第十七話・戦闘能力とは
「何の騒ぎだこれ?」
「あ、速人さん。」
何処かのライブ会場のような声が聞こえた方に顔を出すと、スバルとアルトさんを筆頭に大騒ぎが起こっていた。
少しだけ離れた位置から様子を伺っていたティアナに声をかけると、少し呆れたように説明してくれた。
「いや…ヴィヴィオがなのはさんとフェイト隊長どっちが強いのかって。」
「そこから雑談してたらこんな状態に…」
「成程ね。」
確かにギャラリーが騒ぐにはいいネタではある。アイドル…というと語弊はあるが、局の象徴のような美形で最強クラスの魔導師がごろごろ集まっているんだ、本人達にしてみれば競走馬扱いのようでいい気はしないだろうが、外野にそれは関係ない。
と言うか有名税のような物だろうな…
「ちなみに、速人さんは誰だと思います?六課で一番強いのって。」
エリオが興味津々と言った表情で聞いてくる。
賭けや騒ぎはともかく、そういうのにはやっぱり憧れあるんだろう。
「俺。」
分かりきっている答えではあるので悩む間も無く即答。
…したのだが、なんか三人の反応が良くない。
「あー…やっぱり尊敬できる隊長さんたちから選ばないと気分悪い?」
「い、いえその…あんまりにも自然に言い切るのでちょっと驚いただけです。」
「ふーん…」
俺に悪いと思ったのか焦ったようにそう返すティアナ。
とは言え正直そんな事は聞いてないってのが本音だろう。騒ぎの中心になってる表にも名前出て無いしな。
「ま、隊長陣四人の中で誰が最強か…って話になったら…」
「…なったら?」
案の定と言うべきか、このフリに思いっきり食いつく三人。
期待させて悪いが、あんまり面白い話じゃない。
「当人達の誰に聞いてもまともな答えは返ってこないだろうな。」
「え?」
困惑する三人をおいて、俺はその場を離れた。
こればっかりはしょうがない、何しろこの論争自体あいつらにとっては無意味なんだから。
Side~ティアナ=ランスター
「で、速人さんの言うとおり全滅だったって訳ね…」
「はい…」
「いや、あたしも何だけどね。」
あたしは部隊長に話を聞いてみたが、直接戦ったらキャロと戦っても危ないとすら言われただけで終わってしまった。
エリオはヴィータ副隊長に誰が強いかと聞いて、状況によると返されたそうだ。
キャロも特に収穫なしで、スバルはなのはさんから問題を貰ってきた。
「自分より強い相手に勝つためには、自分の方が相手より強くないといけない…って、言葉遊びじゃ無いわよね?」
「う、うん…なのはさんがそんな事すると思えないし。」
完全に矛盾しているように思える話。
その矛盾と意味を考えろって事らしいけど…
「揃って何を考え込んでるんだ?」
「あ、速人さん。」
結局速人さんの予想通りだったことを伝え、なのはさんから出された問題を告げる。
「アイツが問題として出したなら、考えて答えを持ってくることを期待してるんだろうな、頑張れよ。」
「はい。あ、でも一つだけいいですか?」
当然答えを貰う気はなかったけど、気になることはあったので呼び止める。
「どうして皆からまともな答えが返ってこないことが分かってたんですか?」
「あ、それは僕も気になります。」
「ああ、それか。」
あたし達が興味を隠さずに聞く中、速人さんはまるでなんでもないことのように簡単に答える。
「意味無いからだよ、『私が一番強いんだー』とかが。」
「意味が無い…ですか?」
局の任務をこなすなら強いに越したことは無いはず。意味が無いというのはどういうことなのか、それだけではさっぱり分からない。
「バインドや防御、結界形成なんかがとてつもなく出来る変身魔法を使って女湯に潜り込むような奴でもなのは達と同等に重用されるって事さ。直接戦ったら雑魚一体にも勝てない戦闘能力でも救う守る捕らえるのに役に立てば、最強何か目指さなくてもいいんだよ。」
「は、はぁ…」
やけに具体的な話だった。って言うか普通に犯罪者だ。
この人が普通に話すってことは特に止めたりする必要が無いって事だろう。むしろ深く聞いたほうが面倒な事になる気がする。ここは流しておこう。
けど分かった事もあった。
