「どうだい、はかどっているか、い……えっ?」
「あらあらあらあらあら??」
帰ってきた上条夫婦がリビングに入ってくると、驚きと戸惑いを含んだ声を漏らしながら数分ぐらい辺りをゆっくりとした動きで見回しながら呆然としていた。
理由は当然、つい十数分前には壊れた家具を部屋の隅に寄せて置いただけの状況だったのにも関わらず、今ではその様相を失くし、ほぼ元の状態に戻っているのだ。
魔術を知らぬ者が見ても、魔術を行ったとしか言えない所業だ。
「し、士郎君!?」
刀夜さんはいつの間にか赤い布を首に巻いていることにも気付かず、少し興奮した様子で質問してくる。
「こ、コレはどうしたんだ、士郎君!?部屋が元通りになってるじゃないか!?」
「ええと、ですね。コレは、」
流石に良い言い訳が思い浮かばない。
勢いで全てやってしまったが普通の人ならどうやったってあそこまでボロボロになった部屋をこの短時間で直す事が出来る筈がない。つまり理由の付けようもない。
困っているとまたも詩菜さんが助け舟?を出してくれた。
「あらあらあら?もしかして士郎さんは便利な道具をポンポン取り出せる自称超万能猫型ロボットの狸さんの改良型なのかしら?」
「…いえ、違、っていうか自称じゃなくて本当に猫」
「母さん…それは、ないよ。多分…どうしようか迷っていた士郎君の側を超一流大工さん達が通りかかって、断る士郎君を説得し、あらゆる力を行使して尽力してくれたんだよ。…多分」
「それもちょっと…」
「あらあら?じゃあその大工さん達が超高性能アンドロイドだったのかしら?」
「か、母さん…そろそろそんな遠未来的な話から離れよう…」
なんて、夫婦漫才を始めたので途中から無理矢理介入し、刀夜さんの発言を劣化させて伝えた。
「偶然、物凄い修復スキルを備えたスーパー大工さん的な誰か来て下さったのでどうにかなったんですよ」
と。
無理矢理?いやいや、これが最善の選択に決まってるじゃないか。
…本格的に毒されてきた気もしないでもないが、しかし、流石に魔術を使って直したとは言えない。
―――魔術とは神秘の業であり、人に知れれば知れるほど神秘性と共にその力を失っていく。外れ者である俺の魔術でさえその法則の例外ではない。
理由は魔術の源となる力の全体の総量が決まっている事にある。
魔術とは、一般人が知るだけで力の流れの一部を引いてしまい、魔術師が使える力が減ってしまう。だからこそ、『
もし魔術を知ってしまった一般人がいた場合に関しては、大方は記憶の消去等で処理されるのだが、場合が場合なら魔術師と同様に殺される事もある。そんな事はさせる訳にはいかない。
そういう理由もあって、俺は魔術とは無縁の闘争に参加する際には主に銃火器を使用していた。但し、それが魔術だと看破されなければ神秘の漏洩は防げる。試行錯誤の上、銃火器の扱いだけではなく誰にも気付かれず魔術を扱う技術も身に付けられた。おかげで協会の魔術師に狙われる事もなかった。
と、それは良いとして、俺はここで刀夜さんの何気なく放たれた言葉の中から気になる単語を発見した。
「まさか『
「超能力、者…?」
「ん?士郎君?」
一瞬耳を疑ったが、幾ら脳内で反芻しても同様の結果した得られず。
自分でも動揺しているのが分かるが表面上は冷静にどうにか疑問を口にする。
「…あの学園都市、とか超能力者とか、何なんですか?」
彼の言葉の中で気になった単語は、『学園都市』と『超能力者』だ。
ここが日本だと言う事は風景、建物を見ても容易に想像出来る。
ただ、俺だってその
そんな俺でも学園都市が現代(俺の生きていた頃からの視点だが)にも、幾つか存在していた事は知っている。まだここまでは納得も出来よう。
しかし、その後の『超能力者』という発言が引っ掛かる。
確かに俺も『超能力者』を知っているし、戦った事もある。
知識の中の超能力者とは、生まれた時に偶発的に常人とは違う回路を持って生まれてくるモノ達の事だ。
魔術師は
超能力者はその体自体が魔術回路と同等かそれ以上の回路だ。魔術師が世界に刻まれた魔術基盤から魔術を出力するのとは違い、究極の知識であり魔術師の目指す最終到達地点である「」から力を引き出す為、魔術で為すには容易ではない現象を代償なしに為し得てしまう異能者達の事だ。
ただし、コレは完全に
到底一般的な学園都市と関わってくる様な者達ではない筈。
それに超能力者は、魔術と同じく隠されていなければならない存在だ。それをこの人達が知っている筈がない…筈がないのに。
「えっ?知らないのかい?」
そんなものは常識だ、と言わんばかりの驚き様を刀夜さんの表情の中に見る。
何故だ。まさか、いやでもコレしかありえない。
(超能力の存在が常識、なのか?)
だけど、そんな事が?本当に?どうして?
