるフェイト。

なるほど。前ついて来た時に止めたから遠慮してたのか。

道理でおっかなびっくりって感じで聞いてくる。

 

確かにホイホイ見せるものでもないが、フェイトはなのはの親友だしフレアに見せていいならどっちも同じ管理局員だ、問題ないだろう。

 

「いいんじゃないか?兄さん。魔法の事知っても記憶消したりしない訳だし、こっちだって少しくらいは。大体俺も戦ってるわけだし。」

「ならお前が試合を引き受ければいいだろう。」

 

フェイトの援護しようとして墓穴を掘った。

確かにそう言われればそうなんだが…

 

「あ、あの…なのはが入院するような怪我を生身で負わせたんですよね?速人は身体強化とか使えるし、もし魔力をまったく使わないで普通に戦ってそんな事ができるなら…見てみたいんです。」

「とは言え飛ばれればどうしようもない身なんだがな。」

 

少し困惑した様子で呟く兄さん。

 

だが事実、なのはとやる時ビルで戦うといって呼び出したのもその一環だろう。

 

御神の剣は戦いに強くあるための物じゃない。最終的に勝てるなら…護れるなら、勝負になる前に『背後からグサリ』でもいいんだ。

そういう意味では、環境、状況が整った状態で向かい合って模擬戦なんて魔導師相手にやれば普通どうにもならないだろう。

 

「飛行、バインド、砲撃抜きでやればいいんじゃないか?射撃魔法ぐらいならどうにかできるだろうし。」

「随分簡単に言うなお前は。性能次第でどうにかなるのは確かだが…」

「大体魔導師はこの世界に来れるんだぞ?違法魔導師が管理局の目をくぐって襲ってきた時の為に仕合くらいやっても損は無いと思うけど。」

 

滅多にあることじゃないだろうが、可能性が無い訳でもない。

特に、わざわざ進入してくるような奴がいるならこの世界の『異能』目当てのはず。

知り合いを考えれば放置する訳にも行かない。

 

「分かった、昼食後にやろう。ただ、記録を取るのは遠慮してくれないか?」

 

いいつつクロノを見る兄さん。

お役所仕事じゃ逐一記録を残してるかもしれないと危惧したんだろう。

だが、クロノのほうは意外そうな表情を見せる。

 

「見せてもらえるのですか?」

 

何かと思えば見せてもらえる事自体が驚きだったようだ。

兄さんは静かに頷いてフェイトを見る。

 

「局員だからというなら彼女もそうなんだろう?今更だな。」

 

こうして、唐突にフェイトと兄さんの仕合が決定した。

魔導師相手に普通にやって勝負になるとも思えないし、やると言うなら本気でやってくれる筈だ。

こりゃ楽しみだな。

 

 

 

Side~フェイト=テスタロッサ

 

 

 

昼食後少しだけ食後の休みを取って、私は恭也さんの試合の為に森に来ていた。

バルディッシュを構えて恭也さんと向かい合う。

 

普通にしているだけのはずなのに、何でだか身体が硬かった。

 

命がかかった戦いも、本物の騎士であるシグナムとの戦いも経験してるのに、そのどちらとも違う。

なのはが言っていた本気の『重さ』はこんなものじゃないのだろうけど、本気じゃない今でさえ身体がこわばるなんて…

 

「…いきます。」

「ああ、いつでも。」

 

私は地を駆け、全力でバルディッシュを振り下ろし―

 

「ぐっ!?」

 

脇腹から伝わった衝撃に呼吸を止められてその場に崩れ落ちた。恭也さんはそんな私の斜め前に立っていて、バルディッシュは恭也さんの足を掠める様な位置に当たっていた。

 

何をされたのかもよく分からなかった。

 

私だってなのはや速人に見せられてから、踏み込みながら防いだり避けたりする技術は知っている。

だけど、当たるかと思ったバルディッシュが空を切ったのが見える前に息が詰まったから正直何があったのかよく分からない。

 

「勝負あり…か?」

「フェイト!何で砲撃とバインドと空戦以外許可されてると思ってる!思いっきりやっても大丈夫だ!」

 

心の何処かで甘く見ていたのかもしれない。

魔導師に生身の人間が立ち会える筈がないって、無意識にでもそう思っていたんだ。

 

シグナム達守護騎士の皆も、クロノも、リライヴも、強いのは分かった。

ちゃんと認識できていた。

 

なのに…分からなかった。

恭也さんには何をされたのか分からなかったんだ。

刀だったら私はもう真っ二つになっているんだろう。

 

「…済みませんでした、もう一回お願いします。」

「分かった。」

 

もう…慢心しない。

 

今できる手を全て使ってこの凄い人に勝ってみせる。

 

「いきます!」

 

私は宣言するのと同時に距離を取り、単発の魔力弾を生成する。

複数発生成する余裕は無いから。

 

「ファイア!」

 

単発での魔力弾。少しでも体勢が崩れてくれれば…

 

と思っていた私は、まだ甘かったらしい。

 

低い姿勢になりながらかわして同時に加速する恭也さん。

要はクラウチングスタートとかと原理は同じなんだろうけど…身のこなしが早すぎる!!

