第二十七話・出来る全てを最後まで
見かけだけ怪我が治り、俺は神社に降りてきていた。
訳は単純、アリシアを神咲さんに診て貰う為である。
コレは俺も自信がない賭けだった。けど、可能性がある以上あの場でアリシアを見殺しにする訳にはいかなかった。
記憶転写と言うが、記憶が残っていなければそんな事は出来ない筈。
血が通っていてもそれなりの速度で崩壊している脳は、普通死亡判定を受けてしばらく放っておけばそれだけで使い物にならなくなる。
命が抜け落ちたと称していたが、要はその部分を専門家に診て貰おうという事だ。
コレで魂にあたる部分が感知できなかったりしたら確定。残っていてなんかしら異常があって目が覚めないだけなら何とか治療してもらおうと言う腹だ。
何しろ神咲さんはヒーリング能力まで持ってる本物の巫女さんだ。無事であれば魂の治療も出来るかも…
「ま、それにもしどうしようもなかったとしても無駄にはならないしな。」
墓参りに次元断層に行く訳にも行かないだろう。
もし本当にどうしようもなければその時は…
ちょっと暗い方に考えが流れていってしまったが、まだ決まってないんだ。
俺は覚悟を決めて神咲さんを待った。
しばらくして、狐状態の久遠が姿を表した。
「久遠待って…あれ?速人君。戻ってたんですか?」
久遠に続いて姿を見せてくれた神咲さん。
…よし、何はともあれ神咲さんの力を借りられなければ始まらない。
人にホイホイ見せたい力でもなければ便利屋でもないんだ。全力で頼み込むのが筋だろう。そもそも協力してもらえないなら諦めるしかないし…
俺は覚悟を決めて全力で頭を下げた。
「神咲さん…一生のお願いがあります!付き合ってください!!」
「え、ええぇぇぇっ!?」
なんか物凄く驚かれた。くっ…やっぱりそうそう人様に振舞うものじゃないのか…
いや、断られた訳じゃない!
「驚くのも無理はないとは思うけど頼むよ神咲さん!神咲さんしかいないんだ!!」
「え!そ、そんな事いきなり言われても…その…」
やっぱり困るか…知らん人に力を見せる事になるんだもんな…管理局の人達には何一つ教える気はないが、下手に探れたりしても面倒だし。
でも、まだアリシアを見ても貰えてないのに下がる訳には行かない!!
「お願いします神咲さん!俺にできる事だったら何でもしますだから」
「何を全力で間違えてるのお兄ちゃん!!!」
再び頭を下げた俺は、後頭部をぶっ叩かれた。
「っ…なのは?何で下りて…いやそうじゃなくて…いきなり後頭部強打は無いんじゃないか?」
「だ、だっていきなり告白しだすんだもん!」
抗議した俺に返ってきたのは、見に覚えの無い言葉だった。
告白?俺が?神咲さんに?
…いいかも知れな…って違う!何でそんな話になって…
「速人…那美に何に付き合って欲しいの?」
久遠さんから冷静な一言がいただけました。あぁ、そういやまったく言ってなかったな。あっはっは!
なのはには久遠と戯れてもらう事にして来た森の奥、そこにアリシアの姿はあった。
見張りにフレアが降りて来ていたが、どうやら何かする気はないようだ。
「彼女なんだけど…どうかな?」
「えーっと…ちょっと待って下さい。」
ポッドの前まで行くと、神咲さんは真剣にアリシアを見て目を伏せた。
ダメ…なのか?
