なのは+『風纏う英雄』   作:黒影翼

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第二十八話・風纏う英雄

 

 

 

第二十八話・風纏う英雄

 

 

 

なのはに剣を振り下ろそうとしているグリフの姿を見つけた俺は、神速で割って入った。

 

やれやれ…ヴィヴィオ救出の手伝いとコイツとの決着天秤にかけてゆりかごを選んだって言うのに、まさかコイツがゆりかごにいてくれるとはな。

一粒で二度美味しいとはこのことか?

 

「交差させて受ければどうにか…デバイスも壊されないみたいだな!」

 

ナギハを交差させグリフの一撃を受けていた両の腕に力を込めて押し返すと、グリフは距離を取って構えなおした。

対して俺は、ナギハを鞘に収めてなのはを見る。

ふうっ…ちょっとだけヒヤッとしたぜ。神速使えなかったらやばかったからな。

 

「お、お兄ちゃん…」

「待たせたな!天下無敵のスーパーヒーロー、高町速人ただいま参上!ってね。」

 

事態に頭がついてこないのか、殺気に飲まれてたのか、呆けているなのはの前できっちり決めポーズつきで格好つけてやると、漸くなのはの瞳に力が戻った。

 

「ば、馬鹿!通信繋がってるし記録も取ってるのになんで苗字」

「それ今更だろ?ディアーチェが親戚の娘とか言っちゃったし。それにお前もついさっきうわごとみたいに『お兄ちゃん』って言ってたぞ?可愛い可愛い。」

「あ、頭撫でてる場合じゃないの!!!」

 

一応グリフの事は警戒しつつ、別に視界に入れなくても動きは分かるので気にせずなのはの頭を撫でる。と、完全に調子を取り戻したなのはが頬を染めて怒った。

うん、問題ないな。

 

「ま、コイツは俺に任せて先に行っとけ。ヴィヴィオ、助けに行くんだろ?」

「でも」

「俺の心配よりヴィヴィオへの言い訳でも考えとけ。」

 

俺の指摘に顔を曇らせるなのは。

その辺何も無いまま普通に仕事で出撃したのかこの馬鹿…らしいと言えばらしいが、なんだかなぁ。

 

「母親になれるとかなれないとか考えてるかもしれないけど、別にお前が何かに変わる訳じゃないんだ。母親になろうが何しようが高町なのはは高町なのは。お前そのままに本音を伝えてつれてくればいい。」

 

言うだけ言って、軽くなのはの背中を叩く。

 

「全部片付いたら旅行にでも行こうぜ。当然、ヴィヴィオもつれてな。」

「…うん。」

 

飛び立つなのはを、グリフを警戒しつつ見送る。

けど、当のグリフは何処か冷めた様子で俺を見ているだけだった。

 

「なんだよ?まさか今更出てくるなんて…とか言うつもりじゃ」

「そうだ。」

 

念のため聞いたことが当たってしまった。

むぅ…実力が伯仲していれば結果どうなるかなんて毎回分からんはずなのに、相当軽く見られてるのか俺?

 

 

ま、前回の戦いそのまんま受け取られてたらしょうがないとも思うけど。

 

 

俺は納めたナギハに手をかけ…

 

「風翔斬『ウィンドスラッシャー』。」

 

居合いから風の刃を放つ。

全く警戒せずに立っていたグリフは、勘か何か判らないが辛うじて横に避け、服を僅かに裂くにとどまる。

グリフはさっきまでの退屈そうな瞳を見開いて、裂けた自分の服を見つめていた。

 

「今のは…」

「奥義までは拾ってきたと言ったけど、『御神の剣士』としては皆伝も受けてない最弱の身なんだ。ただ…」

 

刀を鞘に納め、なびいた真紅のマントを軽く弾く。

 

「今日の俺はヒーローだ、そうそう負けてはやらないぜ。」

 

静寂。暫くそれだけが残り…

 

 

グリフの冷めた表情が一変して、殺意と狂気を孕んだ笑みとなった。

 

 

 

Side~グリフ

 

 

 

ゆりかごの事を知る前、僕はスカリエッティに呼び出された。

 

「どうしたんだい?随分とつまらなそうじゃないか。」

 

用件だけを告げられると思っていた僕に、スカリエッティはそんな問いを投げかける。

その指摘は、僕にも理由が分からないままに的を得ていた。

 

