なのは+『風纏う英雄』   作:黒影翼

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第八話・兄妹

 

 

 

第八話・兄妹

 

 

 

「よ…っと。ふむ…」

 

 

ベッドから降りた俺は、軽く身体を動かしてみる。

折れて包帯を巻かれたままになっている箇所はさすがに痛むが、歩き回る程度なら出来そうだった。

関節のダメージが薄かったのが幸いだな。

 

が…さすがに神速を使うのはまだ様子を見たほうがよさそうだな…

 

と、身体の状態を確認していると、外から人の気配を感じる。

シャマル先生じゃないな…誰だ?

 

「無様だな。」

「ってお前か。会ってすぐいきなりだなおい。」

 

扉を開いて現れたのは、フレアだった。

久々の再会にはなるが、会って早々こんな事言い出す奴はフレアくらいだ。見た目も極端に変わっている訳でもないし、さすがに判らない事はなかった。

 

「それよりもお前…戦えるのか?」

「聞いてないのか?後遺症の残る形で怪我して無いから問題なく治るって。」

「聞いている。」

 

此方に来る事になっていたのであれば、事前に資料なり何なりから得られるだけ情報を得ているだろうと思っていたので、フレアにしては妙な質問だと思ったのだが…

アッサリ聞いていると返されては何でそんな事を聞かれたのかまったく分からない。

 

「リライヴと戦うだけの戦闘能力があるのかと聞いているんだ。」

「お前舐めてるだろ。あるいは事前情報足りて無いぞ。俺前回リライヴ相手に無傷で先制とったんだぞ。」

 

俺の答えに目を伏せるフレア。

 

「速人、魔導師や子供ならともかく、私相手には素直に答えろ。お前の技法はリライヴ相手に初見で無くなっても通用する物なのか?」

 

ついで放たれたフレアからの指摘には、俺が口を噤む他なかった。

 

 

結論だけ言えば、通じる可能性は五分以下といった所だろう。

 

 

神速自体には、弱点と言った弱点はない。

体力消費が馬鹿にならないが、神速そのものは魔法を使うとか道具を使うとかではなく、単純に使用者の能力そのものを極限まで引き出すものだ。技後の隙とかそういう問題は無い。

だが、それでもリライヴ相手に完全な優位を維持できるかと言われれば不安はある。

神速に対応する場合、発動と同時に全方位防御と高速移動魔法による離脱を行えば凌ぐ位は出来るだろう。

『切り札』なら、それもさせないくらいの自信はあるが…同時に今回のような有様になる。

一回見せている上にあのリライヴが相手なのだ、確実に決まる保証もなくリスクだけ高い切り札は下手に切れない。

 

「やれやれ…さすがに聡いな。だが取り越し苦労だよ、俺を誰だと思ってる?」

「その馬鹿な返答も相変わらずらしいな。」

 

俺の返しを一蹴するフレア。

お前の方も相変わらず冷めてやがるなまったく…

 

聞くことは十分だったのか、踵を返すフレア。

 

「出来るだけ一人で戦うな、私はリミッターはかかっていないし、隊長陣もリミッターを外せばお前が近づく隙を作る位の事は出来るだろう。」

「了解、サンキュー。」

 

部屋を出ようとするフレアに続くように歩き出す。

 

「…いいのか?」

「リハビリだよ。」

 

いつまでも寝てるつもりもなかったので、軽く外でも歩いて回ってこようかと思って続いたのだが…

 

 

 

扉が開かれると、シャマル先生が笑顔で立っていた。

 

 

 

うーん、いい笑顔だ。なんか底冷えさえするような…

 

「速人さん、治るまで動かないように言いませんでしたか?」

 

笑顔だ、笑顔なのだが…明らかに怒っているシャマル先生。

こういう類の女性陣は何度か見てるからよく分かる。

 

フレアは俺達の事など気にした様子もなくすれ違うように部屋を出る。

 

「ははは…えーと、失礼!!」

「あ、ちょっと!!」

 

フレアが通る際に出来た隙間目掛けて、無事な右足を使い低空跳躍。

左足から着地するとまずい事になりかねないので着地も右足で行い衝撃を殺した後で、問題にならない程度の早足でその場を去った。

 

完治と言う訳でもないが、回復魔法のお陰もあって大体治っていると言うのにまったく動かず寝てはいられない。シャマル先生には悪いがちょっと見逃してもらおう。

 

 

 

 

 

 

「はぁ…」

 

夜風が心地よくて思わず息を漏らす。

と、森の中から光が見えた。少しばかり湧いた好奇心から覗いて見る事にする。

 

ティアナとスバルが妙な練習をしていた。

射撃型のティアナがスバルと近接戦の練習?

