①
八月二十日。
学生達にとって見れば長かった様で短かった夏休みが終わりに近付き、計画性のない少年少女にとってすれば積もりに積もった
そういう中、夏休みの最後を高校生の息子と過ごそうという計画を立てている夫婦がいた。
■
神奈川県のとある住宅地の一角。
まだ朝も早く、太陽は低い位置から建物の隙間を通して涼しげな光を放ってきている。
そんな中で、とある住居の玄関先に一人の女性が佇んでいた。
「刀夜さーん?まだなのかしらー?」
言葉とは裏腹に急いでいるという気持ちを感じさせないやんわりとした声で、もう何度目かになる質問を未だ姿を現さない夫に向けて投げかける。
先程から覗き込んでいる住宅の家主の妻である。
その見た目は正に上流階級のお嬢様である。
実年齢は三十台中盤にも関わらず、肌の瑞々しさ、洒落た服装、常に浮かべたその微笑はその年齢を感じさせることなく、見た目はどこから見ても
そんな彼女を玄関の前に十分以上待たせている原因が慌てた声で、これまた何度目かになる返事をする。
「も、もう少しだけ待ってくれないか!」
その声の主こそ詩菜が繰り返し呼びかけている夫、この家の家主である上条
「…よし!準備完了!」
先程の返事から数分が経過した時、ようやく玄関から慌ただしく姿を現した。
その容姿は詩菜とは違い、三十代半ばというその年齢に相応しいオジサンといった風貌である。
ただ、そこらの中年サラリーマンとは違い、精悍で理知的な雰囲気を漂わせている。
その雰囲気に違わず彼は外資系の企業で営業担当として活躍しており、その中でも精鋭とされる『証券取引対策室』に所属していて、月に三度は海外へ出向く凄くデキる人なのだ。
「お待たせ母さん。じゃあ行こうか」
しかも、この男生粋の愛妻家であり、妻といる時は心の底から幸せそうな顔をしている。
そこも一般の中年オジサンとは一線を画している所なのかもしれない。
詩菜もそんな夫のことが好きな様で、結果、常時ノロケモード全開という状況なのである。
閑話休題。
「あらあら。そこまで急ぐなんて、そんなに当麻さんに会うのが楽しみなのかしら?」
「ははは…。手紙でたまにやり取りしているとはいえ直接会って話が出来るっていうのは嬉しいからね。母さんもそうだろ?」
「遠くの学校に息子を預けている身としては、会える機会があれば会っておきたいのは当然よ?」
「なら母さんだって変わらないじゃないか」
「刀夜さんったら子供みたいにはしゃいでいるんだもの。私はそんなにはしゃいでいませんよ?」
彼らの息子は『学園都市』に一学生として通っている。
『学園都市』とは言っても従来の学園都市とは大きく異なり、東京西部を一気に開発して作り出された東京都の中央三分の一を円形に占めている巨大なもので、その内側では最先端の科学が研究されている。
それだけ聞くと彼らの息子はとても頭が良いと思われるかもしれないが、『学園都市』には小中高の各種学校が所狭しと入っており、そのレベルもピンキリである。そして、彼は
そんな息子だが昔から何かとトラブルに巻き込まれ易い
最初は夏休みに入った直後。突然、不慮の事故に遭い入院を余儀なくされていたのだ。そしてその入院を皮切りに更に二度の入院。しかもそれぞれの事故に関係性がないというのにだ。息子の生涯を通して見ても稀に見る脅威の事故遭遇率を誇っているのが此度の夏休みである。
――それもその筈。実の所、交通事故とか火災とかなんて範疇に収まる事態ではなかったし、そもそも“事故”ではなく“事件”であったりする(不運にも巻き込まれて“しまった”という点では本人とって事故の様なものだろうが)。しかし、そんなことは諸事情により保護者には知らされていない。
今回の海水浴が実現したのも“事故”によって三度目の入院を余儀無くされた後、その事故に起因したトラブルに巻き込まれ一時的に外に出ていなければならなくなったからだ。その上その行き先が家からそう離れていない海岸沿いの海の家だということもあり息子を溺愛している夫婦は息子への労いも込めた家族揃っての小旅行へ赴こうとしているのである。
