第十一話・予期せぬ遭遇
「さて…と。」
本局医療施設の豪華なベッドに身を預けて今後の予定を考える。
無抵抗でこの場所まで来たのには訳がある。
さすがにこのまま黙って戦線離脱する気も無い。
「気分はどうだい?速人君。」
「さすがに技術力が違いますね、これだけ身体に負担が来ないベッドは初めてですよ。」
俺は部屋に入って来たオジサンに笑顔で答える。
ギル=グレアムさん。
クロノの親父さんと親友だったらしい彼は、人柄の良さそうな笑みを浮かべて笑う。
「確かにな。市販品にはそこまで桁外れな差は無いが、動力源や最高峰の技術に関しては舌を巻くよ。車が水で走ると聞いたら地球の技術者はひっくり返るだろうね。」
「全くです。そういや猫姉妹さんは?」
前あった時に使い魔とか言っていた二人がいない。
てっきりいつも着いてるもんかと思っていたが、グレアムさんは少しだけ暗い表情を見せる。
何かあったのか?
「ああ、二人なら療養中だよ。」
「療養中?何かあったんですか?」
「少し襲われてね…君は二人より自分の心配をした方がいいんじゃないのかい?頭を怪我したというのに。」
返す言葉もない。全く以てその通りだ。
ま、検査結果も良好だし、迎えがくればすぐにでも参戦出来るんだが。
「今後の事は聞いているかね?」
「いえ、検査結果も問題なかった事だし戻ろうかと。」
「自力では戻れないだろう。アースラが来るまでは私が君の身柄を預かろうと思っている。同郷の身だ、気にする事はない。」
誘ってくれるとはありがたい。事件からあんまり離れ過ぎて知らぬ間に何もかも終わっちゃってたら情けないにも程があるからな。
「それじゃ厄介になりますね。」
断る理由もない申し出だったので、素直に受けてついて行く事にした。
Side~高町なのは
お兄ちゃんの検査結果の連絡があって、特に問題なかったみたい。
取りあえずこれで一安心。
闇の書についてはユーノ君が無限書庫って所で調べているみたいで、幾つか分かった情報が届いた。
本当は夜天の書って言う名前だったって言う事、悪いプログラムを組み込まれたせいで災いをばらまくようになった事。
守護騎士プログラム…って言って、書と主を守るプログラムが彼女達…ヴィータちゃんやシグナムさんの正体である事。
前の戦い以来彼女達を追いきれていない上、お兄ちゃんやクロノ君を襲った仮面の人の事も全く分かっていない。
大変な時なんだけど…
そこはそれ。皆といる時はやっぱり普通の小学生に戻ろうと思います。
「八神はやてちゃんかぁ。」
私達…私とフェイトちゃんとアリサちゃんとすずかちゃんの四人は、すずかちゃんが図書館で知り合ったって言うお友達、八神はやてちゃんのお見舞いに向かっていた。
「うん。読書とゲームが趣味で私ともお姉ちゃんとも遊べたんだ。お姉ちゃんとゲームで張り合える人は珍しいからちょっとびっくりしたよ。」
「そんなに上手なの?」
「ジャンルによるけどなのはと同じ位にね。」
アリサちゃんがちょっと悔しそうに私を見る。ゲームでは私の方がアリサちゃんよりちょっと上手。
その代わりって言うとちょっと変だけど、運動はちっとも出来ないんだからおあいこだと思う。
はやてちゃんの病室についた私達は、互いに自己紹介をする。
はやてちゃんは思っていたよりは元気に話してくれた。入院生活って…一人ってやっぱり寂しいから、早く治るといいな。
「ごめんな、折角来てくれたんにこんなんで。」
「病気で病院にいるんだから当然でしょ?遊ぶのなんて治ってからでいいじゃない。」
「あはは、そりゃそうや。」
笑い会う私達。あまり大騒ぎする訳にはいかないけど、楽しく過ごせるならそのほうがいい。
「折角やから外の話が聞きたいとか思ったんやけど…何か珍事件とかない?」
「珍事件?」
はやてちゃんの要望に首を傾げる私。当のはやてちゃんは笑みを見せて頷く。
「折角やから面白い話を聞きたいやん。あかん?」
「事件って言う程面白いお話はあんまりないかも…?」
魔法関係の事を伏せると普通の事しかしてない気がしたんだけど…
何かアリサちゃんにじっと見られていた。
えっと…何と言うか…嫌な予感?
