おかしい。
どう考えてもおかしい。
だって、もう二週間だ。
きらりのオーディションは、とっくに終わってるはずだ。
終わってるはずなのに。
どうして私は、あれから一度もきらりの顔を見てないんだ。
きらりを応援したい。
その気持ちに、嘘偽りは無い。
だから、きらりは今は忙しいんだ、と。
或いは、きらりは今少し疲れてるんだ、と。
毎日、そう自分に思い込ませてきた。
でも。
ちょっと、限界だ。
一人は嫌だ。
耳が痛くなるくらい静かなんだ。
一人は嫌だ。
考えたくないことばかり考えてしまう。
一人は嫌だ。
いや、少し違う。
きらりが居ないのは、嫌だ。
そうだ。
少し様子を見てこよう。
もし忙しそうだったら、たまには私が家事をしてやろう。
もし疲れてそうだったら、精のつく料理でも作ってやろう。
きらりのために。
「きらりのために」?
手が震える。
足がすくむ。
ダメだ。
ダメだよ。
きらりのために、私は動けない。
誰かのために、私は、動けない。
そうだ。
これは私のためなんだ。
別にきらりが忙しそうでも疲れてそうでも、私には関係ない。
ただ、文句を言ってやるんだ。
オーディションが終わったら来ると言ったじゃないか、と。
部屋が汚くなってしょうがないぞ、と。
だから、これはきらりのためじゃないんだ。
だから、大丈夫なんだ。
「……最低だな、私。」
そう呟きながら、しかし私の身体は、やっと許しを得たようにその震えを止めた。
ピンポーン。
軽快な音が響く。
ピン……ポーン。
長押ししたりしてみる。
ピンポンピンポーン。
今度は連打。
「やっぱり、忙しいのかな。」
全く反応がないのを確認して、諦めながら、しかし諦めきれずにドアノブを回そうとする。
それは私の予想に反して、何の抵抗もなく回った。
「……開いてる。」
ごくり。
緊張が喉を鳴らす。
数秒の逡巡の後、意を決して、私はドアを開けた。
そこにはきらりが居た。
床に座って、下を向いていた。
ドアが閉まる音に、ビクッ、と肩を震わせて。
ゆっくりと、こちらに顔を向ける。
きらりの横顔は、いつもと同じ笑顔で。
でも、それがよく見えるようになればなるほど、それは少しずつ。
そして、私にちゃんと向き直った時には。
完全に、崩れていた。
「……ごめんね、杏ちゃん。」
涙でぐしゃぐしゃなまま、きらりが呟く。
「やっぱり、きらりがアイドルなんて、おかしかったよ。」
「きらり……?」
「きらり、ね……?オーディションで一緒に踊るコに、言われちゃったの。
背が高過ぎる、全然可愛くない……って。」
「でも、杏ちゃんは、可愛いって、言ってくれたから……。
だから、きらり、頑張って、踊ったんだよぉ……?」
「でも……おちちゃった。」
「ごめんね、杏ちゃん……杏ちゃんは、可愛い、って、言ってくれた、のに。
やっぱり、きらりは、可愛くなん、て……っ」
そんなことない。
そう叫びたくなる。
でも、今は。
「そんなことない!!!」
抑えない。
「言ったでしょきらりは可愛いって! 可愛いよ! 可愛いし優しい! 信じらんないんなら何度だって言ってあげる!!」
「で、でも……っ」
「でも何さ! ソイツに負けたからって全部諦めるつもり!?」
ああ。
「なりたいんでしょきらりは! アイドルにさ!! だから頑張ったんでしょ!?」
ずるいな、私。
「だったらッ! ちょっと嫌なこと言われたくらいでやめないでよ!!」
たかが一度の失敗で全部放り出したのは、私なのに。
「背が高いから何!? 高かったら可愛くないの!? 高かったらアイドルやっちゃいけないの!? そんなわけないでしょ!?」
きらりは、理想だったんだ。
自分のためにも、他人のためにも頑張れて。
それでいて失敗しない。
いつだってキラキラ輝いてる。
そんな、私の理想。
「きらりはッ!! すごいやつなんだから!! 私なんかよりずっと!! すごいやつなんだからッ!!!」
だから、認めない。
「だから、そんな顔しないで……そんなこと、言わないでよ……ッ!!」
きらりが失敗したなんて、私は認めない。
「杏……ちゃん……?」
そうだ。正そう。
正さなきゃ。
こんなのは間違ってるんだ。
だから、正さなきゃ。
「……名前、教えて。」
「杏ちゃん……どうしたの……?」
きらりが怯えたような目で私を見る。
大丈夫。大丈夫だよ。
すぐにまた、きらりは輝けるから。
「きらりにそんなこと言った奴の名前、教えて。」
だから、ちょっとだけ、待ってて。きらり。