双葉杏の前日譚   作:maron5650

3 / 14
2.過去からの贈り物

玄関と部屋の間でドタバタと音を立てていると、インターホンが再び鳴り響く。

試合終了のゴングだ。有り難い事この上ない。

 

「ほら、誰か来たから! ね!?」

 

「んー、しょうがないにぃ……。」

 

名残惜しそうなのが気にかかるが、ともかく脱出。

扉を開けると、やはり宅配のお兄さんが立っていた。

 

いつものように受け取りを済ませ、床に置かれたダンボール箱を部屋に運び入れる。

運び入れようとする。

が。

 

「重っ……。」

 

やばい。ぎっくり腰になりかけた。こんな重いもん買ったっけか。

しかも大きい。結果、ダンボール箱に抱きつく小学生の図が出来上がっている。

 

「手伝うかにぃ?」

 

私がダンボールと無邪気に遊んでいると、巨人から協力の申し出が。

確か、諸星きらり、と言っていただろうか。

 

「ああ、うん、じゃあ、部屋まで頼める?」

 

確かにこの巨人ならば、この憎き箱を軽々と持ち運ぶことが出来るだろう。

未だ名前以外の一切が不明ではあるが、悪い人ではなさそうだし。

もし悪い人だったとして、うちに金目の物は何一つとしてないし。

いや、金なんかより、命より大切なHDDはあるけど。

 

「にょわっ☆きらりにおまかせっ☆」

 

にょわ、が口癖なのだろうか。

そんな事を考える私の身体は宙に浮いて……浮いて?

 

「……あの、きらりさん?運んでいただきたいのは杏ではなくダンボールで……。」

 

私は、きらりに抱えられていた。片手で。

 

「杏ちゃん?」

 

「え? ああそう。杏。よろしく。」

 

一人称から私の名前に気付いたようだ。

自己紹介の手間が省けた。

 

「おにゃーしゃー☆」

 

なんだろう。

なんなんだろう。この喋り方。

素なのだろうか。キャラ作りなのだろうか。

出来ればキャラ作りで……いや、素であって欲しい。

 

「うん、それでね、ダンボールは、」

 

「ちゃんと持ってるにぃ☆」

 

「えっ」

 

きらりの反対側を見てみると、確かにダンボール箱も抱えられている。片手で。

いやいやいや。

どんな筋力してるのさ。

私の思いは、言葉になることはなかった。

万が一怒らせたら、杏の命はない。

 

「きらりんトレイン出発しんこー☆」

「とーちゃく☆」

 

きらりんトレインは意気揚々と走りだす。

が、アパートがそこまで広いはずもなく、即、終点に着いた。

のだが。

 

「えーっと……どこに置けばいいかにぃ?」

 

部屋の惨状を見て、きらりが困ったように笑う。

それもそのはず。

私の部屋は布団の上以外に平地が無いのだ。

 

「あー、ちょっと下ろして。」

 

きらりんトレインから下車し、適当に物をどかしてスペースを作る。

このくらいあればいいだろうか。

 

「ここに置いてくれたまえー。」

 

「らじゃ☆」

 

きらりはゆっくりと箱を下ろす。

それでも、どしん、と大きな音がするのは何故なんだろうか。

間違ってダンベルでもポチってしまったのか。

 

ふときらりの方を見やると、何やら辺りを見回している。

そして何か考え込むように両手を組み、眼を閉じる。

 

「きらり?」

 

そう呼びかけると彼女は眼を開き、笑顔で言った。

 

「あんまり長居するのはめーわくだから、きらりそろそろ帰るねぇ☆」

 

「ん、そう? 分かった。」

 

やって来たのが突然なら帰るのも突然である。

でも、ダンボールを運んでくれたし、悪い人ではなさそうだということが分かったからいいか。

この体格差で悪人だったら、杏には為す術がない。

きらりは「改めて挨拶に来る」と残して、帰っていった。

何を改めるのかよく分からないが、とにかくまた嵐は訪れるようだ。

 

「さて……と。」

 

私はダンボール箱に向き直る。

待望のオタグッズ達とのご対面だ。

意気揚々とガムテープを剥がそうとして、

 

しかしその手はそれに触れることはなく、空中で静止した。

 

普段なら。

通販サイトから注文をして届いたダンボールには、そのサイトのロゴが印字されているはずだ。

だがこれは。

私の眼の前にあるこれは、ただの茶色のダンボールだ。

つまり。

これは私が注文し届けられた、商品ではない。

必然的に、誰かが私に向けて送ったもの、ということになる。

が。

私はそんな心暖まる人間関係なんて持ち合わせていない。

 

薄気味が悪い。

こんなものは無かったことにするのが一番だろう。

注文したグッズを待ちわびながらゲームをする生活に戻るのが最適解なのだろう。

でも、人は好奇心という余計な機能が備わっているもので。

上面に貼られた、一枚の紙。

ここの住所と私の名前が書かれている、その下。

差出人の欄を、見る。

 

 

 

頭痛がする。

眩暈がする。

吐き気がする。

背筋が凍る。

だって。

そこに書かれていたのは。

この重い荷物の送り主は。

 

 

 

私の、お父さんだ。

 

 

 

どうして。

あれから私は、忘れようとした。

家事も勉強も、スポーツも礼儀作法も。

頭のなかを、ゲームやアニメでいっぱいにして。

他のことなんて考えられなくなるくらい、いっぱいにして。

忘れようとした。

私がこれまでやってきたことを。

なのに。

どうして、今なの。

 

思い出してしまった。

どれだけ頑張っても報われなくて。

飴じゃなくて鞭ばかりで。

何をやっても空回りで。

そして。

 

 

 

あの時の、お母さんの顔。

 

 

 

嫌だ。

もうこれ以上、この箱を見ていたくない。

これ以上、過去と向き合いたくなんかない。

でも、小さな私じゃ、どこかへ動かせるはずもなくて。

 

私は布団にくるまって、ただ、彼女を待ち続けた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。