なのは+『風纏う英雄』   作:黒影翼

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第十八話・拳士姉妹

 

 

第十八話・拳士姉妹

 

 

 

Side~スバル=ナカジマ

 

 

 

「あ…」

「はい終了。」

 

始まって以来、速人さんとは組み手のようなものを繰り返しているけど、未だに一度も当てられていない。

速人さん曰く、『防御力皆無の俺が当たったらそのまま負けなんだから隊長たちより強い俺にあたるわけ無いだろう』との事で、前よりも長い間続くようになっただけで十分と言う事みたい。

 

だけど、一向に当たらないのはさすがに悔しい。

それに…

 

「…これ、セクハラじゃないですか?」

 

あたしの左胸に触れて止められている速人さんの掌を見ながら思う。

何でも、ペナルティ的な嫌な要素があったほうが失敗したくなくていいという事らしいけど、さすがにこれは…

他の部分だと普通に打撃が入るのに、胸だけこんな所で止められる。当の速人さんが顔色一つ変えないから今まで言わなかったんだけど…

 

「と言っても、ここはちょっとなぁ…」

 

言いつつ辺りを見回した速人さんは手近な板を二枚重ね、拳を振り下ろす。

 

「え…」

 

二枚目の板だけが割れ、一枚目の板が残っていた。

 

「これを…普通に打ち込んだ方がいいか?」

 

言われて触れられた左胸を触ってみる。心臓部の音が伝わってきて…

 

 

一気に青ざめた。

 

 

「す、済みませんでした!!」

「普通に打ち込んでも危ない箇所ではあるし、どうしても嫌なら触れずに寸止めでいいんだけど…」

「い、いえ!大丈夫です!」

 

『あ、失敗した』って感じだと危機感が煽れないという話は事前に聞いている。

だから失敗した時には後遺症が残らない程度に痛い目にあっている。

 

前に鳩尾に一撃入ったときには痛苦しくてどうにかなるかと思った。

顎に入ると大抵立ってる事もできなくなる。

 

何回も喰らって体が勝手に警戒するようになっていった。

で、他のところに隙ができるから今度はそこにも対応して…

 

そんなボコボコにやられ続けた結果、結構保つようになっているんだとすると、時間が無い今、呑気にしてもらうわけにもいかない。

 

「そっか?それじゃ続けるか。」

「はいっ!」

 

思えば、胸のところだけ大して痛くも無いから警戒が薄かったのかもしれない。

文句を言う暇があるのなら本気で警戒するべきだ。

 

そうして再度拳を交え…

 

「っ……ぁ……」

「心臓ばっかり警戒すればそうなるよな…」

 

見事に鳩尾に拳がめり込んだお陰で、暫く悶え苦しむ事になった。

うぅ……先が長いよぉ…

 

 

 

Side~ギンガ=ナカジマ

 

 

 

機動六課へ出向する事となった私は、なのはさん達の案内についていく途中、信じられない物を見た。

 

 

壁に背中を預け、座り込んで寝ている人がいたのだ。

 

「あ、あの…」

「ん?ああ…そうだね、一応紹介しておこうか。シグナム副隊長、お願いします。」

 

隊長たちが皆当たり前に素通りしようとしていたので声をかけると、なのはさんがシグナム副隊長に声をかける。

頷き一つだけ返したシグナム副隊長は、レヴァンティンを抜いて…

 

 

 

寝ている人に向かって思い切り振り下ろした。

 

 

 

驚く声を上げる間も無く、惨劇が頭をよぎり…

 

「おいおい…これはさすがに手荒じゃないのか?」

「朝っぱらから怠けているからだ、給料引くぞ貴様。」

「休むのも仕事だろ?」

 

ついさっきまで寝ていた人は、いつどうやって気付いたのか、声もかけずに振り下ろされた剣を避け、シグナム副隊長の眼前で拳を止めていた。

 

何が起こったのかさっぱり理解できない。

 

ところが、隊長たちは誰一人として驚く事もなく、シグナム副隊長は普通にデバイスをしまって何事もなかったかのようになった。

 

「速人だ。ギンガだよね?よろしく。」

「はい。」

 

速人…と言うと、何度かスバルから聞いた、リライヴ対策に呼ばれた人だ。

色々と型破りでとんでもない人らしいけど、一度は命すら救われたとか。

もう少し真面目で立派な人を想像していたんだけど…いきなり訓練場で寝ているところを見る破目になるとは思わなかった。

 

「全く…休むにしてもこんな往来で寝る必要がどこにある。もう少し体裁をだな…」

「そんなもんシグナムだって無いだろうが!副隊長でフェイトとタメ口のクセに!」

「む…」

 

物凄く普通に隊長達と会話してる速人さん。

明らかに知り合いのようだけど…一体何者なんだろうか?

