双葉杏の前日譚   作:maron5650

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0.幸せだった家族

アイドル名 双葉杏

 

ふりがな ふたばあんず

 

年齢 17歳

 

身長  139センチ

 

体重 30キロ

 

B-W-H ?ー?ー?

 

誕生日 9月2日

 

星座 花も恥らう乙女座

 

血液型 B型

 

利き手 右

 

出身地 北海道

 

趣味 なし

 

 

 

「い、いやだっ! 私は働かないぞっ! アイドルだろうとなんだろうと…お断りだーっ!!

……え? アイドルになれば印税で一生楽に生きていける? ほ、本当!? は、話を聞かせてもらおうじゃないか」

 

______________________________________

 

 

ねえ、プロデューサー。

杏がプロデューサーにスカウトされる前の話って、まだしてなかったっけ。

 

そっか。

じゃあ、ちょっと付き合ってよ。

 

別にどうもしないよ?

ただ、そういう気分なんだ。

昔話をしたい、さ。

 

……ん、ありがと。

全部話すよ。

 

私の、これまでの物語。

 

______________________________________

 

私は、ごく普通の家庭のもとに産まれてきたんだと思う。

お父さんが居て、お母さんが居て。

私は第一子。長女だったんだ。

 

だからか知らないけど、とにかく溺愛されてたよ。

ハイハイするだけで可愛い、寝返りをうつだけで可愛い、ってね。

本当に、普通の家族だった。

 

おかしくなり始めたのは、多分あの時だった。

私が二人に連れられて、知能指数の検査をしに病院に行った時。

よく覚えてはいないけど、まあ、とんでもない数値を叩き出したんだろうね。

医者の人とお父さんとお母さんが、これ以上ないほど仰天するくらいには。

いつも以上に褒められたね。すごい、えらい、自慢の子だ、って。

それはもう嬉しかったよ。

自分のやったことで、親を喜ばせることができたんだから。

その日はデパートに行って、何でも一つ買ってあげる、って。

……うん、その通り。

このぬいぐるみを買ってもらったんだ。

とっても大事にしてたよ。ほつれたりしたらすぐお母さんに泣きついて、直してもらった。

今じゃあ、ものの見事にボロボロになっちゃったけどね。

 

それからは、両親はとことん教育熱心になった。

私に年不相応の本や参考書を買い与え、塾に行かせたりもした。

頑張ったよ。やればやるだけ、褒めてくれたから。

子供っていうのはね、親が全てなんだよ。神様と言ってもいいかな。

親に嫌われるのはこの世の終わり。親に褒められるのは至上の喜び。

プロデューサーにだって、覚えがあるでしょ?

だから、とことん頑張った。

 

でもね、そんな毎日を続けているうちに、だんだん褒められなくなってきたんだ。

これまでと変わらず頑張っているつもりだったのにね。

だから、もっと頑張るようになった。

机の上に向かうことしかしてなかったから、身体を動かす方にも力を入れた。

テニスとかのスポーツや、それこそダンスにも手を出した。

やりたいって言ったら、喜んで教室に行かせてくれたよ。

でも、それで褒められたのは通い始めの最初だけで。

すぐにまた、褒められなくなる状態に戻ってしまったんだ。

だから、今度は料理をやり出した。

最初はお母さんに教えてもらいながら。

すぐに一人で出来るようになった。

お父さんは「お母さんが作るよりおいしい」って褒めてくれたんだけど、お母さんはいい顔をしなかった。

その理由が分からなくて、ちょっと怖かった。

今考えてみれば、当たり前のことだったね。

次第に食卓には、私の料理しか並ばなくなっていった。

それからは、同じようなことの繰り返し。

掃除に洗濯。ゴミ出しや買い物。朝にお父さんを起こす。

お母さんに褒められるために、お母さんの負担を減らそうとして、とにかく頑張った。

だんだん、お母さんは笑わなくなっていった。

 