「本当に準備出来たのかしら?当麻さんへのお土産を置いてきていませんか?」
慌てて出てきた刀夜を心配して詩菜が最後の確認をする。
お土産というのは、頻繁に海外へ出張する刀夜が当麻の為に買い集めているお守りや置物、
刀夜としては只々息子の平穏を願ってそういう物を買ってきているのだが、その大部分が男根であったり裸体であったり生き物の死骸であったりとイマイチ受けが悪く、何一つとして受け取って貰えていない。結果として、自分の家に溜まる一方となり、リビングを始めとして、玄関、風呂場、トイレまでグッズが幅を利かせるようになってしまっている。
「大丈夫だよ。ほらここにちゃんと、…あれ?」
刀夜は担いでいるバックの横に付いているポケットを開くと、キョトンとした様子で呟く。
確かに入れたと思っていた息子へのお土産が一つも入っていないのだ。
「ここに入れた筈なんだけどな…」
刀夜はバックを地面に下ろし、ズボンのポケットに手を突っ込み、バッグの中身まで取り出して息子へのお土産を探す。
…ちなみにお土産は最近の出張で買い漁ってきたグッズの中から選りすぐったものだ。…ただ、その品揃えはいつも通りなので、そう遠くない未来にこの家に幸運をもたらすべく凱旋を果たすことだろう。
本人は気付いていないが素材も見た目も気にせず『
「んー…入ってないな…」
結局、手持ちの荷物は全て調べ尽くしたがどこにも入っていなかった。
選ぶだけ選んでそのまま放置してきたのだろうか?もしもそうならそうならとんだ間抜けである。
「置きっぱなしにしたのかな…」
「あらあら。そんな事まで忘れて出かけようとするなんて、よっぽど当麻さんに会いたくて会いたくて堪らないのかしら?」
「ははは…。ごめん母さんもう少しだけ待っててくれないかな?」
「良いですよ。まだまだ時間はありますからね。…あら、あらあらあら?」
詩菜は快く承諾したが、次の瞬間その顔に疑問の色が広がる。
突然の表情の変化に刀夜は、気分を害すると底冷えする微笑を浮かべながら手当り次第に家具を投げつけてくる事を思い出し、軽く身構える。
が、詩菜から発せられた言葉は予想の斜め上をいくものだった。
「刀夜さん?当麻さんへのお土産に赤いライトが付いたもあるのかしら?」
「へ?…うーん、そうだなー…」
突然の疑問に虚を突かれたものの、今回自分が持っていくつもりのお土産の数々を思い浮かべる。
息子に贈呈予定のものが次々と脳裏をよぎるが、そのいずれも赤く光る様な機能を持っていない。それは購入した自分が良く分かっていることだ。
そもそも、何故そんな事を彼女が尋ねるのか。
「いや、赤いライトはなかったなあ。ライトがどうかしたのかい?」
「あらあら?じゃあどうしてあんなに家の中が光っているのかしら?」
「え?」
刀夜は背を向けていた我が家へ向き直る。
…確かに赤く光っている。光が漏れ出している部屋は刀夜が今し方グッズを取り戻ろうとしていたリビングに間違いない。彼女が当麻へのお土産が原因だと思うのも当然だ。
しかし刀夜が幾ら思い返しても、あの部屋に置かれていた物の中にあれほどに光を放つ物に心当たりはない。
ならば他の原因は…、
「ッ!?か、母さん!?もしかして燃えてるんじゃないか!?」
刀夜は動揺を隠し切れぬまま詩菜に話しかける。
脳裏をよぎったのは『火事』の二文字。
よくよく見てみればその赤光、心なしか秒刻みでその強さを増している様に見える。
キッチンに隣接しているリビングが真っ先に燃えるのはおかしなことではない。
炎を連想させるその赤が刀夜を余計に焦らせるが、詩菜の方は表情を崩さず首を傾げるだけだ。
「あらあらあらあら。それは大変ね。でもちゃんとガスの元栓まで閉めてきた筈なのだけど…」
詩菜にしても折角夫が建ててくれたマイホームである。万が一のことがあってはならないと戸締りにしろ火元の確認しろ怠ったことはない。そんな妻の言うことだ。刀夜も疑いは持たない。
…それに、刀夜が出てきてすぐに発火したにしてもあまりにも延焼が速すぎないだろうか?しかもこれが火事であるのならばこの距離だ。熱気や煙、臭いの内の一つくらいは確認出来るのではないか?