「キャロが竜召喚なしだと私達の中で一番弱いけど、いないとかなり困るのと同じって事ですね。」
「そういう事だ。それに、誰にも負けない位強くても使い辛いと意味無いしな。たとえば…一瞬で超強力な攻撃が発動できるものの、効果範囲が星一つほどで物理破壊、しかも調整できない…とか。」
あたしの例えに補足する形で出された例は、確かにいくら強くても意味が無いものだった。
「午後は出向研修だっけ?まぁ頑張って。」
「はい。」
去っていく速人さんの姿が見えなくなった頃合を見て、スバルを見る。
「あの人訓練してる所とか見た事無いけど、実際強いの?」
いくらリライヴとの戦いに全力をつぎ込む必要があるとは言え、普段から訓練してる様子が無いって言うのはさすがに強いのか疑ってしまう。
けど、一瞬で変わったスバルの表情が、あたしの質問が無意味だったと悟らせた。
「未だにクリーンヒットなし、それどころかガードすらして貰えてない。」
「「えぇっ!?」」
「う…っそ…」
しょぼんと告げるスバルだったけど、どう返していいか分からなかった。
正直、なのはさん達でも難しい芸当の筈、それを一試合とか模擬戦一回とかじゃなくて訓練開始から今までずっと続けていると言うのか。
いくらリライヴ対策できたとは言え、自分で一番強いなんて言い切るのは言いすぎじゃないかと思っていたけど、本当にとんでもない人だ。
「そんなに速いの?」
「そうじゃないんだけど…速人さんは見切りが違うって言ってた。魔法が無いから回避も防御も便利な物はなくて、一撃でも当たったら危険な物をこの距離で扱うからだって。」
スバルが腕を伸ばしてあたしの前に拳を翳す。
確かに一撃でアウトの状態でこの距離で攻防繰り返すとなると神経使う所の話じゃないわね…
「あ、じゃあその見切りを上手くするって言うのはどうですか?隊長たちより魔力も魔法も使えない速人さんが最強って言える位なんですか…らあぁ!?」
「実戦経験半年未満のあたしらがホイホイ隊長たちより上手い事やれるようになるわけ無いでしょうが!」
簡単に言ってのけたエリオにうめぼしをかけながら、それでも確かに引っかかる物を感じていた。
エリオが言う通り、魔力値が低い以上パワーもスピードも隊長たちより低いはずの速人さんが、勝つための手段を持っている。
けどまさか、なのはさんだってあたし達に『そんなもの数年単位で身につけられるわけが無いから諦めろ』何て言うつもりはない筈。
「おお、お前ら。」
と、ヴィータ副隊長が通りかかり、エリオの頭から手を離す。
「108行きだがちと先行してくれ。訓練開始時間にはあたしも入ってるからな。」
「「「「はいっ。」」」」
とりあえず今の所は後回しになりそうだった。
SIDE OUT
「しっかし逃げてるよなぁ。」
「何が?」
俺の呟きを聞き取ったなのはが、少し不機嫌そうに俺を見る。
逃げてるなんて聞き心地のいい台詞では無いししょうがない。特にコイツは。
「お前がフォワードに放りこんだ問題だよ。相手のタイプが何だろうが、地形がどこだろうが、最後立ってた奴が勝者で強者。組織の戦力としては意味ある問いだけど、単なる闘士にとっては侮辱もいい所だぜ。」
「組織として意味があるならいいよ。単なる闘士になって欲しい訳じゃないし。」
呆れ混じりに告げる俺に対して返されたなのはの返答も尤もな物だった。
さっきそう話して来たばっかりではあるし。ただ…
「お前だって俺に負けて『弱いけど勝っちゃったぁ』とか言われたらむかつくだろう?」
「それは…そんな事無いよ。」
一瞬同意しかけたなのはだったが、何を思い出したのか慌てて首を横に振る。
「嘘だろ?最早嫌味じゃねぇか。」
「まぁ……そう…だけど…」
珍しく歯切れの悪い返答をするなのは。
「なんかあったのか?」
「…この問題出してくれた先生が」
「わかった、俺が悪かった。すみません、ごめんなさい。」
恐らく意味合い的に同じ事言ったのだろう。
何しろなのはとフェイトは訓練当初からAAAの化物だった訳だし、そんな事言われるには十分すぎる。
しかも、恩師に向かって『腹立つ嫌味を言う人』何て言えるはずも無い。
