――上条刀夜にベッドまで運ばれたこの島国においては異質の風貌を持つその“少年”は、実際の所気を失っている訳ではない。単に失う“気”そのものが壊れていたのだ。
何の因果か、『少年』を呼び出す儀式が完全に成る前に、強制的に終了させられてしまった事で彼を動かす為の構造が完全には出来上がっていなかったのだ。
それは多くの歯車を内包した複雑なカラクリ時計に似ている。複数の歯車が上手く噛み合って駆動するその機構は、どれ程小さな歯車が欠落しても全体の動きは滞おる。そこから時を刻むことはない。
ただ、幸いかな全ての歯車が欠けてしまっているのではなくバラバラに散っているだけであった。歯車さえ揃っているのなら、試行錯誤の限りを尽くせばいずれは元々の組み合わせを見出せるだろう。そもそも既に完結しているソレには元より完全なる設計図が備わっている。現在足りていないのは最後の組み立てる作業、それだけだ。
そして今、彼の内部で機能する思考――否、一種の
――――擬似人格作成・起動作業完了。――復旧に向け始動。
――――霊格現界作業に不具合を確認。霊格再構成作業開始。
――――現世への本体召喚…成功。
――――本体に対する情報挿入確認作業開始。
――――蓄積記録挿入…成功。
――――蓄積記憶挿入…一部成功。――情報拡散を確認。――現時点に於いて収束作業は不可能と判断。
――霊格再構成作業完了。
――――霊格より霊体への接続作業開始…成功。本人格復旧作業完了。
――――擬似人格から本人格へ代替…成功。擬似人格の本人格への統合開始…成功。
――――
■
「――…、む」
意識が表層へと浮上する。
目覚めというにはひどく事務的で、機械的な意識の覚醒。
ささやか程のまどろみも、睡眠の余韻すらないこの意識の目覚めは人間における『覚醒』と言うよりも、コンピュータの『起動』に似ていた。
「ここは……?」
先程まで内側にのみ割かれていた視点がようやく外側へ開かれた。先の作業はほぼ無意識下で行われていた事であるが、統合という形を取った為にその作業工程の全てを想起することが出来る。
召喚の際に受けた
現在進行形で自身が置かれている現状に対して疑問を抱き、理解しようとするだけの知能も備わっている。
ただ、問題が一つ。
「記憶に少々混乱が見られる、か…。…こんなんばっかだな、俺」
おそらく情報を『座』から降ろしている段階で儀式場が崩されたのだと推測する。
殆ど召喚を終えていた為にどうにか今のほぼ正常な状態に落ち着いた、という所か。
だがこの程度の記憶の混乱など取るに足らないものだろうと考えている。
擬似霊格の判断でも分かる通り、記憶に多少の乱れがあったとしても大きな問題が生じる可能性は低い。何より、
「慣れてしまっているんだよな。…とても不本意なことに」
何せ彼が自我の必要がある召喚をされた時に、まともに記憶を保てていたことの方が珍しいのだから。
(そもそも誰も彼も召喚が雑なんだ。力量はあるくせにうっかりミス、能力も自覚もなしに相性なんぞで喚び出す。なんだって毎度毎度こんな目に…。…いや、この件は後々召喚者に問いただすとして…、ん?)
いや待てと、思考を停止し今己に繋がっている“線”を手繰ろうとして、愕然とする。
「召喚者がいない、だと?」
思わず声に出してしまう。
ありえないことだ。本来の召喚によってこの世に現界する際に自我はない。俺に与えられた役目は強大な意思の奴隷となり、ありとあらゆる障害を取り払うこと。手足というよりはロボットの様なものである。
詰まる所、今回の召喚は正式な召喚ではないということだ。そして、正式でない場合は大魔術儀礼によって物や場所、人を依り代にして
しかし、此度の召喚においては、微かながら感じ取れる魔力の残滓から何やら儀式めいた事が行われたのは推測出来るが、俺と依り代とを結びつけている筈の
『記録』を参照してもこの様な召喚は前例にも類を見ないし、勘違いである筈はない。
ならば、召喚者は膨大な魔力を必要とする『座』からの召喚を成功させた上で、本来この世に留まることの出来ない魂魄に容れ物を用意した上でこの世界に定着させるという奇跡を成し遂げたということか?
あまりにも馬鹿らしくデタラメで理不尽。
百歩譲ってそれが事実だとしても、この俺を呼び出したという事実があまりにも解せない。
「一体どこの大馬鹿物だ。よりにもよってオレの様な役立たずを
最早人間の仕業とも思えないが、もし人間であったとすれば、少なくとも神代の大気に匹敵する環境を用意した上で、信仰の厚い神霊か
しかしながら、辺りを見回しただけでもこの時代の人間が遠の昔に神の庇護から抜け出し独自の文化を築いているのは間違いない。ならば神霊との密接な繋がりを持つものなど殆ど存在しないだろうし、数次元隔てた先にある願望機を持ってくることも出来まい。
ならば、何故俺はここにいる?
