双葉杏の前日譚   作:maron5650

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11.愛されるということ

あの日。

 

「ここでいいかにぃ?」

 

私が、きらりと出会った日に。

 

「うん、お願い。」

 

送られてきた、ダンボール箱。

 

「おっすおっすばっちし☆」

 

これが今、私と私の過去を繋ぐ、唯一の存在。

 

 

「……ふぅ。」

 

深呼吸を、一つ。

右手に握ったカッターを、封をしているガムテープに沿って動かす。

動かそうとする。

でも。

 

「……っ、このっ」

 

うまく、照準が合わない。

原因は明白だ。

私の手が、震えているから。

 

まだ、なのか。

やっと、前に進もうと思えたのに。

やっと、過去と向き合おうと思えたのに。

まだ私は、怖いのか。

 

「杏ちゃん。」

 

きらりの手がそっと、私の手を包む。

……震えが、少しずつ収まっていく。

 

「……うん。」

 

そうだよね。

きらりが、隣にいるから。

隣にいてくれるから。

だから私は、頑張ろうって決めたんだ。

 

私の手は、もう、怖がりなどしなかった。

 

どちらが動かすでもなく。

ただ、自然と。

二人の手の先にあるカッターは、静かに、その封を解いた。

 

もう一度、深呼吸。

そして。

ゆっくりと、箱を開ける。

 

 

 

「……は?」

 

 

 

中に入っていたのは、拍子抜けするくらいに。

何の変哲もないものだった。

 

米袋。野菜。洗剤。

どれも重たいものばかり。

……どれも、生活に必要なもの、ばかり。

 

何なんだ。

何なんだよ。

これはまるで。

これじゃあまるで。

 

 

 

親が愛する子供に送る、仕送りみたいじゃないか。

 

 

 

「……なんなん、だよ。」

 

我慢出来ず、口から漏れる。

 

私は、過去と向き合うつもりだった。

愛されなかったという、過去と。

だが、これは何だ?

……真逆じゃないか。

私が想像していたものと、まるっきり、逆。

 

胸のあたりで、何かがぐちゃぐちゃになっている。

これは何だ。

この感情は、何だ。

怒り? 安堵? 悲しみ? 落胆? 喜び?

 

その、全部?

 

自分が何を思っているのか分からない。

でも、どこかにぶつけなきゃどうにかなってしまいそうで。

 

「──何なんだよッ!!!」

 

ありったけの大声で、叫ぶ。

 

「何で今更こんなことするわけ!? もう放っておいてって言ったじゃん!!」

 

叫ぶ。

 

「もう期待したくないの! 期待させないでよッ!!」

 

叫ぶ。

 

「私は愛されなかった! 失敗した! それでいいじゃん!!」

 

叫ぶ。

 

「やっと認めようと思ったのに!! 受け入れようと思ったのにッ!!」

 

叫ぶ。

 

「……これじゃ……どうしたらいいのさ……!」

 

叫ぶうちに、息が切れてきて。

最後の方は、掻き消えそうに小さな声だった。

 

はぁ、はぁ、はぁ、と。

私の荒い呼吸だけが部屋に響く。

 

「っ! ……杏ちゃん、これ」

 

息を整えようとしている私の横で、きらりが箱の底から何かを見つけた。

ちらりと確認するやいなや、私にそれを差し出す。

 

「……手紙?」

 

それは、無地の白い封筒だった。

裏をめくると、確かに、お父さんの名前が書かれている。

 

「……。」

 

封筒を手に取ったまま動かずにいると、きらりが後ろからそっと抱きしめてくる。

そのまま、少しだけ、私に体重をかけた。

私はそれに逆らおうとはせず、ゆっくりと、床に座り込む。

優しい声で、きらりは私に語りかけた。

 

「怖い?」

 

「ちょっとだけ。」

 

「どうして?」

 

「こんな私なんて、嫌われてるかもしれないじゃん。」

 

「嫌いな人に、手紙なんて出さないよ?」

 

「……ああ、うん。きっと、本当はさ。

本当は、そんなことないんだって思う。」

 

そうだ。

だって、離婚した時、お父さんは私を助けようとしてくれた。

私が退院した時、一緒に暮らそうと言ってくれた。

今だって、私はお父さんの稼いだお金で生きている。

 

「私が本当に怖いのは、きっと、愛されることなんだ。」

 

お母さんも、最初は優しかった。

優しく、愛してくれた。

でも、それは長くは続かなかった。

続けられなかった。

だから。

私がまた、失敗したら。

お父さんも、お母さんと同じようになってしまうかもしれない、と。

私はそれを、怖がっているんだ。

認めたくなかったのは、失敗して、愛されなかったことだけじゃない。

それでもお父さんに、愛されていることもなんだ。

だって、期待してしまうから。

ひょっとしたら、今度は。今度こそは、と。

 

「それは、どうして?」

 

「……私が、また、失敗しちゃうかもしれないから。」

 

「愛情を貰うこと、を?」

 

「……うん。」

 

「……ねぇ、杏ちゃん。

杏ちゃんは、褒められたかったんだよね。

褒められたくて、頑張ったんだよね?」

 

「そう、だよ。」

 

「愛情、ってね。杏ちゃん。

褒められるだけじゃ、ないって思う。」

 

「……わかんないよ。私は、頑張ることしか出来なかったんだ。

上手におねだりなんて、出来なかったんだ。」

 

「ううん。きっとね、必要ないの。

頑張ることも、おねだりも。」

 

「……やっぱり、わかんないよ。

私は、褒められることでしか愛してくれなかったんだ。

頑張らなきゃ、もらえなかったんだよ。」

 

「親だって、完璧じゃないよ。

子供が親とどう接していいのか分からないことがあるみたいに。

親だって、どうしたらいいか分からない時だってあると思うよ?」

 

「……そんな時、きらりならどうする?」

 

「ちゃんと話して、ぎゅーってすれば、ちゃんと気持ちは伝わるにぃ。」

 

「ぎゅー、って?」

 

「そう。……こんな風にぃ☆」

 

きらりはそう言うと、私を強く抱きしめる。

 

「……あったかい。」

 

「安心する、でしょ?」

 

「うん……。」

 

「ねえ、杏ちゃん。

杏ちゃんのお父さんもね、きっと悩んでるよ。

失敗しちゃった、って。どうしよう、って。」

 

「……そう、かな。」

 

「そうだよ。」

 

「……きらりが言うなら、そうなのかもね。」

 

「だから、ね。杏ちゃん。

このお手紙を読んで、お父さんの気持ち、知ってみようよ。

……お父さんと、向き合ってみようよ。」

 

「……うん。」

 

私は、他人のために頑張れるようになりたい。

そしてそのためには、きっと、これは避けられないこと。

避けては、いけないこと。

 

 

だから。

私はそっと、封筒の封を切った。


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