後日談・遠き故郷にて
Side~月村すずか
地球の家に戻った私は、大学に入った。
多少の経歴はごまかせるとは言え、さすがに最終学歴が小学生では今後色々とやり辛い。
アリサちゃんが仕事場を紹介してくれると言ってくれているけど、事情を知らない人にはろくな経歴じゃないから、無理をさせてしまうかも知れないし。
空間に映像が映ったりしない、少し不便な懐かしい場所。
少しだけ発展した故郷の、懐かしい家のテラス。
「本当に久しぶりの筈なんだけどね…何だろう、何の違和感も無い気がしてちょっとびっくりしたよ。」
「通信とは言え少しはやり取りしてたし、故郷なんだから違和感は無くてもおかしく無いでしょ。」
アリサちゃんと向かいあう形で座って笑みを交わす。
「でもありがとねアリサちゃん、家を見ておいてくれて。」
「定期的に清掃とかしてるのは那美さんと久遠だし、直接預かってたのはさくらさんだから、大した事してないわよ。」
事も無げに言うアリサちゃん。
財産目当てに襲撃事件まで起こるような屋敷の維持がそんな簡単な訳も無いのに…
「すずかの方はどうだったの?向こうで。」
「下手に学校とか通うと手続き他が面倒な事になるからって殆ど家だったから。そのお陰もあってこっちの勉強と向こうの勉強両方間に合ったけど、あんまりミッドを楽しんだって事はなかったかな。」
家族が元気で明るかったから寂しい事はなかったけど、出会いとかはなかったから割と虚しい青春と言えるかもしれない。
私の話を聞いて、アリサちゃんは肩を竦める。
「すずかの方もそんな感じだったのね。私も多少付き合う友人はいるけど、どうもねぇ…高校、大学と行くとバニングスの一人娘って位置の方が重視されちゃって。こればっかりはしょうがないけど、こうなると私と喧嘩する気合のあったなのはが懐かしいわ。」
「あはは…」
喧嘩が懐かしいって言うのもどうかと思うけど、張り合いが無いという言い方をするならそうかもしれない。
「なのは達は上手くいったのよね?速人の馬鹿が無茶したって聞いたけど…」
アリサちゃんの切り出した話題を聞いて、私は目を逸らす。
無茶…じゃすまないよね、リライヴちゃんいるし。
「む、向こうの詳細は管理外世界だし口止め」
「本当はこっちの住民の恭也さん達が戻って来れない理由も含めての話なのに?」
訝しげな視線を向けてくるアリサちゃん。
これは追求抜けられる気がしないなぁ…速人君には悪いけど、ある程度は伝えるしかないよね。
「あの馬鹿らしいわね。」
速人君とエメラルドスイーツ周囲に関わる事だけ話した所で、アリサちゃんからそんな一声が返ってきた。
「ま、でも辛うじてなのは達の敵にはなって無いのね。だったらいいわ。」
苦い顔をしつつも少しだけ安心したようなアリサちゃん。
「許して上げられるなら連絡取ったときもあんまり怒らないで上げたらいいのに。」
「駄目よ。」
速人君本人に話が伝わるような時には結構酷な言い方の時が多いアリサちゃん。
少しは加減してあげたらいいのにと思って言ってみたけど、少しの間もなく否定された。
「どうせアイツ大抵の人は上手く丸め込んでるんだから、たまには酷評受けておいた方がいいの。元々が無茶ある事ばっかり望みなんだし、自覚がなくならないようにする為にはこれ位じゃ足りないわよ。」
軽く怒った様子で言い切ったアリサちゃんは、手元のカップに手を伸ばして紅茶を飲む。
確かにアリサちゃんの言う通り、管理局の人達には選択を迫って妥協させてるから、妥協しちゃってる管理局の人が怒る訳にも行かないし、傍にいるのは助けられた人が多い。
怒る人になってあげてるアリサちゃん。ただ…
「速人君の為になる事、ちゃんと考えてあげてるんだね。」
アリサちゃんの話が本当なら、こういう事になる。
当たっていたからか、カップを傾けたままの体勢で固まるアリサちゃん。
