第三十一話・望むは優しく温かい手
Side~キャロ=ル=ルシエ
ヴォルテールが巨大な白い召喚虫と、エリオ君がガリューと、フリードが何体もいる地雷王と戦っている状態で、私はどうにか召喚士の女の子と向かい合う事ができた。
「私…アルザスの竜召喚士、キャロ=ル=ルシエ。貴女の名前は?」
「ルーテシア=アルピーノ。」
状況が酷かったけど、とりあえず落ち着いて話しかけると、静かにだけどちゃんと答えてくれた。
よかった…話が通じる。
答えてくれるならこれ以上傷つけあいたくなかった私はどうにか説得したいと思っていた。
「どうしてこんな酷い事をするの?」
「ドクターは私の探し物を手伝ってくれるから…私もドクターのお願いを聞いてあげてる。」
質問に返って来た答えは、信じられない物だった。
お願いを聞いてあげるって…そんな事で他の人をどれだけ…
「そんな…そんな事の為に」
「私にとっては大事な事…母さんが起きるのに必要なんだから。」
「違う!探し物の事じゃなくて!!」
思わず叫んでしまった私は、軽く頭を振る。
叫んだり怒鳴ったりしたら警戒しちゃう。私はただ暴れるのを止めたいだけなんだから、ルーちゃんの邪魔をしたい訳じゃない。
「探し物の事もお母さんの事も、絶対私達が手伝う!だから…もうこんな事止めて!」
私の訴えを聞いたルーちゃんは…
手を前に出して、周りの小さな召喚虫を数匹飛ばしてきた。
「っ!」
『ブーステッドプロテクション。』
咄嗟に張った防御魔法でどうにか防ぐと、私の横にエリオ君が降りてきた。
「ルーちゃん!」
「いい加減な事…言わないで。」
ルーちゃんは私を恐い目で見てた。それまで話を聞いてくれてたときは全然しなかった目で。
「いい加減なんかじゃないよ!私は本当に」
「ドクターは管理局に使わせてもらえない技術で母さんを起こすって言ってた。リライヴもそれで手伝ってくれてた。」
「あ…」
ルーちゃんの話から出たリライヴさんの名前に、速人さんとの話を思い出す。
『質量兵器を使わないと護れない人がいる…とか言う状況ならどうだ?』
管理局が止めてる方法でも誰かを助けようとするから今リライヴさんは次元犯罪者として手配されてるって。
「リライヴが一生懸命助けた人、管理局が助けた事になってた事もあった。ゼストが疑って、リライヴが騙されて追われてる貴方達が…私を助けてくれるなんて絶対に無い。」
「そんな…っ!?」
今まで聞いた事のなかった話を聞かされた私は、直後考えている余裕がなくなる。
浮いている羽虫型の召喚虫をはるかに超える数の魔力弾。
ギンガさんとスバルさんが二人掛りで受けた、最悪の殲滅魔法。
「シューティングスター!」
ルーちゃんの宣言と共に、視界を埋め尽くすほどの魔力弾が雨のように向かって来る。
「く…サンダーレイジ!!」
「エリオ君!?」
私の前に出たエリオ君は、フォルムを変えたストラーダを振るって雷撃を放つ。
傍にあるものに伝染する範囲雷撃は、沢山ある魔力弾に伝わって沢山途中で止められたけど…
元々あのリライヴさんが使う魔法。それだけで防げる訳もなくて…
「ブーステッドプロテクション!」
さっきも使った私最大の防御魔法で残りを受け…魔力爆発に呑まれた。
Side~エリオ=モンディアル
完全に受けに回ったら絶対に耐えられないと思って咄嗟に攻撃に回ったけど、キャロがいなかったらそれでも駄目だった。
と言うより、僕が消してキャロが防いでまだ防ぎきる事が出来なかった。
何て魔法なんだ…
「リライヴはドクターを嫌っていなくなった…ゼストももうすぐいなくなっちゃう、アギトは騎士を探してるからきっと一緒に居られない。母さんが起きなきゃ私はずっと一人…そんなの…嫌だっ…」
彼女…ルーテシアにとっても消耗の激しい魔法なのか、肩で息をしながら話す。
途中までガリューと戦ってたから、キャロがどんな話をしたのかまで詳しくは聞けて無いけど…降りてから聞いた話が全部本当なら、確かに僕達は彼女のお母さんを起こしてあげることは出来ないかもしれない。
それに…局員が信用できないのも分かる。ルーテシアが言ったような状況を散々見せられて、今更僕たちだけ特別違うなんて口で言って信じられる訳が無い。
このまま…戦って止めるのか?
