第九話・敗北の後に
「イヤー派手に負けたな。さすがプロ。一筋縄じゃいかないな。」
「どうして…」
ユーノが少し悲しそうに尋ねて来る。…裏切ったように思われても仕方ないか。
「ユーノ、お前がわざわざ単独でこっちに来たのは何でだ?他の知り合いだって山ほどいただろうに。」
「それは…僕のミスなのに巻き込むのは…それに僕はなのはやあの子には負けるけどそれなりに魔法の使い手だし、僕が何とかしないと…って。」
「確実性を取るなら、人をかき集めた上で来るべきだったし、合理性を取るならこんなもん発動しようがこの世界で問題になるだけだ。本物の犯罪者が出張らないよう入念な準備に回るべきだった。違うか?」
俺の指摘にユーノは頷いた。まぁ事実何とかしようって何とかならず、事情を知らない人間を戦闘に巻き込んだって思ってるんだし当然か。
「けど、お前は自分で何とかするためにここに来た。それはどういう事か…」
「僕が失敗したのは今更だけど自覚してむっ!?」
落ち込んでしまったユーノの顔を摘む。サイズ差のお陰でやっぱり惨い。
別に責める気はまったく無いしな。落ち込んでもらっても困る。
「矜持って奴さ。お前はその辺考える前に思ったんだろ?この事態の責任を取らないとって。自分限定でしか効果を持たない迷惑極まりないもので、俺のそれがフェイトを逃がすって選択になった訳だ。俺だって分かっちゃいるぜ?危険な事位。」
「矜持…」
ユーノは深く考え込むような仕草を見せる。…うーん、そんな難しい話じゃないんだけどな。
「ユーノ、お前今回の件について何もやらなくていいよって凄腕の魔導師に言われたらどうする?ラッキーって帰って研究に勤しむか?」
「そんな訳ない!」
「そんな感じ。難しい事じゃない。ま、管理局だったか?に罪状問われたら俺に脅された事にしとけ。俺のが強いし違和感ないだろ。」
俺はそう言ってユーノを降ろした。
で、こっちはともかく…
「おーい、馬鹿妹。」
いつもなら、打てば返ってくる筈の返事も無いなのは。
「ごめん…負けてジュエルシード奪われちゃった…」
何か、申し訳なく思ってるらしい。結構真面目に落ち込んでる。
「アホかお前は。向こうは一流お前は三流なんだ、当然だって言っただろ?」
今回のは殆ど当然に近い結果だ。むしろ健闘した方だろう。だが、なのはは返事を返すことも無く先に戻っていってしまった。
あー本気で頑固で何気に負けず嫌いだからなあの馬鹿。
俺は頭を掻き乱しながらなのはに続いて部屋に戻った。
Side~高町なのは
速人お兄ちゃんが言っている事は判る。魔法を知ってまだ日も浅い私がまともな結果を望む事はむしろ贅沢に入るんだろう。誰だって知って一月も経たない物で、元からその道で頑張ってる人を超えるなんて無理がある。
だけど、私は自分でジュエルシード集めを頑張るって決めた。ユーノ君のお手伝い、この町の皆を巻き込まない為に。なのに負けた上にジュエルシードを持って行かれた。
だから、自分が弱い事に対する言い訳なんて認められない。
あの娘ともあまり話せなかったし、私はもっと頑張らないといけない。
そんな事を考え続けていたからだろうか…私は話しかけていたアリサちゃんに気づく事が出来なかった。
上の空で散々無視したのだろう。アリサちゃんは本気で怒っている。私がまともに返事をする間も無く、アリサちゃんは去って行ってしまった。
すずかちゃんに慰められたけど、今のは完全に私が悪い。
アリサちゃんを追って行くすずかちゃん。魔法にまったく関係のない二人まで私の悩み事に巻き込んで心配かけるなんて…本当に何やってるんだろう私は…
家の前に着くと、速人お兄ちゃんが家の前に立っていた。
「あ…お兄ちゃ」
パンッ
そんな乾いた音がして、頬を叩かれたと気づいたときには私は地面に座り込んでいた。
叩かれた。
その事そのものが、頬の痛みよりも痛かった。
「お前な…思い悩むのは自体は非常に結構だが、友達放置ってどうなんだ?」
お兄ちゃんは怒っていた。
アリサちゃんあたりから連絡が来たみたい。速人お兄ちゃんなら私の事を知ってると思ったんだろう。