「そりゃ、一応アイツも幼馴染だし。なんだかんだでいい奴なのも知ってるしね。…ヘンタイでさえなければ。」
渋い顔でカップを音を立てておくアリサちゃん。
そう言えば、六課に顔を出してた時に海鳴に来て、着替えを止める事も出来ずに脱ぎだしたアリサちゃんに怒られたって言ってたっけ。
さすがにこれは速人君が悪いけど、護衛の時から一緒に住んでる時までとっても優しかったし、このままの扱いって言うのは少し可哀想だ。
「速人君、真摯だよ。」
「しんしって…ジェントル?アイツが?」
誤解を解いておこうと思ったんだけど、アリサちゃんが首を傾げる。
紳士…だと確かに速人君は遠いように思う。
声の上では同じだから間違って伝わっちゃったみたいだ。
「そっちじゃなくて、真面目でひたむきって方。守るとか助けるって意味では本当に真面目だよ、私も何回も助けて…もらったし。」
少し思い出しながら振り返り、助けてもらった内容を思い出して言葉に詰まった。
「助けたって、その…『発作』関係?」
「え?あ…」
恥ずかしくなったのが表情に出てしまったのか、アリサちゃんが少しだけ遠慮気味にそう聞いてくる。
思い出していたのはアリサちゃんの言う通り発作…発情期の時の事。
他の日常的な事でも助けてくれた事はあるけど、事件のような大事は家では起こってないし、二ヶ月に一回のペースで起こる問題となるとさすがに印象が強くなってしまう。
雫ちゃんやレヴィちゃんを遠ざけて貰ったり、ノエルさんを呼んで貰ったり…
色々庇って貰った上、『地球に戻るのなら恋人はそっちで作るべきだ』って、タガが外れた私にも何もしなかった。
そんな事もあって速人君が妙な真似をする人じゃないって知ってるんだけど…内容が内容だし、説明するのも恥ずかしい。
「無理には聞かないけど…何かあったなら言ってよ。」
「大丈夫。真摯だったって言ったでしょ?本当に助けてくれただけで何もなかったの。」
速人君のフォローをするつもりが、余計にアリサちゃんに心配かけてしまった。
本当に何もなかったのに勘違いさせてしまうのも悪いから、慌てて訂正する。
何か…あってもよかった。
少しそんな気もあったけど、地球に戻って来たかったし…何より、恋人になろうと頑張ってるアリシアちゃん相手ですら流されたりしない速人君が、惰性で何かする訳が無い。
ずっと一緒にいられる人をちゃんと見つけたお姉ちゃんを少し羨ましく思いつつ、私は遠くなってしまった場所にいる人たちを思い出して空を見上げた。
Side~アリサ=バニングス
帰り道、メイドの衣装で動いている那美さんに見送りでついてきてもらう中、すずかの視界を外れた所で気になった事を聞いてみる。
「すずかってひょっとして速人の事好きだったりしたんですか?」
「うーん、私からはなんとも…」
困ったように返す那美さん。
それもそうか…すずかは最近帰ってきたわけだし。
「ただ、その…」
「ん?」
なにか言い辛そうにする那美さん。
「これでも秘密とかは守る方です、なにかあるなら教えてくれませんか?」
言葉に詰まる那美さんに後押しするように声をかける。
人の恋に口出しするのも変だし、今更速人の事で何かあったとしても手遅れなのも分かるけど…
親しい人が遠くなってしまった事に感じる寂しさは散々味わう事になったから、出来るなら知っておきたいし、何かあるなら力になりたい。
「えーっと、忍さんの話になるんですが…」
「忍さんの?」
「案外緩い…と言うと違うんですけど…」
度々言葉に詰まる那美さんに、つい目がきつくなってしまう。
那美さんはそれを感じ取ったのか、意を決したように一呼吸して…
「ある程度親しいと、夜呼ばれたりするんです。さすがに私は断りましたけど…ノエルさんとかも混ざってるみたいで…」
