とある世界の無限剣製《ブレイドワークス》   作:中田魔窟

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 またギリギリである。
 今回はちょっと付け足して旧作の話を分割。どこで区切れば良いか決めかねてます。もしかしたら、その内大幅に付け加えるかもです。




 土御門元春に協力を取り付ける事に一応成功した後、俺は『わだつみ』へと歩を進めていた。

 元春は例如く、姿を消していた。

 

「有名人になるというのも考えものだな…」

 

 今回は特殊な事情があるとはいえ、有名人として見られているのに違いはない。それもそれがスキャンダル真っ只中のイケメン俳優ともなれば尚更だ。

 金属バット片手に追いかけられたとも聞くし、碌な事もないだろう。

 殺意を向けられ、実際ぶつけられるというのはあの男も慣れてはいるのだろうが、全くの勘違いから殺されかけるというのはとても良い気分はしないだろう。

 

「俺も有名人だったことはあるのか」

 

 世界を飛び回っていた生前を思い出す。

 ボランティア。レジスタンス。その都度形は違えど世界で起きていた主要な戦場には顔を出していた。表立っては公表されてはいなかったが、俺が終結へと導いた戦いも幾つかあった。

 そうやって戦場を駆け巡る内に、それなりに有名な義賊くらいにはなっていたのかもしれない。

 そうして、生前俺は多くの人々の命を救った。

 

 …だが、それと同時に多くの人の命も奪ったのだ。

 救った数よりは少数だった。最終的に救われた人数からすれば取るに足らない、それだけの数。だが、それでもその人達を大切に思う人達はいた。

 家族、友人、恩人、恋人。

 …そんな大切な人を、より多くの人間を助ける為に。

 天秤に乗せてそちら側に傾かなかったから。そんな理由で無残にも切り捨てた殺人者に対して殺意を抱いたとしても誰も責められるものではない。

 そうして恨みを買った結果、助けた相手に背中を刺されたのも一度や二度ではない。裏切りだって珍しくはなかった。爆弾を抱えた少年兵に突撃された事もある。

 そうして、向かってきた相手も、他人に危害を及ぼすと判断したのなら迷わず切り捨てた。

 女性だろうと子供だろうと害をなすのなら躊躇うべきではないと、出来るだけ早く、切り捨てていった。

 されど俺は心の中に誓っていたのだ。もう繰り返さないと。これで最後にしてやると。

 そうだとも。俺がしたかったのはより多くの人間を救う、なんて事じゃない。

 俺がしたかったのは、目に映る全てを救う事だ。本当に困っている人を悪意や害意から掬い上げる事だ。

 それが出来なかったから私は、世界と契約して英霊になったんだ。

 その、筈だったのに、オレは…。

 

「っ…」

 

 また頭がズキと痛んだ。

 何故だか思考が白熱してしまっていた様だ。元春の事を考えていた筈なのにいつの間にやら自分の過去へとスライドしてしまっていた。

 しかしおかしな話だ。思い出そうとすると肝心な所で阻止される。

 本能的な恐怖、トラウマじみた記憶が原因か。

 …それに気を向けるのはもっと後だ。元春から新たに得た情報からもう少し自分の方で整理しておこう。上条家向かうタイミングは一任したが、こちらもすぐ向かえるよう準備をしておかなければ。

 …そうこうしている内に宿の玄関が見える位置まで来ていた。特に用事もないし中に入ろうとして、声を掛けられる。

 

「やあ、士郎君じゃないか」

「あれ刀夜さん?どうかしたんですかこんなところで」

「さっきまでみんなと一緒だったから控えてたんだけどね。1人になるとどうにも吸いたくなってしまうんだよ」

 

 刀夜さんが玄関の脇のベンチで煙草を吸っていた。詩菜さんにも配慮して普段から煙草は外で吸う様にしているのだとか、家にいる時に聞いた記憶がある。

 

