第三十二話・戦うべき今
Side~フェイト=T=ハラオウン
「はあぁぁぁっ!!!」
前方で戦っているフレア空尉を通り過ぎる形で、ソニックムーブで敵ガジェット群に飛び込んだ私は、ザンバーを使って一気に周囲のガジェットを薙ぎ払った。
「フェイト…」
振り返ると、少し睨むような表情の空尉。
私はそんなフレア空尉に笑顔で今さっき入った連絡を伝える。
「速人がゆりかごでグリフと戦ってるそうです。もう一人で無茶する必要はありませんよ。」
「来ていないと思ったら…あの馬鹿め…」
少し顔を伏せた空尉は、小さくだけど確かな笑みを浮かべながらそう呟く。
と、グリフの事とか全く伝えてなかったシスターがいきなり飛び込んだ私と空尉を怪訝な表情で見比べる。
「あ、す、すみませんシスター。その、実は…シスター!!」
説明をしておこうかと思った矢先、地面から手が伸びている事に気付く。
手がシスターの足を掴んで地面に引き込み、上部からガジェットが落ちてくる。
あれでは動けず潰される!!
私よりシスターの傍にいたフレア空尉が落下するガジェットを破壊しようと槍を構え…
「はあぁぁっ!!!」
それが振るわれるより前にシスターが地面を破壊した。
…なんて豪快な。
『シスター、大丈夫ですか!?』
『こちらは大丈夫です、戦闘機人を補足しました。彼女を捕らえてすぐに合流します。』
『了解。』
心配する私が答えを返す前に、フレア空尉が一言で返して話を終わらせてしまった。
「空尉!」
「いつ何処から出てくるか分からん相手をシスターが見張ってくれるのなら好都合だ。それより此方も来るぞ。」
詰め寄る私を通り過ぎて槍を構える空尉。慌てて振り返ると、二機の戦闘機人が此方に歩いてきていた。
「フェイトお嬢様…此方にいらしたのは帰還ですか?それとも反逆ですか?」
「どっちも違う、犯罪者の逮捕…それだけだ。」
一人はトーレ、もう一人は眼帯をした少女だった。
「私達のスポンサーの言葉とは思えないな。」
「っ…」
眼帯の少女が告げた言葉に眉を顰める。
「局員だろうとそれ以外だろうと…無辜の民に害をなすならば、排除するだけだ。」
言い切ったフレア空尉が駆けると同時に、戦闘が始まった。
空尉はトーレとぶつかる。私はその脇を抜けて眼帯の少女に向かう。
少女が何処からか放つナイフを避けつつ接近し…
「はああぁぁっ!!」
ザンバーを全力で振り下ろした。
「くっ…」
少女が金色の防御幕を展開し、直撃したザンバーと大きな衝撃音を響かせる。
破れない…なんて硬さだ…
「はっ…バルディッシュ!」
『ソニックムーブ。』
防御幕を破ろうと力を込めている間にナイフに包囲されていた。間一髪高速移動で抜け出すと、私がいた場所を多数のナイフが通り過ぎる。
彼女も出来る…
「はあぁぁっ!!」
「っ!」
と、唐突に接近してきたトーレがその手の刃を振るう。
手甲で受けとめはしたが、次いで放たれた蹴りによって吹き飛ばされた私は、地面を転がった。
『すまない。』
珍しくフレア空尉から入る謝罪の念話。
無理がかさんだ今の空尉に、高速戦闘タイプのトーレの足止めは難しいのか…
『やぁ、フェイト=テスタロッサ執務官。』
「ジェイル=スカリエッティ!?」
体勢を整えたところで、スカリエッティが表示されたモニターが映る。
『私の作品はどうだい?中々堪能してくれているようじゃないか。』
「作品だと…人の命を何だと!!」
『大事にしているつもりだがね。グリフが連れて来た死に掛けの局員や迎撃したゼストを作り直して動けるようにしてあげたのは私だよ?』
「戯言を!重罪人が!!」
モニターに叫んだ私の様子を見て、スカリエッティは肩を竦める。
直後、地面から生えた糸が私に絡みついた。
「挑発に乗るな。」
私をたしなめながら飛び込んできたフレア空尉が、私に絡みついた糸を根から払う。
次いで眼帯の少女が放ったナイフを弾き飛ばす空尉。
「IS発動、ランブルデトネイター。」
嫌な予感を受ける眼帯の少女の一言の後、今の一撃で散ったナイフとさっき私が回避して散ったナイフの全てに光が取り巻く。
高速移動で…!?
