とある世界の無限剣製《ブレイドワークス》   作:中田魔窟

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 太陽の照りつける午後の海岸。

 

 本来ならば、この時間には終わり間近に迫った夏休みを楽しもうとする老若男女が集うパラダイスと化している筈だが、現在海辺には合計七人しかいないという寂しい様相を呈している。

 しかし、そこにいる人々は色んな意味で異質だった。

 

 ――海ではしゃいでいる少女二人の少女と片方の少女を追いかけ回す中年男性(ロリコン)

 ――首まで埋まりながら泣いている妙に女っぽい青い髪の少年。

 ――少し居心地悪そうに佇んでいるアロハサングラス金髪男と日本刀ぶら下げた奇抜なお姉さん。

 

 人が少ないというのに色んな意味で賑やかな人達が集まっている海岸に、一人だけ砂浜にウッタエテヤルという言葉を繰り返し書き続けている、サンサンと降り注ぐ陽光に負けじと陰気を放っている少年が1人。

 彼の名は上条当麻という。

 幸運の神様に見放されたというよりも不幸の神様に愛されていると言った方が良い様な目に出会い続けているかわいそうな少年である。

 そして、今日も…。

 

(クッソォォォッ!!どうしてこんな目に合わないといけないんだっ!?)

 

 少年は思う。

 

(こんな歳になってまで家族との海水浴を強制させられたり、他の奴が皆別人になってたり、男の女性水着姿を見せられたり、また魔術の事件に巻き込まれたり、日本刀のお姉さんに海パン脱がされそうになったり!!!俺何かしたのかよ!!ああー、不幸だあぁーーー!!!!)

 

 彼の口癖と呼べる程になったそのセリフをひびの入ったハートの中で、そんなハートいっそ砕いてやるぜとばかりの声を張り上げる。

つい先日、大きな事件に巻き込まれ、死にかける体験をしたばかりの彼に、再び大きな事件が彼の身近に舞い降りてきたのだ。

 ここで嘆かなければいつ嘆くのか。

 そんな折、幸か不幸か彼にまた新たな出会いが訪れるのだった…。

 

 

「…ちょっと、いいか?」

 

 公の浜辺で美人なお姉さんに下半身を覆っている海パンを無理矢理下ろされるという意味不明なイベントをどうにか回避したが、もうなんか色々嫌になり落ち込んでしまって立ち直れ切れていない中、今まで聞いてきた事のないどこかこちらを気遣う様な声色に上条当麻は顔を上げる。

 

「アンタが上条当麻か?」

「そう…だけど」

 

 目を上げた先にいたのは年中アロハシャツを着て、にゃーにゃー言っている寮の隣人の土御門(つちみかど)元春(もとはる)、日本刀をぶら下げたとっても怖いお姉さん、神裂(かんざき)火織(かおり)にも負けずとも劣らない奇抜な格好をした少年?だった。

 肩からかけているリュックこそ普通だが、肌は浅黒く、髪は真っ白、ズボンは黒でシャツは白というオセロの様な外見をしている。その上こんな夏真っ只中の日に赤いマフラーをしていらっしゃる。

 整ってはいるが少年期から抜け切れていない幼い顔立ち。しかし、そんな顔をしているのに露出した腕は無駄の無い筋肉に包まれて頑強、それは腕だけには留まらず、着衣の上からでもその体全体が引き締まっていることがはっきり分かる鍛え抜かれた肉体。

 どれもこれも統一感のない存在全体にコントラストを織り交ぜた奴だった。

 …大体変な奴は知り合いだという事を今日も良く復習していた当麻だったが、どうやらあちらの言い方だと初対面らしい。

 

(俺にも取り零しがあったとは、不覚!……嘘です。すんごい大嘘。変な奴しか知り合いがいないなんてそんなの上条さんは期待していないので変な奴一人でもそういうのではないというのは大変ありがたい)

 

 と、そこまで考えて、ふと現在の状況を思い出す。

 

(と、よく考えたらこいつも()()()()()()()んだよな)

 

