今回の流れでそうなりました。
『青葉香る今日この頃、君は元気ですか。我は帝王邁進しています』
そこまで書いて天はティーカップを持ち上げ、中身を飲み干す。
「ふぅ、小雪に手紙を書くのも何度目かな」
小雪が養子に貰われてから数月が経っていた。
「ふふふ、手のかかる妹のようなものか。だが、悪くない」
センチに儚く笑い、天は再び筆をとる。
「さて、百代が秘密にしている自作ポエムでも書き綴ってやろう。フハハハハハ、大作だぞ笑えるぞ!」
高笑いを始めた天の後頭部に迫る拳。
川神百代、後に武神と呼ばれる少女の掛け値無しの本気の一撃であった。
「全く人の嫌がる事しかしないなお前は」
「他人の不幸は蜜の味……」
ボソリと呟く天に百代が拳を振りかざすと、目をつぶって身を縮めプルプルと震え出す帝王。
「と言うか小雪なんか何時でも会いに行けるだろうが」
養子に貰われたとは言え、同じ川神市に住んでいるのである。
「そんな、女の子の家に勝手にお邪魔するとか恥ずかしいし」
両手の人差し指の先を突き合わせて頬を染める天。
そのキモい姿に呆れながら百代は
「初めて小雪の家に行った時は舞い上がっていたからなぁ……」
自分と初めて会った時に、緊張と失血の余り気絶した事を思い出し深い溜め息をつくのだった。
天が肩パット付きのマントを羽織り、街中をズン、ズン、と地響きを立てて歩いている。
別に体重が重い訳ではなく、威厳を見せつけるためである。将来的には違法改造バイクに玉座を載っけてそこに座る予定だが、勿論彼は免許を取れる年齢ではない。声と外見は免許資格年齢を余裕で越えてそうだが、あくまで彼はまだ小学生である。
「土産も身繕った。小雪も喜ぶであろうな」
最近、百代と一緒に遊ぶ後輩達がお薦めしてくれた和菓子屋の紙袋を揺らし、天は満足げに頷く。今日は小雪が養子に貰われた家へ遊びに行き、修行の成果を見る約束をしている。
南斗孤鷲拳(なんとこしゅうけん)と呼ばれる天とはまた別の流派で、手刀でコンクリートを切り裂き、指でコンクリートを貫く達人が小雪に修行を付けているのだが、本名がシンなのに弟子からキングと呼ばれてたり、流派の名称の由来を聞いても
「……何かいつの間にか、そう呼んでいた」
と、不安な面が多々あるが実力は世界でも指折りである上に常識的な性格なので、天の師匠であるサウザーも信頼していたと聞いて小雪を頼んだのだ。
修行は厳しいが、シンは優しく頼もしいという話を小雪から聞いているだけに天も安心してはいる。しかし、可愛い妹分の上に、二週間だけとは言え初弟子として修行をつけた小雪には人一倍情が深くなり、何事につけ会いに行く機会を設けている。
今日も小雪に会える楽しみに口が自然と綻ぶ天である。
ちなみに三白眼で目力は強いままで口角だけ吊り上げる顔は、
「貴様の死に場所はここだ」
と言わんばかりの悪役顔である為、周りの人間はドン引きしていた。
数時間後、小雪の両親に土産を渡し、小雪とは手合わせという名のイチャラブをして天は帰途についていた。
サウザーが女性の扱いを苦手としていたせいか、天も女性相手には緊張しやすいが小雪とは自然に会話出来ている。
天の外見と渋く重い声にビビらない人は居ないが、小雪の両親も気易く接してくれた。善き日であった、と天が感慨にふけっていると
「うしゃらー、ハンカチ置いてけやぁー!クンカクンカさせろぉ!」
「うひはー、可愛いじゃねぇかお兄ちゃんって呼んでくれよー!」
「ブヒィ、ブヒィ!」
と道から逸れた路地裏から世紀末モヒカンチックな叫び声が聞こえてくる。
「チッ、下品な奴輩どもめ」
普段なら聞き逃す音量だったが、小雪と会い現在の境遇に安心し、心安らかになっていた天にとってその雑音は聞き逃せるものではなかった。
