幕間・クリスマスプレゼント
はやてと対角の位置に隠れるように静かにしているフレイアの姿を見つける。
さっき二人が話しかけてきた時に四人だと言おうとしたが肝心のフレイアの姿が無かったのが気になったから探してみた訳だ。
「あ、主…」
「よ。」
呼びかけつつ軽く片手をあげる。
俺は持って来た包みをフレイアに渡す。
「まだはやての傍は急か?」
無言だったが、明らかな表情の曇りようを見てると大当たりらしい。
俺が元凶じゃなかったら気にするなって堂々と言えるんだが…
「裁判ついてく訳でもないんだし、今の内に話しておいたらどうだ?」
「ですが私は…」
「無理は言わないが、そこで悲痛な顔してるのが十分話す理由になると思うがな。」
「え?」
意味が分からないのか本当に不思議そうに聞いてくるフレイア。
「その顔が、リンク云々以前にはやてを大事にしてる気持ちそのものがあるって証拠だ。だったら話したほうがいいに決まってる。」
単なるリンクや主従の繋がりなら、はやての事を気にしないで今の主の俺のアドバイスを無条件で聞き入れてはやてのところにいくだろう。
立場を気にしてそれを出来てないって事は、フレイアにとってはやてとの繋がりは単なるリンクじゃないって証拠になる。
「…私がそれでよくてもある…っ!」
はやての事を主と言いかけて口を噛むフレイア。
泣きながら戦ってた事と言い本当に不器用だな。
口直しか俺が渡した包みを開いて中身…翠屋のシュークリームを齧るフレイア。
「美味い?」
「あ、ええ。とても。」
「なら良かった。生きてて良かったろ?」
シュークリームをついばんだ状態で硬直するフレイア。
『生きてて良かったと、必ずそう思わせてやる。』
俺が渋るリインフォースと約束した事。
「もちろん浮かない顔してるのにこれで約束終了なんて詐欺師みたいな事する気は無い。ただ難しく考えすぎなんだって。」
「難しく…」
「美味しいものを食べれて嬉しかった。はやてが好きで、今話す機会があるから話す。どっちも単にそれだけのことだろ。それにどうしても家族に戻りたかったら手が無いわけでもないし。」
「えっ?」
目を見開くフレイア。
期待させて悪いが絶対承諾しないだろうな…
「ザフィーラと結婚する。」
「ぶっ!!」
思いっきり噴出したフレイアはそのまま咳き込む。
「もしくはグレアムさんと結婚して養子縁組かなんかではやてを…駄目か、上下が変わる。」
「あ、主…そういう問題では…」
頭を抑えるフレイア。
普段オーバーアクションはしないフレイアにもさすがに衝撃的ダメージか。
「あ、俺の方は完全に気にしなくていいぞ。はやてを主と呼びたいってんなら俺は別に名前で呼んでくれても一向に構わないし。」
「主は何故…そんなに強いのですか?」
あんまり俺が普通だから疑問に思ったのか、そんな事を聞いてきた。
「んー…昔心が一回凍ってるから常人とずれてるってのもあるのかも知んないな。でもしいて言うならそのすっからかんの状態で核を知ってるから強いように見えるだけかな?」
「核…ですか?」
「そ。さっきからお前が気にしてるのは外側のどうとでも変わる部分の事ばかりじゃないか。俺はサイボーグになろうとプログラム体になろうとしたい事もやることも変わらない。」
言いつつ、俺はフレイアの左胸を指差す。
「称号や呼び名に執着するのは仕事位で十分だ。リンクが切れてるなら管制人格って仕事する必要すらないんだから尚更自分の気持ちで動かないと。」
「私の気持ち…」
胸元に目を落として呟くフレイア。
「いくら主従関係やからって胸つつこうするんは感心せんよ。」
「主!?あっ…」
いきなり現れたはやてに驚いて思わず口を滑らせたかのように口元を押さえるフレイア。
実はちょっと念話で呼んでおいたのだ。
『フレイアいるけど来てくれる気ある?』
と言ったら即効承諾だった。
未だにはやてと呼べない事が立場じゃなくて心が認めてる何よりの証拠だ。
切った俺の台詞じゃないが、素直になれるといいな。
「それじゃ後は仲良くな。」
二人を置いて俺はその場を離れる。
俺もフレイアもいない状態であの三人放っておけないからな。
そう思って急いだんだが…
何でディアーチェとレヴィまでなのはに座らされてるんだ?