言い辛そうにしている理由がアッサリ分かってしまった私は、急かすような形になってしまった事を申し訳なく思う。
「距離や信頼関係が重要らしくて、掟を護るような信じられる親しい関係だと恋人とか友達とかあんまり種類に拘りが無いようなので、ひょっとしたらすずかさんもそんな感覚なのかもしれないと思いまして。」
「なるほどね…それなら合点もいくわ。ありがとう那美さん。」
がんがん踏み入ってくる上に悪意も裏も何にも無い速人。私だって友人としては信用してるし、あんな感じだから距離感もそんなに感じない。
もしすずかに今聞いた忍さんと同じ様な感覚があるなら、変な理由付けで拒まれていた事に寂しくなったのかもしれない。
恋人でもないのに手を出すのを避けるという速人の判断も変じゃないんだけど…
『大丈夫。真摯だったって言ったでしょ?本当に助けてくれただけで何もなかったの。』
見てて寂しそうだと分かる表情でこんな台詞をすずかに吐かせたのが速人の遠慮のせいだと思うと、やっぱりアイツが悪い気がする。
「久遠、知ってるよ。据え膳食わぬは」
「く、久遠!何処で聞いたのそんな言葉!!」
足元にトテトテとついて来ていた久遠の言葉を慌てて止める那美さん。
けど、私としてはおかげさまでスッと納得できた。
うん、やっぱり速人が悪いわね。
「それにしても、随分気にしてるんですね。恋愛事まで聞いてくるなんて。」
笑顔のままだけど、私を真っ直ぐ見て切り出された那美さんの言葉は無視できなかった。
相談された訳でもなければマナー違反もいい所だ。
それを承知で、しかも本人からでもなく那美さんから聞いた私には、ちゃんと答える必要がある。
「私がこっちに残ってるのがすずかが戻ってきた理由なら、色々無理させたんじゃないかと思ったからです。忍さん達も向こうに残ってる訳だし、無理して戻って来たなら…引っ叩いてでも向こうに返そうと思って。」
「ご、強引ですね…」
最後、握り拳を作って宣言すると、那美さんは苦笑する。
まぁ…本当に叩くかはともかくとして、不覚にも私も弱みを見せてしまった訳だし、それが原因なら私がキッチリ本当に居たい場所に返してあげないと。
「私、実家が戦闘一家ですけど、剣はそんなに出来なくて…こっちの方が居心地いいんですよね。」
考えを切る様に、那美さんは柔らかな笑みのままそんな話を切り出す。
戦闘一家って…恭也さんたちみたいな家なんだろうか?
でも何で今そんな話を
「速人君は勿論、恭也さんの剣も向こうで通用する物だったって聞いてます。けど、すずかさんには、『管理世界で』やる事はなかったみたいですよ。」
「あ…」
元々魔法関連を持っている速人達や、事件に関わった恭也さん、その恭也さんの装備を整えた忍さん。
そう言えば…すずかが向こうで出来た事を聞けてない。
それに、帰るつもりで向こうで積極的には動かなかったって…
「故郷で出来る事をやって行きたいって話してましたよ。待ってくれている友達と一緒に…って。だから、大丈夫ですよ。」
「ありがとうございます。」
…どうやら、ちょっと心配が過ぎて馬鹿な事を考えてたみたいだ。
すずかは優しいけど強い、何かが向こうにあるならそのために残るに決まってる。
同じ場所に『帰る』友人が来てくれたんだ、野暮な心配をするのはやめよう。
Side~高町美由希
休暇をとって帰ってきた御神の母さんと縁側に並んで、管理世界にいたグリフと恭ちゃんが関わった事件について話す。
地球側に関わる事だけになるけどちゃんと情報は貰ったから、伝えないといけない。
「そうか…恭也は戻ってこないのか。」
少し寂しげに呟く母さん。
御神流でも裏の不破の使い手として鍛えてきた母さんは、自分の剣を継ぐのは恭ちゃんだと思っていたみたいで、女性としての身体能力の差をカバーする為の技以外は、正統奥義の方を私に教えてくれていた。