誰だって、ジブリの音楽を聴いた後に中途半端なビジュアル系バンドの音楽は聴きたくない。その程度の不快感が川神院に向かう天の足を路地裏に向けさせた。
だが、薄暗い路地裏に広がっていた光景は天が想像していたものとは大分違っていた。
倒れ伏す鋲付きの露出が多いパンクロックな半裸の男達と、風鳴りをさせて鞭を振る少女とその後ろに顔のよく似た獣の様に敵対的な意思を宿らせた瞳の少年一人に少女が二人。
荒事を予想して肩パット付きのマントを脱いでいた天は黒い鋲付きの露出が多い服。
端的に分かりやすく状況を説明しよう。
少女の持ち物ををクンカクンカしようとした変態を自力で退けた姉弟達の前に、先ほどの変態の親玉っぽい同系統の服装をした男が現れました。
ちなみに天は初対面の女の子を前に緊張して、目力マックスで眉間に皺を寄せ、変態共を
「役に立たぬ雑兵共よ。我が自ら手を下すしかあるまい」
と言った感じで見下しています。
「あんたが親玉かい!?辰子やっちまっていいよ!!」
「うぐるあぁぁぁぁ!!」
敵対意識全開で襲いかかる姉弟達。
突然の予想外の事態にゲームの主人公なら驚き、ボコボコにされてそこから始まるラブストーリー、だが
「ほう、我と闘おうと言うのか。面白い、貴様の強さを帝王自ら検分してくれるわ、フハハハハハ!」
悪役ノリが骨の髄まで染み込んだ天に隙は無かった。
数秒後、路地裏で背を仰け反らせ高笑いをする天と倒れ伏す哀れな姉弟達の姿があったとさ。
「く、くそ変態の癖に強……い」
ガクリ、と力尽きる鞭を振るっていた少女。その姿を見て天は
「むう、手加減を誤ったか。現代っ子は軟弱だな」
現代っ子ど真ん中が何やら言っているが、お気になさらないで下さい。
その後、鋲付きベルトで姉弟達を体に巻き付け、川神市を翼を広げた大鷲の様に飛行する天と付属品として高笑いがエコーしたせいで大騒ぎになり、川神院にそのまま侵入しようとした天を、
「今じゃ、モモ。パワーを星落としに!」
「いいですとも!」
と鉄心と百代の合体技で打ち落とされたとか。
未確認飛行物体を撃墜した川神院に市民は
「流石、川神院何ともないぜっ!」
「川神院があれば何でも出来るぅー!」
と大絶賛したとか。同市内にお住まいの直江某さんは
「酷いマッチポンプを見た」
と家族団らんの夕食で愚痴をこぼしたとか何とか。
「ふぅ、我が庇わなければこやつら死んでいたぞ」
夢とロマンの合体技に撃墜され、黒焦げというか最早炭化しかけながら天がムクリと起き上がる。身を呈して自ら制圧した姉弟達を守ったが彼らも若干焦げ目がついていた。
「うるさぁーい、お前がお前が!!」
「こ、こら百代。ストンピングは止めろ!
貴様と鉄心のテレッテーのせいで瀕死に……ガフッ!」
涙目の美少女に血だるまにされ、更に踏み潰されていく帝王。
「まあ、知らない他人を殺したかも知れないと知った時の百代の錯乱っぷりは痛々しかったからネ。天は少し反省するべきヨ」
未だ気絶したままの少女と少年達の脈を取り、手際よく応急処置をしていくルー師範代。ちなみに釈迦堂は離れた所で腹を抱えて爆笑している。
「しかし、本当に危なかったのぅ。今後は天は空中飛行禁止じゃな」
止めどなく溢れる冷や汗を拭きながら、鉄心は荒ぶる心臓の鼓動を治めるのに一杯一杯であった。危うく一般人を惨殺しかけたのだからむべなるかな。
その頃、元凶は百代のストンピング地獄で放送出来ない有り様に成り果てていた。
「ハー、はぁー、はー……流石にやり過ぎたか?」
「ジョインジョインセイテェー。さあ、第二ラウンドだ百代よ。体力マックスの我を止められるかな?」
「死ねよやぁー!」
「むう、あれは川神院が奥義!うばぁー!!」
攻撃一辺倒の柔らか聖帝ことサウザーの弟子、南斗天。彼もまた豆腐並の防御力の持ち主であった。
板垣一家の処遇はまた次回にて。