「他の方は?」

「詩菜と乙姫ちゃんはお風呂だよ。当麻の友達の…えっと神裂さんだっけ?あの人はちょっと前から姿は見えないね」

 

 まああの風呂の件の後だ。あんまり人に顔を合わせ辛いのか。それか今頃元春の所にいるのかもしれない。

 

「インデックスちゃんはもう上の階で寝てるみたいだね。当麻の奴はなんであんなに懐いてる可愛い子をあんな風に扱うんだろうなあ?」

「…ええと、」

 

 その子が青髪長身の男に見えてるからですよ。とは流石に言えない。言った所で何言ってんだと返されるだけだろうが。

 

「多分疲れてるんじゃないですか?『学園都市』の方でも色々あるでしょうし」

 

 実際何があったのかはよく知らないが、余り会えない筈なのにこうして学園都市の外でこうして一家で過ごせているというのは違和感がある。

 今そこにいるは都合が悪い、という事か。しかし、一学生に対しての措置にしては中々に破格な気がする。異能ならば無効化してしまうという右手、『幻想殺し《イマジンブレイカー》』に関係した事なのかもしれないな。

 と、そこまで考えてふと会話が止まっている事に気付いた。

 

「…」

 

 横を見ると刀夜さんが先程とは異なり、不自然な無表情をしている。

 感情がないのではなく、内にある何かを晒すまいと封じ込めているかの様な。

 

「…何か、気に障ることでも?」

「…えっ?あ、いや…士郎君のせいじゃないんだ」

 

 少し慌てた様にそう言うが、そこから会話が続く事もなく再び静かになる。

 次に沈黙を破ったのは刀夜さんからだった。

 

「…なあ、士郎くん。君は当麻と話してみてどう思った?」

「当麻ですか?…良い奴だと思いますよ。少し感情に素直過ぎる気もしますけどそれは個性の内でしょうし。友人として付き合っていくのなら楽しい学生生活を過ごせそうです」

「ははっ。なんだか随分と大人びた感想だね。本当に当麻と同年代なのかい?」

「まあ自分も色々ありましたからね。人付き合いの中でも駆け引きをしないといけない事なんかもありましたから、人を見る目は少しだけ自信があるんですよ」

「そ、そうだったのかい?僕も社会人になって一〇年以上になるから駆け引きっていうのも結構経験があるけど、息子くらいの年頃でそんな事あんまり考えてなかったなあ。士郎君はもしかしたら将来はサラリーマンとしてやっていけるかもね」

「ははは…。一応、考えておきますよ」

 

 まあ俺は刀夜さんと比べても生前の年齢からしてそう離れている訳でもないし、一〇代の当麻と比べるのは少し卑怯だな。

 経験とは自分の土台とも言うべきもの。それが(かた)いか、(やわ)いか、それだけでも考え方や身の振り方が変わってくる。

 元々不器用な質である俺も経験(それ)を積み上げる事で多少の器用さを身に付けられたんだし。

 

「…当麻もね。色々あったんだ」

「え?」

 

 唐突にそう告げた刀夜さんの顔を見ると再びあの表情をしていた。不自然な程の無表情。

 

「君には言ってなかったね、私が当麻を学園都市へ送った理由」

「…はい」

「超能力を身につけて欲しかった、ってわけじゃないんだ。ただ私は、怖かったんだよ」

「怖かった?当麻がですか?」

「違うっ」

 

 刀夜さんは少し語気を強めた。

 

「そんな訳がない。当麻は何者に代えられない私と詩菜の自慢の息子だ。私が恐かったのは…当麻を傷つける現実だ」

「当麻を傷つけるって何があったんですか?」

 

 刀夜さんは顔色を変えることなく、しかし内に滾る感情を捻じ伏せるように言葉を紡ぐ。

 

「幼稚園の頃、当麻が何て呼ばれていたか分かるかい?」

「…いえ」

「疫病神、そう…言われてたんだ」

 

