真剣で帝王に恋しなさい(イチゴ味)   作:yua

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09帝王の一日・前半戦

冬も深まり、師走に入ったこの頃。今日は聖帝こと南斗天の一日に迫ってみよう。

 

朝、朝日が昇らぬ内から彼は布団から身を起こす。畳敷(たたみじき)に煎餅布団(せんべいぶとん)の純和風が世紀末な外見に恐ろしく似合わないが、川神院に(勝手に)居候している立場から文句は言わない。将来的には天涯付きのベッドにフカフカベッドを思い描く聖帝だが、そう言った寝具は背骨の歪みにつながるので修行中の身には早いなとか考えながら布団を押し入れにしまう。意外とストイックだ。

そして、息を思いっきり吸い込み両腕を広げ、背筋を仰け反らして朝一番の高笑いを……あげない!

 

(ニヤリ)

 

見ている読者に渾身のドヤ顔。

そう、聖帝は常に進化するのだ。

朝一の高笑いはほぼ間違いなく百代の正拳か、鉄心の毘沙門天か、釈迦堂のリングか、ルーの起き抜け寝惚け神拳によりテレッテーされる事を学び、高笑いはしないのだ!

これにより、聖帝の残機は一つ増えたも当然。凄いぞ聖帝、偉いぞ聖帝、貴様がナンバーワンだ。

 

「フハハハハ!」

 

「うるせぇ!」

「死ね!」

「ハイハイハイー!」

「静かにせんかっ!」

 

テレッテー×4

 

 

さて、起き抜けからハードな耐久試験を受けた聖帝が背中を物理的に煤けさせながらヨロヨロと歩き出した先には

 

「あっ、天さん。お早う、今日も早いわねっ!」

 

川神院の玄関先の石畳で柔軟体操をする川神一子(かわかみかずこ)の姿があった。

赤い髪を肩口まで伸ばし、茶色のどんぐり眼をクリクリと動かす顔は人懐こさと愛敬に溢れている。まだ凹凸の少ない体と元気一杯の声は少年の快活さを連想させるが、白い体操服と紺のブルマが女である事を主張していた。

今まで台詞が二回しかなかったとか、描写の少なさは師岡ことモロより少なかったりと不遇を囲う彼女だが、川神院に養子縁組されて今は川神院の師範代を目指して勇往邁進、毎日を修行に費やす日々である。

 

「フハハハハ(ちょっと小声)、お早う一子よ。我より早いとは毎朝感心な事だ!」

 

そうかなー、と照れ笑いしながら頭をかく一子。

 

「何せ、我より早いのはヒューム・ヘルシング殿かサウザーのジジィ位しか居ないからなっ!」

 

「えっ、天さん凄いわっ!世界三位ね、銅メダルね、表彰台に昇れるわっ!」

 

「ハッハッハ、悪意なくディスるのは一子の特技だなっ」

 

尊敬の眼差しを向けられながら、落ち込むという器用な事をしながら一子と天は朝のロードワークに繰り出すのであった。

 

「フハハハハ(小声)、フハハハハ(小声)」

 

朝の川神市を聖帝が、道路を滑走路に見立ててんじゃねえかとばかりに両腕を平行に広げて翔んでいる。

 

「ま、待って待って。天さん、早すぎるわっ!?」

 

後ろから全力で走る一子を置き去りに、走るというより滑空しているようにしか見えない天だが、

 

「何を言う。まだまだローギアよっ!ここから我は更に加速するっ!高まれ、我が脚に宿るブーストよっ!」

 

足に力を入れると早くなるらしい。

天に遅れながらロードワークをこなし、河原に辿り着いた一子は息も絶え絶えになりながら

 

「天さんの走り方が謎過ぎるわ。アタシも真似すれば早くなるかしら」

 

と、中腰で膝を手に当てながら天に顔だけ向けて訊く。

空気椅子をしながら優雅に足を組むというジョジョ世界の住人もビックリなポーズを決めながら、スポーツドリンクをストローですする天は

 

「まあ、ゲームシステムの違いもあるからな。一子もmugen入りすれば空中ダッシュやブーストは当たり前、ジャストガードで百代の正拳を弾く位は出来る様になるだろう」

 