源泉の如く次々に湧き上がってくる大量の疑問を解決しようと試みても、いかんせん情報が少なすぎて、結論は出そうにない。
このままでは考えれば考える程疑問を生むという悪循環だという結論に達したので一度思考を断ち切る。
「ふぅ…。状況確認を優先するか」
掛けられていたタオルケットを除けてベッドから降り、調子を取り戻したばかりの目で辺りを確認する。
寝かされていたベッドは二つ仲良く並んだ枕と一人で寝るには些か大きすぎるサイズから自ずとダブルベッドと理解した。という事は最低でも二人の人物がここに住んでいると想定出来る。恐らくは夫婦。ならば、子供もいるかもしれない。
次に体に目を移す。
召喚時に着ていた赤の外套と漆黒の鎧は脱がされ、代わりに別の服が着せられていた。
コチラは何の変哲もない白い上着と黒のズボンだ。鎧は探すまでもなく、少し目線を右へ傾けると行儀良く置かれていた。しかし、外套だけは見当たらない。盗られたのかとも思ったがソレだと鎧だけを残していく理由が分からない。
「…とりあえずは保留だな」
元々装備していた物ならすぐに手元に呼び戻せるし、いざとなれば複製すれば良いのだ。
…しかし、赤の他人を自分達専用のベッドに寝かせるというのはどうなんだろう?
理由としては普段は使用していないベッドなのか、或いはただのお人好しなのかのどちらかだろう。
しかし、布団から臭う男臭さと、シャンプーの香りは前者の意見を否定する。
ならば、後者。
もしそうなら
今度は視野を広げ自分の寝ている部屋を確認する。
ごくごく二一世紀の日本の一般家庭に普及している寝室に見える。飛び抜けてどうとか言う訳ではない。魔術関連の物もなさそうだ。
「にしても日本か…。懐かしい……のか?」
確かに記憶の上では懐かしい筈なのだが、時間や並行世界の概念すら存在しない場に蓄積する『記録』には日本での生前死後を問わない多く出来事が記録されている。少し“日本”をキーワードに検索をかければ多くの出来事が記されていた。それを参照した上で言えば、あまり懐かしいとも思えなかった。
釣りに行きたくなって…っと自重自重。何の脈絡もなく湧き上がった願望を抑え込む。
なんとなく傍らの開け放たれた窓から外を覗く。一般的な住宅街の風景だ。窓からは生温い風と、遠慮のない陽光が入ってきている。
太陽の高さと枕元の台に置かれた目覚まし時計の時刻と合わせて考えると季節は夏だろう。
この季節、この天気、ああ、やっぱり釣りに……、
(って待て待て待てよ俺!俺はそんなに釣りを渇望する様な事はなかった筈だ!)
意識して抑えたというのに自動ドアの如く、そこに行くつもりもないというのに、少し近くを通ると勝手に開く欲望の
(もしや、記録されていたイレギュラーな私に引っ張られたせいか。普段ならこれ程度で揺さぶられない筈だが…チッ。それにしてもわざわざ召喚されて何やってるんだ。羨ましい)
そこまで考えて気付いた。大幅に本筋から脱線している。
「………コホン。本題に戻ろう」
遠回りをしすぎた。現状の確認に戻ろう。
引き続き現状の把握に取り組む。
現在魔術の発動が察知される可能性があり、下手に魔術を使うことは出来ない。だから、
「――
今では唱える必要も無いが、問題なく使用出来るかという事も含めて試す事にした。
結果はいつも通り。『
『構造把握』は確かに魔術の一種ではあるが、体外へ魔力を向ける必要がない為に魔力の消費はないし、対象に働きかけることなく内だけで完結する簡素な魔術なので感知される可能性はほぼない。
(この建物自体は普通のどこにでもある普通の民家。内装、外装共に俺が生きていた頃の住宅と変わらない)
次に
(魔力は感じられないが、やはり下の階には魔術行使が使われた痕跡だけは残っている。だが、私を召喚したのが正統派の魔術師、という線は消えたか)
理由としてはここには魔術師の工房にしては魔力の痕跡が少なすぎることだ。
魔術工房というものは普段から魔力の存在を外部に漏らさぬ様に隠蔽、遮断しているものだが流石に内部に侵入してしまえば外敵を確実に仕留める防衛機構まで備えているのだから探知に魔力が引っかからない筈はないだろう。
しかし、この家屋にはそういうものが一切ない。工房でなくても召喚に適した神殿や特異点ならば納得も出来るが、まごうことなき何の変哲もない民家なのだ。
こんな『何の変哲もない民家』で『座』から自身の様なモノを引っ張り出す様な、自然の摂理を壊す魔術を使うことはしないだろう。
