後日談・少しだけ前に
Side~キャロ=ル=ルシエ
JS事件も終わっても『教える事が山ほどある』との事で、事件が片付いた事もあってか以前よりも密度が増した訓練に打ち込む中、エリオ君の様子が何となくおかしい気がしていた。
ハードな訓練に完全に参って荒い息を吐いてへたり込んでいる私達を余所に、エリオ君は木を背にしてでも立ち上がって深く深呼吸を繰り返す。
自主練とかシグナムさんとの仕合とかはよくやっているけど、それでも不調を感じない程度に納めたり、シャマル先生に様子を見てもらったりしているから、ティアナさんの時のように無理が過ぎてると言う訳でもない。
ただ少しだけ…ピリピリしているような気がした。
「キャロ、どうかした?」
「えっ!ううん、なんでもないよ。」
物思いをしながらエリオ君を見ていたせいか、エリオ君が声をかけてくれる。
…うん、こういう所は優しいエリオ君のままだ。
だからこそ、暫く様子がおかしいとも思わなかったんだけど…
「エリオ君、今晩お話しない?」
「え、うん。」
先に約束しておかないとまた自主練に行ってしまうかもしれないから、思い切って声をかけた。
後は、聞いてみるだけ。
思い過ごしならいいし、そうで無いなら…出来るだけ力になりたいから。
「それで、話って?」
休憩室で肩を並べて座ると、エリオ君がそう切り出した。
「あの、勘違いだったらごめんね?エリオ君、最近ピリピリしてる気がして…」
隣でエリオ君が、少し驚いたように口を開けた。
やっぱり、あってたみたいだ。
「…ひょっとして、僕なんかしてたかな?」
「あ、ううん!全然そんな事は無いよ!ただ、何かあったなら力になりたいなって…」
変に勘違いさせてしまったらしいエリオ君の問いかけに、慌てて首を横に振る。
それで安心してくれたのか、エリオ君は小さく息を吐いた。
少しの間を置いて、エリオ君はモニターを表示させる。
「JS事件のフレア空尉の戦闘データを見せてもらったんだ。」
「それって…」
自力ではまともに動く事すら叶わなくなったフレア空尉を連れて脱出したフェイトさん。
中で何があったのかまでは詳しく聞いていなかったけど…
「ぅ…」
モニターに映し出された凄惨な映像に、私は思わず口を押さえた。
拘束されたフェイトさんの傍に、バリアジャケットが原型を残さず吹き飛ばされ、焼けた身体の隙間から赤黒い液体がぬるぬると流れ出ているフレア空尉が倒れていた。
入院中に見舞いに行った位で怪我までは実際に見ていなかったので、痛々しい光景に気分が悪くなる。
「…ごめん、食後に見せるものじゃなかったよね。」
「だ、大丈夫。私から話を聞いたんだし。」
話している間もモニターの映像は進む。
暫く倒れていたフレア空尉は、あの怪我で立ち上がってフェイトさんを助け出した。
弱っている様子こそあったものの、特に表情を歪めるでもなく立っている空尉は、そのまま戦闘を開始して、二人倒して見せた。
「凄い…」
思わず漏らした所で、エリオ君は映像を巻き戻す。
糸に捕らわれたフェイトさんを助けた所まで映像を巻き戻したエリオ君は、スロー設定にして再び映像を再生する。
「空尉の身体をよく見て。」
ゆっくりと再生される映像の中、立っているだけに見えた空尉の身体。
その腕や足の筋肉が僅かに動いていた。それも、痛々しく焼け爛れている右腕まで。
「ここで体がどれだけ動くか確認して…それから二人を引き受けたんだ。こんな状態でまだ冷静に。」
思わず息を呑む。
頑張る事、必死になる事だったら、きっと私達でも出来る…と思う。ここまで酷い怪我だとそれも普通に出来るのかわからないけど…
けどそんな状態がまるで『当たり前』であるかのようなフレア空尉の挙動は、とても恐ろしいものだった。
「僕達が自分で戦わなければならない場所に来ているんだって空尉の話、覚えてる?」