「アリサ、何でなのはをじっと見てるの?」
「あ、フェ、フェイトちゃん…」
やぶへびになりそうだったから触れなかったのに、フェイトちゃんが聞いてしまった。
アリサちゃんは腕を組んで難しそうな顔をする。
「そうね、折角だからはやてにも聞いておきましょうか。なのはが正常かどうか。」
「にゃ!?せ、正常って…」
随分と酷い言い様。そう思った時点で止めておくべきだったんだと思う。
「自分のお兄さんと同じ女の子相手にイチャイチャしてるのってどうおも」
「だからそれは違うって何回言ったらいいの!?」
元々速人お兄ちゃんとの事で色々言われてたのに、最近フェイトちゃんとの事まで言われるようになって来ている。
普段はアリサちゃんは他の子が色々言うのから庇ってくれるんだけど…
「恋愛話でしかも禁断ネタかぁ…ええもん持っとるやんなのはちゃん。」
「あ、ち、違うんだってば。」
「アタシもただ騒ぐだけの野次馬なら止めてあげるけどね、正直アンタが違うって言っても説得力ないのよ。すずかはどう?」
「え?えっと…ゴメンなのはちゃん…」
「ええっ!?」
すずかちゃんにまでフォローを断られた。
そ、そんなに変な事してない筈なのに…
「だって体育よ?体育の授業よ?ただそれだけをあんなドラマに変えるようなバカップルっぷり素じゃ出来ないわよ普通。」
「あっ…」
「う…」
私とフェイトちゃんは揃ってその時の事を思い出して俯く。
「どんな感じやったん?」
「『なのはは私が守るから。』『フェイトちゃん…』って。正直そのまんま劇でやっても良かったわよあれは。」
アリサちゃんが大げさにやっている筈だけれど、台詞が変わらないせいで物凄く恥ずかしい事してた気分になる。
「いやいいのよ?仲いいのも趣味がずれてるのも。ただなのはが『普通』だと思ってナチュラルにやっちゃってるのがちょっとどうかと思うのよアタシは!」
そう言われると私が悪い気がしてくる。
実際に変にからかう人からはかなり庇ってもらってたりするし、私が悪いのかな?
そんな事を考えてフェイトちゃんを見る。
バッチリ目が合った。
慌てて俯く私達。
うぅ…ひょっとしてこういうのも突っ込まれる原因なの?
「おお、相思相愛やな。」
「は、はやて…」
「新婚さんみたいになっとるよ。ま、私はそう言うんもアリや思うけど。」
はやてちゃんにまで微笑ましいと言うか生暖かい笑みを向けられる。
うぅ…やっぱりアリサちゃんの言うとおり自重しないとダメなのかも。
「まったく…いっつもこんな調子じゃからかわれてもしょうがないでしょ。」
「アリサちゃん最近なのはちゃん取られてばっかりだから拗ねてるんだよね。」
「んなっ!?」
すずかちゃんが笑いながら告げた言葉に空気が凍る。
え、えーと…
「なんや、なのはちゃん取り合って三角四角関係か。思った以上に地雷やったんやなこの話題。」
「ななななな…」
「でもまぁ随分楽しい話聞かせて貰たわ。」
何かこの話題に関しては色々と私が原因のようで、これからも避けられないみたい。
私はあたふたと否定するアリサちゃんを見ながら、この話題でからかわれるのは仕方ないのかもしれないとちょっとだけ諦めかけていた。
あの後、私とフェイトちゃんは、はやてちゃんの病室に残ったすずかちゃん、アリサちゃんと別れた。
私とフェイトちゃんは並んで病院を歩く。
「本当に良くなるといいね、はやて。」
「そうなった時に楽しく過ごせるように、私達も頑張らないと…だね。」
すずかちゃん、アリサちゃんと分かれたのは、魔法関係の知り合いな上目が覚めたらどうなるかも決まっていないアリシアちゃんに会いに行くから。
