今。
一つの業界を、一人の少女が荒らしている。
双葉杏。
どのプロダクションにも所属せず、どのトレーナーにも教えを請わず、何の経歴も持たない。
そんな彼女は、プロダクションに所属し、トレーナーに教えを請い、何らかの経歴を持つアイドル候補生達が待つ幾つものオーディションを受け。
そして、ただの一度も、負けたことはない。
何週間、何ヶ月という月日を捧げ、やっとオーディションを受けるに値する実力を付けた者達を、ただのド素人が蹂躙していく。
そんなことをされて。
そんな屈辱的なことをされて。
心が折れない者は、非常に稀であった。
アイドル戦国時代。
そう揶揄される程に膨れ上がったアイドル候補生の数は今、急速に減少していた。
「……なんとまぁ、大きく取り上げてくれたもんだね。」
暇な待ち時間を潰すためにとコンビニで適当に選んだ雑誌には、大々的に私のことが書かれていた。
私がごく普通のアイドル候補生であったなら、自らの知名度の上昇に涙を流して喜んだのだろう。
だが、私はアイドルに興味はない。
ただ、人探しをしているだけだ。
もっとも、その辺りのことは書かれていないようだが。
「……アンタね、アタシのことをコソコソ嗅ぎまわってるのは。」
「ノックくらいしたらどーお?」
存外、見つけるのに時間はかからなかった。
今日のオーディションの相手。
それが、私の探していた人物だ。
「理由は何よ。」
そう言いながら、ドカッと音を立てて椅子に座る。
見るからに憔悴している。
それもそうだろう。
無名の雑誌とは言え、こんな風に取り上げられるような人物が、自分のことを探しているというのだから。
「諸星きらり。」
「は?」
「知ってる?」
少し考える動作をした後、やっと合点がいったと言わんばかりに大声で笑い始めた。
「……アハハハハハハッ!何よ何よそういうこと!?アンタあの子の仇討ちでもするつもりなワケ!?」
「そういうんじゃないよ。」
「じゃあ何なのよ。」
「私が困るんだ。あんたが順調にアイドルやってくれてるとさ。」
「……ふーん、そう。
じゃあ、アンタはアタシに勝てるとか思っちゃってるんだ。」
「ま、そうだね。」
「ンなこと出来るわけないでしょ、バーカ。
大体、何よその身長。ちゃんとママのご飯食べてるワケぇ?」
ああ、なるほど。
きらりがああなるのも、無理はないのかもしれない。
きらりは元々、身長のことを気にしていたから。
「あの子は異常にノッポだったけど、アンタは異常にチビね。
そんなんでちゃんと踊れるワケ?」
きっと、これがコイツの常套手段なのだろう。
相手のコンプレックスになり得る点を指摘し、傷を抉る。
そうやって戦意を喪失させ、勝つ。
「ガキはさっさとお家に帰って、ママに泣きついて眠ってな。」
フェアじゃない、だとか、そういうくだらないことを言うつもりはない。
むしろ、馬鹿正直に単純な実力だけで戦いを挑む方がおかしい。
この戦法は確かに、この戦国時代を生き抜くには適している。
「ホラ、何黙りこくってんのさ。」
でも。私が抱いているこれは。
傷心でも悲しみでもなく。
「分かったんならさっさと……ッ!?」
「もう、喋るな。」
そろそろ、時間だ。
ステージへ移動しながら、いつものように、頭を切り替える。
足の運び方。手の振り方。視線の移動。その全てに意識を向ける。
顔に笑顔を貼り付ける。
お母さんのために練習した、私の嫌いな作り笑い。
こんなところで役に立つなんて、思わなかった。
ステージの上に立つ。
横をちらりと確認して、これは本気を出さなくてもいいな、と安堵する。
後は相手が、ただ自滅するだけだ。
「……後ちょっと、だね。」
オーディションの結果を見て、一人呟く。
きらりが元に戻るまで、もう少しだ。