速効で平謝りした俺を見ながら小さく笑うなのは。
「でも確かに、お兄ちゃんにそれ言われたら物凄く腹立つと思うけど。」
苦笑交じりに告げたなのはに対して胸を張って答える。
「言わないさ、俺強いから。」
少しの間を置いて、軽く小突かれた。
自信満々に告げても結局怒るんかい、どうしろと。
忙しいなのはと別れ、その背を見ながら思う。
一番役に立ってるのは、きっとお前だろうと。
誰一人欠けてもまずいのは分かるし、部隊の旗印になっているのははやてだ。
だけど…なのはは前線の旗印のような物になっている、特にフォワードにとって。
しかもこの部隊、前線が強くないと意味が無いものだ。
戦闘では強いものの、あくまで俺は外部の人間で露払い。問題は無いんだが…
理想通りに進めている妹が、少しばかり羨ましかった。
何かのテストをしていたらしい敵の出現によって急遽出動となったが、フォワード陣がアッサリとガジェット群を片付けたお陰でそう問題もなく片がついた。
で、代表らしいスバルが、なのはの問いかけに対して答えを持ってきた。
自分より総合力で強い相手に勝つためには、自分が持っている相手より強い部分で戦う。
と言うのが前線で出した答えらしい。
答えを聞いたなのはは少し嬉しそうだが…
「いいのか?」
「…何が?」
問いかけると、水を差されたと思ったのかなのはの表情に少し影が差す。
スバルも自信はあったのか、少し不思議そうに俺を見た。
「今のが当たりだと、なのはが射砲撃、フェイトが速度、はやてが魔力値、シグナムが剣技、ヴィータが破壊力で互角かそれ以下のリライヴには六課の誰一人勝てない事になるぞ?」
「え!あ…」
失敗したと思ったのか、慌てたスバルが俺となのはを交互に見る。
実際問題として勝てない訳だが、だからと言って事件が起きた時一人だったら『無理ですすみません諦めます』と言う訳には行かないだろう。
「ギンガはスバルの師匠らしいが、同じ格闘技法の先輩で恐らく全能力上回ってるだろうギンガと試合する事になったら投げるか?」
「それは無い…です。」
答えながらしぼむスバル。
なのはは睨むように俺を見ていた。思いっきり水差した訳だし無理も無い。
「そこまで言うならお兄ちゃんにも答えはあるの?」
「自分より強い相手…には勝てないさ。運でどうにかなる域を超えるとな。」
「う、運…ですか?」
不満げな二人。
色々考えた末に運なんて言われればそりゃ真面目に答えろと言いたくなるだろう。
「とりあえずスバル、じゃんけんしようぜ。」
「え、あ、はい。」
唐突に持ちかけたじゃんけんに、素直に答えるスバル。
同時に手を出し…スバルのグーに対して俺はパー。
「負け…ですね。」
「さて、スバルが勝つまでやるぞ。」
「は、はい。」
同時に出してどっちが有利な物を出せるか。そんな勝負だから普通勝ったり負けたりと繰り返すはずなのだが…
「スバル、もういいから。お兄ちゃんも。」
「はい…」
スバルが十回ほど連続で負けた所でなのはが止めた。
ただのじゃんけんとは言え負け続けで軽く落ち込んでいるスバルに問いを出してみる。
「さっきスバルが言った、相手より強い部分で戦う。確かにそれで勝てるが…どうやって?」
「え?えっと…」
言葉に詰まるスバル。それもそうだろう。
スバルは前衛だが、まさか誰が相手でも突撃する…なんて答える訳には行かないだろうし。
なのはも悟ったのか、軽く息を吐いて答えた。
「つまり、『相手に勝てる手段を当てられる能力』が強さだって言いたいんだね?今お兄ちゃんがやったように。」
「え、えぇ!?狙って出してたんですか!?」
察しのいいなのはが告げた言葉に対して、思い切り驚くスバル。
「勝ったり負けたりがあるのは運。けど、たとえばパーにチョキを出しても勝てない程の差があったり、今みたいに一回も勝てる選択肢を当てられないほどに差があると絶対に勝てない。リライヴを未だに捕らえられて無いのはアイツがやりやすい選択肢を選ぶ能力があるからだ。」
最も、戦闘の場合は選択肢が3つじゃすまないから全部を確実に予測するなんて神業できる人間はそうそういないが、多数ある選択肢から『有利なほう』を当てるだけなら結構な確率で出来る。
