双葉杏の前日譚   作:maron5650

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5.出口は未だ見えず

きらりが居ない日、私は考え事をするようになった。

コントローラーには、あまり手が伸びなくなったから。

今までは、単純にやってて楽しいのと、何より褒めてもらえたから。

だから、やっていたのだけれど。

最近は、褒められても、あまり嬉しくなくなってしまった。

ただ、やってて楽しいことに変わりはないので、それでもたまにボタンを押している。

 

考え事といっても、その実、ただのくだらない堂々巡りだ。

私は、頑張ることをやめた。

頑張っても、報われなかったからだ。

だから、頑張る理由が無いし、理由がないから、頑張らない。

頑張らないから、何もしない。

それでいい。

そう思う度に、きらりの感触を思い出す。

「それでも、頑張ったよ」。

きらりは確かにそう言った。

嬉しかった。

やっと報われたような気がした。

 

でも。

 

ならなんで、あの時に報われなかったんだろう。

なんで、あの時に褒められなかったんだろう。

私が本当に褒めて欲しかったのは、あの時だったのに。

報われなかったから頑張るのをやめたのに、きらりはそれを報わせた。

ダメだったから頑張るのをやめたのに、きらりはそれをダメじゃないと言った。

 

でも。

 

それで私がまた頑張ったら。

きらりはお母さんと同じようになってしまうかもしれない。

頑張りの矛先が自分ではないから、きらりは認めてくれただけで。

きらりのために頑張ったら、きらりは私を傷つけるかもしれない。

 

でも。

 

私は知ってしまった。

人に頭を撫でられる心地よさを。

人に包まれて眠る安心感を。

人に自分の頑張りを認めてもらえる、嬉しさを。

また、褒めて欲しい。

また、撫でて欲しい。

また、包んで欲しい。

 

でも。

 

そのためには、頑張らないといけない。

きらりのために、頑張らないといけない。

 

でも。

 

でも。

 

でも。

 

そうやって、結局わけが分からなくなって。

今日も、鳴らないインターホンに耳を澄ます。

 

「……あれ」

 

ふと、綺麗に整頓されたテーブルの上を見る。

そこには、フリルのあしらわれた可愛らしいバッグが置かれていた。

 

「忘れ物、かな。」

 

呟きながら、なんとなく触ってみようとして。

しかし、うまく掴めず、横に倒してしまった。

その拍子に、バッグから何かが飛び出す。

手に取って見てみると、それは一枚の、無地のDVDだった。

ケースには日付と共に、「オーディション・振り付け」と書かれていた。

 

オーディション。

振り付け。

それはどちらも、あるものを連想させる。

 

アイドル。

テレビの中やステージの上で、歌って踊る人気者。

それは、アイドル戦国時代と呼ばれる現在において、そう珍しいものではない。

少し賑やかな街を歩いているだけで、簡単にその目で見ることが出来る。

そんなアイドルの卵であるアイドル候補生は、最早言うまでもないだろう。

 

「きらりがアイドル、かぁ……。」

 

確かにきらりには、アイドルはぴったりだと思う。

優しいし、可愛いし、フリフリな服だって似合いそうだ。……というか、私服がフリフリだ。

 

「……がんばれ、きらり。」

 

アイドルとして売れるようになれば、きっと今のように身の回りの世話をしてくれることも少なくなる。

でも、せめてもの恩返しとして。私はきらりを応援することにした。


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