犯罪者を問答無用で即刻止めるフレア空尉のように。
僕は…
「えっ…」
「エリオ君!?」
ストラーダを床に突き刺して、手を離した。
ルーテシアとキャロの驚く声も無理は無い。交戦中敵の目の前で武器を手放すなんて馬鹿げてる。
けど…違う。
僕は、彼女の『敵』になりたい訳じゃない。
ルーテシアに向かって歩き出した僕を見て、ガリューが構える。
「ルーテシア…君のお母さんの事、君が聞かされている方法で起こしてあげられるって約束は、僕には出来ない。」
「っ!」
言い切った僕に向かってルーテシアが周囲に浮かぶ羽虫の一匹を放つ。
頭を掠めて、血が流れてくる。
僕はそれでも武器を手にしないまま歩を進めた。
理由なんて一つだけ、誰一人信用できなくて暴れていた僕に手を差し伸べてくれた人は…
僕がどんな力を振るっても、見捨てたりしなかったから。
「けど…僕はずっと一緒にいるって約束する。」
「え…」
「お母さんの事も…絶対助けられるとは言えないかもしれないけど、起こしてあげる方法を探す事は出来る。だから…」
歩を進め、手を伸ばせば握手を交わせる距離までついた。
「もう誰かを傷つけるのは止めるんだ。寂しくて苦しんだ君なら、皆それを嫌がる事も分かるだろ?一人で耐えられないのなら…僕も一緒に受け止める。僕はエリオ=モンディアル、友達になろうルーテシア。」
「わ、私も一緒にいる!絶対、約束する!だから…ルーちゃん…」
デバイスを待機状態にするのが手一杯で手放せないからか、ガリューに見張られながら後ろのほうからするキャロの声。
召喚虫の戦いも止まっていた。
僕は笑顔で手を伸ばす。
ルーテシアがゆっくりと手を伸ばして…
『駄目ですよお嬢様?都合いい事ばかり言う人はリライヴみたいに居なくなっちゃうのが関の山。敵はぶち殺して通るものですよ、こんな風に…ねっ。』
「あ…」
いきなり現れたモニターに映った戦闘機人がキーを叩くと、ルーテシアの身体がはねる。
「あ…うあぁぁぁぁぁっ!!!!」
「ルー!!」
絶叫を上げるルーテシア。
周囲に浮かぶ羽虫が一斉に輝いて…
「しまっ…」
操られまでするのは想定外だった。
デバイスも無いままソニックムーブも間に合わず、羽虫の全てが僕目掛けて発射され…
僕の眼前で見えない壁に当たるかのように爆発した。
直後、周囲の色が変わり…
「ルーテシアを信じてくれてありがと。」
空からの声に見上げれば、白い堕天使リライヴがそこにいた。
Side~リライヴ
この後どうするつもりか?
恭也さんにそう問われた私は、すぐに返せる答えを持っていなかった。
「君は救う人がいるんだろう?そういう戦いをしていると速人から聞いているし、俺もそう見ていた。」
「それは…はい。」
恭也さんの問いに頷き答える。
「ですが…脅されている身なので下手に私が動けば」
「ならば上手く動くべきだ。違うか?」
アッサリと言い切られてそれ以上を返す事も出来なかった。
「組織や法、立場に縛られずに動いているんだろ?そんな君が肝心な時に縛られているようじゃ意味が無いと思ってな。お節介であるならこれ以上は言わないが。」
「いえ…その通りです。」
暗部潰しなんて正直本当は私の目的でもなんでもない。
今更そんな事を言われて気付くなんて馬鹿げてるにもほどがある。
部屋を去ろうとする恭也さん。
「あの…なんで見逃して助言までしてくれるんですか?私はなのは達の」
「買いかぶりすぎだよ、俺が君に見逃されたんだ。」
私の問いに振り返った恭也さんは苦笑する。
けど、仮に本当に勝てなかったとしても、必要があれば彼は戦う人だ。そう感じた私は、だからこそ余計に見逃される理由が分からなかった。
少し見つめあい、恭也さんが折れた。
「俺は護ると決めたものを護る為に必要ならこの二刀を以って敵を殺せる。必要があれば管理局の言う通りにしないって言う点では俺も君と変わらない。君を捕まえるなんて言うなら俺も捕まる身分さ。今こんな所にも忍び込んでるしな。」
簡単に…最後こそ軽く言って見せた恭也さんだったけど、殺せると言った時には私に向けられたものでも無いのに一瞬身震いした。
本気で、人を斬り殺せる。
速人から殺しについて聞いたときにはまるで何も感じなかったけど(それはそれで恐ろしい事だけど)…彼は殺すって事が、命を奪うって事がどういう事か分かった上で、事故でも暴走でもなく意思と覚悟で人を斬れるんだ。
ある意味恐ろしい人だ。人殺しなんて狂った犯罪者位しかいない上、魔導師は非殺傷が効くこの世界で彼のような人はほぼ居ないだろう。
さすがあの速人の師匠…と言うべきなのかな?