「し、士郎君?どうしたんだ?凄く怖い顔になってるけど。大丈夫か?」
「は、はい。大丈夫です…」
ありえるのか、こんな事が?
しかし、彼らの話し振りからすると神秘の存在が明るみに出ているというのに学園都市の中には『超能力者』がいるのだろう。つまり、
神秘から神秘性が失われれば普遍に成り果てる。全ての人が知りうる
この、神秘を隠匿する者達の誰もが知る法則が今この場、いやこの世界において通用していない。
明らかに魔術を知り得ない筈のこの夫婦が『超能力』という言葉をさも当然の様に口に出来る、この世界はなんだ。
まるで全く別の時間軸、『
異なる神秘、異なる常識、異なる法則、ーー異なる、世界。
そこまで考えた所で、刀夜さんと詩菜さんが心配そうに見つめている事に気付いた。
「あ、いえ、だ、大丈夫です。済みません。あの、その…若干世間に疎いもので…ははは」
「…いや、こちらこそ済まないね。自分達が常識だと思っていてもそれが本当の常識とは限らないもんな。それに、士郎君は家庭の事情もあるし、馬鹿にしたみたいで本当に済まない」
「そ、そんな事で謝らないで下さい!」
見当違いの所で同情されてしまった。
(無限にある時間軸の中に根本から違っている世界があってもおかしくは…ないさ。ないない)
いつまで衝撃に身を固めたままでいるのはよそう。自分で思っていたじゃないか。今必要なのは情報だと。
幸運にも超能力を知る人が目の前にいるんだ。聞いてから悩んだって遅くはない。
「それで、あの、無知で恥ずかしいのですが、出来れば詳しく教えて貰えると嬉しいです。駄目ですか?」
「大丈夫、それくらいならお安いご用だよ」
「じゃあ、」
「そのお話は座りながらにしましょう。アイスも買ってきてありますし」
「はい、分かりました」
■
夜風が頬を撫ぜる。
あれ程苛烈であった夏の太陽はなりを潜め、月が支配する時間が訪れていた。とはいえ日本の夏には違いなく、湿気を含んだこの空気は一体何人の安眠を妨害しているのか。
そんな中、俺は上条家の屋根に腰を下ろし月光に浮かぶ住宅群を見下ろしていた。
「こうして見ている分にはとてもじゃないが『異世界』に来たとは思えないな」
此処いるのは万が一の事態に対処する為の見張りである。…というは半ば建前で。
実際は色々話をした後は、お風呂を借りたり、美味しい夕食をご馳走になったり、当初は倒れていた事もあり早い内に無理矢理ダブルベッドに押し込められ、結局眠る気にはならず現在の状況に至る。
「…」
寝ようと思えば寝れない事もないのだが、既に死して睡眠欲から解放された身の上、魔力も充足し温存する必要がない今の俺にとっては本来、睡眠など一〇〇〇〇〇分の一秒すら必要ない。
とはいえ今は人格が安定していない。睡眠中に精神を整理し安定させるという意味では必要ではある。
しかしながら今日という日は色々な事が起こり過ぎた。眠ろうとしても勝手に思考が回り始めてしまい、結局横になっているだけという状態だった。という訳でベッドを抜け出して屋根に登り、夜の景色を俯瞰しているのである。要するに、かなり時間を持て余していた。
「それにしても本当に『異世界』なんて所に来るとはなー。いやはや、長生きしてみるもんだ。…とっくのとうに死んでるか」
笑いも出来ないシャレを口にしながら先程の刀夜さんの話を思い出す。
――『学園都市』。
東京都の西部に位置し、他県の神奈川県、埼玉県、山梨県に跨っていて、東京都の総面積の三分の一という広大な面積を持っているという。流石『都市』の名は伊達ではない。
そして、外周部は分厚く高い壁で覆われて、外界とは隔絶されており、容易には内部と接触出来ないらしい。
総人口約二三〇万人で、その八割が小中高大の学生がという事には驚きを隠せない。しかも一部を除いた全ての学生が
そして、内部の科学技術は外とは一〇〜二〇年近くの開きがあり、中では清掃ロボットが走り回っているらしい。
…正直ロボットと聞くと胸がじんわりと熱くなる。俺も感性が子供の頃に戻った様だ。いずれ、(無断で)入ってみよう。但し、進んだ科学技術の為だけではない。やはり一番の関心は『超能力』にある。
科学の最先端をいく学園都市で、
ありえない、俺の世界では絶対に。こんなこと、『異世界』でしか説明出来ない。俺の理解の範囲を超えている。
『まあ、僕にも詳しく分からないんだけど…』
と、学園都市のざっくりとした説明の後で刀夜さんは続けた。
『超能力っていうのにはレベルがあるらしくってね。確か、
そう言うと刀夜さんは苦笑していた。
俺も少し見せて貰えると少し楽しみにしていたのだが、残念。まぁ、詳しい話を聞ける事を楽しみしておく事にする。
「現在・過去・未来。様々な時間軸を超えてきたが、『異世界』とこられると今まで積み上げてきた
嘆息しながら、自分の状況を再確認する。