 息子をそう呼ぶことすら辛いのか、刀夜の顔は後悔しているかのように歪んでいた。

 疫病神。この世に疫病を振りまくとされた悪神。医療も科学も進んでいなかった古代において疫病とは人ならざる悪しき存在により齎されるものだった。

 現代においては、厄介事を引き起こす人を揶揄する言葉。

 

「息子は、生まれ持った『不幸』な人間だった。この夏休みの間だけでももう三度入院しているんだよ。それも別々の事故に巻き込まれてだ」

「それは…」

「それが、そんな事が小さい頃からずっと続いているんだ。小さい頃は今なんかよりずっと酷かった。子供達から苛められるなんて序の口で、周りの大の大人達でさえ当麻のことをそんな名で呼んで子供達からの暴力を傍観していたんだよ」

「…」

「そして最終的には当麻がいなくなれば『不幸』も遠ざかる、そんな噂が出回って皆当麻から距離を置いた。でも、傷つかなかった訳じゃない。借金を抱えた男に理由も根拠もないのに責任を押し付けられて追い掛け回されて包丁で刺されたこともある。どこで嗅ぎつけたのかテレビ局が押しかけてきて息子を世間に晒し上げたこともあった」

 

 そう語り続ける刀夜さんの顔は、家族の前では決して見せないだろうと思うくらいに怒りに後悔に染まっていた。

 

「だから、私は息子を学園都市へ送ったんだ。そんな『不幸』だとか『疫病神』だとか、そんな迷信に振り回されて息子を傷つけるそんな世界から遠ざけたかったから」

 

 実際疫病神から『疫病を齎す』という役割から引き摺り下ろしたのも、科学や医療といった技術の発展にあった訳だからそれに習ったということか。

 それが、おいそれと会うことも出来ない様な壁の中へ送った理由だった。家族の輪を裂いてでも息子に平穏に過ごして欲しかったから。

 

「でも駄目だった。科学の最先端である場所でも当麻は不幸な人間のままだったんだ。当麻から送られてくる手紙を見れば分かったよ。苛めはなくなったみたいだったけど、私はそれでも満足なんかできなかった。だから…」

「もしかして、あの家にあったお守りは…」

「そう、だから私はオカルトに頼ることにしたんだ」

 

 そうだったのか。趣味か何かだと考えていたのだが、あの膨大な数のお守りにはそんな意味があったのか。 

 

「迷信を嫌って科学に頼ったって言うのに、最後には自分でも迷信に頼るなんて馬鹿な話だよ。結局今の今まで当麻の不幸は何も変わってない。結局迷信は迷信だ。何の力もない。そんなものに踊らされて当麻を傷つける人達を散々見てきたのにね」

 

 そこまで言うと刀夜さんは自嘲気味に笑って言葉を切った。

 確かにあそこにあった世界全土から持ち寄ったお土産には何の力もない。精々それを買った、持っているものの気持ちを変えるだけだ。でも、それでも…。

 

「…ごめんごめん。なんで士郎君にこんなことを話してるんだろうね。詩菜にだってここまで話したことなんてないのに。そういえば皆はもうお風呂上がったかな?見てくるよ」

 

 そう言ってこちらに背を向けようとする刀夜さんの背に呼びかける。

 

「刀夜さん」

「ん?何かな?」

「一度当麻に話してみたらどうですか?」

「えっ?何を、だい?」

「今の話をですよ。いつもは当麻にお土産を渡そうとするだけだったんじゃないですか?」

「そ、そうだけど…。でも」

「俺から言うのは差し出がましいかもしれませんけど、当麻は真っ直ぐな良い奴です。とても、心の底から自分が不幸だって嘆いてる様な男じゃなかった。だからお土産だって受け取らないんじゃないですか?」

