第十六話・悲しみとの戦い
Side~クロノ=ハラオウン
僕はなのはたちの戦闘を遠巻きに見ていた仮面の男…リーゼアリアとリーゼロッテの変身魔法を解除しつつ捕らえて、本局に戻っていた。
「リーゼ達の行動は貴方の指示ですね…グレアム提督。」
「違うクロノ!」
「アタシ達の独断だ、父様には関係ない。」
「ロッテ、アリア、いいんだ。」
僕の言葉を否定するリーゼ達を何かを諦めたように止めるグレアム提督。
「彼にも知られていたくらいだ、クロノだってあらかた掴んでいるんだろう?」
「やはり速人は知っていたんですね…」
「な…」
「父様、それは本当なのですか?」
先刻僕が捕らえて連れて来たリーゼ達はその事実を知らなかった。
知っていて止めずに一緒にいたなんて…何のつもりだまったく…
「聡い君の事だ、大体の察しはついているだろう?」
「転生機能を持つ闇の書を封印するには、主ごと封印する必要がある…八神はやてが罪人になる前に封印を実行しなければならない。そう言う事ですね。」
提督は静かに頷く。
父さんが死んでしまったことを今も悔やんでくれている提督が、闇の書の封印方法が分かっていて僕や母さんに相談しないはずが無い…それが違法でもなければ。
だから、逆にこの結論に簡単にたどりつけてしまった。
「クロノ、今からでも遅くない、私達を解放して。」
「違法だと分かっているのにみすみす自由にする訳には行かない。」
「アンタの父さんだってそんな決まりのせいで死んだって言うのに!そんなに決まりが大事なのか!!このまま暴走して何もしなかったら星ごと撃ち抜く破目になる事位わかってるんだろ!アタシ達が何もしてなくたって、こんな悲劇がずっと続くだけだ!アンタはそれでもいいの!?」
身を乗り出したロッテの叫びに、前の僕は返す答えを持っていなかった。
…十中八九そうなる筈で、それが許される訳ない。
そう…十中『八九』。
「アンタまさか、全部上手くいく可能性に賭けるなんて」
「ああ。」
「ふざけ」
叫ぼうとしたロッテを手を上げて制する提督。
「彼…高町速人の影響かい?」
「そうですね。」
僕が言った事が意外だったのか、提督は少しの驚きと共に肩を落とす。
彼の事だ、提督にも自信満々に告げたんだろう。
「まさか君がヒーローに憧れるとは思っていなかったが」
「そんな理由じゃありませんよ。」
予想通りヒーローと名乗って行ったらしい。
だけど僕はそれを否定する。
別に違法、違反、無理、無茶、作戦行動無視、単独行動と上げればキリが無いデタラメで、犯罪者まで救おうとする馬鹿の真似をする気は無い。
ただ…一つだけ残っている言葉がある。
「『自分の未来だって分からない人間が、人の先の価値など分かる筈がないんだ、ましてや勝手に決めていい筈も無い。』だから彼は全てを救おうとしているそうです。僕はそれを聞いてから少し考えました。その言葉は正しくても、僕達が彼の無茶をなぞる訳には行かない。ならどうするか…」
少しの間をおいて、僕は自分が出した答えを告げる。
「その為の裁きの基準が法です。僕達個人が勝手に裁く訳にはいかない人を切り捨てる許可が出る最終ライン。その後がどんなに危険であると予想したところで、個人で勝手に裁く訳には行かない。今八神はやてを裁く訳には…封印する訳には行かないなら、救うしかない。」
「世界がそんなに優しいなら、クライド君だって死んだりしてない!!!」
僕の言葉が続くほどにその表情を険しいものに変えていたロッテが、力いっぱいにソファを叩いて叫んだ。