「シュテル、どういう状況だ?」
「なのはに説教されているお二人を嗤ったディアーチェがなのはの威圧感に膝を折り、学習能力が無いのかそれを笑ったレヴィが巻き込まれました。」
「うん、的確な解説ありがとう。」
ともあれさすがなのは。瞳一つで兄さんすら屈服させる(シスコン的な部分を突いて)事があるだけのことはある。
「安心していていいのですか?」
「え?」
「師である二人を止めなかったマスターも説教の対象ではないかと。」
冷静に告げるシュテル。
俺がその意味を理解しきった時には、なのはの視線に捕らえられていた。
兄さんには殴られるわ説教の煽りは受けるわ…なんで俺こんな目に?
Side~リインフォース・フレイア
私と主は会場から少し離れた位置に来ていた。
「ふふ…最初ちゃんとリインを連れてきてくれた時は素直に喜んどったけど、そんな簡単な事や無いな。」
少し無理をしたように笑う主。
「…すみません、このような形で残る事は主を苦しめる事になると知りつつ…私は…」
「こら!」
本当に申し訳なくて目を伏せたが、主はそんな私に怒る。
「いなくなっとったら泣き叫んどったわ、滅多な事言うもんや無い。」
言われて、涙を流しながら車椅子でかけてきた主の姿を思い出す。
消えた方がよかったなどと思うのは、主にとっても間違いだったようだ。
「速人君、これが限界だったって謝っとった。命がけで戦って、手配されるかもしれんのにクロノ君と交渉までして…そのずっと手前でばたばたやっとった私やリインが、喜びこそすれ文句なんて言っていい筈無い。」
「そう…ですね。」
私は…きっと不満だったのだろう。
無理して残されたこの状況が、主や私に楔のように違和感を残し続けるから。
仮に消えていたとしても、今より悲しむと主が言っていると言うのに。
私は改めて主の優しさと強さに心を打たれて…
主の瞳が暗い事に気が付いた。
「主?」
「文句なんて言っていい筈無いのに…リインが戻ってこれんのがあの子等が管理局嫌がっとるせいやとか、速人君が何でもっと上手く出来んかったとか、どうしても考えてまう自分がおる。」
綺麗で優しい心を持った主。
その主からこんな気持ちを聞かされる事になるとは思っていなかった。
「自分で何も出来んかったんに!速人君命がけで戦って皆護ってくれたんに!何でシグナム達が動いとった事すら気づかんかった阿呆がこんな事考えて!!私は…」
「泣かないでください主。」
主の瞳に浮かぶ涙を拭う。
主は悲痛な表情のまま私を真っ直ぐに見て涙を流し続ける。
「だってこんな…こんな事ばっか考えて…優しいだなんて言われる資格」
「主は優しいですよ。怒りをそのまま叩きつけるのではなく、自身の心に涙しているのですから。」
勝手に消えてしまえば、主を悲しませていた。
話さなければ、主の涙に気づく事も出来なかった。
「あまり御自分を責めないでください主。私は貴女から十分に幸せをいただけました。」
「けど…」
「主を悲しませる事になる私は、ここにいるべきではないと思っていました。ですが主は言ってくれたでしょう?私がいなくなるのは嫌だと。私も…貴女の悲しい顔を見るのは辛いです。」
主は涙を拭うと、拭いきれない涙を見せたまま笑ってくれた。
「そやね。ザフィーラと結婚すれば嫁いで来れる訳やし。」
「あ、主…」
「冗談冗談。本気ならともかくそんな無理言わんよ。」
からかわれたみたいだが、同時に笑顔が戻ってくれる。
きっと今、つられた私も笑っているのだろう。
…決めよう。
「主、私はこの新たな生を生きてみる事にします。恐らくもう元に戻る事もないでしょう。」
「…そやね。」
これは技術的に出来るできないの話ではない。
別の生となった今、形だけ元の鞘に戻った所で、きっと付きまとう違和感に苦しむ事になるだけだから。
だから…
「これを…受け取ってください主。」
「これを…ってそれ…」
私は主の手に剣十字の紋章を乗せる。
私がリインフォースのまま残せる物を全て詰め込んだ紋章。
渡したら今度こそそれで終わってしまう。
そんな気がして渡せなかった紋章。
「リインフォースから貴女に贈れるものがこれだけでしたので…どうか受け取っていただけますか?」
「けど…これ渡したら…」
「彼ならば大丈夫です。能力の有無で扱いを変える様な人ではありませんから。」