魔術師とて馬鹿ではない。万全な状態でなければ、『
―――だから召喚など出来る筈がない。『
「――
――英霊。
人間の守護精霊であり、人間から輩出された優れた霊格。
生前偉大な功績をあげ、死後において尚信仰の対象となった英雄が輪廻の輪を外れて一段階上に昇華したモノ。
その格は星の触覚たる精霊、聖霊に匹敵し、存在自体が魔術の上位に位置するが為に魔術師に御する事が出来ない神秘そのもの。
召喚に際しても、世界の端末と化したその
そして、『聖杯』と呼ばれる膨大な魔力で満たされた“万能の杯”くらいのものなのだ。
…なんだか、朧げに『ムーンセル』とか『英霊召喚システム』という単語が朧げに思い浮かぶが、記憶にはない。記憶にないなら『記録』にあるんだろう。一先ず置いておく。
ともかく俺自身は純正の英霊とは違うカタチで
しかも、である。
(私の
普段は『本体』ではなく、複製された『分身』が
一度脱した筈の無限回廊に再突入しようとした時、コンコンと寝室のドアが開かれる音で現実に思考が戻ってくる。
思わず身構える。が、
「あら、起きていたのね。爆発した部屋の中に倒れていて心配していたのだけど、大丈夫そうで何よりよ。あ、後あなたが着ていた服は洗濯にかけてるんだけどまだ終わりそうにないの。ごめんなさいね」
出会ってからの第一声に緊張感というものが欠如しており、本当に心配しているという気持ちが伝わってきたので警戒を解いた。…しかし、洗濯しているという読みは当たっていた様である。
改めて、入室してきた女性を見た。
第一印象はお金持ちのご令嬢。
歳は二十代後半辺りだろうか、見た目も纏う雰囲気も美人のオーラを醸し出しており、更に服のセンスと言葉遣いでより一層高級感を漂わせる女性だ。この庶民的な家にはあまり似つかわしくはない。
彼女の言葉から鑑みるにどうやら召喚された後でこの家の中で倒れていたらしいと推察出来た。
…それはとても申し訳ない事をしたと後悔する。それと同時、知らない人がいつの間にか家に入っていたのに警察に連絡しなかった様で無用心だと思う反面、安堵もしていた。人が良すぎて誰かに付け込まれないか心配ではある。
「…いえ、謝るのはコチラの方です。勝手にご自宅にお邪魔していまい申し訳ありません」
「あらあら、歳の割にとても丁寧なのね。感心だわ」
「…?」
…歳?と、そう言われて改めて自分を“視る”。肉体年齢は…約一七歳。
これは経験上別段不思議なことではない。
英霊は基本全盛期の体で召喚されるものであるが、その世界・時代に最も適した体で召喚される場合もある。今までにも幾度かあったことを記録している。
肌の色は黒、という事は髪は白く染まっている事だろう。本来少年の時にはこの様な容姿はしていなかった。…理由はおそらくだが本体による現界だからだろう。本来の分身、サーヴァントとしての召喚は英霊の一側面を限界させるものだ。だからこそ幼少期や
…この姿が本当に最適か?という疑問が新たに湧き上がるが、時に理不尽を突きつけるのが世界というものだ。理由はどうあれこの姿でやっていくしかないだろう。
「……大丈夫なのかしら?」
考え事に終始している所に目の前の女性に再び声をかけられる。…こう何度も心配されるととても申し訳なくなってくる。
「え、あ、はい。私は大丈夫だ。心配はいらん」
「あらあら。変わった喋り方をするのね」
……またもや奇妙な点を発見された。そういえばさっきから口調が安定していなかった気がする。
普段は『座』の方に置いてくるべき全ての『記録』を脳に組み込んでしまった為に人格の方に誤差を引き起こしているらしい。
『記録』とは膨大な知識の塊だ。現在過去未来順序なく経験したものの一切を書き残した形なき日記とでも呼ぶべきか。そんなものを組み込めば多少は混乱してしまうのも仕方がない。
今日一日を過ごしていれば内面も安定し、どうにかなるだろうと楽観する。
「本当に大丈夫なのかしら?もう少し寝ていた方が良いんじゃ、」
「、!い、いえ、本当に大丈夫ですから!ご心配なく」
コレ以上心配されては申し訳なさすぎるのでどうにか心配ない事を伝えようとしていると下の方から男性の声が聞こえてきた。
「母さん!あの男の子はもう目が覚めたのかーい?」
「ええ刀夜さーん。今起きましたよー」
