その数週間後。
きらりが、オーディションに合格した。
どうやら初めてのオーディションだったようで。
初挑戦と初勝利を同時に経験したきらりは、彼女曰く「ハピハピ」していた。
「おめでとう、きらり。」
私はそう言って、グラスを掲げる。
入っているのはオレンジジュース。
「うぇへへ……ありがと、杏ちゃん!」
きらりも同じく、グラスをこちらに向ける。
キン、という乾いた音が響くと、またうぇへへ、と顔をほころばせた。
「しかし、きらりがアイドル候補生だったなんてね。
全然気付かなかったよ。」
「杏ちゃんを驚かせようと思ってたんだにぃ☆」
言いながら、きらりはグラスの中身を飲み干す。
注ぎ足しながら続けた言葉は、少しだけ曇っていた。
「……それと、ちょっとだけ、ちょっとだけ不安だったの。
きらりがアイドルだなんて、おかしいかも……って。
だから、オーディションに合格して、ちゃんと認めてもらえてから、話そうって決めたんだにぃ☆」
そんなことない。
そう叫びたくなるのを、ぐっと抑える。
「どうしてそんなこと思うのさ。むしろピッタリじゃんか。」
「ほら、きらりは、背がおっきいから……。
アイドルって、可愛いコがなるものでしょ?
背がちっちゃい方が、可愛いかなぁ……って。」
「そんなことない。そんなことないよ。
きらりは可愛い。私が言うんだ、間違いないよ。」
「うぇへへ……ありがと、杏ちゃん!」
「……今日はそればっかりだね、きらり。」
私は何もしていないのに。
「ううん、杏ちゃんのおかげでもあると思うから。」
私は何も出来ていないのに。
「だから、ありがとう。」
そんなことない。
また叫びたくなるけれど、今度は。
自分が惨めで仕方がない。
応援すると決めたのに、世話をしてもらっているままでごめん。
お祝いの準備すら、きらりにやらせてごめん。
甘えているままでごめん。
何もしてあげられなくてごめん。
そうやって謝ることすら出来なくて、ごめん。
「……ところで、次に受けるオーディションはもう決まってるの?」
これ以上この話を続けたくなくて、私は強引に話題を変えた。
「決まってるよー☆ 杏ちゃんも見る見る?」
見る、というのは、オーディション課題のダンス映像の事だろう。
アイドルの需要も供給も莫大なものとなった今、一々一人づつを見て採用を決定する、なんてことはやってられない。
現在の選考は、会社の方針によって多少変わるが、大体2つのステップに分けて行われる。
まずは、書類選考。
顔やプロポーションなどのビジュアル面をメインに審査される。
ここで、大多数が落とされることになる。
次に、実技選考。
書類選考を通過したごく数人を集め、同じ場所で同じ時間に、同じ曲での審査を行う。
やることはダンスか歌のどちらかになることが殆どで、それは仕事の内容によって決まる。
この前のDVDはダンスの課題の映像のようだったから、きっと今回もそうなのだろう。
新人を伸ばす時、まずは何か一つ、一つだけ突出したものを作る。
どれも満遍なく、なんてやっていたら、器用貧乏にしかならないからだ。
きらりはきっと、ダンスを伸ばすことになったのだろう、と、そう推測する。
「見る見る。」
基本的に、課題内容は選考日の一週間前に通達される。
あまり長い時間猶予を与えていると、付け焼き刃が出来てしまうからだ。
だから、どんな課題が来てもいいように幅広く技術を習得し、課題が明らかになってからはその暗記や細かい修正に努める。
まあつまり、きらりは次のオーディション2次試験まで、あと一週間もないのだ。
「……へえ、結構激しいダンスだね。」
「うん!トレーナーさんがね、これはきらりにピッタリだ、って言ってたよぉ☆」
なるほど。確かに、こんなに舞台の隅から隅まで使うようなダンスには、きらりの身体の大きさは武器になる。
「あ、えっとね杏ちゃん、きらりまたオーディションだから、杏ちゃんのお家に来れなくなるかもだにぃ……。」
きらりが申し訳無さそうに下を向く。
「や、大丈夫だよ。ちょっとくらい我慢するよ。
オーディション、頑張ってね。」
これは私の本心だ。
確かに一週間もきらりに会えないのは寂しいけれど、でも、たった一週間だ。
応援すると決めたんだから、それくらいは我慢しよう。
「頑張るにぃ☆ オーディションが終わったら、すぐに来るからね!」
その後きらりと別れて、一週間後。
オーディションが終わった後も、きらりは、私の家に来ることはなかった。