しかし、火事ではないのだとしたならあの光のことがますます分からない。
ただこんな突飛な発想が出てくる程度には刀夜は混乱していたし、あの光は訳の分からないものだ。
「…もしかしたら、って事があるかもしれない。僕が戻って見てくるよ」
何はともあれ、アレが得体の知れない現象であることに変わりはない。
本当ならこの時点で警察に連絡するべきだ。
しかし、刀夜にはそうしたくはない理由がある。
あの部屋にはお土産だけではなく、家族の思い出があるのだ。
良く分からないモノにそれを壊されるのは刀夜にとって我慢出来るものではなかった。
「刀夜さん気をつけて下さいね。危険でしたら無理をなさらないで。私は刀夜さんが怪我をしてしまう方が嫌ですから」
「ありがとう母さん。大丈夫、危なそうだったらすぐに引き返してくるから」
刀夜はそう言うと心配してくれている詩菜にバッグを預け、単身自宅へと踏み込んでいった。
■
刀夜が自宅へ足を踏み入れると、すぐにリビングへと繋がるドアから漏れる光に目を細めた。
屋内が薄暗いからなのか、外から見た時と比べ、光が強まっている様な錯覚を覚える。
しかし、
「…やっぱり煙の臭いがしない」
外で光の原因として真っ先に思い当たったことが火事だったのだが、家の中にいるというのに熱くもないし、臭いも嗅ぎ慣れたいつものものだ。
実際に火の有無を確認したわけではないが、この光は火事が原因と言うわけではないことをなんとなく理解した。
ならばこの先には火を用いずして、車のヘッドライトすら霞ませる程の
「……」
刀夜は正体不明の輝きに対する恐怖心と好奇心を押し殺し、無言で靴を脱ごうとして、気づく。光を起こしている誰かが、もしくは事態を危険と判断した自分自身が
いつも掃除をしてくれている詩菜に内心頭を下げつつ、玄関の扉は開けたままに靴を履いた状態でリビングのドアへ向かう。
リビングへと続くドアは玄関からそう離れていない。無意識の内に忍び足なっていたが十秒程時間をかけ扉の前に辿り着く。
…刀夜の直感は正しかった様だ。
漏れ出す光は玄関から見た時よりも少し強くなっている。まるで果てを知らぬかの様に。
「…ッ」
緊張で呼吸が荒くなる。冷や汗が止まらない。
火事ではないとしてもこの先が安全である保障はどこにもない。
そもそも、突然現れたこれほどの光量を纏った存在(あるいはそれを起こしている誰か)が人畜無害であるなど希望的観測以外の何者でもない。
――…やはりここは警察に任せるべきだったか。今すぐ引き返して警察に電話を掛けようか。
そういう思いがない訳ではなかったが、
「…いや、警察が来るのを待っていたら中のものを根こそぎ壊されかねないな」
幸い、いまだ部屋から窺い知れるのは光だけで破壊音は聞こえて来ない。
今なら間に合うかもしれない。
それに中にいる、もしくはあるモノが危険であったとしてもすぐ脇には開け放った玄関がある。外の詩菜と合流して逃げるのは難しくないし、助けを求めることも容易い。
ならば、今は自分の出来ることをしよう。
「…よし」
改めて挫けそうだった心に発破をかけ、ドアノブに手をかける。
後はこのドアノブを捻って、中を確認するだけだ。
「、いくぞっ」
一息ついた後、ドアノブを回し、開いて、一気に踏み込、
「ッ!?」
――むことは叶わなかった。
扉を開いたその刹那、今まで体験したことのない激光と共に、台風を凝縮したのかと錯覚させる程の威力を伴った暴風が刀夜を襲った。
「…っぁ!?」
あまりに暴力的な風の渦の前に刀夜は声も出せなかった。いや、出していたのかもしれないが風に掻き消されていたのか。気付いた時には背中から後ろ壁に衝突していた。