「しまっ…」
新たに足に巻き付いた一本の糸を見た瞬間、爆音と爆発で全ての感覚が途絶えた。
感覚が戻ってきて始めに感じたのは、全身を包む温かさだった。
あまり痛みを感じない事に疑問を抱きつつも目を開いて…
「あ…え?」
目の前にフレア空尉の顔があった。
男の人とここまで近づいたことがなかったから少しビックリして…
空尉の背中に回した手から、ぬるりとした嫌な感触が伝わってきて慌てて飛び起きた。
「フ、フレア!っ!?」
全身の様子を確認する為に離れて立ち上がった私は、糸の檻に閉じ込められた。
離れたお陰で全身が見えるようになったフレア空尉の姿は、背中と右肩が焼け爛れた酷いものだった。
私を…庇ったんだ…
「命懸けで君を庇ったと言うのに、肝心の君が動揺しきって拘束されるとは…報われない、人の命を何だと思ってるんだい?フェイト=テスタロッサ執務官。」
「スカリ…エッティ…」
耳障りの悪い声に視線を移せば、いつの間に姿を見せたのか、気味の悪い手袋をつけた指を玩んで嗤うスカリエッティの姿があった。
許しがたい犯罪者に言われた否定も出来ない台詞に、私はデバイスを握り締めて歯を食いしばる。
「プロジェクトF最初の完成形である君は、是非無傷で欲しかった所だ。AMF下でコレだけの戦闘が出来る君達二人相手にはそれも難しいと思っていたが…彼に感謝しなくてはね。」
「黙れ…」
「そう憤ることも無い。私は君の父親のようなものなのだからね。」
「黙れ犯罪者が!!っ…」
糸を薙ぎ払おうとした所で更に湧いて出た糸によって身体とデバイスも拘束される。
そんな私を見ながら、スカリエッティは溜息を吐く。
「可笑しな話だ。管理外世界というだけで奴隷にされていた子供一人救えなかった君達が、私一人相手だと重罪人とは。」
見下した目で告げたスカリエッティの台詞。一瞬その意味を考え…
はやてから聞いたリライヴの過去を思い出す。
「貴様が何故その話を…」
「人を奴隷扱いする者は逮捕しないのかい?…それもそうか。君たちが言う重罪人とは、君たちの失敗の結果の後始末の事なのだから。でなければ…元凶が私や彼女を逮捕しようなどと面白い事は言えまい。結構な事じゃないか!」
楽しそうに嗤うスカリエッティが、その手を大きく広げる。
「私の技術を批難しながら、その結果である君やタイプゼロの二人、君が育てた子供は自分の都合のいいように操り、使われる。君が名乗る正義の組織は所詮そんな揺らぎだらけのものさ、だからこそ…」
「っ…母さん?」
言葉を切ったスカリエッティが、プレシア母さんの映像を映し出す。
一つはアリシアと並ぶ優しい顔、もう一つは疲れ切って濁った目をした顔。
「君もこうなる。引き取ったFの遺産と竜召喚士を自分の手足として使っている君も、プレシアと何一つ変わらない。だからいい加減、その脆い正義に縋るのは止めたまえ。」
身体から力が抜けるのを感じる。
スカリエッティの技術と力とあり方を批難しながら、その技術と力を使い、引き取った二人を結局戦わせている。
それ以上見ていることが出来なくなった私は目を閉じ…
「知った事か。」
聞きなれた静かな声が聞こえた瞬間、私の全身にまとわりついた糸が切れた。
Side~フレア=ライト
フェイトを解放した私は伝わる痛みからダメージを感じる。
…幸い足と左腕は動くようだ。コレならば充分戦える。
