第十五話・墜ちた天使の逸れた願い
Side~リライヴ
彼女達と出会ったのは、とある研究所を襲撃した時の事だった。
強大な魔力反応を感知した私は眉を顰める。
「オーバーS?違法研究者にしては大した奴を雇ってた…って事かな?」
事情はともあれ、野放しにしておける訳も無いので顔を出す事にした私は、魔力反応があった場所に向かって進む。
爆炎の中で見つけた人影は、掌に収まるほどの少女を抱えていた。
優しく…その身を労わる様に。
「ふぅん…どうやらここの連中と同類項…って訳ではないみたいだね。」
「貴様は…白い堕天使か。」
「その名前も有名になっちゃったね。」
無骨な男性と傍らにいる少女に見据えられ、私は苦笑する。
爆炎に包まれる施設から、そこらに倒れてる研究員を転移魔法で外へ運ぶ。
「とりあえず脱出しようか、随分派手にやってくれたみたいだしね。」
それだけ告げて、私は外へ出た。
表に転がっている連中を拘束してその場に放置する。後は騒ぎを聞きつけた局員が来て、相応の扱いをするだろう。
拘束した連中を置いて、私は離れた所に感じた転移反応を追う。
ついた所に、さっき会った無骨な男と少女がいた。
「ま、当然の対処だとは思うけど。ちょっと話ぐらいしてかない?」
「広域次元犯罪者と話す事など無い。」
「それはお互い様でしょ?それに…戦うよりはお得な話だと思うんだけど。」
特に構えずに告げる。
私は基本魔力を伏せているが、今までの所業はニュースで特集組まれる位には騒ぎになっている私の実力は知っているだろうし、仮に私に勝てる自身があったとしてもこんな所で戦えば管理局に捕捉される。
そんな事は向こうも百も承知なのだろう。異物である私に対してデバイス一つ抜かずにただ警戒するだけに留めている。
「此方から質問させてもらう、構わないな?」
「うん、いいよ。」
話に応じてくれる事になった彼等と幾らかの情報を交換した私は…
「ううっ…くっそー…やな夢だ…」
傍から聞こえて来たアギトの声に浅い眠りから覚めた。
夢…か。
私にとっては通過点、この10年ずっとそうしてきた事の内の一つに過ぎない始まり。
軽いとは言わないけど、もっと強く残っている記憶は他にある。
なのに、今どうしてこんな夢を見たのか……
『お前の事だ、何かあるのは想像つくんだけどさ…本気でこんなやり方で満足なのか?』
きっと、あの胸に刺さる問いのせいだ。
管理局に…ルールに縛られて救いきれない人達に悪人扱いされても、何一つ痛い事は無かった。
なのは達のような真っ直ぐな娘と敵対するのに抵抗がなかったと言えば嘘にはなるけど、望む場所に辿り付く為に競い合うのが争いである以上躊躇う気はなかった。
けど…無垢な少女が眠る場所をあんな砲撃で撃てるような人達と同類だと言う事実は、到底私が満足できる物じゃない。
私はどうすれば―
「…止めだ。」
小さく呟いて、頭を振る。
この身の力に立てた誓い、届かぬ願いを叶える、ただその為だけに進むと決めている。
完全に満足できる答えなどただの欲張りだ、であれば捨てられない物の為にただ前へ。
軽く握った自分の拳を眺め、揺らがないよう心に決めようとして…
こんな誓いじゃ速人には負けそうだな…と思ってしまった。
現実を承知であちこちに手を伸ばし続けている彼に比べ、握っている自分の拳があまりに小さい気がしてならない。
全く、頭を抱える破目になる原因は全部君じゃないか、何処がヒーローだ。
「意地悪。」
八つ当たり気味なのは分かっていたが、言わずにはいられなかった。
Side~キャロ=ル=ルシエ
速人さんとのお話は、事件のその日は報告書とかもあって忙しくて、次の日の朝食を一緒にとりながらになった。
「成程ね…去り際に謝っていったあいつがあちこちで無茶苦茶やってる犯罪者と被らない…と。」
「はい…」
分からなかった。何で白い堕天使とまで呼ばれるあの人が、あれだけ躊躇いなく戦える程に敵対しているのに謝って来るなんて。
