双葉杏の前日譚   作:maron5650

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13.いつか苦くなるのかな

「それで、どうするんだ?」

 

あの時と同じように湯呑みを差し出しながら、プロデューサーは言った。

あの時と同じように、私はそれを受け取る。

 

「……さあ、どうしようかな。」

 

はっきりとしない、灰色を呟きながら、ちびりと口をつける。

やっぱり、熱い。

 

「……。」

 

前は「やってもいいかも」なんて言っておいて、今度はこれ。

私はとことん、めんどくさい奴だ。

怒られてもしょうがない。呆れられてもしょうがない。

でもプロデューサーは、何も言わず。

険しい顔も、呆れた顔もせず。

ただ、真剣に。

私のことを見ている。

 

……なるほど、そういうことか。

きっと、きらりが伝えておいてくれたんだ。

それか、単純に彼の、人を見る力が異常に高い。

プロデューサーは、分かってるんだ。

私の発言は、本心を伝えてはいないということを。

私が素直に、ハイと言えないことを。

だから、見ているんだ。

私の表情ではなく。

私の、行動を。

 

湯呑みを両手で掴み、一気に傾ける。

ごくり、ごくり、と、喉を鳴らす。

そして、少し涙目になりながら。

タン、と音が出るように、勢い良く机に叩きつけた。

 

これが、私の答え。

私の、本心。

 

「……そうか。」

 

プロデューサーは、屈託のない笑顔で言った。

 

「……何の話?」

 

「いや、なんでも。」

 

ちゃんと、伝わったみたいだ。

でも、まだ。

まだ私は、アイドルになってはいない。

 

「よーく考えてみたんだけどさ、やっぱり働きたくないんだよね。

杏にはニートが一番だよ。」

 

そう言って、プロデューサーの目を見る。

なるほど、分かった。

彼の目は、そう答えた。

 

「いや、働かなきゃダメだろ。

いつまでもあると思うな親と金、ってな。」

 

これからするのは、ただの儀式。

私がアイドルになるための、儀式だ。

ただ、私を納得させるための。

私が、納得せざるを得ない状況を作るための。

そんな、形式的なもの。

 

 

 

アイドルをやるのは自分のため。そして、きらりのため。

でも、私は他人のためには頑張れない。

だから、これは全て自分のためなんだ、と、私に思わせる必要がある。

そこで、アイドルとしての私のキャラってやつを考えてみた。

めんどくさい私の、めんどくさい行動に、違和感のないように。

そこそこ新しくて、そこそこ売れそうなやつを。

 

 

ニートアイドル。

 

「い、いやだっ! 私は働かないぞっ!」

 

働きたくなくて、でも働かないためにもお金がいるから、仕方なく働いてる。

 

「アイドルだろうとなんだろうと…お断りだーっ!!」

 

印税でがっぽり稼いで、さっさと引退しよう、なんて考えてる。

 

「……え? アイドルになれば印税で一生楽に生きていける? ほ、本当!?」

 

それでもやっぱり働きたくなくて、たまに逃げ出したりするけれど。

 

「は、話を聞かせてもらおうじゃないか」

 

大好物の飴のためなら、頑張れちゃう。

 

 

 

 

そんな、アイドルだ。

 

 

 

___________________________

 

 

はい、これでおしまい。

これで、全部だよ。

 

なにさ、その顔。

言っとくけど、杏はもう大丈夫だからね?

 

……いや、嘘。

きらりが居なかったら、多分まだ、ダメ。

 

でも。

きらりが居るから。

今は、きらりが居るから。

だから今は、大丈夫。

 

……あーあ、柄にもなくいっぱい喋ったから、疲れちゃったな。

 

飴、ちょーだい?

 

……ん。

あー、やっぱりおいしいね、これ。

ん? 甘いよ。すっごく甘い。

 

 

 

……甘いなぁ。

 

 

 




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
「双葉杏の前日譚」、これにて完結とさせていただきます。

・年齢に対して身長が異常なほど低い
・平方根を使用する計算問題を暗算で正解するほどの天才
・ボロボロのぬいぐるみを肌身離さず持っている
・ニート
・飴を与えれば働く
・諸星きらりと仲が良い
・きらり曰く「裏では色々している。色々言いながらもずーっと頑張ってる」
・きらりが自分の身長について気にしているということを知っている
・学園生活の描写が確認されていない

以上のキャラ設定から、彼女の人物像が出来上がる過程を考えたのがこの物語です。

お付き合いいただき、本当にありがとうございました。
ご縁がありましたら、またどこかで。

10/2追記
アイドルマスターシンデレラガールズスターライトステージのストーリーコミュ第10話、11話にて、杏ちゃんの過去について明かされていることを確認しました。
この物語は、もしもの話として楽しんでいただけたら幸いです。

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