第十三話・闇の書の覚醒、終局は悲劇と共に
Side~高町なのは
リライヴちゃんの事をすぐに言わなかったからクロノ君にちょっとだけ怒られて、何もない時間が続く。
蒐集は続いてるみたいで時々魔力を失った生き物が見つかっていたけど…リライヴちゃん怪我してるし凄く慎重になってるみたい。
「前回片付けられなかったのが痛いな…」
「君が言う事じゃないだろうフレア。」
前回…つまりお兄ちゃんが入院する事になったあの日。
完全に捕まえられたのはあの日だけで、局員さんが張り込んでいるけど上手く逃げられてる。
「速人はまだ迎えに行かないの?」
フェイトちゃんの質問に、クロノ君は頷く事で答える。
怪我はもう大丈夫だって聞いてるけど、まだ戻って来てない。
この間みたいな無茶をしたら困るからだけど、仲間外れみたいでちょっとだけ嫌な感じ。
「どちらにしろ彼は女性相手にまともに戦えないようだからね、今回みたいな怪我をされるくらいならおとなしくしていて貰った方がいい。」
速人お兄ちゃんはあんまり人を倒すような事をしたがらないだけなんだけど…なんか女の人に優しいと勘違いされてるみたい。
どっちにしても守護騎士さん達とは戦えないんだけど。
「所在が発覚すれば忙しくなる、なのはとフェイトはそれまではゆっくりしていてくれ。」
「ありがとうクロノ君。」
「ありがとうクロノ。」
私とフェイトちゃんにお礼を言われたクロノ君は少しだけ顔を逸らす。
「前衛の君達には戦闘時に万全でいて欲しいだけだ。他意はない。」
「照れてるね。」
「そうだね。」
「やめてくれ二人共…」
少し困った様に額を抑えるクロノ君が、なんだか新鮮で楽しかった。
折角羽を伸ばせる時間を貰ったから、という事で、急になるけどはやてちゃんのお見舞いに行く事にした。
こういう機会がいつあるかなんて分からないし、出来るだけ会っておきたいから。
「でも良かったまた来れて。」
「はやてちゃん元気だといいけど。」
先導しているすずかちゃんが扉を開いて…
「あ、お邪魔します。シャマルさん、シグナムさん、ヴィータちゃん。」
「「え…」」
はやてちゃんに寄り添う三人の姿に硬直した。
思いっきり動揺しちゃったけどはやてちゃんに怪しまれる訳にはいかないから何とか取り繕…ったんだけど、ヴィータちゃんが物凄い形相で睨んで来るからあんまり意味がなかった。
「こらヴィータ!睨んだらあかんよ。」
「睨んでねーです。」
「にゃはは…」
誤魔化すのにどうにか苦笑するしかなかった。
けどいつまでもこうしている訳にもいかないし…
「あの…シグナムさん、シャマルさん、ヴィータちゃん…少しお話しませんか?」
「いいだろう…」
私達は機会を待ってはやてちゃん達の元を離れ、屋上に向かった。
「…闇の書を覚醒させようとしていたのははやてちゃんの病気を治す為ですか?」
「ええ、そうよ。」
今更隠す事でもないからか静かに答えてくれるシャマルさん。
フェイトちゃんが進み出て質問を切り出す。
「闇の書は今願いを叶えようとすると主ごと破壊をもたらすのは…」
「リライヴから聞いた。話だけならば兎も角、闇の書の事件の記録と被害規模まで載ったデータを見せられれば信じない訳にもいかない。」
「ならどうしてっ!!」
訳が分からなくて叫ぶ。だって守護騎士の皆がはやてちゃんの事を死なせていいなんて思ってる筈が無いから。
「はやての病気は闇の書が原因なんだよ、魔力を蒐集したがってる闇の書を放置し続けてっから。蒐集してはやてが闇の書の主になったら、別に使わなくたって治るか少なくとも死ななくて済むんだ。」
「主はやての友人であるお前達を討ちたくは無い、主の病が治まれば罪は償うつもりもある。出来るなら後僅か…おとなしくしておいてはくれないか?」
したくも無い筈の悪行を傷付いてまで繰り返して、はやてちゃんを守ろうとしているのが本当によく分かった。
とっても大事に…それこそきっと、もし本当に危険な事があったらきっとこの二人は命懸けでもはやてちゃんを守り抜く。
それが本当によく分かったから…
本気で怒った。
Side~フェイト=テスタロッサ
私は迷っていた。
騎士まで名乗る彼女達、私達が管理局に何も言わずに無かった事にすればきっと二人ははやてが治った後に出頭してくれる。