人を飛ばす風とは一体どれほどのものなのか。しかし刀夜には想像する暇さえ与えられなかった。
「がぁっ…!?」
幸か不幸か、すぐ後ろが壁だった為に遠くまで吹き飛ばされることはなかったが、その衝撃はかなりのものになってしまった。
「…ッ……ぇっ!!」
背中からぶつけたせいなのか、吹き荒ぶ風のせいなのか、呼吸が出来ず、動くこともままならない体で、必死にもがく。
視力はその機能を失っていた。明るいのか暗いのか、そんな判断をすることも儘ならない。
風が伝える音は、耳から頭に直接吹き込んでいるかの様に思考の一つもさせてはくれない。
呼吸も光も音も失われた今、刀夜に自分を含めた周りの状況を伝えてくれるのは背中に張り付いている痛みと壁の感触だけだった。
「………っ」
しかし、それも意識を繋ぎ止めておくにはひ弱な楔だった様だ。
呼吸を止められたおかげで、体内の酸素の循環が止まってしまっている。もうじき意識はあちらに旅立ってしまうだろう。
風に当てられすぎて麻痺してしまった心の中で…
(く、そ…。母さん、当麻、済まない)
既に意識を失われつつある中で、外に残してきてしまった妻のことと、再会が叶わなかった息子を思い、今度こそ本当に、気を失った。
■
「とう…さん、だ…じょう…ら?」
刀夜は愛おしい人の声を聞いた気がした。
反射的に目を開けると強烈な光を見たことに因るものか、未だに明滅している視界の中にいつもの様に穏やかな、しかし心配そうな色も見て取れる表情でこちらを覗き込んでいる顔が見えた。
「か、母さん…?」
「あらあら。目は覚めたかしら?」
しばらく我が妻を眺めていた刀夜だが、視界が安定してくると辺りの様子も目に入ってくる様になった。
ここは刀夜が気を失った廊下だ。部屋の物も幾らから飛ばされてきたのか刀夜の周りには幾つかのお土産が転がっていた。
詩菜も彼をベッドに運びたかったのだが寝室は二階にあり、ただでさえ刀夜を満足に運べる筋力を持たない詩菜は仕方なくその場で膝枕をして刀夜の回復を待っていたのだ。
「どうして、ここに?」
「あらあらあら?あんなに大きな爆発があったんですもの。夫が出て来ないのなら様子を見に来るのは当然じゃないかしら?ご近所の皆さんが旅行に出かけてなかったら凄い騒ぎになっていたと思うわ」
「それもそうだね…。爆発が起きてからどれくらい経ったんだい?」
「そんなに経ってませんよ。五分過ぎてないくらいかしら」
「あんまり長いこと気絶してたわけじゃないのか…あ、そうだ部屋は!?」
刀夜は急いで立ち上がろうとするが、
「痛っ」
背中に激痛が走り、小さい呻き声を上げる。
気絶する直前壁に背中を打ち付けていたのを思い出す。動けるということは骨が折れているわけではなさそうだが、痛みが抜けきるまでもう少し時間がかかるだろう。
「母さん済まないけど少し支えてくれないか?」
「あらあら、もう立って大丈夫なのかしら?」
「ああ、今はリビングの様子を見たい」
それを聞くと詩菜も快く刀夜が立つのを手伝ってくれた。
視点が高くなっただけでもリビングの中の状況を見渡すことが出来た。
「……ひどいなこれは、って、え!?」
「あらあらあらあら?」
ほんの少し、リビングの中へ歩を進めた二人は声を上げた。
部屋の中の状態は最悪と言ってもいい状態だった。
床も天井も罅が入り、所々欠落している部分がある。
家を出る前は綺麗に整頓されていた筈の家具はどれも部屋の隅に追いやられ、机や椅子なんかは脚が欠けている物が幾つもある。
