玄関と部屋の間でドタバタと音を立てていると、インターホンが再び鳴り響く。
試合終了のゴングだ。有り難い事この上ない。
「ほら、誰か来たから! ね!?」
「んー、しょうがないにぃ……。」
名残惜しそうなのが気にかかるが、ともかく脱出。
扉を開けると、やはり宅配のお兄さんが立っていた。
いつものように受け取りを済ませ、床に置かれたダンボール箱を部屋に運び入れる。
運び入れようとする。
が。
「重っ……。」
やばい。ぎっくり腰になりかけた。こんな重いもん買ったっけか。
しかも大きい。結果、ダンボール箱に抱きつく小学生の図が出来上がっている。
「手伝うかにぃ?」
私がダンボールと無邪気に遊んでいると、巨人から協力の申し出が。
確か、諸星きらり、と言っていただろうか。
「ああ、うん、じゃあ、部屋まで頼める?」
確かにこの巨人ならば、この憎き箱を軽々と持ち運ぶことが出来るだろう。
未だ名前以外の一切が不明ではあるが、悪い人ではなさそうだし。
もし悪い人だったとして、うちに金目の物は何一つとしてないし。
いや、金なんかより、命より大切なHDDはあるけど。
「にょわっ☆きらりにおまかせっ☆」
にょわ、が口癖なのだろうか。
そんな事を考える私の身体は宙に浮いて……浮いて?
「……あの、きらりさん?運んでいただきたいのは杏ではなくダンボールで……。」
私は、きらりに抱えられていた。片手で。
「杏ちゃん?」
「え? ああそう。杏。よろしく。」
一人称から私の名前に気付いたようだ。
自己紹介の手間が省けた。
「おにゃーしゃー☆」
なんだろう。
なんなんだろう。この喋り方。
素なのだろうか。キャラ作りなのだろうか。
出来ればキャラ作りで……いや、素であって欲しい。
「うん、それでね、ダンボールは、」
「ちゃんと持ってるにぃ☆」
「えっ」
きらりの反対側を見てみると、確かにダンボール箱も抱えられている。片手で。
いやいやいや。
どんな筋力してるのさ。
私の思いは、言葉になることはなかった。
万が一怒らせたら、杏の命はない。
「きらりんトレイン出発しんこー☆」
「とーちゃく☆」
きらりんトレインは意気揚々と走りだす。
が、アパートがそこまで広いはずもなく、即、終点に着いた。
のだが。
「えーっと……どこに置けばいいかにぃ?」
部屋の惨状を見て、きらりが困ったように笑う。
それもそのはず。
私の部屋は布団の上以外に平地が無いのだ。
「あー、ちょっと下ろして。」
きらりんトレインから下車し、適当に物をどかしてスペースを作る。
このくらいあればいいだろうか。
「ここに置いてくれたまえー。」
「らじゃ☆」
きらりはゆっくりと箱を下ろす。
それでも、どしん、と大きな音がするのは何故なんだろうか。
間違ってダンベルでもポチってしまったのか。
ふときらりの方を見やると、何やら辺りを見回している。
そして何か考え込むように両手を組み、眼を閉じる。
「きらり?」
そう呼びかけると彼女は眼を開き、笑顔で言った。
「あんまり長居するのはめーわくだから、きらりそろそろ帰るねぇ☆」
「ん、そう? 分かった。」
やって来たのが突然なら帰るのも突然である。
でも、ダンボールを運んでくれたし、悪い人ではなさそうだということが分かったからいいか。
この体格差で悪人だったら、杏には為す術がない。
きらりは「改めて挨拶に来る」と残して、帰っていった。
何を改めるのかよく分からないが、とにかくまた嵐は訪れるようだ。
「さて……と。」
私はダンボール箱に向き直る。
待望のオタグッズ達とのご対面だ。
意気揚々とガムテープを剥がそうとして、
しかしその手はそれに触れることはなく、空中で静止した。
普段なら。
通販サイトから注文をして届いたダンボールには、そのサイトのロゴが印字されているはずだ。
だがこれは。
私の眼の前にあるこれは、ただの茶色のダンボールだ。
つまり。
これは私が注文し届けられた、商品ではない。
必然的に、誰かが私に向けて送ったもの、ということになる。
が。
私はそんな心暖まる人間関係なんて持ち合わせていない。
薄気味が悪い。
こんなものは無かったことにするのが一番だろう。
注文したグッズを待ちわびながらゲームをする生活に戻るのが最適解なのだろう。
でも、人は好奇心という余計な機能が備わっているもので。
上面に貼られた、一枚の紙。
ここの住所と私の名前が書かれている、その下。
差出人の欄を、見る。
頭痛がする。
眩暈がする。
吐き気がする。
背筋が凍る。
だって。
そこに書かれていたのは。
この重い荷物の送り主は。
私の、お父さんだ。
どうして。
あれから私は、忘れようとした。
家事も勉強も、スポーツも礼儀作法も。
頭のなかを、ゲームやアニメでいっぱいにして。
他のことなんて考えられなくなるくらい、いっぱいにして。
忘れようとした。
私がこれまでやってきたことを。
なのに。
どうして、今なの。
思い出してしまった。
どれだけ頑張っても報われなくて。
飴じゃなくて鞭ばかりで。
何をやっても空回りで。
そして。
あの時の、お母さんの顔。
嫌だ。
もうこれ以上、この箱を見ていたくない。
これ以上、過去と向き合いたくなんかない。
でも、小さな私じゃ、どこかへ動かせるはずもなくて。
私は布団にくるまって、ただ、彼女を待ち続けた。