「珍しく君に傷をつけられるだけの相手だったんだろう。それでも弱かったのかい?」

「そんな事は無い。」

 

そう…弱い訳が無い。

捨て身で来たいつかの局員を除けば速人ほど出来る相手とやれる機会はそう無いのだから、本当ならつまらないと言うのもおかしい。

 

「きっと、漸く戦えた御神でも全力を出すに至らなかったからだ。」

「加減したと?」

 

不思議そうに聞いてくるスカリエッティ相手に首を横に振る。

 

「科学者の貴様は失敗しても死にはしないが、『出来てしまう』事をやって全力だと思わないだろう?僕は、勝ってしまった。」

「成程…それならば確かに気持ちは分かる。それはとてもつまらないね。」

 

何処か自分でもまとまらないままに浮かんだ答えを返すと、スカリエッティは納得がいったように頷いた。

その後で、とても楽しそうに笑みを見せる。

 

「それは丁度いい。グリフ、君がよければこのままゆりかごに…私達の新たな家に来てくれないか?」

「何?」

 

それは意外な提案だった。

彼は自身で作り上げた物だけを傍においておくつもりだと思っていたから。

 

「私は当初興味がなかったんだが、君が来てからトーレは特にずば抜けて力をつけていった。未だに飛行しなければ君に勝てないがね。戦闘機人に機能と感覚の融合を求めていた私としては、この結果は無視できない物だったのだよ。」

「それで貴様の作品製造に協力しろ…と?」

 

何の利点があるのかと言う意味も込めて睨みつつ問いかけると、スカリエッティは相変わらず楽しげに頷いた。

 

「報酬は…君を超える作品が完成した時。君を私の作品が殺せたなら、君にとっても満足いく結果だろう?」

「…良いだろう。ただし此方は速人との約束はもう果たしている。本気で殺しあう気ならば、それなりの代償も覚悟しておけ。」

 

 

 

 

 

そうして僕は、恐らく局の主力が飛び込んで来る上、全域AMF環境下という関係でゆりかご内を頼まれ、魔法を制限された魔導師を迎撃すると言う内容につまらなさを感じつつエースオブエースとやらと相対し、今に至る訳だが…

 

「くくく…駄目だよ速人。君らしいとは思うけど、出し惜しみなんかつまらない。」

「そりゃ悪かった。前は御神の剣士と戦わせてやるって約束だったからな。」

 

まさか、前回御神で扱っている以外の技を封じて戦っていたとは。

道理でつまらなかった訳だ、手加減されたまま終わってしまったのだから。

 

「今度は本気だろ?僕も今度は確実に…殺しに行くよ。」

「俺は約束を守る。家族旅行が先に予定に入ってるんでな、殺されるつもりはない。」

 

どこまでも『らしい』速人。

僕の望む殺し合いとは違うけれど…今回は楽しくなりそうだ。

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 

近づいてくるかと思ったグリフは、手を振り上げる。

周囲に散乱していた剣が、意思でもあるかのように浮き上がり…

 

クン…と、グリフが手首一つ曲げた瞬間、それらが一斉に俺に向かって飛来した。

 

 

 

小太刀二刀御神流・裏…

 

「『花菱』。」

 

 

迫り来る雑多な剣を連撃で切り払う。

その間に距離を詰めてきたグリフが、手にした剣を横一線に振るい…

 

「『雷徹』!!」

 

真っ向から撃ち合せる形で、二刀にて『徹』を重ねる。

俺は衝撃で弾かれ壁に背を叩きつけられ、グリフは尻餅をついた勢いのまま後転して立ち上がる。

 

よーし…さすがに徹を重ねれば力負けはしないか。って言うかここまでやってアイツの一撃と互角の重さか…知ってたけど出鱈目だな。

 

「今のは…いや、先の連撃も…」

「御神の技さ。習ったのは前回も使った高速移動と基本型くらいだったんで使うのは渋ってたんだが、そうも言ってられないからな。」

 

覚えるだけなら散々やった仕合で十分見せてもらっている御神の奥義。

実際に使わないままいきなりグリフ相手に使用というのはあまりに無謀が過ぎるので、型のおさらい及び戦闘での使いどころを身につける為に、森でフレアと訓練していたのだ。

 

「と言う訳で…今の俺は遠慮をする気が無いから、好き勝手にやるぜ!」

 