それだけじゃない、病院で治療出来ない上に日に日に容体が悪化しているらしいはやてが治るかどうかがかかっているんだ。
無理やり闇の書から引き剥がす方法も分からないし、管理局は発動したらクロノのお父さんごとでも撃つ。
人を襲っているとはいえ後遺症が残っている事例も無いし、このまま見逃すべきなんじゃないのか…
そんな考えに引き摺られてしまっていると、なのはが質問を投げ掛けた。
「はやてちゃんと一緒に管理局に来てくれる気はないですか?魔力を蒐集されていない人もいますからきっと闇の書の完成に必要な魔力はあります。」
名案だと思った。少し休めば治るしそれなら私はすぐにでも魔力を蒐集される気はある。何しろはやての命がかかってるんだから。
「お前達は兎も角、管理局が闇の書の完成を許可するとは思えん。」
「あ…」
でもダメだった。
シグナムの言う通り、管理局が闇の書を完成させる訳が無い。
どうしよう…どうすればいいんだろう…
何も思い付かないまま考え込んでいると…
「わかりました。じゃあ少しおとなしくしてて下さい、はやてちゃんは私達が治します。」
なのはがそう言ってレイジングハートを手に取った。
最初は分からなかった。なんでなのはがそんな事を躊躇いもなく言うのか。
ただ…一つだけ分かった事がある。
なのはは怒ってた。本当に物凄く。
「っざけんな…ふざけんなああぁぁぁっ!!…はやてが元気になるんだ…必死に頑張ってきたんだ…もう後ちょっとなんだから…邪魔すんなあぁっ!!」
展開されるブースター付ハンマー。
ヴィータによって振るわれたソレはなのはが展開した防御魔法に直撃する。
カートリッジロード所かまだ起動していないレイジングハート。
そんな状態で張った防御魔法がいつまでも保つ筈が無い。そう思っていたら…
防御魔法がハンマーを受けている箇所を残して小さくなっていく。
フレアさんやリライヴが攻撃に使っている魔力集束による魔法強化だった。
「生きてれば…何でもいいの?」
「何だと?」
「家族が知らない所で人を傷付けるのも、ソレが原因で捕まって独りぼっちになるのも辛いし、何より…」
いつまでたっても破れない防御に距離を取るヴィータ。
なのはは上げていた腕を降ろしてレイジングハートを展開する。
「全部終わった後に自分の為だったって知って、『無事でよかった』って笑顔を向けられるのを見ているだけしか出来ないのがどれだけ辛いかわかってるの?」
何でなのはが怒っていたかがそこでようやく分かった。
速人が傍にいるから。
いつでもなのはの事を気にかけていただろうし、無茶な事も当たり前みたいにやってた筈だ。
と言うよりも今現在もその無茶が原因で病院にいる。
速人は多分気にもしていないんだろうけど、見ている方はそうも行かない。
なのはは、きっとずっと見ているほうだったんだ。
「…分かっているのかと聞くならば、お前達とて自身の主が死に行く様を間近で見ていると言う事がどういう事かなど知らないだろう。所詮言葉を交わした所で無為と言う事か…」
「そんな事ありません。」
私はバルディッシュを展開する。
…私の時だってそうだった。
敵だから意味がないって、結局戦うって言ってた私が今ここにいる。
今すぐに届くかどうかは分からないけれど…届いて受け入れて貰えるかは分からないけれど…
それでも、伝える事に意味がないはずがない。
「貴女達を止めて、はやても助けて見せます。信じられないなら…想いも力も、いくらでも届くまで見せるまでです。私もそうして助けられた身ですから。」
「フェイトちゃん…」
なのはを横目にして頷く。
後はこの言葉を嘘にしないために戦うだけ。
「管理局にはやてちゃんの事を伝えられる訳には行かないわ、二人とも、お願いね。」
「ああ…もはや後には引けん、全力で行くぞ!!」
「後ちょっとではやてが治るんだ…ぜってぇに負けねぇ!!」
ヴィータとシグナムがデバイスを構える。
…今までとは違う、多分余力とか非殺傷とか他の事を考えない文字通りの全力。
はやての事を私達が知ってしまったから逃がす気が無いんだろう。
「少なくともこのままじゃ絶対にはやてちゃんが傷つくだけだから…全力で止めるから!」
「行きます!」
きっと戦うべき人達じゃないけれど、それでも今は負けられない。
今賭けられる自身の全てを賭けてでもこの戦いに勝ってみせる。
私はそう誓って地を駆けた。
