第十話・新たな『敵』
Side~リンディ=ハラオウン
「うわぁ…かなり怪我してるよ、フェイトちゃん大丈夫かなぁ?」
「戻ってきたら無茶をしないように言わないと駄目かしらね。」
モニターに映る傷だらけの姿に少し溜息が漏れる。
あまり無茶な事はしないで欲しいのだけれど、見たところ顔や頭を避けている。
急所を避けての突撃、文句なしでAAAの判定を受けた彼女ですら賭けのような真似をしなければならない相手と言う事。
ほぼ単独で局員まで襲う実力は伊達ではないってところかしらね…
「エイミィ、フレア空尉の方はどうなってるかしら?」
「順調ですね。なのはちゃんとフレア空尉が組んでリライヴちゃんと戦ってますけど、近接戦闘でフレア空尉がわずかに上回っていて片手間の遠距離戦じゃなのはちゃんについて行くのがやっとみたいです。ただ…」
なのはさん達の方は順調かと思われたのだけれど、続きの言葉を濁すエイミィ。
あの速人さんに何かあったのかしら?とてもそうは思えないのだけど…
「速人君が…ちょっとポリシーに反するみたいで…」
言いながらエイミィが指したモニターには、一定距離を維持する感じで赤い少女を追う速人さんの姿があった。
「…優しすぎるのも考え物ね。」
私は溜息を吐き、エイミィは苦笑する。
けれど、コレが彼の戦いだと知っている私達は、誰一人それを咎める事ができなかった。
Side~シャマル
「どうしよう…このままじゃ二人が…」
闇の書を手にしたまま遠巻きに様子を伺っているけど…
ただでさえ多人数に囲まれているのに、中の二人相手にさえ互角の戦いを強いられてる。このままじゃいくら二人でも…
「結界を破れば…けど…」
手元の闇の書を見る。この力を使えば結界くらい間違いなく破る事が出来る。
だけど…それはページの消費を意味する。
リライヴちゃんの協力もあって後少しで完成するのに…
「やはりいたな、闇の書本体にサポート役。」
「っ!あっ!!」
いきなり声を掛けられ青いバインドによって拘束される。
しまった!戦線を離れた黒い魔導師の事を忘れていた!
「抵抗しなければこれ以上何もしない、おとなしく―っ!!」
言いかけた黒い魔導師が唐突に飛び退く。
何が起こったのかもよく分からない内に私のバインドが砕かれた。
動けるようになって周囲を見渡すと、仮面をつけた男が側にいた。
彼が私のバインドを?でも何のために…
「使え。」
「えっ?」
「減ったページはまた増やせばいい。仲間が捕まってからでは遅いだろう。」
彼は闇の書を指していた。
何故知っているのかは分からないが、彼の言う通りだ。
さっき一撃当たってから、二人とも押されて来ている。
「させるか!!」
「お前の相手は私だ。」
「く…っ!」
黒い魔導師の足止めをしてくれている間に私は闇の書を開く。
ごめんなさい皆、闇の書の力…使います!!
SIDE OUT
しっかしアイツ絶対方向性間違えてるよな…敵とは言えやる事が惨過ぎる。
俺はなのはの様子を見ながらそんな事を考えていた。
「てめぇ…余所見してんじゃねぇよ!」
鉄球を打ち放って来るヴィータ。
俺はそれをなのは達を見たまま切り払う。
「そんな事言ってもさぁ…さっきから思いっきり逃げ回ってばっかじゃん。賢いと言えば賢いけど、やる気は削げる。」
「だったら…そこ動くなぁっ!!!」
ひたすらに鉄球を撃って来るヴィータ。
タイミングをはかってそれらを切り払いつつ近付いてみる。
俺との距離が詰まる前にヴィータは全力で距離をとる。
さっきからずっとこの調子だ。騎士として悔しいだろうに…余程俺と接近戦やりたくないんだな。
「OKわかった、そこまで近付くのが嫌ならその戦い方にのってやろう。」
「なんだと?」
遠距離戦が出来ないと思っていたらしく驚くヴィータ。
ま、確かに出来るって程じゃないが…
『プットアウト』
「サンキューナギハ。」
ナギハから放り出された束を受けとる。
飛針の束。
戦闘中に使うには何処かに仕込んでおくのが普通なんだけど、デバイスって便利だよなぁ。
「投弾丸『スローバレット』。」
変換資質、風を使い加速させた投擲技。
空気抵抗のほぼ全てを殺した上で回転により貫通力を増している。
俺が投げ放ったソレは、寸分違わずヴィータの被る帽子の兎に突き刺さった。
一応バリアジャケットも抜けるんだな、よしよし。
「て、てめぇ…なんで今アタシを狙わなかった!?」
俺が結果に満足していると、ヴィータが怒っていた。
「いや、痛いだろ?当たったら。」
「は…ぁ!?馬鹿にしてんのか!!」
「そんな事無いって。」
どうやら舐められたとか思ったらしい。
別に馬鹿にしてる気は無いんだけどなぁ…
「何で追って来る割にこんな」
「話が聞ければOKだからさ、俺としては。もしお前達が悪事大好きな犯罪者ならサクッと片付けるところだが、訳アリだろ?」
俺の言葉に苦い表情を浮かべるヴィータ。
悪意が無い事くらいは分かってくれてるんだろう。
「とはいえ…ヒーローとしては罪も無い人を襲って回るのをはいと言う訳にはいかないんだがな。」
「だったら本気で来いよ、逃がしたらまた」
「小さい女の子に怪我させる趣味もないんだなこれが。で、困ってる。」
両手を上げて力なく笑う俺に、ヴィータは相変わらず不機嫌そうな表情で俺を睨み付けている。
「魔力が必要なんだろ?やってもいいが、目的くらい話せないか?」
俺の言葉に目を見開くヴィータ。
管理局側にいる人間に言われるセリフじゃねぇもんな。
少しは話を聞いてくれそうかなと思った。
が…
『構うな速人!ある程度の話は聞いてある!』
フレアから意外な念話が入る。
『は?お前が話を?』
『今回の主は魔導に関わっていない一般人、しかも彼女達が事件を起こしている事を知らないらしい。四人も見知らぬ住人が増えた一般人が何の足跡もなく暮らせる筈がない、すぐにでも発見出来るだろう。』
妙だ。
こんな話をペラペラしてくれる程警戒が解けていたとは思えない。
ましてこのフレア、状況にもよるが敵は基本容赦なく撃墜、捕縛するタイプ。
そんなフレアが…話?