「そうか!それは良かった。あ、それで母さんまだ飛び散った破片とか集め終わってないんだ。下りてきて手伝ってくれないかー?」
『刀夜さん』というのは恋人だろうか?なんだか恋人にしては年上の声だった気がする。まぁ、年の差カップルなんてこの時代でも珍しくはないか、と勝手に自己解釈する。
しかし、『飛び散った破片』か。男性一人が中々集め終わらないというのならば何か常ならぬ事態が発生した筈。もしかしなくても召喚の影響だろう。なら今は寝ているよりもやるべき事がある。
「あら、お話に夢中になってて刀夜さんのお手伝いするのを忘れてたいたわ」
女性もようやく思い出した様にハッとした顔をして、申し訳なさそうに続ける。
「少し待ってて貰えないかしら?少し手伝ってまた戻ってきますから」
「俺にも手伝わせて下さい。それを壊したのは私の筈だ」
「あらあら、さっきまで倒れてらしたのですからもう少し寝ていても良いのよ?」
「ですが…」
「あらあら、分かったわ。大丈夫よ、刀夜さんを呼んでくるだけにするから」
「……分かりました」
そう言うと、彼女は優しげに笑った後、部屋を出て行く …が。あ、そうそう、と再び部屋にきてこちらへ笑顔を向け、一つ忘れていた事があったわ、と質問してくる。
「お名前はなんていうのかしら?おばさんの名前は上条詩菜というんですけど」
一瞬名前を言うか迷う。が、この女性が一般人であるなら問題ないだろうし、家を壊したのにここまで親切にして貰い、ベッドまで貸して貰っている状況で名前を明かさないというのは失礼だ。
だから答える、正直に自分の、以前失ってしまった名を。
「俺の名前は…シロウです。
適当に情報から考察してみた魔術とか載せてこうと思います。
別に読まなくても本編読んでりゃニュアンスで分かると思うので、下手な独自設定が嫌いな人は飛ばしてください。
又、クラス別スキルとかついてますけどただ単に原作っぽくしただけで実際は個人ではなく、英霊が持ち得る能力の分類です。
〔クラス別スキル〕
〔英座の記録〕:-
召喚を蓄積する事によって英霊の座に記録された無限の知識。彼のあらゆる時間軸の情報が記録されている。
経験や知識に基づくスキルを強化する。
通常の時空から隔絶されている「座」に存在する記録なので、現在・過去・未来全ての知識が記録されている。故に、無限。
ただし、記録は実際に一度読み込まなければ知識として活かす事が出来ない。
〔霊長の守護者〕:E-
人類の持つ『破滅回避の祈り』の実行者として生み出された防衛装置。無銘の持つ守護者エミヤとしての側面。
人類の集合的無意識、阿頼耶識からバックアップを受けることによって、敵対する相手を確実に撃退出来るだけのスペックを得られる。
…のだが、召喚方法も異なり、本来所属する集合的無意識が存在する時間軸から離れすぎた為か機能が大きく制限されている。
〔魔術〕
〔魔力感知〕
魔術師が始めに習う初歩の初歩の魔術。
精神を編んだ触覚を伸ばし、周囲の魔力及び、その痕跡を探る。
彼の腕ならば、半径数百メートルまでなら感知出来る。
〔構造把握〕
基本魔術師ならば優劣はあれど誰でも扱える簡単な魔術。
視覚・触覚で物を視ることでその物の設計図を連想する。更に彼ならば設計図、所謂基本骨子以外にも創造理念、構成材質、製作技術、憑依経験、蓄積年月を連想出来る。
構造より患部・本質だけを重要視する魔術師の中においては不要とされるマイナーな魔術だが、彼の扱う『強化』や『投影』等の魔術は構造の解明が不可欠な為、魔術使いとしての彼にとっては重要な魔術となっている。
魔力消費がない上、構造の把握のみならば生物だろうと解析出来る。
↓今作品のエミヤシロウのステータス
〔プロフィール〕
〔該当クラス〕:アーチャー、キャスター、アサシン、バーサーカー
〔真名〕:エミヤシロウ
〔誕生日/血液型〕:消失/不明
〔身長/体重〕:167㎝/58㎏
〔属性〕:中立・中庸
〔イメージカラー〕:赤
〔特技〕:ガラクタいじり、家事全般
〔好きな物/嫌いな物 〕 :家事全般(本人は否定)/未熟な自分
〔???〕:???
〔パラメーター〕
〔筋力〕:C〔耐久〕:B〔敏捷〕:C〔魔力〕:B+〔幸運〕:D
ベースは原作のエミヤより本体に近そうなEXTRAの無銘です。
能力高くね?と思われた方も多いかと思いますが、こう考えて下さい。
他の英霊達の本体はもっと強いのだと。
まあ、基本飾りだと思って下さって結構です。