 当麻は今の今までこんな場所で蹲る羽目になった大元のとある魔術を思い出す。

 それに鑑みれば目の前のこの男も見た目がどのようであれ、中身は善良なる一日本人である可能性は大いにある。勿論そうでない可能性もあるわけだが、何はともあれ害意も敵意も存在しない相手を邪険にする理由はなく、マリアナ海溝に投げ込んだ鉄塊の如く沈み込んだ気持ちをサルベージしながら、今は初対面であるソイツと会話を続ける事にした。

 

「ええと、アンタは…?」

「俺は衛宮士郎。刀夜さんと詩菜さんから聞いてないか?他にも来る奴がいるってさ」

「うん?」

 

 …そういえば、とまだ海の家にいた時父親が何か言ってた様な…と、思い出した。

 

『当麻。実はな、私達家族以外にもう一人来る事になってるんだ』

『もう一人?知り合いなのか?』

『いや、昨日会ったばかりの子だ』

『…はい?』

『色々あって仲良くなったんだよ。士郎君って言うんだ。当麻と同じくらいの歳なんだけど、今まで家庭の事情があって学校にも行けなかったみたいでな。友達も少ないっていう事だったから、当麻と友達慣れたら楽しくなるんじゃないかと思ったんだ』

『ふーん…』

 

 こんな感じの話だった気がする。

 正直、顔も見合わせた事のない同世代の奴と遊べるのか?連れてくるなら野郎でなく、優しいねーちゃん連れて来いよ、と思っていたので半分流しながら聞いていた。

 実際の所、ソイツと知り合いだったとしても()の当麻の目にはどうあっても赤の他人としか映らなかっただろうが。

 当麻は刀夜との会話を思い出した所で、会話を続行する。

 

「ああ、聞いてるよ。衛宮、だっけか?でも、よく昨日会ったばっかのオッサンに付いて来ようとか思ったな」

「ははは…。どうにか追ってくる人達から逃げる手段が欲しかった所だったしね。とても感謝してるよ、君のご両親には」

「…(逃げてるって…。どんな生活を送ってるんだろう、この人?複雑なご家庭なのだろうか?)、…まぁ、これからしばらくは一緒にいる事になるだろうからよろしく頼むな、衛宮」

「ああ、こっちこそ。当麻」

 

 と、名前を親しげに呼びながら衛宮の方から左手を差し出してきた。

 何かと思った当麻だが、一瞬の後握手を求めているんだなと思い当たった。

 結構当たり前のことではある筈なのだが、彼が会う人会う人別のナニかを突き出してくるのですっかりそんな常識(コト)も忘れていたのだ。

 

「左利きなのか?」

「…両利きなんだ。左も使える様にするのはかなり骨が折れたけど。と、…すまない。作法的には間違いだったかな」

「いや、別に俺は気にしないけど」

「…そうか。そう言って貰えると助かる」

 

 その時右手を見て一瞬、険しい顔になった様に見えたが、ふと気がつくとそんな顔はしていなかったので特に迷う事なく握手を交わす。

 そして、思った。

 

「うん?」

「どうかしたのか、当麻?」

「いや…」

 

(よくよく考えてみると俺が最近出会った奴らの中で、久しぶりに平和的にファーストコンタクトを取れたんじゃないか?)

 

 当麻は脳裏に八月以降の人々との邂逅を描き、そんな事を思う。

 

 ――実は、上条当麻は記憶喪失である。

 

 理由は夏休みに入った直後のある事件だ。当麻はその事件で十数年培ってきた思い出を永久に失った。

 なので、彼にとって両親も友達も先生も見知らぬ赤の他人同然なのだ。

 いつの間にか知り合っていた小さなシスターさんと両親とは病室の中で、小さな先生とは知らぬ間にサボっていた補修で()()()会った。しかも純白シスターには体中噛まれた。相変わらずの不幸である。

 もっと物騒な例になると、赤い喫煙神父には炎をぶつけられ、ビリビリ少女には電撃を浴びせられ、今回の土御門元春と神裂火織との出会いも怪力で揺すられたり、海パン脱がされかけたり最悪だ。無論敵として相手取って戦ってきた奴らとは言わずもがなである。

 とある事情で学園都市から追放中と言う事以外、浜辺で挨拶と握手を交わすこの状況は平和的そのものではないだろうか?