「それに、君は速人の家族の命の恩人だし、ウチの実家のシュークリームをよく堪能してくれるお得意様だ。無碍な事はしないさ。」
「へ?えぇ!?」
私は数瞬呆けた後、恭也さんが何を言っているのか気が付いた。
暇と余裕があれば、地球へ転移して翠屋でシュークリームを買っていた私。
魔法技術があれば割と長期保存が出来るし、美味しいから気に入っていたんだけど…
まさか、近場に住んでるはずの局員ですら気付いて無いのに一般人が知ってるとは思わなかった。
「何で気付いてて…」
「実家の警察関係に知り合いがいるが、君が犯罪者と聞いた事は無いからな。」
どうして見逃したのかと思って聞いてみれば、何処かずれた答えが返ってきた。
私の反応が面白かったのか、上手くいったと思ったからなのか分からないけど、とても楽しそうに笑う恭也さん。
ああ…さすが速人の師匠。変な所で変だ。
「ありがとうございました。」
「礼を言われるような事はして無いさ。」
手はある、覚悟も決まった。
ゼストも永く持たない今、私がルーテシアから離れて一体誰があの娘を助けるんだ。
「どうあっても叶えて貰えない切なる願い、誰一人聞き入れてくれない助けを望む声。それらの為に…いくよ、イノセント。」
『了解しました。』
こうして、恭也さんと別れて局暗部から抜け出した私は、そのままルーテシアの傍まで魔力を抑えて接近して、一気に高速移動で姿を見せた。
結構熱いエリオとか言う少年の言葉に、局にルーテシアを任せても大丈夫だと感じつつ、暴走させられたルーテシアの攻撃から彼を護る。
よし…次が無いうちに…
「AMFC起動、封時結界展開60秒。」
外部から結界内部への干渉を絶つ。
コレで少なくとも電波や魔力波を送ってこれ以上遠隔操作をされる事は無い。
けど…
「リライヴ…裏切り者……殺してっ!!」
ルーテシアの叫びに反応した地雷王とガリューが飛んで来て、白天王が腹部の球体をこっちに向ける。
どうやら暴走自体は干渉が済んでいれば続くらしい。
しっかし、コレはまた随分張り切って殺しに来てるなぁ…ガリューなんか内武装が暴走して身体突き破ってるし。
「悪いね、構ってる時間は無いんだ。」
向かってきたガリューと地雷王を斬り伏せ、直後飛んできた白天王の馬鹿げた砲撃を高速移動で回避する。
「ストレートバスター・フィフス…ちょっと引っ込んでて白天王!!」
指を媒介に放つ五つの砲撃は、白天王の頭に直撃してその巨体をひっくり返した。
「す、凄い…」
傍で見てたキャロって娘が感心する。ま、彼女には悪いけどAAの娘が召喚できる竜と互角の相手位一撃で止められないとね。
…白天王でか過ぎて倒れた拍子にビルが崩れたけど、コレこのまま封時結界解いたら外の崩れて無いビルが体内にめり込んで死んじゃうとか無いよね?
