とある世界の無限剣製《ブレイドワークス》   作:中田魔窟

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 天空から降り注ぐ日光と熱せられた砂によって灼熱の世界と化した砂浜は、その一角に集まる四人の周りだけ少し気温が下がっている様だ。

 少なくとも、上条当麻だけには確かにそう思えた。

 

「お、おい土御門!」

「カミやん。ちょっと離れとけよ」

 

 そう言うと雰囲気をガラリと変えた土御門は当麻の手を引っ張った。

 土御門の急変に気を取られていたことと、その力が存外に強かった為に当麻は土御門のいる方向に吸い込まれる様に引き寄せられ、

 

「うぐっ!?」

 

 その後無造作さに手を離され、バランスが取れぬまますっ転ぶ。

 『何しやがる!』と文句を言おうと思い振り向くと、衛宮が変に神妙な態度で神裂と土御門と対している事に気が付き、今はとても素人が口を挟める状態ではない事を悟った。

 それから数秒、口火を切ったのは衛宮だ。

 

「何者、か。その言葉の意図が分からないんだが…?」

「そのままの意味だ、衛宮士郎。今の世界では正常である事こそが異常だという事は、お前ならもう分かってるんじゃないか?」

「…」

「それによぉエミやん。しらばっくれるつもりがあるんならもう少し慌てろ。その態度じゃあ、自分は関係者だって言ってる様なもんだぜ?」

 

 …当麻は完全に置いてけぼりにされている。

 先程まで人が良さそうな雰囲気を纏っていた衛宮は雰囲気を変容させているし、土御門達も臨戦態勢だ。

 が、このままでは到底納得いかない。

 

「土御門!どういう事か説明くらいしろよ!」

 

 当麻が声を荒げると、土御門は衛宮から注意を逸らさずに話し出す。

 

「カミやん、オレがコイツに何を聞いたか覚えているか?」

「え?えーと、顔がどうとか髪がどうとかっていう奴か」

「そうだ。そして、髪についての質問に衛宮はこう答えたな。『金髪ってなんかワイルドな感じがする』と。ああ、カミやんも知っての通り、間違いなく土御門元春()金髪だ」

 

 未だ土御門が何を言いたいか分からない当麻だったが、土御門の次の言葉である事を思い出した。

 

「言った筈だぜカミやん。今のオレが、どこのどちらさんに見えてるのかってことをよ」

「あ」

 

 長ったらしい説明や衛宮の登場で記憶の底に沈んでいたものが急浮上してくる。

 ――今世界では『御使堕し(エンゼルフォール)』という大魔術に端を発した異常事態が起きている。

 『御使堕し(エンゼルフォール)』とは天界にいる天使を人の位に引き摺り落とす魔術だという。

 もっと詳しく『せふぃろとのき』がどうのとか上位せふぃらがうんぬんかんぬんとか言っていた気がするが当麻には理解出来ていないのでそこら辺に置いておく。

 簡潔に言えばどこかの誰かの体に天使が入ってしまったという事である。

 それだけなら土御門の外見がどうのという話にはならないが、この大魔術にはもう一つ、とある副作用を引き起こしている。

 それは、

 

「…【外見】と【中身】の入れ替わり」

「その通り。今のオレは〈【外見】土御門元春〉ではあるが、【中身】の方はオレとは全くの別人、金髪でも何でもない、今頃海外で映画の撮影やってるスーパーアイドル〈一一一《ひとついはじめ》〉になっちまってるってこと。つまり、」

 

 改めて土御門は警戒の色が濃い視線を前方へ向ける。当麻も釣られてそちらに顔を向けると、仏頂面の衛宮と目が合う。

 どうやらこちらの会話に耳を傾けていたようだ。

 

「…っ、」

 

 別に睨まれている訳でもないのにこの威圧感。まるで猛禽の如きその双眸を向けられるだけで次の瞬間には首を落とされてしまう様な錯覚を覚えてしまう。

 だが、土御門はその視線に晒されて尚、淡々と会話を続ける。

 

「結論、現状でオレを【外見】で土御門元春と判断出来るのは、オレと同じで半端な影響を受けちまった神裂か、幻想殺し(上条当麻)の様な例外か、『御使堕し(エンゼルフォール)』なんていうけったいな魔術を発動させた術者かその協力者ってことだ」

「…」

「改めて聞くぞ衛宮士郎。――オマエは何者だ」

 