 こんな超絶不幸に人生を呪われた上条当麻であるが、こんな些細な出来事でもいい、たまには嬉しい事があるととても嬉しくなるのである。

 

「ど、どうした?泣きそうでしかし笑いそうでもある顔をしてるぞ」

「いやそんな事はないですよ?寧ろ久しぶりに手放しで喜べる事があっただけですっ!!」

「そ、そうなのか」

 

 話している限りでは人は良さそうだし、なんだかこんな嬉しい事が身近にあるんだなあ~、という事を少年は知った気がした。

 

 ――だが、しかし、ところがどっこい。

 

 神様は簡単にそんな幸運をくれる様な慈悲深い性格ではなかった様である。

 

「変わったお友達だにゃー、カミやん?」

 

 これまで傍観に徹していた当麻の隣人、土御門元春は何気無い仕草で当麻の隣に立つ。

 その様子は予想外の人の登場にも動じている様には見えない。

 衛宮も上条一族しかいないと聞いていたのか少し驚いているらしかったが、冷静に土御門にも対応する。

 

「初めましてだにゃー、エミやん。オレはこのカミやんこと上条当麻と同じく学園都市で学生やってる土御門元春っていうんですたい。よろしくにゃー」

「エ、エミやん?どこかで…まあいいか。ああ、よろしく頼む、元春」

 

 そこで、何故かサングラスがキラーンと輝いた気がした。 

 

「所で、エミやん。オレを見てどう思うかにゃー?」

「…元春を見て?」

「…土御門?」

 

 当麻も衛宮も神裂も、土御門の意図が読めず、『?』を浮かべる。

 訳が分からない様子で衛宮は会話を続ける。

 

「どうって、どういう事だ?」

「ほら、オレって学園都市にいるからにゃー。美的センスは外の人にはどう映るのかニャーと思ったですたい」

 

 嘘つけ、と当麻は思う。年中サングラスをかけて、アロハシャツを着て、首に金を沢山ぶら下げている奴なんて学園都市の中にもこの同級生を除いて他にいないだろうことは考えるまでもなく理解出来る。

 ならばこの質問には表面に現れていない別の意図があるはずである。それが分からない以上、当麻は下手な手出しは控えこの飄々とした隣人に任せるしかない。見た目はあれだが当麻が今まで相手取ってきた魔術師(強敵)魔術師(どうるい)だという。滅多な事で遅れはとるまい。

 様々な考えを巡らす当麻を尻目に土御門は笑みを絶やすことなく、会話を進める。

 

「…カッコいい、と思うぞ。今時…かは良く分からないけどな。良い体付きもしてるし、顔立ちも整ってるさ」

「そうかにゃー?そう言われると嬉しいぜよ。髪型はどう思うかにゃー?」

 

 その質問が出た瞬間、少し離れた場所にいる神裂がはっ、としていた。だが、当麻にはまだ分からない。

 

(なんなんだ?)

 

 衛宮も不思議そうにしながらも、答える。

 

「?……ヘアーデザイナーじゃないし良く分からないけど、良いんじゃないか?金髪ってなんかワイルドな感じがするし」

 

 瞬間。

 土御門は妙に落ち着き払った態度になった。当麻にもなんだか空気が張りつめた様な感覚を覚えた。

 

「…一つ尋ねたい事が増えた」

 

 急に喋り方が変わった。今そこにいるのは上条当麻の隣人である土御門元春ではなく、イギリス清教所属の一魔術師としての土御門元春であった。

 神裂もいつの間に移動していたのか土御門の傍らで腰の日本刀に手を置いていた。

 衛宮は何が起こったのか、状況を把握出来ずにオロオロと…はしていなかった。

 

「…」

 

 不自然なほどに落ち着いている。

 初対面の相手にいきなり警戒される事に驚くことなく怒るでもなく、ただ冷静にこちらを観察している。その目には先程まで宿っていた温かさはなく、ただ感情すら読み取れぬ冷たさを感じるだけ。

 そんな衛宮に、土御門は問う。

 

「衛宮士郎。アンタ、何者だ?」

 


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