「…」

「親が自分の為にって何かしてくれてるって知るのは悪いことじゃないですよ。その結果感謝されるか邪険にされるかは自分には分かりません。でも一度当麻に聞いてみて下さい。今お前は『不幸』なのかって。当麻は中々外に出れないんですよね?それだったら尚更です。次がいつになるのか分からないのなら面と向かって話せる時に話しておくべきだと思います。…後悔だけはしないで下さい。絶対に」

 

 刀夜さんはポカンとしてこちらを見ていた。そんなこと考えもしなかったと言う様に。

 

「…参ったなあ。息子の同じくらいの子にこんなことを諭されるなんてね」

「…すみませんでした。部外者の分際でこんなことを」

「いやいや。なんだか私も目が覚めた気分だよ。そうだね。このままじゃ私が息子から逃げているみたいだ」

 

 無表情とも歪んでいるとももう言えない、静かな笑顔の中に父親としての刀夜さんが垣間見えた気がした。

 

「本当に当麻と同年代には見えなくなってきたよ。本当は私より年上なんじゃないか?」

「そんなことはないですよ(多分)」

「はははっ。君の様な子を持った両親は幸せなんだろうね。ご両親も立派な方々なのかな」

「いえ。自分には父親しかいませんでしたが頻繁に家を空けるし、家事なんて何にも出来ないし、食事だってジャンクフードばっかりで」

「そうなのかい?」

「でも悪いことばっかりでもありませんでしたよ。そんな親だったから自分がなんでも出来るようにならなくちゃって思って家事とか色々出来るようになりましたし」

「子は親の背中を見て育つって奴なのかな?」

「そうかもしれませんね。でもそんな親父でも俺には掛け替えのない人でしたから」

 

 今でも思い出せる。

 焼け落ちた町並み。助けを求める様に手をこちらに伸ばしたまま息絶えた人々。全てを汚れを洗い流そうとするかのように降り注ぐ雨。

 そんな地獄の中で息絶えようとしていた自分の手を大切そうに握ってくれた、助かってくれてありがとうと、そう言って泣きながら笑う男の顔を。

 衛宮士郎(オレ)の原点。地獄に落ちようとも色褪せることのない始まりの記憶。

 

「士郎君?」

「あ、いえ何でもありません。でも本当に後悔は残さない様にして下さい。いつ会えなくなるかなんて分からないんですから」

「…もしかして、その方は」

「…残してくれたものもありましたし、本当に伝えたかったことは全て託していってくれたと思います。だから」

「うん。分かった。ありがとう。気持ちの整理が済んだら当麻と話してみるよ」

「済みません。本当に偶然居合わせただけなのに好き勝手言ってしまって」

「良いんだ。おかげで一歩踏み出せそうだよ。…そうだね。そう言えば一回も聞いた事がなかったよ。あんな目にあっていたんだから一言くらい弱音を吐いてくれても良かったのに」

 

 そう言って刀夜さんは宿へと戻っていく。俺はすぐには部屋に戻る気分にはなれず、刀夜さんの背中を見送った。

 

「…」

 

 刀夜さんが何故俺に話してくれたのかは分からない。

 息子を重ねたのか、はたまた無意識に俺の精神年齢に共感して親父仲間気分で話してくれたのか。

 何はともあれ、これをきっかけにより親子仲が深まることを期待しよう。

 

「父親、か」

 

 父親であろうとする刀夜さんの影響からか、唐突に思いついた事がある。

 

「爺さんは、今の俺を見たら何て言うんだろうな…」

 

 この問いに意味はないのは理解している。が、それでも中々頭を離れないのは、

 

「俺もあの人に親父を見ていたのか。子供じゃあるまいし何を今更…」

 

 とはいえ、思考は意図せず巡っていく。

 士郎はしょうがないな、と笑ってくれるのだろうか?それとも何を馬鹿な事を、と叱ってくれるのだろうか?