エリオ君の問いかけに、私は小さく頷く。
地上本部襲撃の際に話した事で、私もエリオ君もはっきりと答えを返した事だ。もちろん覚えてる。
「僕も分かってるつもりで答えた。けど、ここまで出来るのが当たり前の覚悟だって言うなら、まだ足りないんじゃないかって思って…それで僕なりに色々と気を張ってたつもりなんだ。守れなくちゃ…意味が無いから。」
「あ…」
何かを噛み締めるようにエリオ君が呟いた言葉を聞いて、漸く分かった。
訓練後でも気を抜かなかったり、疲れが残らない程度にはいつでも訓練してたりするのは…
アジトに捕まっていた人達を…何よりフェイトさんを守ったのが、フレア空尉だから。
仲間も何も無いほど冷たいように思えるけど、無辜の民を守る為には死力を尽くす人。
訓練終了直後に襲撃されて、反応できてないと怒られた事さえあった。
抗議しようとしたなのはさんの言葉さえ止めてしまうほど冷たく事実だけ言い残して去っていった空尉。
だけど空尉は、それが当然だと言う自身の言葉通りに、怪我にも言葉にも動揺する事無く戦ってきた。
そういう意味だと、ひょっとするとなのはさん達よりも『強い人』なのかもしれない。
まして、それがスカリエッティの言葉に苦しめられてたフェイトさんを助けた強さだって言うなら、エリオ君がフレア空尉の言葉通りに強くなろうとするのも分かる。
身体はやりすぎたら壊すかもしれないけど、覚悟なら強く出来るはずだから。
でも…何か、嫌だ。
そう思った私は、そっとエリオ君の手を握った。
Side~エリオ=モンデュアル
隣に座るキャロの手が、僕の手に重ねられる。
「キャロ?」
女の子と近い距離で接するのにまだ慣れていないのにいきなり手を触れ合う事になって少しドキドキしたけど、どうにか気持ちを落ち着ける。
「エリオ君がフレア空尉を目標にするって決めてるなら、止められないけど…私は、ちょっとやだな。」
「え、あ…それは僕も普段のあの人を真似たいとは思わないけど…」
少し心配そうに目標と言うキャロに、すぐに弁解する。
僕だってさすがに普段からああも心無い振る舞いをしたいとは思えないから。
けど、キャロは首を横に振る。
「きっとなっちゃうよ…だって、なのはさんの怪我の話をした時も、ティアナさんがあれだけ頑張ってた理由のティーダさんの話も、よくある事や当たり前で片付ける人だもん。」
「それは…」
今度は言葉を返せなかった。
誰も彼もが泣いていたなのはさんの怪我の映像と過去の話。
フレア空尉はきっとそんな中でも平然としていられるだろう。
覚悟の例に空尉を挙げるなら、そういう人になるのが正しいと言ってるのと同じだ。
「操られる前のルーちゃんだってエリオ君が伸ばした手に答えてくれようとしてたし、無理してあんなにならなくてもいいと思う。…甘いかな?」
キャロの言うように、甘いと思ったから気を張ってた。
けど、ルーの名前を聞いて思い出す。
敵に容赦の無い空尉が、取り押さえる為とはいえルーの顔を地面に押し付けて動きを封じていた時の事を。
「ありがとう、キャロ。」
ああなるのが嫌でルーに手を差し伸べて、失敗した上にフェイトさんをあの空尉が助けて見せたからちょっと気負いすぎてたのかもしれない。
思い出させてくれたキャロにお礼を告げる。
「ちょっと無理してたかもしれない。ルーの事一緒に見てこうって決めたのに、僕だけピリピリしててもしょうがないよね。」
「う、うん。私も頑張るから、一緒に…」
「うん、一緒に。」
少しだけ強くなれた僕たちだけど、まだ一人前にはほど遠い。
フェイトさんに救われて出合ったキャロと一緒に、僕達なりに強くなっていこうと決めた。
Side~ティアナ=ランスター
あたしの事を思い出してくれたかに見えた兄さんだったけど、思い出に関して大部分が消えているのは変わらないようで、むしろ思い出せた事があったのが奇跡のような物だったらしい。