「何でもなにもあいつ御人好しだしな。ヘリごと打ち落とすなんて真似する作戦にほいほい参加してたのが申し訳なかったんだろ。」
「人がいいなら、犯罪何て簡単に出来ないんじゃないですか?」
私の疑問に、速人さんは笑みを見せる。
「そこには落とし穴があってな。キャロは赤信号は渡らないな?」
「え?あ、はい。」
いきなりの問いかけに頷いて応える。
車がある所では当たり前の事だし、局員として働くならもっと複雑なルールがついて回る。
それ位の事を守らない筈が無い。
「じゃ、道路の真ん中でおじいさんが倒れている所に車が向かっていたとしても…赤信号を渡らず黙って見てるか?」
「そんな事は無いです!助けます!」
そんな状況で何もしないなんてありえない。
自信を持って答えると、速人さんは指を立てる。
「それがあいつだ。ルールを守ってる連中って言うのはあいつにとっては『そんな状況でも信号を守って動かない連中』の事を指す。」
「そ、そんな事!」
「勿論ただの例え話だけど…質量兵器を使わないと護れない人がいる…とか言う状況ならどうだ?」
まるでフェイトさん達まで含めて馬鹿にされたような気がして声を抑えられなかったけど、続けられた説明に言葉が返せなくなった。
質量兵器。管理局が危険だと使用を禁じている、スイッチ一つで子供でも使えて、町一つでも滅ぼす物さえあると言う。
「必要があれば何だってやる。質量兵器を使い、非殺傷設定を切ってでも戦う。その戦いでどれだけの数の非難を浴びても。そういう馬鹿なんだよ、アイツは。」
悪い人に見えない犯罪者。
フェイトさんでさえなのはさんと戦っていた時があるくらいなんだ、リライヴがそんな人でも不思議じゃない。
と、少し疑問が湧いた。
「速人さんは…」
「ん?」
「速人さんはどうなんですか?」
管理局に入らないのは無茶を通すためだと自分で言っていた。
なら速人さんだってリライヴと同じ…
突然、速人さんは空になったカップを放り投げる。
宙を舞ったカップが床に触れ…
る前に、再び宙を舞った。
持ち手に向かってきらきらと光る何かが、速人さんの指から伸びている。
手元に戻ってきたカップを置いた速人さんは、とても楽しそうに笑みを見せて…
「これで救えば、赤信号もお構いなし…ってね。」
「あ…」
それだけで実感できた。
速人さんは、ずっとそうして来たんだ。リライヴと管理局の間位の位置を、まるで綱渡りでもするかのように。
「けど、大好きなフェイトさんを困らせたくなかったら真似しちゃダメだぞ。」
「は、はい…」
人差し指を口元に立てる速人さん。
軽い言い方だったけど、今の私にはどう頑張っても真似できそうに無いほど難しい道だと分かる。
普段からこんな調子だから見え辛いけど、この人が本当に強い人なんだってよく分かった。
SIDE OUT
フェイトに寄り添われて燃え尽きているはやてを見つけた俺は、傍に寄ってみた。
傍にいるフェイトも明らかに暗い面持ちで、通夜でも見ているようだった。
「どうしたんだ?」
「あ、速人…実は…」
フェイトが言いかけた所ではやてが椅子に頭を乗せるように背を反らす。
乾いた笑い声を出すはやては、完っ全に燃え尽きているようだ。
そんなはやてに代わるように、フェイトが説明を始めてくれた。
「機動六課査察の動きが地上本部にあるみたいなんだ。ただの部隊編成自体、普通の部隊じゃ考えられない位の異常を抱えてるから。」
「初戦は全滅、二戦目で借りとる民間魔導師が重体、つい最近リライヴ対策の名目で合同出事件にあたっとるフレア空尉がまるで関係ないとこで重傷。こんなんどうごまかせ言うんや。ははははは…」
力ないはやての補足に、フェイトは肩を落とした。
絵を描け、と言われたら俺は今のはやてには間違いなく色を塗らない。
部隊回すってのも大変なんだな…
「フレアは管理局にしてみれば『いつも通り』だし、リライヴ絡みの事件ってあいつの桁外れな戦闘力のせいであんまり問題にならないんじゃなかったのか?」