「何を言っているのかサッパリだわ。うぅ、やっぱり頭も鍛えなきゃ駄目なのかしら……」

 

涙目の一子である。

モロ辺りが聞いたら、現実とゲームを一緒にしないでよ、と叫びそうだが

 

「フハハハハ、まあ生まれた世界観の違いと言うやつだな。そう嘆くな一子よ、我も流石に星落としは体得出来ん!」

 

「そうよねっ!向き不向きってあるわよねっ!」

 

よく判らない励ましをする天と、それで立ち直れる一子の仲は非常に良い。端から見ると会話のすれ違いっぷりが行従妹先生とwagi先生の絵柄の違い位に酷いが、二人は仲良しである。

 

「さあ、今日も制圧前進から始めるかっ!」

「今日もゆーおうまいしん、頑張るわっ!」

 

明るさを増した朝日に向かい左手を腰に当てて右拳を振り上げ、二人は元気よく修行に勤(いそ)しむのだった。

 

 

さて、朝の日課を終えて魂尽き果てた一子を担ぎながら川神院に戻れば、起き出してきた川神院の修行僧達が朝の修行を終えて朝食を作っている。

 

「ふむ……」

 

一子を仮眠室に寝かせて、修行僧達が忙しそうに立ち働く廊下に立ちながら我らが聖帝は一考する。

川神院に世話になっているからには何かしら奉仕をして恩返しをするべきではないか、と。

例えば掃除や朝のおかずを一品増やしたりなど。

 

「よしっ、我が手を借して……」

 

「あっ、お早う天君は静かにしてれば充分だからね」

「高笑いは近所迷惑だから、ゆっくりしててね」

「朝ごはん少し待っててね。大人しくしてるんだよっ!」

 

川神院の修行僧さん達は天へと気さくに朝の挨拶を交わして、純和風の廊下を行き交うのだった。

 

「ぐー、むにゃむにゃ、まだアタシのお腹は満たされていないわよっ!」

 

幸せそうに寝言をかましている一子の横で、天は体育座りをして朝食が出来るのを待つのである。

 

「お早う、朝は何か大人しいなお前」

 

朝の修行を終え、汗を流した百代がタオルで頭をふきながら現れる。天が真剣な顔で体育座りをしているのを見かけるのが、川神百代の朝一の習慣なのだった。

 

 

「フハハハハ、さあ登校の時間だっ!」

 

朝食を食べ、玄関で靴を履きながら高笑いの聖帝のハイテンションに

 

「流石の天さんね。朝の修行をものともしてないわ」

 

ついて行けるのは一子ぐらいである。

 

「なあ、一子。お前は天みたいにはなるなよ」

 

切実に、本気で心配する百代。愛すべき純真無垢な義妹が聖帝みたいになったら、彼女の前科に殺人罪がつきかねない。

 

「大丈夫よ、お姉さま!人には向き不向きがあるってアタシ学んだものっ!」

「お、おう……?」

 

握り拳で力説する一子に目を白黒させる百代。

 

「まずはブーストダッシュが出来るように努力するわっ!」

「天、貴様の死に場所はここだーっ!」

「人のセリフを盗って何という言い様だ!よかろう、相手になってやる!」

 

玄関先で天地を揺るがす大決戦を始める二人を川神院総掛かりで止めて、登校するように蹴り出すまでが川神院の朝の日課である。

 

 

「あっ、天さん。おはよー」

「天さん今日も学ラン決まってますね!」

「天さん、今日は学食で月一特別ランチやってますよ。席取りは任せて下さいッス!」

 

「うむ、お早う」

 

何故か入学一ヶ月で肩口が破け、裾はしや襟際がボロボロになった学ランを着た天に様々な声が掛けられる。民家が建ち並ぶ普通の道なのだが、聖帝が歩くだけで修羅の国に通じてそうな雰囲気になるのが世紀末クオリティ。

 

「百ちゃん、おはよー!」

「百ちゃん宿題ちゃんとやった?」

「はよっ、百ちゃん。今日もご夫婦出勤デスナー」

 

「うん……お早う」

 

何やら複雑そうな顔で横を歩く天を見上げる百代。

 

「何だ百代。宿題は見せんぞ、自分でやれ」

「お前の私に対する評価が酷いのがよく判った……じゃなくてっ!」

 

首を振り、抗議の目に変える百代。

 