二刀を鞘に収めた状態から、左で風翔斬を放つ。

回避したグリフに対して、俺は既に回避地点に踏み込んで右の抜刀体制に入っていた。

 

「風追斬『ウインドホーミング』!」

 

風翔斬で崩した相手を虎切で追撃する。

どちらも高速で射程があり、虎切にいたっては抜刀術の一つ。

 

大分防ぎにくいはずなのだが、コレだけでしとめられるほど甘いはずもなく抜刀は剣によって防がれる。

そのまま弾き飛ばそうとする力を感じた俺は、流れに逆らわずに回転し、回転の勢いをそのままに懐に潜り込んで鳩尾に肘鉄を叩き込む。

 

「ぐっ…」

 

よろけたグリフに向かって右の刀を

 

「がっ!」

 

振りぬこうとしたところで蹴りを喰らって地面を転がる。

体制を立て直し片膝立ちになった俺は…

 

 

自分の周囲に浮かぶ8本の剣を目の当たりにした。

 

 

射出される前に神速に入り、全部を無視して低空姿勢のまま駆ける。

 

折角使ったのだから攻め手に回ろうと思ったのだが、そんな俺に向かってグリフは既に剣を振り下ろして来ていた。

こっちからの攻撃が間に合うどころか回避が間に合うかすら怪しいタイミングで振り下ろされた剣の横っ腹を、右手の柄で殴って剣の軌道を逸らしてそのまま通り過ぎる。

 

っち…やっぱ神速ですら足りないか…

 

なのはを助けに入ったときに、神速を使うと引いていた頭痛がぶり返すことが分かっていたのでできれば使いたくなかったが、そんな事言ってられる相手じゃない。

 

さーてどうしたもんか…

 

「くくく…いいよ速人。君らしいし、強い。さっきの一撃は確実に抜かれたよ。もっとだ!もっとやろう!!」

 

考えている俺を前に、本当に楽しそうに笑うグリフ。今までにないくらいにテンションが高い気がする。

 

「最初は前座扱い、二回目は呆れられた身としてはそこまで喜んでくれると光栄だよ。だが…」

 

俺は二刀を鞘に納めて立つ。

 

「この馬鹿でかい船どうにかしなきゃならないんでな、お前一人にこれ以上時間をかけてられない。次で終わらせるぞ。」

 

出来れば使いたくはなかったんだけど、こいつ相手に温存も何も無いし…

何より、コレほどまでに楽しんでくれていると言うのに手抜きなんてしたくなかった。

 

 

『神風』からの抜刀術で、一撃で決める。

 

 

俺は一呼吸を全身に巡らせ、覚悟を決めた。

 

 

 

Side~グリフ

 

 

 

二刀を納めたままでの無行の位。

刀を持っていても素人目には隙があるように見えるような異質な構えだと言うのに、納めていれば普通自殺行為にも見える。

 

だが…速人に限っては違った。

 

普通右一択の抜刀術が左右どちらでも行え、速人の場合は通常以外に逆手まである。

 

 

 

最速の一撃必殺が四択という、無敵に近い構え。

 

 

 

頬がつりあがっていくのが分かる。完全に自然体の速人からはどれが来るのかは全く読めない。

しかもこうなってはもう速人にかわされ床に突き刺さった8つの『剣の翼』は使えない。

今速人から意識を逸らし、操作しようなんて考えればその瞬間に斬られて終わる。

 

 

楽しい!楽しすぎる!

 

 

まともに破れる気がしない、勘でも捌けるかどうかわからない。

そんな相手に会う為に御神を探して、その前に出会った後輩によって僕の願いは叶えられた。

 

一瞬にも永遠にも感じられる、どれだけ経ったかも分からない時間。

 

 

唐突に、速人の姿が『消えた』。

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 

モノクロの世界で、負荷の全てを無視して全力で放った右の一閃は…

 

 

 

 

グリフが手にする剣の柄にぶつかり、甲高い音を響かせた。

 

 

 

刀身で受ける事すら間に合わないと判断した為か、左手を離して右手だけ剣を手にしている。

離した左手には暗器らしいナイフが握られ、俺の顔面に向かって突き出される。

 

 

終わ…れるかっ!!!