Side~高町なのは
私はヴィータちゃんと戦っていた。
始めて襲われた時以来、リライヴちゃんと戦ってばかりであまり強さを知らなかったけど…本当に強い。
『プロテクション・パワード。』
「く…ぅっ!!」
振るわれる一撃をカートリッジで強化した障壁で受け止める。
こうでもしないと止めきれないし、さっき一回だけやった魔力集束は物凄く難しい。
それに受けてから小さくしてたら間に合わない可能性があるし、小さくしたら受けられないかもしれない。
「ゴメンねヴィータちゃん。」
「あ?」
「リライヴちゃんといたときに、軽く見ちゃってたから。強いやヴィータちゃん。」
私の言葉に顔を逸らすヴィータちゃん。
「アイツと比べられたらしょーがねーよ。時間稼ぎのつもりか?」
「…そうだね、まだ戦闘中だもんね。けど、もう一つだけいいかな?」
私はレイジングハートを一度だけ降ろす。ヴィータちゃんも止まってくれた。
「私、高町なのは。私立聖祥大学付属小学校の小学三年生。友達になってくれる気になったら…ちゃんと名前で呼んでくれると嬉しいかな。」
「…ねぇよ。」
「あるよ。ちゃんと皆生きて終わるから…終わらせて見せるから!」
私はレイジングハートを構える。
これ以上は今はいい。
「アクセルシューター!シュート!!」
私は十数個のシューターを放つ。ヴィータちゃんはそれを前にして…
ハンマーを一閃して数個を弾き飛ばした後突撃してきた。
「なっ…」
「もう引いてる余裕はねぇんだ!相打ちでアタシのアイゼンより威力が高いか試して見やがれぇっ!!」
咄嗟に防御魔法を展開するが、シューターの制御をしながらヴィータちゃんの一撃を防ぎきれる盾なんて張れない。
障壁が威力を殺している間にシューターを叩き込む!!
残りのシューターが殺到して…
ヴィータちゃんの背後で爆発したのが見えたと同時に吹き飛ばされていた。
Side~フェイト=テスタロッサ
私はシグナムと何度か斬り結んで分かっていた。
普通にやってたんじゃ絶対に敵わない。
彼女は強い、本物の騎士だ。普通に戦っていたら負ける。なら…
「バルディッシュ、全開で行くよ。」
『イエス・サー。ソニックフォーム、スティンガーブレードモード。』
私は今ある全力を出す事にする。
「装甲をさらに薄くしたか…緩い攻撃でも当たれば死ぬぞ?それにその剣は…」
私はシグナムが言うとおり、機能のすべてを速度に集中させたフォーム、ソニックフォームに換装して、二刀剣を持っていた。
移動の速さと攻撃の速さ、二つの速さに特化させる為に生まれたこの形態。
晶さんや速人の訓練を見ていなければ思いつかなかったと思うけど…
「貴女は強いから…勝つためには、全力が必要ですから。」
そう…全力。
当たれば死ぬとは言うけれど、元の防御力だって当たったら『負ける』。
だったら何の変わりもない。
私は負けられないし、負けるわけには行かない。
何よりも…そんな元々たいした能力でもなかった部分を保身のために補った所で、彼女には届かない。
「お前といい速人といい…こんな出会い方でなければ本当に心躍る戦いを見せてくれるものばかりだった…だが!我等は」
「止まれないんですよね、知っています。私もそうでしたから。」
私だってそうだった。
いつも辛くて、それしか方法がないと思ってて、犯罪にまで手を染めて。
そんな事をしなくたって全てかなえて見せた人がいる。
だから…
「だから…『止め』ます。はやての悲劇も貴女達の涙も。これはそのための力ですから。」
私は構え、シグナムと向き合う。
すれ違いざまに一撃を叩き込む、それしか方法はない。そうなると通常機動で攻撃を仕掛けなければいけないが…
ソニックフォームなら抜ける。
「はあぁぁっ!!」
経験、自力で上回る彼女相手に下手な小細工が通用するはずがない。
速度を生かした突撃に全てをかけて…
「だが…甘い!!」
それでもただの突撃はシグナムに完全に見切られた。
タイミングを合わせて剣が振り下ろされ…
すれ違った後、私は膝を折った。
Side~高町なのは
「く…くっそぉ…なんて威力だよ…っ!」
「ヴィータちゃんこそ…っ!バリアを爆発させたのにここまでダメージ受けるなんて…」
かなりのシューターを直撃したヴィータちゃんと、障壁を抜かれる前に爆発させた私では、若干私の方が余裕があった。