 

けど走ってきたなら方向は急に変えられないはず。

 

私はブリッツアクションを使って背後を取ってバルディッシュを振りかぶ―

 

「っ!」

 

る前に左肩に痛みが走る。

気にする間も無く背後を取ったはずの恭也さんは半回転して私の姿を捉えつつ、左の木刀を一閃。

 

「くっ!」

 

 

何とか防いだ私はもう一回ブリッツアクションを使って…距離を取った。

 

高速移動を攻める為に使えない事に悔しさを感じながら左肩を見ると、針が刺さっていた。

 

振り向きながら投げて当てたのだろうか?投擲まで凄い腕だ…

 

普通にかけてくる恭也さんは、かなり速かったけどそれでも普通の人間の領域だった。さっきまで押されてた人の速さとは思えない。

 

「プラズマランサー…ファイア!!」

 

複数生成した魔力弾を放つ。

 

地面を走っている以上、これなら数発位当たるはず…と思ったんだけど、恭也さんは木に向かって跳躍して、そのまま木を足場代わりに飛んできた。

 

だから考えが甘いって…速人だって壁走り出来たじゃないか!!

 

「ターン!!」

 

反転して恭也さんに迫る魔力弾。

予想していたのか、恭也さんは横に飛んでかわす。

 

いくらなんでも着地すれば隙が出来るはず!

 

私は再度ブリッツアクションを使って恭也さんの背後に移動する。

 

そして…

 

「ここまでだな。」

「え…」

 

 

 

 

『背後から』首筋に当てられた木刀の感触に、私は思わずバルディッシュを取り落とした。

 

 

 

 

 

ありえない。

 

 

 

 

 

こんな事があっていい筈がない。

 

今までの超人的な身のこなしなら、凄いと素直に思うことが出来た。

着地の隙を殺して反応してくるだけならまだ理解できる。

 

けどブリッツアクションの…動作加速の状態で背後をとった筈だったのになんで私の背中から木刀が伸びているのか…

 

生身でブリッツアクションより速く動いて背後を取ったとしたらもう人間じゃ…

 

「ふぅ…」

「恭ちゃん、使う必要あったの?」

「埒があかなかったからな。さすがに魔法相手に普通には勝てない。何ならお前が見本を見せてくれてもいいんだぞ?」

「う…」

 

恭也さんと美由希さんはそれが何なのか分かっているようで、そんな言葉を交わした後私達を置いて自分達の修行に戻っていった。

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 

「…ありえない。」

 

隣で見ていたクロノが、白昼夢でも見たかのように呆然と呟いた。

なのはも言葉が無いようで、フレアは真剣な表情で何かを考えてつつ、兄さん達を追って離れた。

 

驚くのも無理は無い。あんなもの俺ですら理解不能なんだから。

 

やった事は単純だ。ブリッツアクションを使ったフェイトの死角に滑り込んでそのまま背後を取った。

 

 

だが…速すぎる。

 

 

フェイトより速いとは言わないが、それでも一介の人間に出せていい速度、出来ていい身のこなしじゃない。第一初速から最高速近い速度で動くなんて真似が人間にできる筈がない。

 

それに何よりあれは…

 

 

 

 

 

俺が負けた時の、美沙斗さんの姿に重なって見えた。

 

 

 

 

恐らく奥義。それも姉さんの口ぶりからするとかなりのとっておきなんだろう。

 

「…クロノ、ここでの事は」

「分かっている。第一報告できるものか、高速移動魔法を使用したAAAの魔導師の背後を取った管理外世界の人間が存在するなどと…」

 

クロノからの答えは割と予想外だったが、同時に納得も出来た。

魔導師として面子も何もあった話じゃないし、話したところで失笑を買うのがオチだ。

信用されたとしても欲の皮突っ張った連中や変態研究者のせいで混乱を招くだけだ。

 

「サンキュー。」

「礼を言われる事じゃない。」

アッサリしたクロノの反応に、俺はかえって感心した。

普段は身内に振り回されてる感があるが…コイツ人間出来てるなぁ。

 

 

 

 


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