 

「ごめんね、スバルの訓練やらせてるのが不安でしょ?でも腕は信用できるから。」

「いえ。スバルからの連絡でも凄腕とは聞いてます。」

「そっか、なら良かった。」

 

笑顔のなのはさんが締めくくったところで、再び歩き出す。

 

「さて…俺は見学してるから頑張って。」

 

訓練場に着く前にそう言って私達から離れる速人さん。

勿論体力だけが全てじゃないけど、朝から寝てた事といい訓練に参加しない事といい、大丈夫なんだろうか?

 

 

 

そんな私の若干の不安と共に始まった朝錬でなのはさんに、スバルとの模擬戦を持ちかけられた。

調子を見て欲しいとの事だったけど、それは私としても望むところだ。

なのはさん達に鍛えられたスバルがどう変わっているのか、気になってはいた。

 

そして…

 

「はあああぁぁぁぁっ!!」

 

走行中の攻防、スバルが展開したプロテクションを破った私は、そのまま決めの一撃を放ち…

 

 

 

「え?」

 

 

 

攻撃を『流された』。

 

私の腕を払った左手にしっかりと腕がつかまれていて、それと同時に右腕に『溜め』が作られている。

 

「リボルバー…キャノン!!」

「っ!!」

 

片手でスバルの渾身の一撃を受ける破目になった私は、当然受けきれずに思いっきり吹き飛ばされた。

 

何だろう、今のは?

 

不思議には思ったけど、考え込んでいる暇は無い。

 

『ウイングロード。』

 

追撃に来るスバルが追いつく前に体勢を整える為空に逃れた。

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 

「ったく…危なっかしくてしょうがねーな。」

 

プロテクションも使わずギンガの一撃を流したスバルを眺めながらそう漏らすヴィータ。

 

「力量が伴わないうちはやばいと思ったら防ぐようには言ってあるから大丈夫だろ。防ぐほうもちゃんと教えてるんだろ?教官。」

「当然だよ。でもスバルも随分早くやってのけたね、今のちょっとはダメージ通った筈だよ。」

「あれでちょっとなんだな…」

 

森を粉塵を巻き上げながら吹っ飛ばされてちょっとのダメージで済むのか…今のが吹き飛ばす為の技だと言う事を差し引いても結構恐ろしい話だ。

 

でも、溜めやモーションが大きい技で、フェイントの選択肢も少ない技相手ならどうにかああいう真似も出来るようになってるな。

一方で細かな攻防ではなのは達から教わったのだろう部分展開のプロテクションで対応している。

 

「この分ならそろそろヴィータも危ないんじゃないか?」

「はっ、あたしが何の対策も考えてねー見てーじゃねーか。舐めてんのか?」

「いや、対策もなにも重量武器そのものの弱点だしな。シグナムみたいに格闘複合で対応すればどうにかなるかもしれないけど…」

 

悪態つくヴィータの体を…小学生と見紛うそのサイズを改めて眺め…

身体的特徴に直接触れるのは悪いと聞いた事があるのを思い出し、どう言ったものかと考える。

 

「えーと…無理だろ?」

「るせーよ!素直に言えよ低いって!!変に気使いやがってくそー!!」

「まぁまぁヴィータちゃん抑えて。」

 

少し目を離している間に、ウイングロードを使用した交差しては距離を取る形から、並走しながらの連続攻防に切り替わっていた。

断続的に続く衝撃音、あの中から選んで捌くのは今のスバルにはまだ無理だろう。

そうなると当然…

 

「勝負あったな。」

「うん。」

 

ギンガの拳が、スバルの眼前で止められていた。

俺とやってるときなんかは殆ど攻勢に移れないし、普通の乱戦って所で自力の差が出たんだろう。やっぱりお姉さんは違う。

 

「ギンガもなかなか出来るみたいだし、これは久々にやっておこうかな。」

「隊長戦か?惨いなオイ。あれは一般人が見たらどう見てもただの新人イジメだぞ?」

 

楽しそうに告げる妹に軽く呆れる。

 

「そう言うな。第一お前の幼少期ほど酷い事にはなって無いだろう。」

「う…」

 

だが、そんな俺に返されたシグナムの言葉には、何も言い返せなかった。

幼少期、兄さん達との訓練は普段から子供には酷なものだった。

何度か真面目にボッコボコにされた状態で登校したりもしたし、正直それに比べたらまあ良心的なんだろう。

 

光の柱に飲み込まれて絶叫が聞こえて来たり、吹っ飛ばされて突っ込んだ場所ごと瓦礫になったりしても…良心的…かなぁ?