それだって痛いほどに知っている。
だけど…
「それを受け入れるなら、優しくない世界にいた父さんは『死んで当然だった』事になる。」
「っ!!」
「悪いが僕はそう思えない。折角裁きのラインを超えない所にいる人を、むざむざ封じて悲劇や犠牲を認めるくらいなら…変えられない過去を背負って今を戦い、未来を変える。」
そう締めくくった時、グレアム提督が何かに気づいたように僕の目を見た。
「ただの子供が言う台詞に何故ああも心を打たれたのかと思っていたが…眼が本物だったからか。」
それはきっと速人の事だろう。
僕の目を見て納得するのは彼に似ていると思われたようで心外だが、少なくとも彼はただの子供じゃない。
「アリア、デュランダルを。」
「父様…」
「氷結の杖デュランダル。今の私が君に託せる唯一の力だ。」
提督の手から差し出されたカードを受け取る。
「デュランダル、確かに受け取りました。」
「ああ、それと…すまないが少し頼まれてくれないか?」
受け取ったカードを手に頭を下げた僕に提督は…
「速人君からのアドバイスでね、詫びるならクリスマスプレゼントを用意しておけと言われているんだ。しばらくここを出られないだろうし、通販カタログを貰えないか?」
そんな二三ずれた事を言ってくれた。
彼はどこまでふざければ気が済むんだまったく、提督にまでそんな軽口を言っていくなんて。そう少しだけ憤って…
はやてが無事に救えなければ意味がない事に気が付いた。
つまり、悲劇が予定された未来を変えられると信じて待ってくれると言う事。
「分かりました、ではこれで。」
託されたデバイスを手に見せられた表情はきっと自然な笑顔だっただろう。
鏡も見ていないが僕はなんとなくそう確信していた。
SIDE OUT
「はああぁぁぁっ!!」
リライヴの一閃は闇の書の障壁に食い止められた。
嘘だろ…アイツが破れない障壁なんて…
仮にあいつの言うとおりまんまなのはの20倍の魔力持ちでも魔力を超高密度で集束させたアイツの剣なら斬れない訳が無い。
なのはの砲撃と同じ魔力消費ですら、事刃の一点だけに関しては数百倍の強度が出せる筈。
…アイツが全快じゃない?
「く…さすがにかなりの強度だね…ん?」
俺は闇の書から距離を取って傍に来たリライヴに近づいて…
「えい。」
思いっきり抱きついた。
「つっ!!?な、何でいきなり抱きつくの!?離れてよ!!」
割と本気ですぐもがきだしたので離れる。
男が嫌いとか言ってたけど、どうやら筋金入りみたいだな。
「せ、戦闘中に何してるのお兄ちゃん!!」
「そうだよ速人!そ、そんなに女の子が欲しいの!?」
「うん、二人が普段どういう目で俺を見てるのかよく分かった。」
なのはとフェイトの二人の視線が結構痛かったが、今はそんな事を言ってる場合じゃない。
「リライヴお前、怪我完治しないまま来たな?」
「…まいったな、さすが速人。」
「「えっ?」」
俺の指摘に困ったように苦笑を浮かべるリライヴ。
なのはとフェイトは揃って仲のいい驚き方をする。
あれだけ普段から顔に出さない奴が思いっきり表情歪めたからな。一瞬とは言え。
いくらリライヴでもダメージあるまま前衛はキツいな。
「下がってろ、俺が前に出る。」
俺はそれだけ言って闇の書に向かって突っ込んだ。
剣が通らなくてもあいつなら遠距離だって出来る。
だったら俺は徹をちらつかせてしめはなのは達に任せればいい。
「はっ!!」
俺が振り下ろした一閃は障壁に命中し…
爆発した。
「な…んだとっ…!?」
これは…確かなのはが使うバリアバースト?