事実、結構仲のいい友人だったはずのヴァイス陸曹の事や時空管理局の事は覚えていないようだった。
とは言っても、常識などの知識については持ったままで犯罪行為に加担していたため、青空の下で勉強中の皆と違って石牢で反省中だ。
さすがに無人世界送りで幽閉と言う扱いはされなかったので面会に行き易いのは救いではある。
ただ…
「は…はっ…」
兄さんの隣の牢から漏れ続ける息遣いが、牢が静かなせいで微妙に耳障りだ。
「…いつもこんな感じなの?」
「まぁな。時間さえあればこの調子で、現職の局員が引く位だ。」
牢に居る兄さんは苦笑して肩を竦める。
兄さんの隣に収容されているのは、グリフだった。
少し覗いてみたが、数十キロはありそうな手枷をはめた状態で延々と屈伸運動を繰り返していた。
あんな事を時間がある限り続けられる体力があると言うのは確かに桁外れにも程がある。
「俺も少しは鍛錬しておかないとと思うんだけど、魔力が封じられてる状態で射撃訓練も出来ないしな。」
「魔力封じられてるのよね…」
そうなるとグリフは身体能力だけであの量の鍛錬をこなしていることになる。
つくづく恐ろしい人だ…
「そう言えば、執務官補佐につけるんだよな?昔の俺がたどり着けて無い場所までもう行ったって事だろ?こんなとこに居る身で言うのもアレだけど、成長したんだな。」
笑顔で褒めてくれる兄さんに、あたしは小さく頷く。
「なのはさん達に鍛えて貰ってるから…それに、それでもまだ兄さんの射撃に追いつけてるとは思ってないけどね。」
「一対一で勝ったんだからそんな事ないと思うけどな。」
謙遜する兄さんだけど、まだ上回ってるとは思えない。
ヴァイス陸曹が空を封じて、ウェンディを守る為に逃げられなかったから勝てたんだ。
そんな兄さんに、使える手を全て使ってどうにかできただけ。
実力でもそうだけど、射撃となるととても勝てるとは思えない。
「兄さんはどうするの?」
「復職出来るならそれもいいんだが…そんなにすんなり行かないだろうし、騒がせた分も真面目にやっていくよ。」
局内暗部のせいで試験や審査も厳しくなっている今、罪人として捕まった兄さんが簡単に職場復帰できるとも思えないし、復帰出来たとして執務官はもっと無理がある。
そんな状況なのに、兄さんには気負いが無い。
「ちなみに俺とグリフは、出所して出来る事なかったらエメラルドスイーツに来ないかと誘われてるんだけど…」
「それは止めて。」
「言うと思ったよ。」
知らない内にとんでもない事をしてくれている速人さん。
悪い人じゃない、悪い人じゃないんだけど…滅茶苦茶だ。
知らないうちにリライヴが開放されて、速人さんの家に居座っている。
騒がずノーコメントで流すようにとされたけど…まともな方法で開放出来る訳が無い。
となると、まともじゃない方法を平然ととった挙句、ああも屈託の無い笑顔で生活している事になる速人さん。命懸けの戦いまで何度も繰り広げたグリフ相手ですら家に入れようとする辺り、とても正気とは思えない。レジアス元中将までいたし…
正直何をするかも分かった物じゃない所を薦める訳にはいかない、これ以上酷い事になるのは御免だ。
兄さんもリライヴの話を知っていたのか、小さく笑う。
「けど、行き場もある訳だし、思い切りよく出来るだけやっていくさ。妹においていかれるわけにも行かないからな。」
「兄さん…」
それで死なれても困る…とは言え、こんな仕事を志してるあたしの台詞じゃない。
あたしは出かけた言葉を飲み込んで、笑みを浮かべる兄さんに頷き返す。
そう長い間話していられるわけでも無いので、そろそろ帰ろうと踵を返し…
「気をつけて頑張れよ、ティア。」
「…はい、兄さんも身体に気をつけて。」
去り際に声をかけてくれる兄さん。
いつかまた昔のように一緒に過ごせるといいな…