 土御門の鋭い言葉に沈黙を続ける衛宮。しかしそれは数瞬のこと。次の瞬間からは表情も変えず、落ち着き払った態度で土御門に応える。

 

「…やれやれ、迂闊だったよ。よりにもよって『例外』ときたか。ご両親が一般人だったからと気を抜き過ぎたか。少し考えてみれば、世界中の人間が異常事態に陥っている中で、そこの魔術師(二人)はともかく一般人である筈の君がそのままである訳がない」

 

 そう言うと当麻の方へ視線を向ける。それだけでも当麻にとっては生ている心地がしなかったが、衛宮は更に続ける。

 

「それで、アンタ達は魔術師ってことでいいのか?上条刀夜からは息子は超能力者だと聞いていたんだが」

「い、いや魔術師は二人だけで俺は無能力者(レベル0)で、今回のは異能を無効化する右手が功を奏しただけというかなんというか」

「ほう。確かレベルというのは超能力の強さの度合いだったかな?しかし、異能を無効化、しかも右手一本で、か。いや、卑下することはないぞ。私から見れば十二分に超能力だよ、それは」

「それはどうも恐悦至極にございますというか戦々恐々と言いますか、そろそろお暇させていただきくださいやがってくださいましというか」

「順番を履き違えるなよ衛宮。今質問しているのはこっちだ」

 

 狼狽しまくっている当麻を見兼ねたのか見捨てたのか、土御門が二人の間に介入する。

 

「現状で三対一。それにこっちには聖人がついている。あまり挑発的な態度は取らない方が身のためだぜい?」

「えっ、俺も?」

 

 神裂は当然としても何故自分も勘定に入っているのかと問う当麻に無言の土御門。

 一つ位文句をつけてやりたい所だが、生憎今の土御門は仕事(ビジネス)モードの土御門である。

 当麻の知る土御門は例えるなら寮の隣人モード。にゃーにゃー言いながら女にモテたいと髪を金に染めてジャラジャラさせている義妹好きなシスコン軍曹。

 しかし、仕事モードに入った土御門は容赦がない、普段の土御門からは予想出来ない冷血漢の様に思える。当麻は今日初めて目撃する新たな顔に動揺し普段の態度では接することが出来ないでいた。

 当麻が立ち竦んでいる間に話は展開して行く。

 

「“聖人”…」

「なんだ?」

「いや何でもない。…先ほどの質問だが、何者と言われてもな。恐らくは君達と同じだろう。今この世界に起こっている事態に気付き、どうにか解決しようと奔走している内の一人だよ。偶然魔力の気配を感じ取って協力者を得られるかもしれないと思い、君達に接触を試みたのだが…ご覧の有様だよ」

「なら何故何も知らない様な振りをして近づいてきた?」

「無論そこの少年が一般人である事を考慮してだ。下手に一般人が関わって無事で済む事態ではないだろう?」

「そうか。…お前の言い分が正しいなら協力者として歓迎してやらんこともないが、本当にそれだけが理由なのか?」

「どういう意味だ?」

 

 衛宮の疑問にも土御門は答える。

 

「お前は昨日上条夫婦と知り合い、成り行きで共にこの海岸へ来たらしいな?つまり、その二人には出会ったら頃から一貫してお前を衛宮士郎だと認識出来ていたわけだ」

「…そうだろうな」

「今のオレやこの神裂はどうにか『御使堕し(エンゼルフォール)』を防いだ。だが、完璧じゃない。神裂はイギリスのウィンザー城の地下に張り巡らされた幾重もの結界で、オレは自前の結界を用意してだぞ?」

「…」

 

 そう、異変が起こったのは今日だ。昨日衛宮と出会っていて、今日も衛宮だと父さんや母さんが認識しているなんてことは普段なら当然だが、今の状況を考えればおかしなことだ。何故なら。

 

「コレでもオレは風水を扱う陰陽博士として最高位。結界作りにはそれなりのもんがある。それでも【中身】は持っていかれ、オレは一一一を、神裂はステイル=マグヌスっていう不良神父を演じることを余儀無くされている。それに引き換え、お前はどうだ?」

 

 問いかけられた衛宮以外の視線が彼に向けられる。

 土御門の言うことに間違いはない。現在の彼は完全に一一一であり、事実、最近の色恋沙汰(スキャンダル)に狂うファンから刃物をその甘いマスクに突き立てたいと思われるくらいにそのものなのである。