私が立ち上がったのが意外だったのか、トーレが目の色を変える。
「貴様!まだ…」
「局員より鍛錬を積んでいる犯罪者もいる、私よりも貴様の姉妹の方が仲間想いのようだしな。」
「フレア空尉…っ…」
私に目を向けたフェイトが表情を歪めるのを流して、私はグレイブをスカリエッティに向ける。
「だが、そんな事は関係ない。私は貴様等を止める、例えそれが正義でなくてもだ。」
「傲慢だね。」
「私の目的は無辜の民を守る事、貴様の説得でも、貴様に讃えられる事でもない。」
過去の英雄は所詮殺し合いの先導だし、この後戦乱が訪れれば戦わなかったものが臆病者と罵られる時代が来るかもしれない。
だから…何が正しかったのかなど後世の人間が適当に語ればいい、私の知った事ではない。
「あの二人を使っているか否かが不安ならば後で話を聞けばいい、奴の話も逮捕してからでも聞ける。フェイト、お前は今ここへ何をしにきた?」
もう答えの出ているはずの問い。犯罪者の逮捕と、フェイトはそう言っていた。
それに…なのはの訓練に耐えて来たあの二人は既に使われている戦闘機人よりもしっかりと立っている。特にエリオの方は疎まれている私に逐一自分から関わってくるほどに。
都合のいいように使っているなど、それを言われて認めるなど、あの二人にとって侮辱以外の何物でもない。
「お礼は後ほど、今は…」
「それでいい。」
別に礼等不要だが、彼女がそれを聞くとも思えない。今戦闘態勢になればそれでいい。
「トーレは任せる。」
「はい!」
一言で十分伝わったのか、切り札を切るフェイト。
黄金色の光に包まれたフェイトは…閃光と共に『消えた』。
断続的な衝撃音が響く中、私は地を駆ける。目指すは眼帯の少女。
ナイフと赤い糸が私の進行を妨げるように出現する。
足を止めてそれらを払った私は、技の構えを取る。
弾いたナイフを光が取り巻き…
「ランブルデトネイター。」
爆発音を耳にする前に動く。
普通に駆けたのでは絶対に間に合わない距離。
だが、だからこそフェイトの一撃を防いだ防御魔法を展開する前に攻撃を当てられる。
一歩で長距離を埋める技術。
そしてそれを含んだ、長距離刺突奥義…
「がっ…な…に…」
『射抜』
獲物は槍で借物の技だが、お陰で眼帯の少女を貫く事が出来た。
「はあぁぁぁっ!!」
貫いた少女を、横薙ぎの要領で体を捻りスカリエッティ目掛けて投げる。
少女を妙な手袋で受け止めたスカリエッティに向かって飛び掛り、空中から打ち下ろしの一撃を頭に叩き込む。
綺麗に直撃したスカリエッティは、ぐらりとその身体を傾けて…
「くっ…オーバーデトネイション!!」
意識は断てていなかったのか、眼帯の少女が叫んだ瞬間、私を包囲する形でナイフが展開される。
コレは…回避は不可能か。
Side~フェイト=T=ハラオウン
聞こえて来た爆発音に嫌な予感を感じつつも無視する。
あの人が命懸け出まで私を庇って助けた理由なんてただ一つ。
道中で消耗した彼ではここの全員を捕らえきれないから。
振り回されて意気消沈した挙句捕まって、庇われ傷ついた彼を気にかけてまた捕まって、まだ尚助けて任せてくれた。
味方を見捨てる事も選択肢に入れられる彼がそこまでしてくれた理由なんて、彼が私をまだ信じてくれているか、彼自身の力ではもう現状をどうしようもないかの二つ位しかない。
だから…これ以上グダグダと止まってはいられない!!