吹き飛ばされてろくに体勢も整えられないまま砲撃が迫ってきて…
桜色の障壁が目の前に展開された。
「私だって…ちゃんと役に立てるから!!」
「なのは…」
砲撃を防ぎきったなのはがシューターを放つ。
多方向から迫るそれらに対して全方位防御を張る闇の書。
「スパイラルバスター!」
「く…」
リライヴが放った砲撃が防御を貫いて闇の書を吹き飛ばした。
全方位で防御力が低かったのか。
「はああぁぁぁっ!!」
速度自慢のフェイトが吹き飛ばされた闇の書に追撃をかける。
ハーケンフォームのバルディッシュを振り上げて、一閃。
「く…っ!!」
鎌は体勢を立て直した闇の書の障壁に遮られる。
闇の書が赤いクナイを作り、撃ちはなった。
「風翔斬『ウィンドスラッシャー』!!」
抜き放った俺の剣閃が、フェイトに着弾する前のクナイを切り払った。
フェイトはその隙に再び距離を取る。
間一髪ってとこか。
「怪我を確かめて前に出たのはいいけど、焦りすぎじゃない?ヒーローさん。」
「む…確かにちょっと焦ったかもな…」
実際問題として、魔導師としては皆俺より桁違いに上の連中な訳で、徹一本で戦うわけにも行かないし、攻めに出過ぎるわけにも行かないか。
何よりはやてを起こすのが目的出しな、今の所。
「闇の書さん、ちょっと質問なんだが後どれ位保つ?」
「黙れと言っている…」
「あんまり時間なさそうだな。」
話しかけてみたが思っていたより苦しげな反応が返ってきた。
むぅ…あんまり時間はかけてられないか?
「あの、何の話?」
事態についていけないらしいなのはが俺に疑問を投げかける。
あ、ユーノ説明できてないのか、時間もないししょうがないが。
「彼女の自我で行動できる時間さ。それを過ぎたら後はただの破壊者になる。」
「自我って…それがあるならなんでこんな真似を!!」
フェイトが闇の書に向かって怒鳴る。
何かあったのか?普段はもう少し落ち着いてた様な気がするが…
「我は闇の書…ただの道具だ、主の願いを叶えるだけの…」
「願いを叶えるだけ!?そんな悲しい顔でただの道具だ何て誰も信じないよ!!」
あー…無理すると拒絶反応が起きて暴走するからなんだろうが…
聞かないだろうなぁウチの妹。普段から無茶する前提で行動してるから、人並みってのわかってないだろうし。
「このっ…駄々っ子!!」
瞬間、フェイトが飛び出した。
今まで見たことも無い速度、おそらく話にあった強化時に追加したソニックフォームとか言う奴だろう。
持っているのがいつの間にか二本の剣になっている。
「すずかははやての親友なんだぞ!」
だが、いくら速くても突っ込んで切りかかる一撃は丸見え。
闇の書は振り下ろされた一撃を簡単に防ぐ。
熱くなりすぎだアイツ…そう思った瞬間…
「それを危険に巻き込んでおいて何が!!」
「何?」
闇の書の背後にフェイトの姿があった。
速い…当たった瞬間に一気に高速移動で回り込みやがった。
背後からのフェイトの一撃は辛うじて間に合った闇の書の障壁に防がれる。
だが、フェイトは更にそこからもう一度背後を取って…
大剣を振り上げていた。
「『はやての願いを叶える』だ!ふざけるな!!」
文句なしの高速コンビネーション。オマケに最後が強打。
焦りすぎかと思ったが格ゲーもビックリの前後からの連続攻撃。
これなら通じるか、そう思ったが…
大剣を『開いた』書で防がれた。
…なんか嫌な予感がした。
感じた瞬間に俺は空を駆け…追い抜いていくリライヴの影を見た。
「させるかっ!!」
開いた書を無理やり閉じようとするように横から蹴りかかるリライヴ。だが、わずかに下げられた書の見開きをフェイトと同じように叩く事になる。
一方、先に攻撃を仕掛けていたフェイトは光になって書に吸い込まれていく。
「ったく、お前まで同じ事やってどうすんだよ。」
危険な感じはしないから吸い込まれても無事だろうが、今リライヴに抜けられるのは痛い。
俺は消える前にリライヴの手を掴む。
「あっ!ば、馬鹿!!」
「へっ?」
リライヴのらしくない焦った声に自分の身体を見れば、彼女と同じ光が俺の身体を取り巻いていた。
…魔法だもんな、物理的に引っ張り上げるのとは訳が違ったって事か。
「えっと…悪いなのは!しばらく一人でよろしく!!」
「お…お兄ちゃんの馬鹿あぁぁぁっ!!!」
なのはの悲痛な叫び。
まぁ…推定とはいえ二十倍だもんなぁ戦力差。
そんな場違いだろう感想を抱きつつ、俺の意識は暗転した。