もっとも、それでも止まらなかったから直撃を受けてバリアジャケットのリボンが吹き飛んじゃったけど。
「まだ…ついてきてくれないよね?」
「あ、当たり前だ…」
「なら…やろう、最後まで。」
私は胸を押さえていた手を離して構える。
ヴィータちゃんは歯を食いしばってデバイスを振り上げ…
私の身体が青いリングに包まれた。
Side~フェイト=テスタロッサ
「私の…勝ちです。」
私は切り裂かれたする右腕を押さえ振り返る。
そこには同じように崩れ落ちているシグナムの姿があった。
すれ違いにタイミングを合わせられるとは思っていた。けど、二撃は振れない筈。
だから、一刀を盾に剣閃を逸らしてもう一刀で魔力ダメージを叩き込んだ。
確かに腕の出血は酷いけれど、それでも大幅に魔力を消耗したシグナムと違ってまだ動ける。
「く…っ、この程度の魔力ダメージで…」
「分かってます。完全に勝敗が決まるまで…止まれませんよね。」
出血はあるけど動く。私は改めて二刀を構えて…
バインドによって拘束された。
Side~ヴィータ
いきなり高町なのはが拘束されて、周囲を見渡す。
あたし達の上空に、仮面の男が無数のカードを持って浮いていた。
「てめぇっ…リライヴをどうしやがった!!」
アイツがやばいって言ってたのと、このタイミングで割って入ってきた事。どう考えても危険としか思えなかったアタシは、拘束されている高町なのはは放っておいて仮面ヤローの撃墜に向かった。
「貴様…っ!!」
シグナムも同じだったのか飛んでくる。
いくらこいつが強くたってバインド制御しながらあたしら二人を相手に…
「だめっ!仮面の人は一人じゃないの!!」
高町なのはが叫んで…
シグナムが吹っ飛ばされた。
「シ、シグナム!!てめぇっ!」
「消耗している今のお前達が我々に敵う筈もないだろう。」
アタシが振るったアイゼンはアッサリつかまれて、逆に捕まってしまった。
「く…っそぉっ!!」
「呪われたロストロギアの守護騎士…貴様らなど存在自体が『害悪』なんだよ。」
アタシはそのまま地面に叩きつけられ、シャマルとシグナムの悲鳴を聞いた所で…
消えた。
Side~高町なのは
はやてちゃんが主だった事に驚いて、ヴィータちゃんとの戦いに全力を注いでいたせいで、一番気をつけなきゃいけない人達に捕まってしまった。
「なのは…破れる?」
「ちょっとダメージ受けた胸を縛られて…痛くてあんまり集中できない…」
「私も肩に…簡単なバインドならともかくこれじゃ…」
さっきからずっとズキズキと痛みが邪魔して上手く集中できない。それでも徐々に解いてはいるけれど、私とフェイトちゃんをまとめて拘束している水晶の結界みたいなのがとても丈夫な上私たち自身にも複数のバインドがかけられている。
闇の書にヴィータちゃんたちが吸い込まれてしまった後、駆けつけたザフィーラさんも吸い込まれて…
通信は届かないし、私達が何とかしないといけないんだけど…
「「っ!!」」
そうしているうちに、変化していくはやてちゃんの姿が見えて…
変身後に巨大な球体を作り出した。
「まずい…今あんなの撃たれたら…」
さすがにダメかもしれない。そう思ったその時…
「……ジュエルシードに闇の書の主、つくづく面倒に見舞われやすいなこの町は。」
私達を拘束していた結界が一撃で砕け散った。
バインドまで正確に切り裂かれている、こんな高等技術を高威力で繰り出せるのは…
「現状を教えろ。あれが闇の書の主と言うのなら下手に傷つけることもできん。」
「えっ?」
想像通り、黒い光を纏った槍を持つフレアさんがそこにいた。
でも、あのフレアさんが闇の書の主を下手に傷つけられないって…
「赤い騎士から聞いた情報を信じるならばロストロギアに取り込まれただけの一般人だ。我々の救出、保護対象であって殲滅対象ではない。」
「あ…は、はいっ!!」
フレアさんは確かにちょっと酷い事も躊躇いなくするけれど、最初から言っている通り『無辜の民』と言うものにはとてもやさしい。
仮面の人が管理局員だって聞いた上、ヴィータちゃんをだましたからちょっと悪い人だと思っちゃったけど、やっぱりフレアさんはフレアさんだった。
心から信じてなかった自分をちょっとだけ反省させて、はやてちゃんが変化した闇の書さんに向かい合った。
SIDE OUT