 

戻ってきて話を聞いたギンガは、案の定信じられない事を聞いたとばかりに呆然と立ち尽くしていた。

そりゃ兵士Aと勇者位の格差がある広告塔相手にほぼ対等の条件で試合とか呆れるに決まってるよな…

 

善戦したものの、結局全員完璧にのされて終わった模擬戦を眺めつつ、やっぱりあいつらも十二分に規格外なんだな…と改めて思い知った。

 

 

 

Side~ギンガ=ナカジマ

 

 

 

「速人さんと手合わせしてみたい?」

「はい。」

 

訓練再会前に、なのはさんにそう頼み込んでみた。

初めのスバルの一撃、明らかに防ぐよりも際どいものだったけど、同時に私もかなり危なかった。乱戦に持ち込めたからどうにかなったけど、下手をすると最初の一撃だけで終わっていたかもしれない。

あれを教えたのが速人さんだというのなら、私自身で確かめてみたい気持ちはあった。

 

勿論捜査協力の身分だし、断られたらそれまでなんだけど…

 

「分かった、後で聞いてみるね。今はちょっと待ってくれる?」

「分かりました。」

 

焦る事でもない。なのはさんが聞いてくれるというのなら今は待とう。

そう思った所で…

 

「俺は別にいいぞ。」

 

唐突に速人さんが姿を見せた。

 

「あ、あれ?今修行中じゃ?」

「フレアと交代した。俺はアレ使いこなす方もやっとか無いといけない関係であんまり体力使えないんだ。」

 

速人さんの言葉を聞いたなのはさんが表情を曇らせる。

そして、それよりも気がかりな事があった。

 

「あの…体力使わないで手合わせなんて…」

「シグナムの相手までならどうにかなる。」

 

事も無げに告げる速人さん。

この人が強いのは分かるけど…さすがに言いすぎだと思った。

 

「…分かりました、お願いします。」

「ん、じゃあ場所はギンガが決めてくれ。」

 

笑顔で言う速人さん。

本当に一体どれほどの自信があるんだろうか?

 

そうして、朝スバルとの模擬戦をやった辺りまで移動する。

 

「よし、いつでもいいぞ。」

 

デバイスさえ起動しないままに告げる速人さん。

 

「あ、これはスバルとやるときいつもだから気にするな。」

「…分かりました、いきます!」

 

自分で大丈夫と言っているんだ、過信でも確信でも、私が遠慮する理由は無い。

拳にありったけの力を込めて、全力で地を駆けた。

 

 

 

 

 

 

「ギン姉、大丈夫?」

「ありがとスバル。心配してくれて…」

 

触れるか触れないか位の寸止めの連続、鼻をつままれたりまでして舐められてると思って躍起になったものの、結局一撃も入れられなかった。

と言うかおかしい。私だってスバルとやってる時万一当たったら危険だから早めに止めるのに…あんな皮一枚程度の距離で止めるなんて動いてる対戦相手にやる技じゃない。

 

「あんな人とクロスレンジの鍛錬してれば朝みたいなのも頷けるわ。」

「もっと頑張らないといけないけどね。あたしもまだ一撃入れられて無いし。」

「話通り…と言うか想像以上に凄い人ね。」

 

本当にスバルからの手紙通り、滅茶苦茶で凄い人だ。

 

「でもあんな凄い人なら局外部の人とは言えそれなりに有名でもおかしくないのに…一体何者なのかしらね。」

「そ、そうだね…あはは…」

 

何気ない私の問いに苦笑するスバル。

あ…スバルは知ってるんだ…

 

「…聞かないけど、もうちょっと隠し事も上手にならないとね。」

「うぅ…」

 

ヘコんでしまったスバルの肩を軽く叩く。

こんな感じではあるけど、スバルは本当に信じられないくらいに強くなっている。

私も頑張らないと。

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 

少しだけ聞こえてしまった姉妹の会話が盗み聞きにならないうちに離れフレアと交代した俺は、笑いたくなった。

凄い人か、俺がそんな風に呼ばれるなら…

 

「この人は一体何なんだろうな。」

「ただの剣士だ。」

「嘘吐け!!!」

 

連敗記録が増えた俺は、アッサリとのたまった兄さんに向かって全力で突っ込んだ。

百歩譲って同意できるのは剣士だけだ。間違ってもただのなんてつけていい人間じゃない。

 

「だが、やはり直接の技量自体はフレアとお前の差が埋まってきているな。」

 

