第二話・心配なのはお互い様?
早朝訓練の時間がやってきた。互いに木刀を手にして斬りあう俺と姉さん。兄さんは、大怪我で剣士として全力を振るえなくなった父さんの代わりに姉さんの鍛錬を見ているようで、御神の剣士としては鍛錬していない俺は、おまけのような形で打ち合っていた。
「ふっ!」
「はっ!」
二刀の木刀が火花を散らす。…俺と美由希姉さんの練習の場合、コレは比喩なんだけど、恭也兄さんや赤星先輩あたりが本気で打ち合ったら木刀焦げるんだよな。一回、本気で火がついてびびった事がある。
と、余計な事を考える暇もなく、姉さんが『貫』を放つ。凄い腕だとは思うけど、俺相手にコレは失敗だ!
「っ!!」
回避、防御をすり抜ける『貫』。確かに実践では便利なんだが、俺は特別見切りが上手い。…って言うか、俺って食らったらアウトな子供だし、そう簡単に食らえないんだよな。
突き出された腕を取って投げた。摘んだかな?…とか思ってたら左肩に衝撃が走った。
「そこまでだな。」
受身を取った姉さんが立ち上がった所で、兄さんの制止の声がした。俺は打たれた左肩を抑える。…投げた際に打ち込まれたらしい。空中でよくそんな真似ができたもんだ。
「美由希、お前の負けだ。」
「えーっ?」
姉さんが不満の声を上げる。が、兄さんは目もくれずに俺を睨んできた。
「斬れば終わりだったものをどうして投げる?」
「や、格闘戦の修練もかねて。使う機会が無いと練習も出来ないしつい…」
「油断して勝てる相手に負けていては話にならない。」
十分理解している。本番で『あ、失敗した』とか言えない以上、練習の内にいろいろ試しておきたかっただけなのだが…兄さん的にはNGらしい。で、打ち込んだ筈なのに敗北判定貰った姉さんはと言うと…
「お前はそもそも防御を抜く筈の『貫』をかわされる所か捕まってる時点で話にならん。」
「あぅ…すみません…」
バッサリと冷たいお叱りを受けていた。自覚はあったらしくしょんぼりとしてしまう姉さん。可愛いなぁ…って、失礼か。
と、余裕にしていられるのはそこまでだった。
「次は俺とやるぞ。」
「へっ?ちょ…マジ?」
愛弟子相手に練習とか言って加減したのが癪に障ったのか、いつもの2割増しボコボコにされました。
ジュエルシードのほうがマシだこんちくしょう…
鍛錬しようが学校は普通にある訳で…
全身痣だらけで口の端まで切れていたからだろうか?会う奴会う奴驚いてこっちを見る。…兄さん容赦なさ過ぎ。
「…お前さぁ…どっか相談したほうが良くないかそれ?この間ニュースでやってたぞ?ドメスティックバイオレンスって。」
「平気だ。」
隣の席に座る生徒に話しかけられたが一蹴した。家の事があんまり知れても良くないし、ニュースの家庭内暴力と一緒にされても困る。少し血の味がするが美味しい食事を片手に学校生活なんて、少し前の俺からすれば考える事すら出来ない生活なんだ。感謝感激する事はあっても訴えるなんてありえない。
…とは言えまぁ、一般の方々の反応から察するに、間違いなく異常なんだろうが。
そして、退屈な学校生活が始まる。…今まではそうだったが、今日は事情が違った。
どーでもいい授業中に魔力の扱いを覚える。
魔力を使用しなければ、思念体へのダメージは無い。当面魔法は多用する気も無いが、空を飛べる相手もいる事を考えると対策は考えなければならない。授業を聞き流しながら魔力を操作する。魔法の資質が無いものは気づかないし別にダダ漏れでも関係ないが、敵が魔導師の場合はコレをまったく感じさせないレベルまで抑えなければならない。
「難しいな…」
何しろ、今まで一度だって扱った事が無いものだ。そんなものの操作に集中して…
「お前わかんねーの?」
いきなり話しかけられた俺は魔力の操作を止め…黒板の分数を見た。チョイ待て、誰が分数ぐらい判らないって?小学校で俺が解けない問題なんて国語の読書感想位だっての。