「そこにかけるしかないけど、地上本部は厳しいから…」
フェイトが暗い面持ちで呟く。
地上本部…レジアス中将が相手となると、そう簡単には見逃して貰えないだろう。
「問題なのはレジアス中将だよな?手はなくもないぜ。」
「何やて!?」
跳ね起きるはやて。
ビックリしたんだろうな、無理も無いが。
「けど裏技だ、お試し部隊の存続に使うのは軽すぎるんじゃないか?」
いい話だと思っていたのか、はやてが苦しそうに表情を歪めた。
裏技なんて言われてほいほい使いたくはない筈。
「…せやな、どうせ非公式の話もある訳やし、速人君がおっても問題ないか。」
何処か諦めたような口調のはやてが、キーを操作する。
「これから聖王教会に報告に行くんよ、なのはちゃんと一緒に」
『うええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!!!』
言いかけたはやての言葉を遮るように、モニターから泣き声が聞こえて来た。
なのはにしがみついている少女が泣き叫んでいた。
『あー、こら。泣かない、泣かないで。』
「兄さんやお前じゃあるまいしそんなんで泣き止むか馬鹿。」
男の子なら砂場に飛び込み雪に埋まり、女の子なら可愛い人形に名前をつけて、そんな歳から戦闘訓練してきた奴には子供の相手は荷が重かったらしい。
悲しい時は泣くものだ、俺はむしろあの娘が羨ましい。
そんな俺の内心を知るはずも無く、モニター越しに呆れた俺に頭にきたらしいなのはは、最近にしては珍しく怒っているのが分かり易い目で俺を睨んできた。
『いきなり通信越しに偉そうに』
『ひぐっ!』
『あ、ご、ごめん怒鳴ったりして。』
モニターに怒鳴りかかりそうになったなのはに緊張した女の子が、変な呼吸と共に泣き声を止め、なのはにこれ以上ない程力いっぱいしがみつく。
怯えさせたのが分かったのか、なのはは慌てて女の子に視線を戻して宥め始めた。
慣れないと大変そうだな、ホント。
「しかし見事だったな、保母さんとか向いてるんじゃないか?」
「そんな事ないよ。ただちょっとなれてるだけで。」
ヘリの中、今回の功労者たるフェイトは俺の褒め言葉に照れたような反応を返す。
何しろあっという間に少女…ヴィヴィオを宥めてなのはを離させたのだ。
「あれはフェイトにしか無理だろうな。女性が三人いるのに情けない…」
「速人君は中身エリオより年下の少年やしな。」
「褒め言葉だな!」
はやての返しに自信満々にそう答えると、なのはとはやてから呆れたような視線が向けられた。
「でも本当にいいの?速人お兄ちゃんがいて。協力して貰ってるとは言っても六課自体に関しては本当に部外者なのに。」
「六課の為に裏技使って貰うんならそれ位はな。それに速人君、もし六課解体されたらどうする?」
不安げにはやてに問いかけるなのは。だが、はやては何かを確信しているように俺に問いを投げかけてきた。
「リライヴはともかく、スカリエッティのほうは放置できないし依頼が出なければ自力で動くけど?」
「…ごめんはやてちゃん、身内が困る人で。」
答えると、何故かなのはが頭を下げた。
管理局が扱う事件に民間人が勝手に動くなって事か?分からなくも無いが、今このタイミングで管理局に六課以外の対応策なんて撃てないだろうに放置しろとでも
「速人、単独でどうにかしようなんて無茶な事考えたら駄目だよ。」
「あ、俺の心配か。」
フェイトの言葉に気付いたことを確認の意味も込めて口にすると、三人は揃って頷いた。
全く、気にしなくてもいい事を。
「高町なのは、一等空尉であります。」
「フェイト=T=ハラオウン執務官です。」
「フリーの魔導師速人、よろしく。」
片手を腰に、笑顔で明るく挨拶。
敬礼をしていた二人と傍にいたはやてが俺を睨んできた。
無礼な魔導師って事になってるからフランクに行ってみたんだが、何かおかしかっただろうか?