 

「あれ?もう治ったのか?」

 

と、離れて様子を伺っていたらしいヴァイスに小さく呼びかけられた。

 

「いや、シャマル先生をすり抜けてリハビリに。」

「そりゃまずいんじゃねぇか?」

 

呆れたように肩を竦めるヴァイス。

 

「某ヘリパイロット、女性局員の夜の戯れを覗き見。って表現の方がまずいと思うけど?」

「勘弁してくれ…冗談でも漏れたら何されるか分かったもんじゃねぇ。」

 

結果を想像したのか顔を引きつらせるヴァイス。

人のこと言えた義理でも無いだろうにまったく…

 

「なのは隊長ティアナに格闘戦のメニューなんて組んで無いよな?」

「ちょくちょく様子見てんだけど、独自にバリエーションを増やすつもりらしいな。」

「へー…」

 

この覗きの常習らしく、現状の解説をしてくれるヴァイス。

 

要するに付け焼刃を増やそうって所か。

単体じゃ通じないだろうが、ちらつかせてメインを狙うならそういう選択肢もあっていいか。

なのはだって誘導弾やら砲撃やら『極める』ってレベルに行くよりは制御できる弾数増やしたりする方に重点置いてたしな。

 

けど…そんな事よりも問題がある。

 

「ちょっととめてくる。」

「ま、頑張れ。」

 

諦めているのか止める気が無いのかヒラヒラと手を振って見送るヴァイスを背に、俺はクロスレンジの練習をやっている二人に近づいた。

 

…一回くらいなら、使えるか。

 

「っ!」

「うわっ!!」

 

高射程抜刀術、虎切。

二人の間の空間を斬る様にそれを振るうと、何が起こったのかわからない二人は慌てて飛びずさった。

 

「よ。見舞い以来だな。」

「は、速人さん!?身体はもういいんですか?」

「ドクターストップはかかったまんま。だけど動かないと身体がなまるんでリハビリかねて脱走中。戻るのは恐いが見逃してはくれたからまだ大丈夫だと思うよ。」

「そ、そうですか…ははは…」

 

質問に軽く答えてやると、スバルは乾いた笑い声を出す。

一方で、険しい表情を浮かべる相方、ティアナ=ランスター。

 

「いきなり何て危ない邪魔するんですか!」

「悪い悪い。どれ位反応できるか見てみたくてついな。」

 

結果から言えば、スバルは若干、ティアナは結構全快時より鈍かったように思う。

それでも並の魔導師相手なら問題にならないくらいの腕はありそうだが…

 

「…邪魔しないでくれます?」

「そりゃ無理だ。止めに来たんだからな。」

 

途端にティアナの眉がつりあがる。

面識無い人間がこんな事言ってもこうなるよな…

 

けどいい加減にまずい。疲労がかさみすぎている。

それに訓練続けてもこの状態じゃ錬度が上がらないし。

 

「局員ですらない他人の貴方に何でそこまで突っ込まれなきゃいけないんですか!?」

 

ご尤も。

何だが、納得する訳にも行かない。

 

「ティーダ=ランスターなら嫌だから…かな。」

 

ビクリと一瞬震えて硬直するティアナ。

 

「兄を…ご存知なんですか?」

「知り合いじゃ無いぞ。ただ一悶着あったお陰で知ってる程度だ。」

 

斜めに両断された下半身とIDカードのみが残っていて、あまりの惨状に騒ぎになった事に加えて、上官の問題発言。

名前から一通り知るのに困る相手じゃなかった。

 

「ならなんでそんな事言えるんですか。」

 

知り合いだった訳でも無いのにあんな台詞を吐いたからか、ティアナの瞳に僅かに怒りが戻ってくる。

 

「兄だからだよ、俺にも妹がいるんだ。」

「そんな人くらい何処にでも…」

「まぁまぁそう言わずに話位聞いてくれって。」

 

浮かない表情はされたものの、ティアナはスバルとアイコンタクトをとって、揃ってうなずいた。

 

「俺の妹さ、戦闘どころか運動オンチでその辺で背中触ったら転ぶような奴だったのに、魔法が使えるって分かったとたんに俺の手伝いするとか言い出してさ。歯も立たない位に差がある相手に一人で向かっていったり無茶ばっかしやがるの。」

 

そこまで言って大げさに肩を竦める。

 

「何年も積んできた領域に数日でたどり着けるわけ無いって言うのに、届かない事をまるで恥とでも思うかのように無茶してさ。滅茶苦茶心配でもどかしかったんだが…重なるんで止めたいと思ったんだよ。兄が妹心配するのは、余程仲がこじれてなければ普通だと思うぞ?だから、ティーダさんが嫌がってるんじゃないかと…ね。」

 

黙って話を聞いていたティアナは、少し間を置いて息を吐く。

 

「明日まではこのペースで続けます。けど、そこで一区切りつきますからちゃんと休みます。安心してください。」

「そっか…」

 

もう既に休みが間に合って無いとは思うんだが、これ以上の無理強いは出来ない。

わざわざ他人と言い切った相手の話を聞いて、安心してとまで言ってくれた事がむしろ彼女相手だと珍しいような気がする。プライド高いみたいだし。

 

「何も出来ずに見ているだけ…って言うのが嫌だったんだと思いますよ。その上知らないところで死なれたりしたら、堪えられたものじゃないですから。」

「へ?」

 