「ごめんなさい…」
その事に関しては素直に謝るほか無い私は謝って…
お兄ちゃんに掴み上げられた。
「大方昨日から、自分は失敗したとか真剣にやらないととか…そんな事ばっか考えてたんだろうけどな…」
ビックリした。私はそんなにわかりやすいのかと思った。すぐに顔に出るような性格はしてないと思うんだけど…
「そうやってお前一人で悩んで考えて決めた事が、まともな答えになる筈ないだろ。」
「…でも、これは私の」
「それでも、未熟な馬鹿一人が至った結論なんてろくでもない物だって事位知ってるだろうが。」
襟元を捕まれたまま壁に押し付けられた。少し苦しかったけど言えなかった。
お兄ちゃんのほうが辛そうだったから。
お兄ちゃんは…家に来るまでは一人で、殺さなきゃ殺されるってずっと思ってて…
それが原因で、野良犬さんを斬り殺した事があった。
お兄ちゃんが来たばかりで、お兄ちゃんとも呼んでいなかった頃。
私が大きめの犬に追いかけられているのを見たお兄ちゃんは…
ポケットからカッターナイフを取り出して、何の迷いも無く犬さんの首に突き刺した。
大丈夫?って私に凄く優しい声で…血に濡れた身体で声をかけてきたお兄ちゃんが…
とっても怖かった。
次の日、お兄ちゃんに怖がらせてごめんと本当にビックリするほど真剣に謝られ…
そんな昔の事を思い出して、目の前のお兄ちゃんを見た。
怒っていると言うよりは、むしろ悲しそうなお兄ちゃん。
「結論自体は、誰から何聞いたって決めるのはお前なんだ。だったら友達と話したり、俺や兄さん達に何かあってもいいだろ!!」
「け、けど…」
魔法のことは誰にも話せない。それは分かってる筈なのに、お兄ちゃんは私を掴む力を強める。
「いい加減に気づけよ…そんな顔して『大丈夫』って言われて何も出来ない事が、一番皆苦しむんだって。」
何かに祈るかのようなお兄ちゃんの声に、私は何も返す事が出来なかった。
「魔法の事が話せないなら、事情があって話せない事で悩んでる事だけでも伝えたらいい。フェイトが立派な戦闘者だから自分が甘いと駄目だ何て思ってるのかもしれないけど、お前は練習とか真面目にやってるし、びくびく怯えて出てる訳でもない。心を硬く冷たくするのが甘えの無い強さだ何て、俺は絶対認めないからな!!!」
お兄ちゃんは、私と違って甘くない世界で過ごしてきて、そこであった悲しい事を否定する為にヒーローになろうとしてる。子供っぽくて、我侭な部分もあるかっこいいヒーローに。
それはきっと、努力とか、全力とか言う事とは関係なくて…
「…お兄ちゃん。私、強くなりたい。ジュエルシードこれ以上捕られるのも嫌だし、あの娘からなんの話も聞けないままじゃ嫌だ。」
まっすぐに言うと、それまで怒っていたお兄ちゃんは私を放してくれて、頭を撫でてくれた。
「そういう事を言ってくれるだけで十分だ。自分で決めるのはいいが、少しは手伝わせろ。」
お兄ちゃんはそう言って笑う。
思えば、お兄ちゃんは初めからやろうと思えば自力であの娘達を何とかできた気がする。それでも私に任せてくれた。きっと、私が彼女と話したいと言ったからその機会を作る為にわざわざ時間稼ぎに徹してくれたんだろう。
初めから…私一人の事じゃなかった。
悩むことも迷う事も無い。私は決めたんだ、話を聞きたいって。だったら、考え込むよりする事がある。
「でも、アリサとすずかにお前なりに言える事全部言ってからな。」
「ぅ…うん。」
気まずかったけど…友達だから。
きっと物凄く簡単な話で、私だってアリサちゃんやすずかちゃんが一人で落ち込んでいるのを見ているだけなんて出来ない。
だったら何も言わずにはいられない。魔法の事は話せなくても、私の気持ちはちゃんと話すべきだ。
話せない部分についてぼかして素直に思ってた事を話して修行をする事を伝えたら、アリサちゃんのお家から『子供用栄養ドリンク』一月分、すずかちゃんのお家から『救急セット』が届けられた。
手書きの手紙が添えられたそれは、なんだかとっても暖かかった。
SIDE OUT
とりあえず本日はこのくらいで。