「初めまして。聖王教会教会騎士団騎士、カリム=グラシアと申します。お噂は伺っていますよ高町速人さん。」
「あれ?俺の事知ってるの?」
わざわざ苗字を告げてくれるカリムさん。
意外に思って聞いてみると、笑みを返してくれた。
「私達は個人的にも友人だから、いつも通りで平気ですよ。」
「と言う事だが、聞かなかった事にして外れてくれないか?」
折角の明るい声を台無しにする台詞に目をやると、クロノが俺を見据えていた。
「久々だって言うのに酷いな。」
「君が言えた台詞じゃないだろう。」
相変わらずのクロノに怒られつつ椅子に座る。
なのは達ももう体裁を整えるのを止めたのか、無駄に畏まる事もなく席に着く。
「さて、昨日の動きについてのまとめと、改めて…機動六課設立の裏表について。それから…今後の話や。」
こうして、はやての仕切りと共に話が始まった。
簡単にまとめると、カリムさんの予言能力に、管理局地上本部の壊滅と管理局システムの崩壊が予言され、その対策として機動六課は設立されたらしい。
古代ベルカの解釈が難しい言語で現れる予言の為、よく当たる占い程度の的中率らしいが、三提督も非公式ではあるが協力の約束を取り付けている程となるとそれなりに警戒してるんだろう。
「へぇ、大変だな。」
納得したつもりだったのだが、何故か一斉に見られた。
「は、速人、そんな他人事みたいに…」
「他人事なんだろう?君にとっては。」
俺を咎めようとしたフェイトに対し、呆れつつも何処か納得した様子のクロノ。
そんなクロノの指摘に、軽く肩を竦める。
「そこまでは言わないさ、妹の職場だし。けど管理人がどうなろうと住んでる人には些細な問題だろ?」
住んでるマンションのオーナーが亡くなって息子さんに代わりました。と言われても正直大騒ぎにはならないだろう。
管理局に問題が出れば指導者に問題が発生するわけだから多少ごたごたはするだろうが、余程嫌がらせめいた決まりでも作られなければ、頭が変わっても大騒ぎする事じゃない。
「普通はな。だが今回その管理人に打って変わろうとしているのは広域次元犯罪者、ジェイル=スカリエッティである可能性が高い。君はそれでも他人事で済ませられるのか?」
「そこは問題だな。」
返された問いは確かに大問題だ。
敵対対象である局員はともかく、子供相手に砲撃かますような連中に世界を乗っ取られたらろくな事にならないだろう。
「たださ、皆して本当に時空管理局員って自覚あるのか?」
「何?」
「一人の異能力者が持ってる一つの能力で示された問題すら解決出来ないとなると、幾つあるかも分からない時空に、いくらあるかも分からない能力者や物品を管理するなんて出来ないだろうが。」
逆に言うと、そんな多岐にわたる問題を解決する組織が、一人の一能力位超えられない訳が無い。つまり、真面目にやれば騒ぐ必要も無いはずだ。
「こんなんで心配する必要があるなら例え今乗り切った所でどっかで必ず大問題起こす。もし本当にこの予言だけで戦慄する位の実力しか無いならいっそ今の内に崩壊した方が後の為かもしれないぞ。」
「そして、予言を解決できる自信があるなら顰め面並べている必要も無い…か。君らしいといえば君らしい気もするが、簡単に言ってくれるな。」
軽口の裏を察したクロノが見事に俺の本心を告げる。
無論、俺は解決できると思ってる。故に真面目にやる必要こそあれど、そこまで心配はしていない。
一同もそれを察してくれたのか、なのはを除いて苦笑いを返してくれた。
「まぁそうキツイ事言わんといて速人君。一人に振り回されるって意味では未だにリライヴ一人捕まえられとらん位やし、神経質な位が普通なんや。」
笑みをそのままに告げられたはやての何気ない一言。
だが、眼に見えてなのはが表情を曇らせた。
