第二話・不屈の心
Side~高町なのは
シュテルちゃんにビルを結界で包んで貰う。これで魔法を使っても大丈夫…
「行こう、レイジングハート。」
『了解しました。』
ビルの中に入る。
『生命反応は一階からです。』
レイジングハートのいう通りに進んで行くと、廊下に構える事もなく立っている恭也お兄ちゃんの姿が見えた。
「…なのは、考え直す気はないか?」
「お兄ちゃんが認めてくれるための条件がこの試合で勝つ事なら…私はいつも通り全力全開で戦う。」
予想通りだったのか、私の答えに目を伏せる恭也お兄ちゃん。
「………わかった、その覚悟が本物なら…見せてみろ。」
お兄ちゃんが宣言すると同時にシューターを…
「ひ…っ!!」
お兄ちゃんが目を開いた瞬間何も考えられなくなった。
怖い?
…違う、死ぬ!殺される!!
勝手にカチカチと歯が鳴り出した。喉が干上がった気もする。
全身が逃げようとしていた。震えて少しも動けなかった。
それどころか今すぐにでも膝が折れて立てなくなりそうで…
『マスター。』
「っ!?」
レイジングハートからの呼び掛けにどうにか意識を取り戻す。
お兄ちゃんは相変わらず立っているだけ。だけなのに気を抜いたらそれだけで意識を失いそうな何かを叩き付けられていた。
相変わらず身体が強張ってマルチタスクどころじゃない。
けど…それでも…負けられない!
「アクセルシューター、シュート!!」
五個のシューターを放つ。
今、これ以上は制御出来ないと思うし、この狭い廊下で避けられるとは思えない。
特に誘導性も無いままお兄ちゃんに向かっていったシューターは…
いつの間にか私の前まで来ていたお兄ちゃんに当たる事無くビルの壁を崩して消えた。
何が起きたのか分からなかった。
確かにまだ身体はこわばってるけど、目は閉じてなかったはずなのに…
「あ…ぁ…」
お兄ちゃんがゆっくりと刀に手を掛ける。
「プ、プロテクション!!!」
慌てて障壁を張った私が最後に聞いたのは…
「薙旋。」
技の名前らしい単語だった。
Side~高町恭也
なのはが展開した桜色の障壁は、薙旋の三撃目で砕けて消えた。
抜刀始動の四連撃である薙旋の残る一撃を受けたなのはは、壁に背を預けて滑る様に崩れ落ちた。
胸元に出来た刀傷から流れた血がなのはの着る服を赤く染めていく。
防護服らしいからもう少し持ち堪えてくれると思ったが…やり過ぎたな。
骨までは斬らない様に調整はしたが、重傷は重傷だ、早めに手当てするべきだろう。
…本当ならここまでするべきじゃないのかもしれないが、実戦ならこの程度じゃ済まない。
確かにこの歳で戦闘者の殺気を叩き付けられて震える足で立っていたのは評価出来なくも無いが…敵にも、守るべき者にもこちらの事情など関係ない以上、やはり早すぎる。
せめて小学校を卒業するまでは、速人にでも戦闘訓練を任せるべきか。
考えながらなのはを抱えるべく手を伸ばし…
「プロテクション。」
桜色の光に遮られた。
「バリアバースト。」
「く…っ!!」
続けられた言葉に嫌な予感がした瞬間…
『神速』に入る。
緩やかな世界の中で後退する。
が、さすがに間に合わず目の前で障壁が爆発し、後退の最中の俺は急激に加速する。
先刻避けた光球が当たって崩れた壁を背にようやく止まる。
煙の中で動く気配がするのを感じる。
意識が飛んで尚戦う事を選ぶのか…
なのはは『いい子』だ。
真面目で優しく、甘え下手で手がかからない。
だからこそ、怖い事でも我慢で出来るかもしれない。
命の危険が怖くないと言うのは人間として終わっているが、ただ我慢するのもまた違う。
恐怖や危機の中で、その怖さを、緊張ではなく集中力や意志力に変えていく、それが出来るだけの下地が出来ているのが戦闘者だ。
魔導師の性質、マルチタスクは聞いていたから研ぎ澄まされた殺気に慣れていないのは分かっていたが、技術や出力と戦闘者としての資質は別物だ。
それが一番の気がかりだったのだが…
生命の本能は死に怯える様にできている。意識が無い…薄い状態で戦いを選ぶのは、本能を超えるだけのものが身についていると言う事。
「ここまで出来るほど強い願いなら、仕方がないか。」
認めるしかない。
真面目なだけの子供じゃなく、本物の戦士として。
Side~高町なのは
…痛い。
良くわからないけど私は立っていた。
何で…こんな事してるんだっけ?