病院でも秘密みたいでフィリス先生とじゃないと会いに行けないって速人お兄ちゃんが言ってた。
だからフィリス先生を探しているんだけど…
「あ、なのは、あの人は?長い銀髪だけど。」
あった事のないフェイトちゃんにフィリス先生を探してもらう為の特徴。患者さんと話しているみたいで、ちょっとお話するのがまずいかなと思い、近くの椅子に腰掛ける事にした。
私達が来ていた事には気付いていたのか振り返るフィリス先生。
けど、それ所じゃなかった。
リライヴちゃんがいた。
フィリス先生が振り返って見えるようになった先にいる、フィリス先生とお話していたのがリライヴちゃんだった。
「あら?なのはちゃん。…どうしたの?」
「えっ?あ、その…」
フィリス先生に話しかけられてもどうすればいいのか分からない。
捕まえようと思ってた人が病院で患者さんになってるんだから。
「知り合いなんです。と言っても、外で時々バッタリあってるだけなので入院しているのが意外だったんでしょう。」
「あ、そうなの。」
「私がここにいるのは知らなかった筈だから先生に用があったんじゃないですか?」
人事のようにサラリと流すリライヴちゃん。何であんなに冷静なんだろう…
「アリシアちゃんに会いたいんですけど…」
「分かった、準備してくるからちょっと待っててね。」
そう言うとフィリス先生は部屋を出ていってしまった。
残されたのは私とフェイトちゃんと…リライヴちゃん。
良く見ると酷い状態だった。点滴と輸血を同時に受けていて、顔色も悪い。
「捕まえる?」
「それは…」
絶対に体調がいいとは言えない筈なのにいつも通りに涼しげな顔をしようとするリライヴちゃん。
あまりに酷い状態、捕まえる何て状態じゃない。
「時空管理局嘱託魔導師、フェイト=テスタロッサ。貴女を拘束し」
「だ、ダメだよ!あっ…」
私は思わず止めてしまって俯く。
お仕事ならフェイトちゃんの方が普通なんだよね。
リライヴちゃんは私達を見ながら一息吐いて苦笑いする。
「まぁどっちでもいいけど、捕らえるなら結界展開してからの方がいいかな。」
「う…」
確かに正しいリライヴちゃんの言葉に表情を歪めるフェイトちゃん。
リライヴちゃん、こんな状況でも余裕あるなぁ。
「…分かった、今は何もしない。」
「ありがとうフェイト。お礼にって言う程いい情報じゃないけど少し伝えておきたい事がある。」
と、意外にもリライヴちゃんから話かけてくれた。
それだけ重要な事だと思って真剣に耳を傾けて…
「お待たせ、面会の許可を…ってもう!また無理してる!!」
「あ、これはその…」
戻って来たフィリス先生に、話していただけで無茶って言われるリライヴちゃん。
はやてちゃんと同じ入院患者でも話していただけで身体を起こしてすらいないのにここまで言われるなんて…
「あの…リライヴちゃんどれくらい酷いんですか?」
「具体的なお話はご家族以外に出来ないんだけど…」
そう言われればそうだろう。いきなりじゃ人の病気のお話なんて聞ける筈がない。
「問題ないですよ、自分で話すより楽です。」
「またそんな事…もぅ…」
リライヴちゃんの許可が出たからフィリス先生は少し真剣な表情を私達に向ける。
「頭とお腹を怪我しててね、手術までしたの。ご飯も食べられない状態だから点滴を打ってるのに…話してたら傷が開いちゃいますよ?」
想像していたよりとっても酷い状態みたい。
リライヴちゃんが怪我をしてたって言う事は、あの仮面の人にやられたんだろう。
『フィリス先生がいるんじゃ直接話せないから念話で伝えるね。』
と、リライヴちゃんから念話が届く。フェイトちゃんにアイコンタクトを取ると小さく頷いてくれた。