「クロノ君、未だに彼女の目的とか過去とか分からないままなの?」
「残念ながらな。人助け…が目的のようにも思えるが、それにしては被害を出す事も多い。かと言って金の為だけに依頼を遂行するような人間じゃない事は彼女が『白い堕天使』と呼ばれるようになった一件で分かっている。」
目的を絞れないからこその神出鬼没。
管理局が未だにリライヴを捕まえられないのはその辺りも関わっている。
「選んで救っているにしては管理、管理外問わずで救われている人がいるし、何処かの馬鹿と違ってヒーロー気取りと言う訳でも無いしな。」
俺を一瞥して告げるクロノ。
ユーノのこと散々使い魔呼ばわりしたりと結構兄さんっぽいところで弄ってくるからな…忍さんと組んで示し合わせたような嘘をさも事実のように語る兄さんほど酷くは無いが。
「はやてちゃんは何か知らない?家に来てたこともあるって聞いたけど。」
「何も聞いてへんよ。自分のことなんて殆ど喋らんかったし。」
なのはの問いかけにさも当たり前のように返すはやてだが…違和感を覚えた。
はやては闇の書事件について殆ど何も知らないままだったことに責任を感じているらしく、事ある毎に無理な決意が見えるのだが…それが何で今の返答で出る?
知っててごまかすにしても、あのリライヴが泣きながら話すような過去をはやてに教えてるとは思えないんだが…
「ともかく、今日はこの辺までやな。局員だけで話したほうがええ関係ない内容は止めといたほうがええし。」
「そうですね、さすがに協力していただいてる六課の話以外を簡単に漏らす訳には行きませんね。」
俺が同席している今、黒い話は出来ないだろう。
管理局そのものの危機となればそれなりの大事だし、俺はここまで聞ければ十分だ。
後はレジアス中将か…気は引けるが何とかするしかない。
Side~高町なのは
『君たちも感づいたかもしれないが、はやては何処かリライヴに対しての反応がおかしい。様子を見ておいてくれないか?同じ女性で幼馴染の二人のほうが、はやても話しやすいだろうし、こんな綱渡りの部隊を任されている彼女に無理をさせておきたくないからね。』
帰り際、クロノ君から私とフェイトちゃんに届けられた念話。
勿論私もフェイトちゃんもすぐに了承したけど…同時にちょっと悩んでいた。
はやてちゃんは、私達にも秘密で色々する事が多い。
今回のことだってもし何か知ってて話さない事を選んだなら、聞いて答えてくれるかどうか…
『なのは、私に考えがあるんだけど。任せてくれるかな?』
『ん、分かった。』
フェイトちゃんからの念話に素直に答える。
いい手が何も思いつかない私としては正直それしかなかった。
昔話を振るフェイトちゃんに合わせて、懐かしい話をしながら帰る。
お兄ちゃんとも別れて三人になった所で…
「リニスの事覚えてる?」
「フェイトちゃんの家庭教師やろ?覚えとるよ。」
フェイトちゃんから告げられた聞き覚えの無い名前に、はやてちゃんがすぐに答える。
確かに家庭教師の人の話は何度か出てたけど、名前を聞いたのは初めてのような…
「やっぱり見てたんだねはやて、闇の書の中にいた時の夢。」
一瞬硬直するはやてちゃん。
どういう事かと思ってフェイトちゃんに視線を移すと、フェイトちゃんは闇の書に取り込まれた後の事を説明してくれた。
アリシアちゃんがいて、優しいままのプレシアさんがいて、そんな中に一緒にいる、フェイトちゃんにとってこれ以上ない程に幸せな夢。
その夢の中に、家庭教師だったリニスさんも出てきていたと言う事だった。
リニスさんの名前を知っている…というより今の過剰反応は、明らかにフェイトちゃんの夢を知っている事を意味していて、あの時リライヴも闇の書に…
「……あーあ…やってもうたなぁ…」
はやてちゃんが諦めたように呟いた。
やっぱり、はやてちゃんはリライヴの事を知ってたみたい。