兄さんからの指摘に口を噤む。

神速と魔法…と言ってもほぼデバイス任せの空中歩行魔法陣展開と身体強化を併用する為に神速を連日使ってきた代わりに、神速で馬鹿みたいに消費した体力の帳尻あわせを基礎鍛錬から削る事になっている。

無論その辺の人よりは鍛えているが、膝へのダメージなどを考慮すると今朝眠ることになったように休む時間が多めに必要になる。

鈍りこそさせてないものの、技量を上げるという意味では不便な状況だ。

 

「とは言え、神速が空中で使えないとリライヴなんて相手に出来る訳無いからな。」

「それで、今のままグリフと戦うつもりか?」

 

兄さんの指摘に肩を竦める。

やれやれ、似たような事何人にも聞かれるな。

 

「じゃあ代わりに相手してみる?兄さんなら一撃で終わらせられるでしょ。」

「絶命させる気でいけばな。」

「却下、俺がやる。大丈夫だから手を出すな。」

 

冗談半分に振ってみたら割りとキツイ返答が返って来た。いくらあいつ相手でも俺は死人出す気は無い。

 

「と言うか兄さんまで随分心配するな?刑務所在中期間がブランクになってるあいつと、その間身体的にも技巧的にも成長してる俺とでどうしてそんなに」

「捜索含め、地球から届いた資料と捕まっている奴を見た印象からの推測にはなるが、今のお前が全力でいっても五分がせいぜいだろう。」

 

わざわざ不安を払拭する内容を選んで話したと言うのに、わざわざリアルな話をしてくれる兄さん。

絶対負ける…とか言わないところが逆に生々しくて恐いなオイ。

 

「それに、お前が戦闘で勝てない理由はまだある。」

「何だって?」

 

冗談ではないのだろう。

真剣な表情のままの兄さんの言葉を、俺は心して待つ。

 

「奴は―」

 

 

 

Side~スバル=ナカジマ

 

 

 

なのはさん指揮による通常の訓練が終わった後、あたしは少しだけ速人さんとの訓練がある。

ギン姉が来たからと言ってそれが変わる訳でもなく、でもギン姉が今から混じっても仕方ないから見学だけしていくと言うことだった。

 

速人さんはちょっと局員におおっぴらに出来ない訓練をするという事で離れていたけど、少ししたら戻って来る。

 

「でもスバル大丈夫?あんなにキツイ訓練の後に更に別でなんて。」

「大丈夫。朝元気な時に磨くのと、訓練終わりのくたくたな状態でも神経を維持する能力を磨く二つがいるから、朝晩短時間ではさむのが丁度いいんだって。」

「そっか。」

 

そんな風に話してると、速人さんが歩いてくるのが見えた。

でも何か、いつもの軽い感じが見えない。あたしの姿を見ながら気楽に手を振ったりもしないし。

 

「悪い、待たせたか?」

「いえ、大丈夫です。」

「サンキュ。お?ギンガは見学か?ちょっと見た目にまずいと思うんだが…」

「スバルから聞いているので大丈夫です、少し心配ですけどね。」

 

どうせ見られるとなると分かってしまう事だから、急所に問答無用で攻撃を叩き込まれる事は話しておいた。

ギン姉との試合はダメージになら無い様に止めていたみたいだけど、あたしの場合は身体で覚える必要がある練習だから。

 

でも、やっぱりどこか違う気がする。

 

「あの…何かあったんですか?いつもは手を振ったりしてくるのに。」

「ん?ああ、別に何でも…あったと言えばあったな。」

 

否定しようとして、何かを思い出したように肩を落とす速人さん。

 

「ちょっと師匠に鍛えて貰おうと仕合って惨敗してきた。」

「えぇ!?速人さんが惨敗!?」

「その前にフレアとやってたから連戦近い筈なんだけどなー…ノーダメージってホント化物だよアレ。」

 

フレアさんと言えば、昔から速人さんと同じような訓練をしてきているから、魔導師の域は外れているはずの槍使いだ。

大怪我している状態でエリオやティアがどうにもならなかったガリューって人?を一瞬で戦闘不能にした実力は目の当たりにしている。

 

そんなフレアさんと速人さん相手に連戦でノーダメージって…

 

さすがの速人さんも、連戦の相手にノーダメージで負けるなんて戦績じゃ落ち込むのも無理は無いか。

 

「上には上がいるって事で、一緒に頑張るとするか。」

「はいっ!!」

 

本当に速人さんの言う通りで、あたしはギン姉に及んで無いし、ギン姉だってなのはさん達隊長陣とはまだまだ差がある。

そんな隊長達でもリライヴや速人さんには勝てず、速人さんが及ばない師匠がいると言う。

 

先は見えないくらい長いけど、精一杯頑張ろう。

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 

 


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