唐突にティアナが告げた台詞に間の抜けた声を出す俺。

そんな俺の目を見ながら、ティアナは静かに告げた。

 

「他人ですが、妹側からの代弁です。」

「それ、あたしもそうだと思います。」

 

今回の負傷でもやっぱり心配はかけてるだろう俺が、ティアナに何か言えた立場な訳がない。

スバルにまで重ねられた俺は、苦笑しつつ礼を告げてその場を去るしかなかった。

 

 

余談だが、この後なのはの所にでも顔出してみようかと思った所でシャマル先生に旅の鏡で取り寄せされた挙句、ベッドに縛り付けられた。

これ、患者と言うより拷問対象のそれな気がするんだが…

 

 

 

 

 

Side~ティアナ=ランスター

 

 

 

クロスシフトA、Bとも、あたし達のどちらか一方がメイン、もう一方がサブとなる形で組んであった。

単騎でどうあがいてもあたし達の今の力でなのはさん達隊長陣に届く筈もなく、今までは何一つ出来なかった。

 

 

…足りない?作らなかっただけだ、覚えなかっただけだ。

敵がこっちの手札が揃うのをノンビリ待ってくれるはずも無い。

 

 

 

 

だから組み上げた。新しい陣形、クロスシフトCを。

 

 

 

 

一方の力で足りないのなら、二人で同時に全力で攻撃を仕掛ければいい。

だが、同時攻撃となると密着しているスバルを巻き込む射撃は使えない。だからこそ…

 

刃を展開したクロスミラージュを手に宙を舞う。

スバルの攻撃は、なのはさんに届かないまでも片手間にあしらえるほど軽い物でもない。

今あたしの刃に手を割けばスバルの一撃が、このままスバルに集中すればあたしの一撃が入る。

 

これで届く…今度こそ!!!

 

 

 

Side~高町なのは

 

 

 

「おかしいな…二人とも…どうしちゃったのかな?」

 

無手でティアナの刃を掴む。

何に驚いたのか、二人は呆然と動かなくなっていた。

 

「頑張ってるのは分かるけど…模擬戦は、喧嘩じゃないんだよ。」

 

ああ…本当によく分かる。

こんな短期間で新しいシフトを…しかも、私に伏せて組み上げたんだ。

日中ずっと訓練しているのに、それと別にこんなものまで使えるようにするのに、一体どれだけ無理を押してきたんだろう。

 

 

私を…倒す為に。

 

 

「練習の時だけ言う事聞いてるフリで、本番でこんな危険な無茶するんなら…練習の意味…無いじゃない。」

 

全く信じられていなかったのだろうか?

不安があるならあるで、せめてそれを伝えられる程にも。

 

「ちゃんとさ…練習通りやろうよ。」

 

不満…ではないと思う。

もしそうなら、森での約束の時あんな真摯な瞳で答えてはくれなかっただろう。

 

「ねぇ…私の言ってる事…私の訓練…そんなに間違ってる?」

 

問いかけに目を逸らして跳躍したティアナは、新たに修得した砲撃魔法の照準を私に向ける。近接魔力刃に加えて砲撃魔法も修得したらしい。

 

 

それで…理解した。

 

 

朝から晩まで、同じ型を何度も何度も…それこそ飽きて尚繰り返してきたお兄ちゃん達を見てきている私と違い、ただひたすらに同じ技を繰り返す事…錬度を上げることよりも、新技術を修得するほうに意識が向いているんだ。

 

「あたしは!もう誰も傷つけたくないから!亡くしたくないから!!だから…強くなりたいんです!!」

 

ティアナ自身は台詞の意味を理解していないだろうけど、決定的な台詞だった。

 

貴女の訓練では強くなれないから考えたのだ…と。

 

激昂を自覚する。

ただ、私の訓練を否定された事にではなく…

 

 

 

『もう誰も傷つけたくないから!亡くしたくないから!』

 

と、似たような事を思って死に物狂いになった結果を思い出して。

 

 

 

傷の痛み、使えなくなる魔法、無力になった自分の為にずっと傍にいてくれた皆に山ほどかけた迷惑…

次の悲劇を無くす為に、あり得ないほど早い歳での奥義修得に命を懸けた兄。

 

無理を押した結果がその自分の望んでいない結果に…スバルを亡くしかけ、お兄ちゃんを傷つけた自覚が無いのかと、本気で怒鳴りそうになる。が…

 

 

 

頭を冷やす。

 

 

 

思う様言いたい放題言うのは子供のする事だ。

まして私は上官で教官、命令長で強く言った事は本人の意思に関わらず大概聞かざるを得なくなる。

そんな無理強いしても、理解にも納得にも繋がらない。だから…

 

 

 

 

「少し…頭冷やそうか。」

 

 

 

無理をし続けているティアナと、認めて支える事だけがパートナーだとでも勘違いしているスバル。

この二人に現状必要と思われる『作業』を行う為、私情を押し殺した。

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 


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