『お前…何した?』
『虚偽を混ぜた挑発をして話を引きずり出しただけだ。』
思ったとおりと言うか思った以上にぶっ飛んだ回答が帰ってきた。
「だけだじゃねぇだろこの大馬鹿!!!」
予想を一回り上回る馬鹿な発言に思わず怒鳴っていた。
俺の声に振り向くなのはとリライヴ。
フレアもリライヴを警戒しつつ俺に視線を移す。
「っだぁっ!」
完全に余所見をしたと思ったらしいヴィータが鉄球を撃って来る。俺はそれに視線を移し…
『マスター!やめ』
ナギハの声に答えずその一撃を受けた。
即頭部の骨がひび割れたのが感触で分かる。裂けた傷口から血が溢れ出して来た。
幾らバリアジャケット装備とは言え直撃はまずかったらしい。
「お兄ちゃん!!?」
「な、何で避けねぇんだよ!?」
撃ったヴィータすら声が震えていた。あー…結構ヤバい見た目なんだろうな。
「フレアに騙されたんだってな?わるいなヴィータ…」
「な…にっ?アタシが?」
「どっちが大馬鹿だ!それでワザワザ受けたのか!?」
フレアの声がする。
ち…視界が危うくなって来たか。
フレアの考えは分かる。アイツは間違っても人を騙して喜ぶ人間じゃない。
事件を終わらせて、犯罪者をためらいなく捕らえる。
それはアイツの言う無辜の民を守るだけでなく、犯罪者の罪状を極限まで軽くした上でその願いを早急に知る事が出来る、アイツにとって唯一の方法。
しかもアイツは自分への悪印象は気にもしてない。だからそんな事したんだろうが…
「やっぱダメだよそりゃ…多くの命を救えたって怒りと疑心暗鬼を抱えたままじゃダメだろ。だから…」
言い終わる前に、俺の胸から腕が生えていた。
新手…認識したところで抗う力も無く、俺は意識を手放した。
Side~高町なのは
「速人お兄ちゃん!?」
突然現れた仮面をつけた男の人にリンカーコアを抜き出され魔力を奪われるお兄ちゃん。
お兄ちゃんの馬鹿!意地張ってあんな意味ない怪我してなかったら気付けた筈なのに!