「ちょっと難しかったかな?」
「は、はい…すみません…」
作戦、地形の理解などの関係上、当の昔に専門分野まで済ませてある数学。その基礎の基礎のレベルの問題に対して難しい発言。とは言え、そんな訳ないと言い切ってしまえば授業無視してたのは明白。俺は周囲に笑われながら俯くしかなかった。
「くそー偉い目にあった…」
人目に触れない所まで来た俺は、いつもの鍛錬を始める。中国武術と空手のあわせ技である。流す、捌く技術のために中国武術を、打つ、蹴るの為に空手をそれぞれ教わり、技を鍛えている。
何故この二つなのかと言うと、ちょうど兄さんを敬愛している二人が兄さんの高校で、暇を見て教われるよう頼んだからだ。
教えてくれてる二人には不義理なようで悪いが、何を修めると言う事にこだわりは無いので、出来るならいい所だけ掻っ攫って上手く併用していきたかった。
一回、併用実験のつもりで空手の方の先生に関節をきめながら密着状態での急所への乱打を使ったら、『俺じゃなかったら死んでた』と怒られた。人に見られて困る木刀や小太刀を持ち歩いていないと練習できない技と違い、昼間でも出来るので重宝する。
「ふ…っ!!」
やわらかく投げた中身入りのスチール缶を空中で蹴る。大きく凹んだ缶は中身を撒き散らしながら壁に激突した。…『徹』や『貫』は技術だから剣以外でも使えていい。欲を言えばもうちょっと力が欲しい所だけど、それは魔法で何とかできるだろう。正確な魔法の使い方はユーノ大先生に聞かないと分からないので、今は型の訓練に精を出そう。
「…っで、何で、俺のいない所で巻き込まれてるんだぁっ!!」
ユーノに念話で報告を受けた俺は、全力で現地に向かって突っ走っていた。何でも、犬を連れていた人が神社にいて、その犬がジュエルシードを発動させたらしい。おまけになのはがさっさと向かったとか。
「ああもうっ!世の中上手くいかねー!!」
なのは単体で神社にいる事もそうだが、神社には『本物』の巫女さんがいる。兄さんと同じ学校だし、変に気づかれたら魔法の事がばれる。なのはだってまだ戦闘超初心者だし、とっとと現地に行かないと!!
「なのは!!」
神社に着いた俺が見たのは、明らかにサイズのおかしい犬を障壁で防いでいるなのはの姿だった。アレは、取り込まれてるんだよ…な?
願いで動くと言うなら一番確実なのは、息の根を止める事だが…
「兄さんには甘いと怒られそうだが…なのはの前だし何とか無傷で確保してみるか。」
俺はなのはの横をすり抜けると、左手から鋼線を放つ。兄さん達の使うそれと同じ素材だが、計五本をそれぞれの指を使用して動かす。
網状にして対象を捕縛して、ユーノから教わっておいた『魔力による強化』を使う。質量兵器の使用禁止と言う規則のせいか、あまり使われないらしい物質の強化。ついでに身体能力も上げてはいるが…
「このサイズの化物を…いつまでも捕まえとくのは辛いかっ!」
かなり強固な鋼線に、超人的な身体能力を持ってしても、抑えきるのは至難の業だった。が、俺が捕らえただけで十分だったのか、障壁を解いたなのははレイジングハートを構えていた。
「なのは!今の内に封印を!」
「うん!!」
ユーノ指揮下の元放たれたなのはの封印魔法によって、どうにか犬は元に戻ってくれた。
「ふー…どうにかなったな。」
「速人お兄ちゃん、ちょっとお話があるんだけど…」
一息吐いてなのはに呼ばれる。振り向くと、何かマジモードの妹の姿があった。相談ならいくらでも乗るんだが、いかんせん場所(いつ人が通るか判らん神社)と状況(魔法少女&帯刀少年)が悪すぎる。
「家でな。誰が聞いてるか分かったもんじゃな」
「くぅん?」
いきなりゲームオーバーかいっ!見つかんの速すぎるわ!!