渋る主だったが、彼の事を思い出したのか笑みを浮かべて紋章を受け取ってくれる。
「凄いクリスマスプレゼント貰たな…グレアムおじさんからは今この時間、皆には家族と私の命、そしてリインからはこの紋章…大層なもん貰ってばっかや…プレゼント交換できるようなもん無いよ。」
「でしたら主、私の髪を切って頂けますか?」
私の頼みに頷いてくれる主。
未練を断つと言う意味合いを持つ儀式である事を、読書家の主はご存知だったようだ。
一本のダガーを生成した私は、主に渡して背を向ける。
「…短い間やったけど、ありがとな。リインフォース。」
「それは私の台詞ですよ主。本当にありがとうございました。」
髪を捕まれる感触がして、どれだけの時間がたったのか…
確かに断ち切れる感触を感じた。
振り返った私は主から髪束とダガーを受け取り、消す。
雪が舞うように魔力光が舞い、とけるように消えていった。
「…さて、んじゃ改めてよろしくな。フレイア。」
「はい、はやて。」
確認の意を込めて互いに呼び合い、慣れない感触に互いに苦笑した。
Side~高町なのは
…しっかり見るだけ見た私とフェイトちゃんは、こっそりとその場を離れた。
覗き見したかったわけじゃないんだけど、フレイアさんがふさぎこんでいたのも、はやてちゃんが無理していたのも何となく知っていたから心配だったんだ。
「きっとこれからも大きい小さいはともかくこう言う事はある筈だから、二人が元気になってくれてよかった。」
「そうだね。」
笑いあう私とフェイトちゃん。
と、その間に唐突に顔が現れた。
「にゃあぁぁっ!?」
「シ、シュテル!?」
いきなり現れたのはシュテルちゃんだった。
私達が慌てて離れると、間で物凄くワザとらしく肩を落とすシュテルちゃん。
「まったく大した人達ですね。覗きに殺人未遂の分際でよりによって殺そうとしていた対象が幸せそうにしているのを良かったなどと。元が闇の私達でも恐れ多くて口が裂けても言えませんよ。」
「「ぅ…」」
返す言葉もない。
悲しかったけど、一時とはいえ消滅させるのを承諾したのは私とフェイトちゃんなのだから。
「否定しないのですか?」
「…だって、あってるから。」
悔しいけど、私に出来るだけの抗議はなかった。
そんな私を見ていたシュテルちゃんは、何故か目を伏せて微笑んだ。
「…貴女達は御人好しですね。私が元闇と言うだけで十分全否定する理由になるでしょう。」
「ならないよ。シュテルちゃん意地悪だけど間違った事は言わないし。」
「そうだね。特に真面目な時は。」
シュテルちゃんは私とフェイトちゃんを見る。
笑みは消えていたけど、何故か喜んでいるような気がした。
「マスターと同じ温かさに免じて今回は無かった事にしましょう。ですが覚えて置いてください。貴女達が組織の正義にしたがって動いてゆけばいずれ今回のようにマスターと敵対する事になるでしょう。その時にまだ組織に準じると言うのであれば…この身の魔導の全てを以って貴女達を殲滅します。」
それは宣誓。
私は緊張しなきゃならないはずのその言葉が、とても嬉しかった。
だって、速人お兄ちゃんの事がどうでもいいならこんな事言いに来る筈が無いから。
「敵対なんかしないよ…絶対。」
「お兄ちゃんが無茶するなら危ない事になる前に止めるつもり。」
フェイトちゃんに続くように自分の気持ちを伝える。
しばらく私達を見ていたシュテルちゃんは、手を差し出してきた。
「いいでしょう、なのは。フェイト。その誓いが破られぬ間は私も破壊に走る事はしません。…確か、名前を呼べば良いのですよね。」
それは、私の記憶。
友達になるための初めの一歩。
「あ…うん!うんっ!!よろしくねシュテルちゃん!!」
「ま、待ちなさいなのは。片手を両手で握って振り回しては腕が痛いです。」
「じゃあ私はこっち。よろしくシュテル。」
「何でフェイトまで真似るんですか。まったく…」
文句は言ってるけど振り払ったりはしないシュテルちゃん。
誓いを護ってる間の事だし、無条件で喜んじゃいけないのは分かってるけど…それでも嬉しかった。
ディアーチェちゃんは気難しそうだけど、宵の騎士の皆も何とか名前で呼んでくれるようになるといいなぁ…
SIDE OUT
本日はここまでです。