神速含め、超人的な領域の能力が必要な御神の技は、そう長い間全盛期で揮えるものじゃない。
まだ動けるうちに落ち着いてよかったと思った矢先の話だから、母さんとしても残念なんだろう。
「恭ちゃんにとってはそれもよかったかもしれないし、あんまりがっかりしないであげて。」
「どういうことだい?」
戻れなくなったのによかったと言うのが不思議なのか、母さんが意外そうに聞いてくる。
「グリフが捕まった事件の時、忍さん達が攫われて、その犯人が管理世界の機動兵器を持ってたんだけど…一体倒すのが精一杯で、速人達が間に合わなかったら守りきれなかったんだって。」
「大体は聞いていたが、刀でそんなものまで倒していたのか…」
倒せていた事に驚く母さん。
私も話に聞いた以外では恭ちゃんから預かった使い物にならなくなった二刀ぐらいしか情報が無いけど、あの刀を見るかぎりとても私にどうにか出来た相手とは思えない。
「恭ちゃん、それを悔しがってた。魔導師相手でも戦える剣士を目指すなら向こうにいたほうが力試しできるし、忍さんも恭ちゃんが全力で振るっても壊れない刀を作るって言ってたから。」
出来る事と出来ない事があるのは事実だけど、それでも私達の剣は護りたいものを護るための力だ。
「実際向こうで戦えたから目立っちゃった訳だし、二度と会えないって訳でも無い筈だからそんなに落ち込まないであげて。」
「そうか…恭也はまだ強くなってるんだね。」
少し感慨深いと言ったように呟く母さん。
私もちゃんと強くなれてるとは思うけど…『心』を使った暗所戦闘とか、話に聞いているだけでも追いつけている気がしない。
遠い所に行っちゃったな、恭ちゃん…
「雫ちゃんも元々の身体能力が高いからかもう恭ちゃん達と近いペースで基礎鍛錬できるらしいし、私もうかうかしてられないな。」
思い出したように呟いた所で、母さんが溜息を吐く。
「美由希…急かしたりしたくは無いんだけど、もし子供にも御神の剣を伝える気でいるのなら…」
「うっ…」
いつもの落ち着いた声よりちょっとだけ沈んだ母さんの言葉が胸に刺さる。
私は恭ちゃんのお陰で相当早い段階で神速まで辿り着けたけど、生まれてからずっと剣を離さないような鍛錬をしても二十歳で修得できたら早い神速。
三十路で出産したとして、子供が二十歳になる頃には五十…
貫や徹、奥義の型なんかはともかく、今使ってもあっという間に体力切れを引き起こす神速なんか、下手をすると再現すら出来ないかもしれない。
しかも神速まで行って漸く本題。使いこなした上でその先に辿り付くのが極みになるんだけど…
「わ、分かってるよ?分かってるけど…」
「無理も言えないけど…『雫ちゃんに抜かれないように』と言うニュアンスに聞こえたからね…」
「…うん、そうだよね。」
私が雫ちゃんと競ってる場合じゃなくて、私の子供と競う位で普通なんだ。
危機感足りないって言われてもしょうがないけど…しょうがないけど!
「結婚相手を無理に探せとも言えないか…」
少しだけ諦めたように呟く母さん。
私も同じ事は思うけど…そんな事を言ってて未だに色恋の影すらないなのは達の話も速人から聞いている。
無理じゃ無い程度には探さないと、何にも無いまま終わっちゃうかもしれない。
しかも、なのはだって何も無いと言ってもユーノもいるし、いつ誰とくっつくか分からない。
少しは考えよう、妹にまで先を越され
「そう言えば、なのはちゃんが子供を引き取ったと聞いたけど…ここを離れた時には彼女も子供だったのに時が経つのは早…美由希?」
感慨深い様子で思い返す母さんの声を遠くに感じながら、私は空を見上げた。
これ、先越されてるんじゃないだろうか?
何となくそう思ってしまった。
エイミィもとっくの昔に結婚して子供育ててるし、本当に…少しは考えよう…
SIDE OUT