 

 

足を動かす間はなく身体だけで近づく。

頬と耳が裂ける感触を感じながら、腰に溜めた左拳を握り…

 

 

 

「紫電一閃っ!!!」

 

 

 

風を纏った拳を、止められている右の刀を押し込むように打ち込んで、グリフの身体ごと吹き飛ばした。

壁に叩きつけられたグリフ。だが、この程度でアイツが止まる訳がない。

振りぬいた右の刀を以って、追撃の構えを取る。

 

 

 

御神流・裏…奥義乃参『射抜』

 

 

壁を背に、剣を握る手に力を込めようとしていたグリフの右肩の関節を貫く。

俺の放った一撃は、グリフの身体を壁に縫い付けるかのように深々と突き刺さり、力をなくしたグリフの手から剣が零れ落ちた。

 

 

「は…ぁ…はあっ…」

 

突き刺さったナギハをそのままに数歩下がった俺は、そのまま崩れ落ちた。

 

 

 

Side~グリフ

 

 

 

「ふ…ふふ…」

 

貫かれた肩から伝わる痛みと血の匂いを感じながら、身体から力を抜いて壁に背を預ける。

 

「君は確かに『剣士』じゃないな…心地いい風だった。」

「お前こそホント大したもんだよ。あの居合い、防がれると思ってなかったからな。」

 

感心しつつ、自由になっている僕の足を拘束し始める速人。その様子を僕は何処か他人事のように眺めていた。

 

魔法や格闘まで節操なく、しかもまるで型にはまらず扱う。

 

魔力の性質を変える資質を変換資質と言うらしいが、何で速人が風なのか少し分かった気がした。

何者も縛れず止められず、時に凪となりてその存在を隠す。

 

「風纏う英雄…か。」

「何だそのかっこいいフレーズ。貰うぞ?」

「好きにすればいい。」

 

何が楽しいのか、感じたままを口にしただけの評を聞いた速人は嬉しそうに僕の右肩の付け根を縛り、突き刺さった刀を引き抜いた。

 

「長時間放置はやばいな…局員に連絡して拾ってもらうから大人しくしとけよ?」

「ああ。」

 

僕の答えを聞いた速人が意外そうな表情をする。

 

「少しも変わってないのかと思ったけど、もっともっととかゴネてた7年前よりは落ち着いてるじゃないか。」

「何?」

 

そして、言われて初めて自分が妙に落ち着いていることに気が付いた。

 

「出来れば殺し合いは勘弁して欲しいんだけど…お前が大人しく刑期を全うして、刑期を全うして!出てこれたなら、またやってもいい。事件に関わらなきゃ今度は兄さんとだって取り持ってもいい。あ、ちなみに兄さんは俺が知る限り最強の剣士だぜ。」

 

先の戦いが、あるいはそれ以上がまた出来る。

そんな速人の提案に心臓が鳴るのを感じ…

 

死という結果よりも、自身の限界まで引き出した力を交わす事を楽しんでいるのだと自覚した。

 

だから腕の使えない今を推して戦いを続ける事に、それほどの意味を感じなかったんだ。

ただ殺し合いだけやっていた時には、終わっていない事が納得行かなかったが、次がある事がこれほど楽しみだと思わなかった。

 

「約束しよう。」

 

次を失いたくなくて思わず口をついて出た言葉。

僕が自分で驚いた程で、速人もそうだったのかあっけに取られたように僕を見る。

 

「OK、約束だ。」

 

速人は満面の笑みでそれだけ言うと、姿を見せた局員に声をかけられる前に去って行った。

…済まないねスカリエッティ、間違いなくお前の負けだ。

 

速人は約束を破らないらしいからな。

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 

「っ…ぅ…」

 

酷く頭が痛い、居合いを放つ際に踏み込んだ右足が痛い、居合いを放った右手が受けられたせいかまだ軽くしびれている。

斬られた頬よりも自身の技のダメージのほうが深刻って言うのも妙な話だな…

 

「まぁいい。一番やばいのをどうにかできたんだ、後は…一人だけかな?」

 

楽できるかと思ったけど、厄介な『二の次』が残っているのを思い出して頭を抑える。

…それも今はいいか、二の次なんだし。

俺は凪形態に装備を換えて代謝を鎮めていく。

 

これも十分負荷は大きい筈だが…神速がどれだけ異常なのかよく分かるな。此方は随分楽だ。

 

俺は気配を殺し、残り一手を打つ為に動き出した。

 

 

 

 


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