Side~スバル=ナカジマ
「へぷ!」
突き出した拳を抜けて鼻先に手の甲が当たる。
少し押されて鼻を押さえ、間髪入れずに左足を蹴り上げ…
「わっ…あぁぁっ!?」
蹴り上げた足を捕まれ、そのまま体勢を崩される。
尻餅をついて転がったあたしは、目の前の人を見上げた。
「残念だったな。」
「うぅ、速人さん強い…」
あたしはお尻を押さえて立ち上がった。
オフシフトを利用して隊舎の傍に速人さんに来て貰っての格闘訓練。
ギン姉からもいつか受けて、速人さんに常に見せて貰ってる意識の外からの攻撃。
それだけに関わらず、とにかく見切りが凄い。
本来の武器は刀なのに、素手で圧倒されて手も足も出ないくらいに。
「ヒーローだからな。」
「あはは…」
強大な魔力もレアスキルも無いのに体現した技術。そんなものを持ってるくせになのはさんと違って大人な雰囲気が一つも無いのはある意味凄いと思う。
「しかし、わざわざオフにまで訓練か。場に染まってると言うか何と言うか…」
「速人さんを簡単に呼べる場所って局にそう無いですから。今の内じゃないと見せて貰えなくなっちゃいますし。」
今度決まった湾岸特別救助隊なんかには、さすがに傍に呼ぶなんて簡単に出来る事でも無い。
「救助隊で使える技かって聞かれるとどうかと思うんだけどな。火災の中で動くのとか俺にはちょっと難しいものがあるし。」
「魔法と違うから、やっぱり休みの日に個人的に覚えるのであってますよ。」
「そう楽しそうにしてくれるなら何よりだ。」
構えも何もなく突っ立って微笑む速人さん。あたしはそんな速人さんに向かって前置きもなく拳を繰り出した。
戦闘は仕合と違って合図が無いものだからいつ初めても構わない。
初めて呼んだ時にそう言われ、何となくなれないまま仕掛けたけどやっぱり一撃も当たらなかったので今ではもう遠慮する事は無い。
リボルバーナックルをつけた右拳を右に半歩動いてかわす速人さん。
あたしは突き出した右腕の下を通すように左拳を振るい…
捕まれ動かされた右手のリボルバー部分を自分の左手で殴る事になった。
右腕で見辛くなるかと思ったけど、それどころか利用された…
うぅ…やっぱり遠い…
「あ…ったぁ…」
「あ、悪い。近かったんでつい。」
ついでこんな前例の無い動きが出来るものなんだろうか?
つくづくリボルバーを回転させてなくてよかったと思う。左手だけとはいっても挽肉みたいに削られるのは想像したくない。
速人さんは、十年以上一緒にやってても自分の兄に追いつけて無いから一年で上手い事行くわけないって言ってたけど…
「奇策もいいけどちゃんと見ないとな。」
言いつつ右を振りかぶった速人さんに、防御態勢をとって…
「っぅ!ぶっ!」
左手ではたかれたと思ったら右拳が当たっていた。
うぅ…本当に何が起こってるのかわからないよぉ…
「という感じで一日惨敗だった。」
『相変わらず凄い人なのね、速人さん。』
夜、自室でギン姉に通信を入れる。
魔力ダメージとかは無いし、直接殴る事になるからか相当加減してくれてるので怪我とか疲れはあんまり無いんだけど、手ごたえがまるでつかめない訓練って言うのは別の意味で疲れる。
もう一度ギン姉とリボルバーナックルを分けた時にも思ってた事だけど、やっぱり重いなぁ。
ギン姉もあたしもいい勝負で、あたしが手も足も出ない速人さん。
その速人さんが使っている、相手に関係なく一撃を当てる技巧。
ギン姉が先に目指してて、母さんが辿り着いてたかもしれない場所。
『私も前回の一件ではいいようにされちゃったし、お互い頑張りましょう。』
「うん。」
今は居ない母さんや、今も凄いなのはさん。
事件は解決したけれど、憧れの人達はまだまだ遠い。
けど…
今すぐは無理でも、絶対に辿り着いてみせる。
改めて誓って、握った拳を突き上げた。
SIDE OUT