全能力が高水準のリライヴに度々優勢な選択肢を取られては勝ち目が無いも同然なのは無理も無い。
「スバル、お前に急遽俺と訓練させたのは、シューティングアーツの関係だけじゃない。」
そこまで言って、なのはに目配せする。
「リライヴにそれが出来るなら、一緒に行動している敵にも教わってるような人がいるかもしれない。だから、出来るだけ知っておいて貰いたかったんだ。そうは言っても、形あるものじゃないから掴むのに時間がかかるし、外部の人に訓練までさせたくなかったんだけど…」
「言ってる場合じゃないだろ?俺の心配なら無用だし。」
今更遠慮してるのか、それとも教導官は自分なのに外部の俺に振ることに納得して無いのか分からないが、本当に言ってる場合じゃない。
教えてるのがリライヴならともかく、グリフと戦闘訓練なんかしてたらシャレにならないくらいの開きになっている筈だ。
「スバルだけちょっときつくなっちゃうかもしれないけど…頑張ってね。」
「はいっ!!」
元気のいい返事を最後にスバルが部屋を去り、静かになった部屋に残った俺となのは。
「お前的には、俺の答えは満足か?」
静かな問いかけ。
なのはは少しの間を置いて、呟くように答えた。
「届かないと言われて満足できる訳無いけど…否定も出来ないよ。」
「そっか。」
無理も無い。
散々一対一で戦おうとしてきたことを思い返せば、否定しなかっただけましだろう。
俺も部屋を出ようと扉に足を向け…
「けど、もし高度な見切りが今言ったみたいな物なら…お兄ちゃんはグリフに勝てるの?」
背中越しにかけられた声に足を止める。
同等の戦闘者、詰まる所…魔導師相手のように簡単に読む事は出来ない。
「フレアがあっさりやられたとなると簡単にはいかないだろうが…」
顔だけ振り返り、立てた親指で自分の顔を指差す。
「任せとけ、俺はヒーローだ。」
安心して欲しかったのだが、何故肩を落とされた。失礼な奴だ。
Side~高町なのは
一人帰路を歩きながら、先のお兄ちゃんの話を思い返す。
今までも何となく分かってはいたけど、お兄ちゃんにとっては私達の戦いは見やすくて分かりやすいものなんだ。
でもなければ、魔力も並の普通の人間の身で、余裕ある戦いなんて出来るはずが無い。
けど…もしそれが、魔導師との戦いで優位に立てる要員だと言うのなら…
同質の相手と戦って、勝てるんだろうか?
例え同じ地球の戦闘者でも、並の相手なら速人お兄ちゃんはきっと負けない。
でも、話で聞いているグリフは…恭也お兄ちゃんと同等の可能性すらある相手だって言う。
見切りが同等なら自力と運で結果が変わり、相手の方が上ならそれだけ危険。
恭也お兄ちゃんを師として修行してきて、まだ超えられてるわけじゃないだろう速人お兄ちゃんが、確実に勝てるなんて言い切れるはず無いのに。
きっと、『何を使ってでも』どうにかするつもりなんだろうけど…
「ホントいっつも通り馬鹿なんだから…分かって無いよ…何も…」
傷つくのは痛い。
でも、倒れられたほうが、失う方が、寂しい方が…もっと辛い。
そして…
「ただいま、ヴィヴィオ。」
「ママ!」
家に入るなり駆け寄ってきたヴィヴィオを優しく抱きとめる。
私も…同じ。
前線を退く気が無い我侭も、躊躇いなく使うつもりの『切り札』も、きっと皆を傷つける。
何より、同じ戦い手として生きている他の皆はともかく、このあどけない笑顔を見せる少女に、私と同じ思いをさせたくない。
お父さんとは少し違うけど、戦い続けてる私は、いつかきっとこの娘を悲しませる。
ただでさえ仕事ばかりで家を離れっぱなしなんだ。共働きの家もあるだろうけど、それとは訳が違う。
「ママ?」
「ん、なあに?」
「しょんぼり…してる?」
純粋だからか、考えるとかじゃなくて素直に変化を感じ取るヴィヴィオ。
私はそんなヴィヴィオの頭をゆっくりと撫でた。
「なんでもないよ。ちょっとお仕事が大変なだけだから。」
…この娘を、不安にさせたくない。
せめてこの娘を受け入れて、幸せにしてくれる人が見つかるまで…もっと強くならないと。
SIDE OUT