ま、まぁ今はいいや。ルーテシアが先だ。
「嫌ぁ!離して!!」
「ごめん、ちょっと待って。」
AMFCを働かせながら魔力結合を解除されないように結界を維持するのは大分大変だ。
しかも普通は自分の周囲に限定して消耗を抑えるAMFCを結界範囲で展開しているから余計に辛い。
正直張りなおす余裕は無いからさっさと見るもの見ないといけない。
機械探知…無。異能探知…召喚制御以外に洗脳系が発動中。肉体異常…レリック内包中。
外部から命に害を加えそうな機構は見当たらない。どうやら私はまたはめられたらしい。
それともここは、機密保持とか言って捕まった奴を殺すような機能を搭載してなかったスカリエッティの良心に感謝するべきなのか…それはそれでやだな。
「あ、あの…何を」
「ごめん、ちょっと今は黙ってて。」
いきなり現れて不審極まりない私が気になったのか声をかけてきたエリオを制して、作業を済ませてしまう。
まず妙な洗脳式を破壊して、魔力蒐集と同要領でレリックを引っこ抜く。
放り投げたそれにイノセントを一閃。絶ち斬って砕けた所で結界が消えた。
暴走の済んだルーテシアをそっと抱きしめる。
「リライ…ヴ?」
「ごめん、遅れた。けどちゃんと友達は護ったよ。ほら。」
「あ…」
示した先にいる、エリオとキャロ。
二人の姿を見たルーテシアが申し訳なさそうに目を伏せた。
「謝るのも後でいいよ。無理矢理力を使わされて疲れてるでしょ?お休み。」
ゆっくりとしなだれかかってくるルーテシア。
それと同時に、召喚されていた召喚虫は全部その姿を消した。
眠ったルーテシアをお姫様抱っこの形で抱え上げ、傍にいた飛竜に近づく。
「熱い告白だったね。」
「「こ、告白!?」」
冗談で言った台詞に真っ赤になって反応する二人。少しおかしくなって笑ってしまう。
「それは冗談として…ルーテシアの事、頼める?」
「あ、はい。」
素直に返事をしてくれるキャロ。私はその言葉に安心してルーテシアを飛竜に預け…
何かを引き抜く音がした。
視線を移すと、エリオが地面に刺していたデバイスを抜いて、私を見ていた。
「エリオ…君?」
「このまま…同行して頂けますか?ルーテシアと一緒に。」
何をするのかと不安げなキャロに対して、聞いてきた割に返答も分かっているように落ち着いているエリオ。
私はそんな二人に笑みを返す。
「断らせてもらうよ。」
「っ…」
私の答えに悲しげな顔をするキャロ。
こっちとしてはさっさと逃げたほうが楽と言えば楽なんだけど…ルーテシアを安全な場所に運んでもらうほうを優先して欲しいしなぁ…
「町の安全が確定するまでガジェットの相手位は付き合うよ。それとも…ルーテシアの安全と被害拡大防止より私と戦うのを優先する?」
『マスター!?ここは敵地の中心みたいなものですよ!?』
私の答えが気に食わなかったのかイノセントから焦ったような声でせいされる。
「そうは言っても…ここで堂々と『逃げる』って言い切ったら二人とも手を振って見送る訳には行かないでしょ。ルーテシアを安全なとこまでつれてって貰わないと。」
イノセントからは返答はなかった。多分もう好きにしてくれって事だろう。
「分かりました。」
「エリオ君、あ…」
少し悲しそうに承諾したエリオが、キャロの手を取って飛竜に乗る。
「よし…じゃ、軽く行ってみようか!」
約束破ってとっとと逃げ出すのが犯罪者の正しいやり方なんだろうけど、好みじゃない。
私は暴れているガジェットを目指して飛び立った。
Side~キャロ=ル=ルシエ
「エリオ君…どうしてリライヴさんにはいきなり?」
ルーちゃんには危険なのを分かった上で手を伸ばしたのに、リライヴさんにはいきなり戦闘態勢になった理由が分からなくて、少し悲しいまま聞いてみる。
「…なのはさんやフェイトさんが、ずっと昔から知ってる人、戦ってる人なんだ。あの二人が説得できるのに諦める所なんて想像できる?」
「それは…出来ないけど…」
そんな事ある筈が無い。
エリオ君は頷いた後、話を続ける。
「あの人は何も分からないままで戦ってる訳じゃない、考えて選んであそこにいる。きっと僕たちの…いや、管理局の説得は届かない。」
「あ…」
速人さんからリライヴさんがそう言う人だと聞いていた私が、エリオ君より気付く…ううん、受け入れるのが遅かったから私だけこんな事で…
「でも、話で済むならそれがいいと思うよ。逆がフレア空尉だと思うと…ね。」
「あ、あはは…」
苦笑いしながら言うエリオ君。
空尉には失礼だと分かっていたけど、エリオ君がルーちゃんの説得に入った理由がとっても分かりやすいと思ってしまった私は、乾いた笑い声を返すしか出来なかった。
SIDE OUT