 しかし、衛宮はどうだろう?入れ替わっている人間の【中身】を見抜き、入れ替わっていない人間の【外見】を捉え、例外(上条当麻)魔術師(土御門、神裂)一般人(刀夜、詩菜)から【中身】と【外見】が同一(衛宮士郎)だと認識されている。疑うなという方が難しい。

 ―――当麻は自らの右手を握りしめる。

 その右手、正確に言うと右手首から先には科学でも魔術でも解明がなされていない未知の力が宿っている。

 その名は『幻想殺し(イマジンブレイカー)』。魔術、超能力を問わず異能であれば打ち消してしまうという右手だけとはいえ、出鱈目な能力を持っている。

 それこそが土御門から『例外』と称される所以であり、『御使堕し(エンゼルフォール)』の影響下から逃れることが出来た理由である。

 そんな能力なしにはプロの魔術師達ですら防ぎきれない筈のものを防いだとするのならば、こんな事態を引き起こした張本人である可能性は高い。もしそうでなくとも途轍もない、凄腕の異能者である筈だ。

 後者であるのならば、協力出来るかもしれないが信用に足る証拠はなく疑惑しか向けられないこのままの状態では無闇に仲間に引き入れるのは危険かもしれない。

 

「“エンゼルフォール”、か。私よりも現状を把握出来ている様だが、しかしその様子では交流も何もあったものではないな」

「ああ。少なくとも、こちらを納得させられるだけの証拠を示さない限りな。お前がこの魔術の発生に無関係だという証拠を」

「ふむ…」

 

 衛宮はこちらから目線を外し何事か考える素振りを見せる。

 警戒の色を表す魔術師から目線を外して自身の思考に専念出来るのは、あくまで敵対する意志が存在しないことを暗に示しているのか。それとも取るに足らないとあなどっているのか。

 その状態で数秒。

 

「はあ……」

 

 観念した、とでも言いたげなため息をついてからこちらに目線を戻す。その顔には先程の様な険しさはなく何故だか困っている様な表情を浮かべている。

 

「証拠はない。ない以上明確な証明をせずにこの場で何と釈明しよう君達は納得はしないだろう。ただ」

「ただ?」

「動機の方を明かそう。先程言ったのは嘘というわけではないが、上っ面に過ぎない。この異変を解決したいというのは別に善意からではない。実際、俺には影響がないから関係ないしな」

 

(…世界レベルの大事件を俺には関係ないって)

 

 この事態に気づいていないならまだしも、気づいた上でこう言ってのけるのなら人類の明日に興味がないか、相当な悪人さんなんじゃないか、と当麻は思う。

 

(考えなくったって分かるだろうに!同居人の少女が190センチの巨漢となって野太い猫なで声で走り寄ってくるこんな悪夢、終わらせたいと思わない筈がない…!)

 

 ついさっきあまりの気色悪さに首から下まで埋め立ててやった変わり果てた姿の少女を思い出し、改めてその身を震わせた。この震えは恐怖であると共に、力を持ちながらこの事態に対処しようとしない衛宮への義憤でもあった。

 

「何一人で息巻いてんだカミやん。…それで?その動機というのは?」

「どうして、()()()()()()()()()()()知りたくてな」

「……ドユコト?」

 

 怒りに震える当麻であったが、質問しているのが土御門である事も忘れてそんな言葉が口をついて出た。周りをちろっと見渡せば、土御門も、神裂も怪訝な表情で衛宮を見ていた。

 

「……えっと、記憶喪失か何か?自分探しの旅の途中?」

「記憶はあるが、少々混乱が見られる。鮮明に思い出すにはもうしばらくの時間がいる。それに自分を探さねばならんほど自分を見失った事はない」

「……?…………?」

 

 あっやばい。頭痛い。カミヤンヨクワカンナイ、と理解を放棄しポカンとした表情で首を傾げる当麻を尻目に今まで沈黙を守り牽制していた神裂が一歩前へ踏み出す。

 

「記憶の事はともかく『何故こんな所にいるのか』とはどういう事ですか?貴方は自分の意思で上条御夫妻に同行して此処に来たのでしょう?」

 

 剣呑な雰囲気で衛宮を威圧していた神裂も自身の抱く疑問を解く方を優先した様で右手を刀の柄から手を離し、鋭い視線だけを衛宮へ投げかける。

 

「無論君の言う通りだ。間違いなく、この砂浜へ来たのは俺の意思に相違ない。だが、俺の言う『こんな所』というのは世界、次元の話だ」

「なんだと?」

 

 先程の問答だけで付いて行けていなかった脳が問題すら抹消しようとするレベルに達しつつある。世界?次元?そんなこと言われたとて理解など…。

 

(……ん?)