 少なくとも息子が英霊になんぞになっている事には驚くだろうな。それともまともに指導してなかったのに魔術をそれなりに扱える事にも驚くだろうか?それから、それから…。

 

「爺さん。俺は…爺さんが目指した正義の味方に近付けているのか?」

 

 それから暫く。部屋に戻らず思考を続けていた。

 

 

 …時は経ち、所も変わって宿の居間。

 点けっぱなしのテレビから流れる夜のニュースと、二階から聞こえるはしゃぐ人達の声をBGMに、俺は当麻と雑談をしていた。

 刀夜さんも気持ちを整理したいのか今日はもう詩菜さんと一緒に寝室へ行ってしまったみたいだ。

 

「…一人の少女の願いと一万人の少女達の命の為に最強の超能力者との死闘を繰り広げた末に辿り着いたのが、少女にメロメロのロリコン親父さんや一八〇センチ超の親友似巨漢シスターがウヨウヨしている、そんな夏の浜辺だったとはな。一体誰が予想したのだろう」

「やめろ衛宮ッ!余計に悲しくなってきた!」

 

 当麻がこの夏休みに家族と旅行する事になった理由を聞かされた俺は物語風にアレンジしてみる。予想通り、とても疲れているであろうに声を張り上げる。

 ただ、彼の戦いは俺の言葉の様に軽いものではない。彼の語った実体験は常軌を逸したものであった。

 異能を打ち消す右手を持っているとはいえ、高々喧嘩慣れした程度の男子高校生が、最強と謳われた超能力者(レベル5)に戦いを挑んだのだ。

 その理由も身内でもない少女達の為であるというだから驚くしかない。

 

「スマン。茶化す様な話じゃなかったな」

「いや、そこじゃないけど…。まあいいか」

 

 すっかり自分達の不幸話で意気投合した当麻とは現状においての当麻の不幸について話をしていた。

 この上条当麻という男、刀夜さんから聞いた通り、根っからの不幸体質なのだそうだ。

 この夏休みは、最初に言った様な不幸が絶えずやってきて、てんてこ舞いなのだという。

 当麻の話を聞けばなるほど合点がいく。

 上条宅にあった山ほどのお守り、これ程の不運に取り憑かれているのであれば親も何かに縋りたくもなるだろう。ただ、あそこに溜まっているとこを見ると報われてはいないようだが。

 

「へー。詩菜さんと入れ替わってるのが本当のインデックスなんだな」

「そうそう、そうなんだよ。だから親父とベタベタしてるとさ、なんか、不健全なモノにしか見えないんだよなー。は~…」

 

 愚痴と溜息を多用しながら、苦労を語っていく。

 心底疲れている様である。少しは紛らわさせようと話を振る。

 

「フッ、嫉妬か?」

「チゲェよ!そうじゃなくてだな、自分の親父があんな子供とイチャチャしてるの考えてみろ!絶対嫌だろうが!」

「そ、そうだな…」

 

 俺の記憶の中にいる人を頼りに、その場面を想像してみる。

 

 

 ――場面は日本家屋の縁側。

 ――そこに座っているのは冴えないオッサンと銀髪の美少女。

 ――太陽がサンサンと降り注ぎ、心地良い風が二人の頬を撫ぜる。

 ――ただ、とうの本人達は天気など関係がないらしかった。

 ――…ぶっちゃけただイチャイチャしていた。

 

『イリヤ♪』

『キリツグ♪』

『コラッ、イリヤ、僕の事はお父様って呼ばないと駄目だぞ♪』

『ごめんね♪お父様♪』

『可愛いなーイリヤは♪あはははー』

『お父様だーい好き♪えへへへー』

 

 

 …………良いんじゃないか?