「何で私がちゃん付けでお前はさん付けなんだ?強さに差は無いし年齢も同じだし、見た目は……うん、まあ見た目はね?」

「一子といい百代といい、何でこの姉妹は悪意なく人をディスるのか……まあ、あれだ。人の上に立つ者のカリスマ性の違いと言う奴かな、フハハハハ!」

 

うーむ、と腕組みし悩む百代と突如として発生した高笑いに周りをビクンとさせる天。

 

「おう、百代に天か。お早う、今日はいつもより早いな」

「お早うございますぅぅぅ、お二方!!」

 

そこに小十郎を伴った九鬼揚羽が片手を挙げながら『上』から落ちてきた。

ズドン、という落下音付きで。

砂ぼこりが舞う中で百代は少し疲れた顔で

 

「お早うございます、揚羽先輩。今日も現れかたが凄いですね」

「フハハハハ、ヘリからお前達が見えたから挨拶しようと思ってな!」

「ヘリの操縦者が困っております!やはり、下車する時は降りますボタンを押すべきではないかと愚考しますですっ!」

「うむ、小十郎良きアイディアだっ!早速、九鬼のヘリ全てに付けさせる様に上申するか」

「飛行中のヘリから降りるのは揚羽先輩位で……」

 

現れていきなり暴走会話を始める揚羽と小十郎にツッコミを入れようとして、天の方に目をやる百代。

 

「……お前はしないよな?」

 

もし、そうなら限定的にヘリの飛行中に飛び降りる変人がこの場では圧倒的多数になってしまう。

 

「……?まあ、ヘリから飛び降りはしないな」

 

百代に視線を落とし、何でそんな事を訊くか判らないと言った顔をする天。

 

「そ、そうか。まあそうだよな……」

「我が自ら翔んだ方がヘリより早いしな。小回りも効くからヘリを使うなど無駄の極みよ、フハハハハ!」

 

ピシリ、と百代が石化する。

 

「ほう……無駄と申すか」

「何という無礼な発言、聞き逃せないぞ南斗天!」

 

身構える揚羽と小十郎に対し

 

「ほう、我が道に立ち塞がるか先輩どもよ。よかろう、相手になってやる」

 

仁王立ちで闘気を充実させていく天。

その横で体をプルプルと震わせる百代。

おや、百代の様子が……

 

「お前らまとめて変人どもがー!」

 

おめでとう、ももよはぶしんにしんかしました!

 

揚羽や小十郎の豪腕をそれ以上の威力の正拳で吹き飛ばし、隣りの天の膝を蹴りで正確に打ち抜いて体勢を崩し、倒れかかった所で正拳からのアッパーカットで打ち上げる。

揚羽専属のヘリのパイロットが白目で下から打ち上げられた天を見て死ぬほどビビったのはまた別の話。

 

「飛行中のヘリから降りる人は毎日見ているが、飛行中のヘリの高さまで吹っ飛んで来る人は始めて見た」

 

とは無事帰宅した彼が妻にこぼした台詞である。

一通り人外の会話をかます超人達を蹂躙した百代は揚羽達を飛行中のヘリに押し込み、天を引きずりながら登校に戻るのだった。

 

「あっ、天。宿題は見せてくれ」

「み、見せぬ、渡さぬ、写させぬ」

「堅い事言うなよー、頼むよー」

 

ペコペコと頭を下げる百代を見ながらクラスメイトは語る。

 

「百ちゃんは本当に天さんに甘えてばっかだよねー」

「天さんは頼り甲斐があるからなっ、仕方ないね」

「だから百ちゃんは百ちゃんなのだ」

 

普段の行いが呼び方に出てしまっているのを百代は知らないのだった。

 

ちなみに

 

「飛行中のヘリに途中乗車して来た変人は川神の武神だけだった。あれは変態レベルの変人だった」

 

とは揚羽専属のヘリパイロットの言葉である。

 

帝王の一日はまだまだ続く!

次回も真剣で帝王に恋しなさい

帝王の一日をお楽しみに!!




意外と長くなったので数回に分けます。
一子をちゃんと出せたのでホッとしつつ、揚羽さんと小十郎が勝手に喋り出すのは嬉しいやら困るやら。
まさか学校にすら着かないとは……

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