聞きなれた声に視線を移すと、そこには狐の姿があった。足音が聞こえて、狐を追ってきたらしい巫女さんの姿が見える。
あぁ…なんで一番見つかってはまずい人に…ってモノホンの能力者だししょうがないか。
「速人ちゃんになのはちゃん?二人ともどうしたんですか?それにその人は…」
倒れている女性を見る巫女…神咲さん。本物の霊払いと傷の治癒が出来るとか聞いている。彼女と犬の事は神咲さんに任せたほうがいい。問題はこの事をどうやって口止めしようか…と、狐の久遠がユーノをじっと見つめていた。…ああ、コレでも不思議系狐だもんな、ユーノがただの小動物じゃない事を察したか。
「くーちゃん!?あ、えと、その…」
ユーノと久遠を見比べて慌てるなのは。まぁ気持ちは分かる。久遠の事情はなのはも知ってる事だし、気づかれたらどうしようと思ってるんだろう。
「えっと…仮装趣味にはまったなのはに付き合って真剣持って出てきてちょっと技見せてたんですよ。兄さん達はこういう事絶対しないから。」
「にゃ!?あ、え、あ、はい!か、可愛いですか?」
俺の咄嗟の言い訳に戸惑いながら合わせてくれるなのは。
よし!ボケと突っ込みを散々日常で繰り返した経験が役に立った!!
「は、はぁ…」
「けど、こんな物持って出歩いてたから驚いちゃったらしくて…気が立って襲い掛かってきた犬を返り討ちにして寝かせた所です。」
って倒れた犬を指差してみれば…子犬じゃん!ダウト!!やっちゃった俺!?
「ら、乱暴はよくないですよ。」
神咲さんに怒られて頭を下げる。セーフ!聡い人じゃなくて本当助かった!
俺は神咲さんにちょっと近づいて、耳元に顔を寄せる。
「…兄さん達には黙っててもらえませんか?後生ですから。」
「分かりました。でも、危ないもので遊ぶのは良くないですよ。」
ちょっと怒られたけど承諾してくれた神咲さん。良かった。後は…
「くぅん…」
俺を見つめてくる久遠への説明だな。取り合えずその場は神咲さんに任せて俺たちは帰路についた。
家まで戻って夕食を終え、なのはの部屋に集まる。と、神社で話の途中だったことを思い出した。
「そういや話があるとか言ってたな?」
なのはが話しやすいように振ってやると、暗い顔を見せながらも話をしてくれた。
「…なのはは速人お兄ちゃんのほうが危ないと思うの。」
真剣な目で訴えかけてくるなのは。
ありゃ?俺舐められてる?
「お兄ちゃんは恭也お兄ちゃんとかと訓練してる位だし強いのは知ってるよ?でもレイジングハートみたいなデバイスが無いからバリアジャケットもないし、身体を強く出来ても危ないよ。」
暗い表情の癒えないなのは。
あー…なるほど。生身であの巨大犬の攻撃かわして普通の武器で力比べしたから心配してるのか。
「はっはっは…こんにゃろう!!」
「にゃあぁぁぁっ!?」
俺は盛大に笑ってなのはの頭を引っ掴んで揺さぶった。涙目になるなのは。相変わらず可愛いもんだなぁ。
「お前それ兄さん達に言えるか?弱いから引っ込んでろって。」
「う…」
なのはも真剣での訓練はともかく、それ以外の出鱈目な戦闘能力を知っている。自分が魔法を使えるからと言う理由だけであの兄さん達を下に見るのはまず無理だろう。
俺は元からそんな兄さん達とやりあえるくらいの腕はある。そこに強化魔法があるんだから心配される義理は無い。
「心配すんなって。」
「でも…」
不安が抜けないなのは。一回父さんが大怪我してるし、心配するのは分かるんだが…
「…うし、そんなに心配なら明日試合やってみるか?」
「へ?」
ちょうど、なのはが前に出るのは俺に一撃当てたらって事にもなってる事だし、ここらでお兄様のスーパーな戦闘能力を見せてやろう。
「結界張って中で試合やろう。俺の全力って奴を見せてやるよ。いいか?ユーノ。」
「あ、うん。」
ユーノの承諾を得てなのはを見る。なのはは少し躊躇ってから頷いた。