理由は良く思い出せなかった。
けど、このままじゃ大切な何かを失う事と…
簡単に諦めちゃいけないって事だけは思い出せた。
「不屈の心は…この胸に。」
『長距離砲撃モード、スタンバイ。』
…私の始まりの魔法で私の得意技。
『「ディバイン……………バスター!!」』
私はただ真っ直ぐに魔法を放ち、そのまま意識を失った。
Side~高町恭也
神速で窓に飛び込む。
割れた硝子の破片で切れたのか身体が痛むが気にしている場合では無かった。
直後、ビルの壁を突き破って桜色の光が飛び出して来た。
…魔力ダメージとか言っていたが、アレに当たっても死なないのだろうか?
とてもそうは思えない光の柱を眺めつつ、少し淋しく思う。
家の妹は随分遠い世界に踏み込んでしまったんだな…
「無事のようですね恭也。」
「あぁ…だがなのはが怪我をしている。連れて来るから待っていてくれ。」
様子を見に来てくれたらしいシュテルに待って貰い、なのはを抱えて来る。
シュテルはなのはの傷を見て意外そうな表情を見せた。
「重傷ですね。恭也がこれを…」
「どんな状態でも落ち着いていられるか見たかっただけなんだが、思ったより防護服が脆くてな。」
気にしているようだったから答えると、何か納得するように頷くシュテル。
「マスターが貴方を『人間だと思うな』と言っていたので何事かと思いましたが、漸く納得できました。」
「確かに御神の剣士は何処に行っても化け物扱いされると父さんから聞いてはいるが、生身でビルを倒壊させられる人間に言われるのは心外だな。」
否定してはみたものの、単に倒壊させるだけならば時間をかけて柱を徹で切断すれば出来る気がする。
…やはり化け物扱いは変わらないようだな。
翌日、なのはに重傷を負わせた事が原因で父さんと母さんに散々説教を受けた挙句、フレイアさんの魔法では治りきらなかったなのはを診てもらう為に病院へ赴き、神速の多用による過負荷に怒ったフィリス先生の激痛付きマッサージを受ける事になった。
…と言うか父よ、貴方元戦闘者の癖にそんな甘くていいのか。
SIDE OUT
見舞いが終わった後、俺はなのはの話を思い出していた。
「シューターを避けられた…か。」
意図的に隙間を埋めるように五個のシューターを放ったのに避けられた。
しかも高速はフェイトで見慣れている筈のなのはが何が起こったのかわからなかった。
いくら兄さんが化物並とは言え、魔法も無しでそんな真似ができる訳がない。
あるとすれば…
あの時の美沙斗さんか。
俺が負けたとき、美沙斗さんが何をしたのか全く分からなかった。
死角の取り合いと言う点においてなら、昔の俺でも御神の剣士に十分通じるはず。
間違っても正面にいる相手に何をされたか分からないなんてありえない。
でも、現実それが出来る。美沙斗さんも兄さんも…下手したら姉さんも。
…まだ全てを見せきっていない兄さんにすら届いてない。
分かってはいた事だけど、ホント俺まだ半人前なんだな。