表向きは眠ったフリをするリライヴちゃん。
私達はアリシアちゃんの部屋へ案内されながら念話を聞いた。
『まずあの仮面男だけど、変身魔法を使ってる。』
『変身魔法!?』
仮面で顔を隠していたから気をとられていた。素顔を考えてばかりで変身魔法を使ってるなんて思いもしなかった。
『性別もアテにならないと思う。元の姿はハッキリ覚えておけるだけの余裕がなかった。ごめん。』
『無理もないよそんな怪我じゃ…』
『そうだよ、無事でよかった。』
心配そうなフェイトちゃんに同意する。
あんな怪我で追跡を振り切ってこの世界に飛んできたんだ、そんな状態で周囲の事まで把握しきれるわけがない。
『それで、アイツら始めから二人いる。同じ姿に変身してるけどロングレンジとクロスレンジで得意分野が全く別。』
『二人…そっかそれで…』
フェイトちゃんのいた所でクロノ君と戦ってかなりの速さで私達の所に現れたから、物凄い腕の魔導師なのかって考えてたけど、それならわかる。
そこまではよかったんだけど…
『それと…アイツら多分管理局員だ。』
『えっ?』
何を言っているのか分からなかった。
だってそう言う犯罪者を止める為に頑張ってるのに、局員さんがその犯罪者だって言うんだから。
『そんな事…』
『私が信じられないなら仕方無い、一応敵だし。けど執務官やフレアなら察してくれるかもね。』
意外にも真面目な二人を指してそう言うリライヴちゃん。二人を疑ってる訳ないし…
どっちにしてもリライヴちゃんがいた事は報告しなきゃ行けないからその時に言おう。
そう考えていたんだけど…
『さてと…それじゃ私はこれで失礼するね。』
『あ、うん。ゆっくり休んで―え?』
一瞬意味が分からなかった。
けど次の瞬間に転移魔法の反応を感じ―その意味を悟った。
「なっ…」
「嘘っ!?」
「どうしたの二人共?」
「え、あ、その…」
フィリス先生がいる中揃って反応してしまって不思議がられる。
結局どうする事も出来ないまま、アリシアちゃんの様子を見て、戻った時にはリライヴちゃんの姿が綺麗に消えていた。
Side~リライヴ
『大丈夫でしょうかマスター?』
「何にも問題なし。…回復魔法使えばだけどね。」
二、三回の転移の後、私はそれなりの準備をしてある隠れ家に着く。
奇襲喰らうわけにも行かないから大抵は使い捨てだけど、今回はさすがに少し休めないと厳しい。
『それにしても話してよかったのですか?』
「問題ないよ、なのはとフェイトは純な娘だし、局内に悪い人がいるって確定すればちゃんと止めてくれる。あの執務官達だって闇の書狙いで行動するとは思えないしね。それに…」
『高町速人に伝わるからでしょう?』
私が自分で言おうとしていた事をデバイスに、よりによって若干呆れ気味に告げられとたんに恥ずかしくなる。
「あ、あのね、他意はないんだからね?私が男の人が嫌いなのは知ってるでしょ?」
『他意がない方はそういう事は自分で言わないと思いますが?』
「むぅ…」
反論を出来ずに固まっていると、イノセントから続きを告げられる。
『ですが無理もありません、彼は貴女の願いを貴女より高い位置で叶えようとしているようですから。』
「本当に…笑っちゃうよね。その気になれば彼ら全部だって敵に回せる私だってやらないような無茶を平気でやるんだもん。」
私は言いながら持続型の回復魔法陣を展開する。
無色の光に包まれた私は、あの二人組に負けかけた時に思い出した彼の姿をもう一度思い返す。
はやてを…守護騎士をお願い。
神様でもなんでもないただの人のはずなのに、彼に祈らずにはいられなかった。
SIDE OUT