 あの戦争の後も一つ屋根の下で暮らせていれば、普通にこうなってた気がする。

 …でも、なんかコレ以上の想像を続けているとそこらの次元を切り裂いてでも殴りに来そうだからやめとこ。

 

「…俺には仲の良い親子しか想像出来ない」

「ええー…。どうしてだよ。自分の親父がだぞ?」

「いや、本当に小さい銀髪少女と駄目駄目な親父が身近にいたからさ」

「えっ、マジで!?」

「マジだよ。銀髪少女は『お兄ちゃんをお婿さんにしてあげる♪』って言うくらい純粋で、親父は料理が出来なくて普段はジャンクフードばっかり食ってるくらい駄目駄目だった」

「…脳内妹とかじゃなくて?」

「そんな妹一度も持った事はないって。それに妹じゃなくて姉だ」

「えっ、でも『お兄ちゃん』って」

「いや、俺より年上なのに年下にしか見えなかったから、その影響かもな。それと、ずっと一緒に住んでいたわけじゃない事と血が繋がってない事もあるのかもな」

「更に義理なの!?」

「あ、ああ。えーと、元々はドイツの貴族の家の出だったから」

「更に更にお嬢様…だと?…じゃあ何ですか?ロリ義妹お嬢様系ブラコン銀髪お義姉(ねぇ)さんが義弟を兄と呼ぶだけに飽き足らず生涯の伴侶にしようとする家庭環境がこの三次元(げんじつ)に存在していたとですか?」

「…まぁな」

 

 相変わらずイリヤにはよく驚かされる。言葉にしてみるとよく分かるように俺の姉は色んな意味で超ハイスペックな事を思い出した。

 もっと言えば、小悪魔だし、ブルマ…コレは違う、のか?それはともかく。うーん…そうだ!後は魔法少…、と、うん?コレもどっかの私が拾ってきた無駄な情報か?

 

「…分かった。衛宮はそうっとしておいてやるか」

「いや、なんでさ。信じてくれよ」

「もういいって気にするなよ。そんなに衛宮が妹に恋焦がれてたなって知らなかったぜ」

「そりゃまあ今日初めてあったし…て、そうじゃなくてだな」

 

 それから数不毛に思える義理姉妹の討論を繰り広げた。討論の末、『かわいいは正義』という意味不明な結論に達した頃には、二階から聞こえてきていた声は静かになっていた。そして耳に入ってくるのは、

 

『……は精神病院の通院記録がありー、先の公判でも彼の二重人格の器質があるとされ、またその状況下で責任能力があるかないかで波乱を呼びましたがー……』

 

 というテレビから流れてくる刑務所から脱獄した連続殺人犯、火野神作(ひのじんさく)のニュースを伝える、ピンクの髪をした小さい女の子の声だけになっていた。

 

 筈だった。

 

「ん?衛宮どうした?」

 

 俺の雰囲気の変化に気がついたのか当麻が声をかけてくる。

 

「…当麻、そこから動くな」

 

 少し驚いた様だったが俺の様子を察してか、指示に従って息を潜めてその場で固まる。

 俺が気が付いたのは日常にはない雑音である。

 この海の家の構造は既に頭の中に入っていた。床下は約七〇センチ。人一人入るには問題ないスペース。

 神経を集中させる。すると、その気配は明確な形となって俺に届いてきた。

 

 ――微か聞こえる呼吸音。

 ――布の擦れる音。

 ――刃物で何かを削る音。

 

 そして、

 

「エンゼルさま。それでは今回もイケニエを捧げれば助けてくれるんですね?」

 

 狂気を孕んだ妙に高い男の呟く声。

 

「当麻」

「な、なんだ?」

「少々五月蝿(うるさ)くなるかもしれないが我慢しろ」

「へ?」

 

 そう言ってと音の出所を探り当てその場所で右足を上げ、

 

 ―――ドガッ。

 

 踏み抜く。この床はコンクリートや金属ではなく、ましてや、魔術的処置を施された床でもない、ただの木材だ。

 そんな床が英霊の脚力に耐え切れるわけもなく、容易く砕ける。

 …その証拠に目の前の床にはデカい鉄球を落とした様な大穴が開いている。

 そしてそこには、

 