「奪え、闇の書を完成させるのだろう?」
「させない!!」
お兄ちゃんの魔力を持ったままヴィータちゃんに近付こうとする仮面の人に、レイジングハートを構え…
「魔力ダメージや衝撃だけでも…死ぬぞ?」
「あっ…」
頭から凄い量の血を流すお兄ちゃんを盾にされ何も出来なくなる。
完全に意識を失ってる…
「う…うああぁぁぁぁっ!!!」
ヴィータちゃんは何かを振り切るように叫ぶと、お兄ちゃんの魔力を奪って転移魔法を使う。
それを確認した仮面の人は、お兄ちゃんを私の方に投げ放って転移してしまった。先に転移を始めたヴィータちゃんがまだ残ってるのに…
「ヴィータ!私はアイツを追う!このタイミングで闇の書に近付く奴がまともな筈がない!!」
言い終わる前にリライヴちゃんの足下に魔法陣が展開する。お兄ちゃんを抱えた私は何も出来ずに二人が消えるのを見送って…
リライヴちゃんが消えた後を、フレアさんの一閃が凪いだ。
Side~リライヴ
「追って来たか。」
「当たり前、逃がす訳ないよ。」
さすがに素直に帰る訳もなく、無人世界を二、三転移したところで追いついた。
仮面の男は静かに私を見据える。
「それなりに出来るみたいだけど、逃げられると思う?」
私の言葉を聞いて鼻で笑う男。
「犯罪者を捕らえに来るか、管理局気取りだな。」
「冗談、あなたと一緒にしないで貰える?」
息を呑む男。
ふん…半分勘で言って見たけどどうやら当たりみたいだ。
「隠せると思った?闇の書について知っていて、物凄くいいタイミングで奇襲かけて来て、おまけに外部の人間が調査してるような気配もない。こんな条件全部当てはまるの局員くらいでしょ?」
「…やはり、野放しには出来んようだな。」
静かに構える男。
人様を守るべき管理局員が奇襲で魔力を奪うとはまた随分笑えない事をする。
そっちがその気なら、こっちだって容赦はしない。
「野放しにする気が無いのはこっちの方だ、お前達みたいなのの為に、あの娘の笑顔は絶対に奪わせない!!」
私はいつも通り魔力によって剣を形成し、眼前の男に斬りかかった。
一閃。
振り下ろしたそれを避けた男は、蹴りを繰り出して来る。
私はそれを咄嗟に構えた剣で防ぐ。
けど…抑えきれずにそのまま吹き飛ばされた。
っち…さすがに出来る…
とはいえ、避ける腕はともかく、私を吹き飛ばすような高い出力なんて簡単に生み出せる訳が無い。
「強化か、全く面倒な…けど、こんな程度じゃ私は負けないよ。」
勝てる。
修行で鍛えた下地のおかげもあるが、速人達との戦闘経験が生きている。
何を使っているか知らないけど、今の私はパワー負けしたくらいでこの程度の奴に負けない。
男が急接近して来る。私は迎え撃つ為に構え…
リングバインドによって拘束された。
ロングレンジバインド!?しまったこいつら始めから―
「っざけるなぁっ!!!」
視界に映るかも微妙な距離の癖にやたらと強力なバインドを破った瞬間…
「が…っ!?」
男の拳が私のお腹に突き刺さった。
俯いた私は後頭部を強打され地面に叩き付けられた。
目の前が真っ暗で意識も点滅するようにチカチカとしている気がする。
耳からは断片しか聞き取れない会話が聞こえて来て、意識がゆっくり遠のいて行く。
…やっぱり無理があったのだろう。人一人の力で敵対するには、組織はあまりに強過ぎる。
未熟なまま焦って飛び出して来て自惚れもいい力を振るい続けた結果がこの有様。情けないにも程がある。
相手は局員とは言え犯罪者、ただで済む訳も無い。
私はきっと死―
『死なせるかぁっ!!』
走馬灯のように一瞬だけ、チラリと速人の声が聞こえた気がした。
彼は…アリシアを救って見せて、プレシアさえ救おうと足掻いた。
どう考えたって無謀でしかない虚数空間への飛び込みなんて言う曲芸に近い真似までして。
『全て』何て救うつもりは毛頭ない。
だけど…自分の願いを『終わった』何て思ってしまったら、一体誰が叶えてくれるって言うんだ?
少なくとも…
彼は諦めなかった。
「は…ぁっ!!」
私はダメージを無視して立ち上がる。
気絶は後だ、寝たければいつでも寝られる。だから今は…
「驚いたな、下手に動けば死ぬだけだぞ?」
強固なバインドが立ち上がった私を包む。
上等だ…
「バースト…モード!!!」
全身からの魔力放出によってバインドを吹き飛ばす。
そのまま近場にいた仮面の男を切り裂く。
必殺とも言える魔力ダメージを受けアッサリ昏倒したそいつは光に包まれ…
変身魔法が解ける。
よくよく考えれば仮面をつけるだけよりはるかに魔導師らしい変装方法だ。
「ちっ!!」
仕掛けて来たもう一人…強化した物理破壊攻撃で私を強打した方。
「はああぁっ!!」
一閃。
直撃コースだった私の剣は、銀色のカードから広がる防御壁に防がれた。
なるほど、アレが力の源か。けど…関係ない!
「燕返し!!!」
「な!ぐぁっ!!」
打ち下ろしを防いだ仮面に『下から』もう一閃。股からアッサリ通過した一閃は強化分ごと根こそぎ魔力を奪い取った。
燕返し、どうあっても一撃目を避ける燕を切り裂く為の剣。
歴史書じゃ打ち方までのってなかったけど、分かった所で一朝一夕じゃどうにもならない。
けど、全身に纏った魔力を推進力に変える事が出来るバーストモードなら、『無理やり望む方向に身体を動かせば』使う事が出来る。
もっとも…望まない方向へ振り回される身体への負荷を無視すればの話だが。
「ケホッ…コホッ…こ、これは…まずい…」
吐血が治まらない、視界がブレる。
治療して休みたい所だけど、ここにいたらあの変身仮面を探しに来た局員に捕まる。
転移魔法が先…なのに…
どんどん消えて行く意識に引きずられて、魔法を使ったかどうかも分からないまま意識を失った。
SIDE OUT
今はここまでという事で。
…日をまたぐと安易に『本日』とかけませんね(汗)