双葉杏の前日譚   作:maron5650

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6.めでたい事にはお祝いを

その数週間後。

きらりが、オーディションに合格した。

どうやら初めてのオーディションだったようで。

初挑戦と初勝利を同時に経験したきらりは、彼女曰く「ハピハピ」していた。

 

「おめでとう、きらり。」

 

私はそう言って、グラスを掲げる。

入っているのはオレンジジュース。

 

「うぇへへ……ありがと、杏ちゃん!」

 

きらりも同じく、グラスをこちらに向ける。

キン、という乾いた音が響くと、またうぇへへ、と顔をほころばせた。

 

「しかし、きらりがアイドル候補生だったなんてね。

全然気付かなかったよ。」

 

「杏ちゃんを驚かせようと思ってたんだにぃ☆」

 

言いながら、きらりはグラスの中身を飲み干す。

注ぎ足しながら続けた言葉は、少しだけ曇っていた。

 

「……それと、ちょっとだけ、ちょっとだけ不安だったの。

きらりがアイドルだなんて、おかしいかも……って。

だから、オーディションに合格して、ちゃんと認めてもらえてから、話そうって決めたんだにぃ☆」

 

そんなことない。

そう叫びたくなるのを、ぐっと抑える。

 

「どうしてそんなこと思うのさ。むしろピッタリじゃんか。」

 

「ほら、きらりは、背がおっきいから……。

アイドルって、可愛いコがなるものでしょ?

背がちっちゃい方が、可愛いかなぁ……って。」

 

「そんなことない。そんなことないよ。

きらりは可愛い。私が言うんだ、間違いないよ。」

 

「うぇへへ……ありがと、杏ちゃん!」

 

「……今日はそればっかりだね、きらり。」

 

私は何もしていないのに。

 

「ううん、杏ちゃんのおかげでもあると思うから。」

 

私は何も出来ていないのに。

 

「だから、ありがとう。」

 

そんなことない。

また叫びたくなるけれど、今度は。

 

自分が惨めで仕方がない。

 

応援すると決めたのに、世話をしてもらっているままでごめん。

お祝いの準備すら、きらりにやらせてごめん。

甘えているままでごめん。

何もしてあげられなくてごめん。

 

そうやって謝ることすら出来なくて、ごめん。

 

「……ところで、次に受けるオーディションはもう決まってるの?」

 

これ以上この話を続けたくなくて、私は強引に話題を変えた。

 

「決まってるよー☆ 杏ちゃんも見る見る?」

 

見る、というのは、オーディション課題のダンス映像の事だろう。

アイドルの需要も供給も莫大なものとなった今、一々一人づつを見て採用を決定する、なんてことはやってられない。

現在の選考は、会社の方針によって多少変わるが、大体2つのステップに分けて行われる。

まずは、書類選考。

顔やプロポーションなどのビジュアル面をメインに審査される。

ここで、大多数が落とされることになる。

次に、実技選考。

書類選考を通過したごく数人を集め、同じ場所で同じ時間に、同じ曲での審査を行う。

やることはダンスか歌のどちらかになることが殆どで、それは仕事の内容によって決まる。

この前のDVDはダンスの課題の映像のようだったから、きっと今回もそうなのだろう。

新人を伸ばす時、まずは何か一つ、一つだけ突出したものを作る。

どれも満遍なく、なんてやっていたら、器用貧乏にしかならないからだ。

きらりはきっと、ダンスを伸ばすことになったのだろう、と、そう推測する。

 

「見る見る。」

 

基本的に、課題内容は選考日の一週間前に通達される。

あまり長い時間猶予を与えていると、付け焼き刃が出来てしまうからだ。

だから、どんな課題が来てもいいように幅広く技術を習得し、課題が明らかになってからはその暗記や細かい修正に努める。

まあつまり、きらりは次のオーディション2次試験まで、あと一週間もないのだ。

 

「……へえ、結構激しいダンスだね。」

 

「うん!トレーナーさんがね、これはきらりにピッタリだ、って言ってたよぉ☆」

 

なるほど。確かに、こんなに舞台の隅から隅まで使うようなダンスには、きらりの身体の大きさは武器になる。

 

「あ、えっとね杏ちゃん、きらりまたオーディションだから、杏ちゃんのお家に来れなくなるかもだにぃ……。」

 

きらりが申し訳無さそうに下を向く。

 

「や、大丈夫だよ。ちょっとくらい我慢するよ。

オーディション、頑張ってね。」

 

これは私の本心だ。

確かに一週間もきらりに会えないのは寂しいけれど、でも、たった一週間だ。

応援すると決めたんだから、それくらいは我慢しよう。

 

「頑張るにぃ☆ オーディションが終わったら、すぐに来るからね!」

 

 

 

その後きらりと別れて、一週間後。

オーディションが終わった後も、きらりは、私の家に来ることはなかった。


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