「結論だけ言えば、彼女はまだ死んではいません。」
「本当!?」
驚喜乱舞する勢いだった。もし治せるならプレシアさんも喜ぶだろう。
「ただ…酷く歪んでいます。物凄く酷い目や怖い目にあった人がこんな風になるんですけど…」
「何とかならないかな?神咲さん。」
神咲さんは少しだけ目を閉じて…フレアを見た。
「彼女に直接触れたいんですけど…」
「ポッドから出せば彼女は保ちません。それでも何かするのであれば一度きりになりますが?」
「やります、やらせて下さい。」
「神咲さん…」
感動で頭がどうにかなりそうだった。
ここまで上手くいくとは思いもしなかったから。
「許可を取る、少し待て。」
言いつつフレアは音声通信を行う。何をするかあまり見せたくない事を分かっているのか気遣いが良かった。
許可が出たからかポッドに近付くフレア。
正直開けば分だって保たないだろう。治せるのか…
ポッドが開き
アリシアの身体が横たえられ
神咲さんの両手が重ねられ
綺麗な力を感じた。
ソレと知らないものですら何かあると感じられる程強力な力が治まり…
アリシアがピクリと動いた。
「は…はは…やった…やったよ神咲さん!!」
「まさか本当に治るとは…」
「違います。」
喜ぶ俺に水をさす様な神咲さんの声が届く。
どう言う事だ?
「機能してなかった身体は治しましたけど…歪んで傷ついてる魂にあたる部分はそのままです。だからこのままだと起きる事はないと思います。」
話しながら立ち上がる神咲さん。けど様子がおかしい。
「これから時間をかけて…治療して見ようと…思い…」
フラリとその身体が揺れる。倒れると思った俺は急いでお姫様抱っこの形で抱え…
激痛が両腕を襲った。
そーいや怪我治って無かったや。
「へ…へへ…ヒーローともあろう者が…この程度で女性を地面に放り捨てるとでも」
「意地を張ってないでかせ馬鹿者。」
堪えていると、フレアが俺の腕の中で眠る神咲さんをさらって
「何を考えている?」
「エスパーかお前は!!」
ちょっと妄想しただけにもかかわらず睨まれた。普段からそんなに察しがいいならデリカシー0の台詞を言うな、ったく…
と、裸で横たわるアリシアに目が移る。
「ナギハ、マントだけとか出せるか?」
『了解しました。』
言うなり俺の話も聞かずにマントがアリシアの身体にかかっていた。
「察しいいなオイ。」
『マスターの狙い通りに魔法陣を展開しなければならないので、マスターの行動方針を常に分析していますから。』
なるほど頑張ってるのか。はじめっから苦労かけたからな。何しろ初戦があのリライヴだ。
俺は思い返しながらアリシアを抱えあげる。
痛い痛い痛い痛い…
「無理をするな、いくら彼女が子供でも」
「ポッドさえ返せばいいんだろ?アリシアは治った事だけ記録して置いていってくれ。」
それに目は覚ましていないが息は吹き返したのだ。こんな森に放置する訳にもいかない。
なのはと久遠が待つ神社まで戻り、二人を神社に寝かせて簡単に手紙を書いた俺はそれを置いて神社を出た。
完治するまで帰れないから、兄さん達には内緒にしておいて貰わないと…
「プレシアさんの容体が急変した!?」
アースラに戻った俺達は、気まずそうなクロノにそう告げられた。
…元々病にかかっていたらしい。
あの時、時の庭園に散っていたジュエルシード(幾つかフレアとクロノが回収していた。抜け目がない奴らだ。)によって、一時的に体調が回復していたが、病そのものが治っていなかったため限界が来たらしいと言う事だった。
「くそっ!!!」
俺は一も二も無く駆け出した。
「あ、待て!民間人の面会は許可―」
クロノの声は完全に無視して俺はただ真っ直ぐにプレシアさんの元へ走った。
見張りを押し退けて飛び込む。
「プレシアさん!!」
「ふん…暇なのね貴方。わざわざ罪人の所へ…ごふっ!」
くぐもった声で咳き込んだプレシアさんは、血の塊を吐き出した。
「どうにもならないんですか!?」
「出来れば等の昔に治しているわ、私を誰だと思って…ぐっ…」
口元を押さえるプレシアさん。指の隙間から血が流れてきていた。
くっ…何か手は…そうだ!