未だ『世界』からの交信はなく、その存在を感知出来るのみで音沙汰なし。本来なら疑問符で思考を埋められる所だが、“『異世界』である”という前提を踏まえれば少し納得出来る部分も出てくる。
―――恐らくだが、この世界には意思がない。そんな世界にいたことがない為に推論でしか言えないが、明らかに魔術で強引に呼び出されたにも関わらず召還されないことを考慮するとその可能性は高い。
ただ、俺の代わりなど幾らでもいるだろうが俺が『霊長の守護者』、『
…そう、繋がりが細くなっている。
「だって言うのに」
流石に日常で着るには奇抜すぎる為、首にマフラーの様にして巻いた聖骸布に触れる。
魔力殺しとして機能するこれがなければあっという間に周囲を魔力(仮)で埋め尽くすだろう。(“魔力(仮)”とは本当に自分の知る魔力と同一して良いのか困った挙句付けとく事にした魔力の通称である)
何故こんなことが発生するのか。よくよく調べてみたところ『世界』との
現界する為に消費する魔力が従来のものであるのなら、この世界から汲み上げている魔力(仮)はよりこの世界に定着させる為の楔としての意味があるのかもしれない。
どういった術式を召喚陣にぶち込んだのかは定かではないが、どうやら召喚した者は自分では英霊を維持出来ない事を承知の上でどうにか現界させようとしてこの様なシステムにしたのだろう。
確かにこの術式を組み上げた術師には同じ魔術を扱う者として素直に賞賛を送るが、同時に、欠陥品である事も分かってしまう。
何故なら、どこにも術者が介在していないからだ。
自分で魔力を獲得出来る以上、術者にはこの世に留まる為の依り代としての意味しかない。しかし前に述べたように、俺に依り代は存在しない。
術者は今の俺にとっては本当にただ召喚しただけの、言うなれば他人でしかない。
ならば、全く違う方法で俺を束縛する他ないのだが、英霊自体、元人間だったとしても既に霊格は昇華され、人間に御し得る存在ではなくなっている。強制的に従わせようとするのならば強力無比な呪縛が必要となる訳だ。
だがそんなに強い呪いならば気付けない訳がない。
結論として、此度の召喚は何の縛りも存在しない、完全なる
一体
これでは。――これではまるで俺を英霊の座から引き摺り下ろす事が目的だと言わんばかりではないか。
「――――、あ」
瞬間、心が晴れ渡ったかの様な、そんな気がした。
「――え、何、で?」
座から外れたと、そう考えた瞬間であった。何とも言えぬ感情が心象を埋め尽くしたのだ。
その感情の塊に名をつけるとするのならば、それは、『安堵』。
長年背負わされたナニカをようやく降ろすことが出来た様なそんな感覚。
何故だ?何故こんなにもオレは『安堵』しているんだ。今の俺が分からない以上、現界した際に失われた記憶にその答えがある様な気がするが、追求しようとする度に頭痛に襲われた。まるで、自らそんなモノは不要だ、もう必要のないモノなんだと拒絶するかのように。
「――別にいいか」
現段階での追求は諦める。今必要なのはそんなものではない。
『世界』との繋がりの薄さを考えれば、この現界にすぐに終わりがくることはないだろう。
俺はまだこの世界で何をすべきか分からない。ナニを守り、ナニを滅ぼせばいいのか、今まで当然の様に与えられてきた守護者として
それでも、こうして与えられたまたとない機会だ。俺は前と変わらず俺の道を行こう。どの道、この体に宿るのは以前と変わらぬたった一つの
―――と、息巻いてはみたものの、私のような存在がこの世界で必要なのか分からない事に気付き、一種の職業病の様なモノかと苦笑する。
ま、何はともあれ…、
「間違えてだろうがなんだろうが、俺みたいなモノが呼び出される以上、何もない平和な世界ではないんだろうがな」
そこで思考を断つ。
本格的に考える事もなくなってしまい。手持ち無沙汰になる。
召喚した術者を見つけるにしても、明日の夫婦との約束を考えればこのタイミングで出ていくのも気が引ける。
「…」
やる事を見つけられないまま、地平線を眺め続ける。
「いや、こんな時間があってもいい、か」
もしかしたら、こうして
■
――コレが、『
この男の介入がこれから先、世界に何をもたらすのか、知る者はまだいない。
プロフィール更新
〔Main weapons〕
〔赤原礼装〕
とある聖人の聖骸布から作られた概念武装。
元となった聖骸布は外敵ではなく、外界に対する一級品の守護。そこに魔力増幅機関を加えられ、衣装として調整されたのがこの礼装である。
魔力量の多くない彼にとっては重要な礼装であり、魔力効率が向上し、魔術の効力をより強力なものとする
〔Other weapons〕
〔聖マルティーンの聖骸布〕
見た目は長く赤い布。
聖マルティーン(聖マーティン)の亡骸を包んだ聖骸布。
魔力殺しとして非常に優れた能力を持つ。
聖骸布は別ものって考えてます。
何故に剣でもないのに投影維持出来るのかは後々。