「聞かせて…くれる?」
静かに頷いたはやてちゃんから、リライヴの話が語られた。
最悪、と言っていい位に嫌な話だった。
自分のお母さんに売られて、道具として男の人に扱われ続け、傷ついたりすれば使いやすいように修理される。
身を守る一番の方法が、『使い勝手のいい道具であり続ける事』。
普通…壊れる。
私だってそんな状況に放りこまれれば、今でさえどんなに気を強く持ったって必ず保つなんて保障は無いし、まして彼女の場合体が出来上がってすらいない時期の話。
そんな中現れた管理局は…希望をちらつかせて去っていってしまった。
「…あの子、私達と同じにはならないって決めとる。だから犯罪者や管理外世界の人を救ってまわっとるんや。」
プレシアさんの願いを叶えようとしたのも、闇の書の主のはやてちゃんを助けようとしたのも、管理外世界で魔法を使ったのも全部当てはまる。
管理世界で行われた単純な人助けは、管理局の手が遅かったから見かねてと言った所だろう。
「犯罪者の理由なんて言い訳も同然なのはわかっとるし、それで迷惑かけとる人もいる以上捕まえなアカン。せやけど…こんな話触れ回られて事件の記録に残るなんて…あんまりやんか…」
裁判にでもなったときに知れていれば情報として持ち出されるだろうし、無断で誰も彼も知る事が出来るような状態にはしないだろうとはいえ、局の高官や白い堕天使対策を任される部隊の長ぐらいには知れ渡るだろう。
第一、何処でどんな人がどんな理由で助けを求めるかも分かった物じゃないのに、話した所で動向把握に繋がらない以上、ただ秘密をばらすだけになってしまう。
『…何で驚いてるの?私、猥褻罪だけは殺されてもごめんなんだけど。』
冗談めいた口調で告げられた言葉。けどこれは比喩でもなんでもない真実なんだ。
本当に殺されるよりも嫌な過去を触れ回る。
それも、一時は自分の命を救おうとさえしてくれていた人の。
そんな事が、はやてちゃんに出来る筈も無かった。
それ以上何を言う事も出来ずに帰り道を進む中、私は自分の気持ちに不思議な物を感じていた。
あまりリライヴちゃんに引け目を感じない。
あんな話を聞いて尚犯罪者だからと冷徹に対処できるのは、フレアさんだけで十分だ。
現に私もフェイトちゃんを規則度外視で誰かを助けに行ったりしてるし、今だって命令に従うとは言え内容次第で不快感位覚える。
なのに引け目を感じないのはどうしてなのか、思い当たる事を考えて…
「ああ、そっか。」
彼女の大間違いに気が付いて、ようやく納得が出来た。
「どうしたのなのは?」
「リライヴちゃんを止めるのに悪い気がしなかったんだけど、その理由が分かったんだ。」
隣を歩くフェイトちゃんは、ずっと暗い表情のままだった。
フェイトちゃんは優しいから、自分よりも苦しい境遇に放りこまれた彼女の事を悲しんでいたんだろう。
私の反応が意外だったのか、心配するように私を見るフェイトちゃんに、続きを話す。
「管理局と同じにならないって、規則に救われない人だけ『選んで救う』って…規則に沿って選んで救ってる私達と同じなんだ。やってることは同じで場所だけ違うって言うか…」
フェイトちゃんが、彼女の話を終えてから初めて暗い表情を消した。
そのあと、何を思いついたのか苦笑いするフェイトちゃん。
「教えて他の事勧める?何もかも問答無用で救ってまわるヒーローさんの真似とか。」
「それも困ったものだよね。」
私とフェイトちゃんは、互いに肩を竦める。
お兄ちゃんは勿論、リライヴちゃんも悪い人じゃない。それでも、随分困った人たちだと、お兄ちゃんにいたっては味方ですらあるのにそんな事を思わずにはいられない。
止めさせてもらうよリライヴちゃん、自分の目指す場所さえ間違えているんじゃあまりに虚しすぎるから…
SIDE OUT