「はああぁぁっ!!」
「おおぉぉぉっ!!」
昔即興で追加した二刀の進化系、ライオットザンバー・スティンガーを手に高速移動と全力飛行を繰り返し幾度も斬り結ぶ。
距離を取って着地した私とトーレは、互いに荒い息を吐いていた。
「…見事です。」
「何?」
唐突に、トーレから送られた賛辞に困惑する。
「彼が我々に『魂が無い』と言った理由が少し分かった気がします。確かに我等戦闘機人に、貴女のようなブレは無い。だが…」
再度構え直すトーレ。
「戦機として…負けるつもりは無い。」
彼女の眼光と宣誓を受けた私は、背中に伝う冷たい衝撃のようなものを感じる。
恭也さんと相対した時に比べれば小さな、それでも心無きものが持ち得るはずの無い気。
「…貴女にも魂位ありますよ。事件が終われば、きっといくらでも進めます。」
人形なんて状態、本人次第でいくらでも変われる。
戦闘中にも拘らず感じられたその感覚に少しの嬉しさを覚えて、私も構え直した。
「終わらせはしない。」
「終わらせてみせます。」
瞬間、互いに消失するほどの勢いで駆け、斬り結ぶ。
けど、実感があった。
私の方が速度は上だけど、彼女は私の速さに慣れて来ている。
加えて戦闘が長期になれば、私は消耗して彼女は益々慣れる。
だから、一手で決める必要があった。
ソニックムーブで死角に入った私は一刀を振るう。
当然それだけでは防がれる。その上、技量では彼女を上回ることが出来ない。
ならば…力で押し切るしかない。
「はああぁぁぁっ!!!」
「何っ!?」
振るった一刀にもう一刀を融合、そのまま大剣へと変化させる。
ライオットザンバー・カラミティ、大剣で全てを薙ぎ払う一撃を放つ為の形態。
「戦闘機人を…人間が…力任せに押し切れるとでも!!!」
「押し…切る!!!」
加えられる力は五分。空で均衡を維持した私達だったが…
受けているトーレのブレードが砕けた。
AAAで都市一つ壊滅させる戦闘が可能とも言われている。高速戦用に開発されたのだろう彼女の刃が、オーバーS級の力を用いての全力衝突に耐えられなかったようだ。
装備もなく大剣を受けられるはずもなく、私が振りぬいた剣は、そのまま彼女を吹き飛ばした。
「はぁ…はぁっ…」
着地した私はフルドライブを解いて、魔力の節約に入る。
AMF濃度にもよるけど…まだ援護くらいは出来る余裕は残っていた。
それもコレも全て…
「フレア空尉!!」
ずっと前に出続けた彼のお陰。
最後聞こえた爆発は恐らくあの少女のナイフが爆発した音。それで戦闘が終わったと言う事は…
嫌な予想こそあったが、今度は警戒を解かず、慎重に空尉の姿を探して周囲を見渡す。
戦闘に集中しすぎて少し離れていたらしく、遠目に立つ人影が見えた。
先程までのボロボロの様相から局の制服に戻っている空尉が、槍を杖代わりに辛うじてと言った様相で立っていた。
バリアジャケットのリアクターパージまで…完全に最終手段なのに…
「フ、フレア!大丈夫!?」
慌ててフレアに駆け寄るのと同時、施設が振動する。
「これは…」
「自爆装置だろう。」
「くくく…その通り。」
フレアに続くように発せられた声に目を向ければ、デバイスをつけた手ごと貫かれたらしいスカリエッティが力なく笑っていた。
「クアットロがここを用済みと判断して処分に入った。」
「何を…貴方も巻き込まれ」
「戦闘機人全員に私のクローンを仕込んである、別に私が無事である必要は無いのさ。」
自分が死ぬかもしれないと言うのに心底楽しそうに笑うスカリエッティ。
…狂ってる。
「予測の範疇だ…」
「フレア!休んで無いと怪我が」
「問題ない、お前は施設の爆破を止めろ。道中にいた眠っている人も死なせることになるぞ。」
フレアの言葉に、水槽に浮かぶ人たちの姿を思い出す。
…こんな事まで予測した上で前衛を引き受けてたのか、本当に頭が下がる。
「…分かりました、必ず。」
「頼む。」
誰一人死なせるつもりは無い、無駄な命なんかじゃないんだ。
SIDE OUT