「君は人の話を」
「クロノ!プレシアさんの患部とか分からないか!?俺が一撃で切り離すから速攻であのポッドに放り込めば何とか」
クロノに殴り飛ばされた。
「冷静になれ、僕の拳なんか受けてる時点で今の君には何も出来ない。それに彼女はもう手遅れなんだ。」
「っ…ざけろよ!生きてるじゃないか!死に体だろうが何だろうが今ここで生きてるだろう!!どうせこのまま放っておいて手遅れになるんだったら賭けでも何でもやらせろよ!世界を巻き込む訳でもないって言うのに!!」
俺の声を聞いたクロノが胸倉を掴みあげる。
「冷静さをなくして腕もまともに動かせない君が!いったい何をどう切り離すと言うんだ!」
「だったらお前は治せんのかよ!アリシアだって治せたんだ!何でもとまで言わないけど、諦めなければ出来る事だってあるんだよ!!」
クロノが目を見開いて俺を放す。
…どうせ治ると思ってなかったんだろ?だから諦めたら終わりなんだ。
局員が仕事だから取捨選択が必要なのはわかるけど、今ある技術を使うだけの事を止められる理由なんてない。
「何…ですって?」
唐突に聞こえてきた、見知らぬ人の声に目を向ければ、何か憑き物が落ちたかのように表情が変わったプレシアさんがいた。
「アリシアが蘇ったって…本当なの?」
「治ったって言ったぞ俺は。まだ死んでなかったってだけだよ。ちょっと都合悪い状態で目は覚ましてないけどポッドから出た状態で自立呼吸まで戻った。」
その意味をかみ締めるように、病すら忘れて固まっていたプレシアさんは…
「あ…はは…あはははははははははっ!!!」
涙を流しながら天井を見て笑い出した。
「私は…いつもそうだ…いつも遅すぎた…またなの?折角全てが戻ってくるのにまた…」
「だから諦めるなって言ってるんだ!クロノ!患部は」
「全身なんだ!!!」
両手を硬く握り締めたクロノが俯いた状態で叫んだ。
「彼女はアリシアが倒れた時の事故現場そのものにいた!オマケに療養もせずにフェイトを生み出す為の研究に全精力を注いだせいでもう…」
「な…」
分かった。クロノが何故俺を止めようとしたのか。つまりこの事実を言わずに済ませて自分が言わなかったせいだと抱え込むつもりだったんだ。
この馬鹿…っ!舐めやがって!
「だったら別の方法を考えるまでだ!絶対諦め」
「もういいわ坊や。」
澄んだ声だった。
「貴方が言う通り死ねば全てが終わる。アリシアにはもう戸籍も残っていない以上管理局の言いなりになる理由はない。後は管理外世界ででも暮らせば犯罪者の娘という事実そのものも終わる。」
「それでいいのかよ!いいわけないだろ!!悪いと思ってんならちゃんと謝ればいい!死んだらそんな事さえ出来ないんだぞ!!」
答えはなかった。
プレシアさんは天井を見たまま視線を動かさない。
「嗚呼…思えば本当腹立たしい人形だったわ…」
フェイトの事だろう。こんな状況でまだそんな事を…
「私から時間を奪って寿命を奪って…奪ってばかりじゃない。その上…私からアリシアを救う役目すら奪っていった。」
気のせいかもしれない。けど、俺にはそれが…フェイトへの感謝の言葉に聞こえた。
「二人に…伝えてくれるかしら?」
「馬鹿!自分で」
「速人!!」
怒鳴り返そうとした俺の肩をクロノの手が掴む。力の篭ったその手は震えていた。
「貴女達に犯罪者の娘など似合わない、幸せに生きなさいと…」
その言葉を最期に瞳を閉じたプレシアさんは、そのまま動かなくなって…
「それこそ自分で伝えてやれよ!この…馬鹿野郎がぁぁっ!!!」
ありったけの力を込めた拳を床に叩きつけて俺は絶叫した。