家具の上などに配列されていたお土産が飛び散った後なのか、壁に幾つもの穴が形成されている。
外に繋がる窓も、衝撃に強い筈の強化ガラスであったのに砕け散り、破片は外に散らばっていた。
正直、部屋どころか建物自体が倒壊しなかったことが不思議でならないくらいの荒れ具合だった。
「……」
「どうしましょう?」
ただし、上条夫婦の驚きは部屋の惨状に対してではない。
確かにこの光景は凄惨だ。ここまでくると修繕費にどれだけ掛かるのか分かったものではないし、せっかく息子へ渡す筈だった土産もこの様子では幾つも壊れているであろうし、頭痛の種は幾らでも転がっていた。
しかし、それらに勝る程に今この場で一番気にしなければならない、とても重要なモノが目の前に横たわっていた。
「男の子…か?」
あらゆる物が吹き飛ばされて何も無くなった部屋の中心に、少年が一人伏していたのだ。
「どこから入ってきたのかしら?」
「部屋の中を確認出来たのは一瞬だったけど、その時にはいなかったと思うんだけどな…」
話していても始まらない。詩菜に支えられながらその少年へと近づく。
見た所外傷はないようだ。が、それとは別に少年の体には自然と目が引かれる。
理由はその装いの奇妙さである。上半身は黒い服に見えたが、直に触れてみると服と呼べるものではないことが分かった。…金属製、鎧という奴だろうか。感触はひんやりとしていて硬い。とっくの昔に本来の役目から解き放たれ過去の遺物となったソレは、とても現代日本の住宅地にいる人間の身に付けているものではない。
肩から手首にかけては赤い布で覆われている。腰から垂れている布も同じ素材だろうか。服というには袖しかないし、腰に身に付けるのは一種のファッションなのか。
下半身は黒いズボンで覆われており、少年の装いの中では比較的見慣れた形の服だが、こちらもなんだか今時の若者が着ている華やかな物ではなく、なんだかもっと物騒な国にいる兵隊が来ていそうなズボンだった。その下に見える靴の爪先や踵の部分には金属が張られている。日常生活にはとてもじゃないが役に立たないだろう。
それから体の大部分を覆っている不可思議な服から僅かに露出している両手首から先と首から上は浅黒い肌をしており、髪の毛は脱色したかの様に真っ白に染まっている。
異様な見た目の事もあって年齢は判断しにくいが、幼さの残る顔付きを見ると案外息子とあまり変わらない年なのではないかと思えた。
「とりあえず、この子をベッドに運ぼう。見た所具合の悪そうなところはないけど素人じゃ分からない様なことになっているかも…」
「運ぶのは構いませんけど、刀夜さんはだいじょうなのかしら?」
「大丈夫だよ。少し経ったら楽になった。…よいっしょ、と」
その少年を背中に担ぐ。服のせいか結構重く感じる。
妻の手前、強がってはみたがまだ痛む背中に加え会社のエリートとはいえその身体能力はそこらの中年と大差ない事もあり、長くは持ちそうになかった。
「じゃあ母さん。僕はこの子をベッドに連れて行くから」
「分かったわ。じゃあ私はこの部屋のお掃除をしておくわ」
そう言うと二人は、自分のやるべきことを迅速にテキパキと始めた。
■
それから起きた事は極々単純なことだ。
少年をベッドに寝かせた後は、息子へ遅れることを連絡し、二人でそのリビングの清掃に取り組んだ。当然警察や病院やらに電話をかけることも視野にいれたが、その格好から刀夜は訳ありであると踏み、素人目にも怪我はなく、呼吸も安定していたということもあり連絡するのはやめたのだった。
――さて、件の少年が目を覚ますのは、もうしばらく後のこととなる。