 

 ふっと、ある考えが脳裏を過ぎった。

 

「衛宮、もしかしてお前…」

「どうした?」

 

 当麻は思い出した。土御門と神裂が衛宮の来る前に自分に話していた内容を。神や天使がいる天国なんてのは単純に高い雲の上にあるわけではなく、悪魔や魔王いる地獄なんてのも地中深くマントルの下にあるわけでもない。

 天国とか地獄が存在する人間が住むこの世界との高低差って言うのは次元のことなのだ。だから位置としては隣り合っていたとしても次元が違えば知覚することは出来ない。

 それをこの世界に引きずり落とす魔術こそが『御使堕し(エンゼルフォール)』。そこから導き出される結論は…。

 

「お前が、天使だったのか…!?」

「「「……」」」

「……あれ?結構的を射た答えだった様な気がするんだけれども…」

「カミやん…。此処はオレが話付けっから黙っててくれないかにゃー?正直邪魔だぜい」

「ひでぇ…。だってこの状況で世界とか次元とかいう話が出てきたらそう思うだろ!?素人なりに考えた結果なんだしそんなに言わなくてもいいだろ!!」

 

 仕事モードが抜けてしまう程に呆れた様な土御門にもう二言くらい文句を言ってやろうかと口を開きかけた時、視界の端で笑顔を消していた衛宮が少し笑っている事に気が付いた。

 

「あの、衛宮さん?なんで笑っておられるのですか?」

「いや何。化け物だの怪物だの悪魔だのと言われたことはあっても天使などとは言われたことはなくてね。つい笑ってしまった。すまん」

「いや良いんですけどね?」

 

(ついつい丁寧口調になってしまうのは怖いのと衛宮の立ち位置が未だによく分かんないからです、はい。というか人から怪物とか悪魔とかって呼ばれてる時点で絶対悪いことしてるよこの人)

 

「それはそれとして、衛宮。話は終わっていないんだが?」

 

 仕事モードに戻った土御門が衛宮へ向き直る。衛宮は少し柔らかくなった表情のまま答える。

 

「私の話だったな。俺はつい先日、自分を自覚したんだ」

「…どういう事だ?」

「言葉通りだ。俺は昨日突然俺を実感した。それ以前まではこの世の何処にも存在していなかったのにも関わらずな」

「…じゃあ何か?やはりカミやんの言う通り自分は天使だとでも言うのか?」

「そんな訳があるまい。私はそれほど高尚な存在じゃない。反対に天使と出会えばそのまま滅されることはあるかもしれんがな」

「…衛宮士郎。お前は一体、何者なんだ?」

 

 三度の問いに衛宮はようやく答えを寄越す。

 その顔にはこれまでにはなかった笑みを浮かべていた。ここにいる誰もが予想しえない答えを前にどんな反応をするのか楽しみにしているようなそんな意地悪な微笑を。

 

「至極端的に言わせてもらえば…俺はね、幽霊なんだ」

 




 どうもお久しぶりです。nakataMk-Ⅱです。
 元々持っていた旧題の方のバックアップもどっかいってしまったとか、次々にFateの新作が発表されて設定的に矛盾したらどうしようとか、それでも投稿したいと思いつつ書き進めていてもどうしても納得出来ない部分が出てきて結局進まないとか、やめようとしても続けたい思いは消えないとか、結局丸二年くらい経過しておりました。
 待っていて下さっていた方はすみませんでした。もう見向きもされないかもしれませんが、これからは色々割り切ってゆっくり投稿を再開していきたいと思います。
 とはいえ、以前と変わらず投稿後も大枠は残しつつも頻繁な加筆修正を行い。自分の思うより良い作品作りをしていきたいと考えておりますのでどうかご容赦下さい。
 次の投稿の予定も立ってはおりませませんが、旧題の作品の方とは少しばかりストーリー進行に変更があると思われます。少し展開が速くなるかも。じっくり丁寧にやりたい気持ちはあるのですが、拘り過ぎるとまたこの2年の繰り返しになってしまいそうなので。
 本などの活字や、禁書原作等からもしばらく離れていたので違和感が生まれている所もあると思います。誤字脱字や一人称、三人称視点の間違い等と共に指摘して下さるとありがたいです。
 こんな不甲斐ない作者、作品ですが偶に見かけたら、まだやってたんだーくらいの生暖かい目で見ていて頂けると幸いです。
 それではまた次回。

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