「君は隠密行動は多少慣れているらしいが、災難だったな。私がいなければ目標を襲えていただろうに」

 

 そこに倒れている者を右手で引き上げる。

 手には三日月形のナイフを持ち、目は不自然なほど大きく見開かれたままで頭から血を流している中年の男。あの声からしてもう少し若いと思っていたが。

 狙ったわけではないが、先程の床を砕いた時に一緒に踏んで気絶させたらしかった。

 そして、俺には目の前の男に心当たりがある。

 上条との会話の合間合間に眺めていたテレビに何度も登場して、写真の中からずっとコチラを見ていた脱獄犯。

 

「ひ、火野神作?」

 

 混乱しながらも当麻はこの男の名を呟く。

 なぜコイツがここにいるのかは皆目見当がつかなかったが、このタイミングで来ると言う事は何かある気がする。

 

「な、何でコイツがここに?」

「さぁな。とりあえず縛るか。もしかすると今回の件に関係があるかもしれない」

 

 一応魔術の事も考慮して抗魔力付きの拘束具を出そうとした時、

 

「…チッ」

「?」

 

 脳裏に描いていた設計図を凍結(フリーズ)、同時に火野から手を離し、当麻と彼の横にある窓との間に身体を割り込ませる。

 次の瞬間、暑さの為に開け放たれていた窓より赤い服の少女が飛び込んでくる。

 身に纏っている露出の多い服にマント、腰にぶら下げているノコギリや金槌、ドライバー等の工具なんてモノをぶら下げている所を見るとどう考えても一般人ではない。

 

「次から次へと…。闇夜に紛れて現れるとは亡霊(おれ)よりよっぽど死人(ゆうれい)らしい」

 

 自分にしか分からない皮肉を呟くと向こうから冷たい声が飛んでくる。

 

「解答一。私は亡霊ではない。亡霊を狩る者だ。訂正を要求する」

「それは済まなかった。ここ数日私の予想を上回る出来事ばかり起きていてね。皮肉の一つや二つ言っても罰は当たらないと思ったのだが」

「解答二。謝罪は受け取る。ただし、貴方の身の回りで起きた一連の出来事は私には一切関係がない」

「それはごもっとも。それも謝罪しよう、無意識に八つ当たりの対象を探していたらしい。…それで?」

 

 ついつい会話を続けてしまったが、後ろで呆けている当麻の為にもそろそろ本題に入らなければ。

 

「君は何をしにここへ?わざわざ話し相手を探して夜道を彷徨っていたわけではあるまい?」

「問一。その問いに答える必要はあるか」

「当然だ。私は今この宿に泊まっている者達とは知り合いでね。彼らより力を持つ者として、君の様な不審人物を快く迎え入れるわけにはいかないのだよ。コレで十分だと思うが?」

「…正答。コチラの用件を開示する」

 

 一瞬の間を置き、言葉を発する。

 

「解答三。私は『御使堕し(エンゼルフォール)』阻止の為、事件の容疑者の少年にその容疑の是非を問いにきた。貴方の後ろにいるのがその少年か?」

 

 目的は当麻か。

 動いているのは、あの二人だけではないだろうとは薄々考えていたが、このタイミングで出くわすとは。

 しかし、火野神作の襲撃後一分と経たずに接触してくるのはあまりにもタイミングが良すぎる。

 さて、どうしたものか…、など考えるまでも無い。答えは考える前から理解している。

 

「どうやら、君をこのまま当麻と対面させておくわけにはいかないらしいな」

 




 どうもnakata(ryです。
 未だにこの章の締め方を悩んでます。幾つか候補はあるんですがね。優柔不断なのは直そうとはしているんですが、何年たっても完成しない上、テキトーな終わりってのも嫌なので長く考えていきます。もう暫くお付き合い下さい。
 ではまた次回。

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