それでね、考えてみたんだ。

ひょっとしたら、私は必要以上に頑張っていたのかもしれない。

褒めてくれていたところが当たり前になってしまって、それで褒めてくれなくなってしまったのかもしれない、って。

だから、少しだけ手を抜いたの。

褒めてもらえるところを、一度に使ってしまわないように。

より長く、褒めてもらえるように。

……怒られた。

すごく、すごく怒られたんだ。

いつもの杏ちゃんはこんなことしないでしょう。どうして手を抜いたりなんてしたの。

そんな子は私の子じゃありません、って。

「お母さんの子じゃない」。

見放されたと思った。

必死に謝ったよ。

お母さんごめんなさい。お母さんごめんなさい。もうしません。許してください。

泣きながら縋り付いた。

それでも許してくれなくて、仕事から帰ってきたお父さんに泣きついた。

私はその後すぐに泣き疲れて寝てしまったけど、二人は夜遅くまで話し合ってたみたいだった。

お父さんとお母さんの仲が悪くなったのも、その頃からだったかもしれない。

 

その数ヶ月後に、お父さんが家を出て行った。

よくは分からなかったけど、お母さんと大喧嘩をしたらしかった。

その時にはもう、離婚まで済ませていたみたい。

お父さんは私の親権を取ろうとしていたみたいだけど、酷い話だよね。

そういうのは、得てして母親の方が強いんだ。

私には、お母さんしか居なくなった。

 

家事という家事は、私が全部やった。

お金はお父さんが振り込んでくれていたから、お母さんが働く必要もなかった。

お母さんに楽をさせてあげられてる。純粋にそう思った。

それでも、お母さんは私を褒めてはくれなかった。

それどこか、真逆のことが起こり始めたんだ。

小さな小言から始まって。

ビンタ。

髪を掴んで引っ張る。

熱水や冷水のシャワーを浴びせる。

血が出るようなことはされなかったけど。

……うん。立派な虐待。

でも、知識としては当然のように知っているはずのそれに、私は気付かなかった。

不思議だよね。

難しい問題はスラスラ解けるのに、こんな簡単な事は分からなかったんだ。

 

お母さんがそうなってしまったのも、当然といえば当然だと思う。

多分、最初は本当に、私はお母さんにとって自慢の娘だったんだ。

でも、私はやり過ぎちゃった。

お母さんの居場所を。役割を。奪ってしまったんだ。

そりゃ怒るよね。

でも、私は同時に、自慢の娘でもあり続けた。

自分の居場所を奪ったのが腹立たしくて、でも、何処に出しても恥ずかしくない完璧な娘。

素直に喜べるはずもないけれど、素直に怒れるはずもない。

だから、ああなっちゃったんだと思う。

そして、その2つの感情が混ざって、ぐちゃぐちゃになって、どうしようもなくなった時。

 

私は、殺された。

 

私は確かに生きているけれど、あの頃の私は。

お母さんの自慢の娘であった、双葉杏は。

その時、完全に。完璧に。跡形もなく、殺された。

 

凄かったよ。

鬼みたいな顔してさ、息を荒らげて。

私の首を絞めたんだ。

勿論苦しかったし、怖かったけど。

何よりも、悲しかった。

何がいけなかったのかな、どこで間違えちゃったのかな、って。

そんな顔をさせて、ごめんなさい、って。

泣きながら、それだけを絞り出してた。

 

目が覚めると、病院のベッドの上だった。

知らない天井だ、ってやつだね。

私が死ぬ直前にお母さんが我に返ったみたいで、救急車で運ばれたんだって。

お母さんはそのままお縄にかかったよ。

警察の事情聴取とか、そういう面倒なのは、私の精神状態がどうのこうのであまりされなかったな。

その後は、只々ぼーっとしてたよ。

何もすることが無くなっちゃったからね。

黙ってれば服は取り替えられるし、食事は出てくるし、洗濯だってされる。

精々、これは確かに嫌になるかも、って、たまに苦笑するくらいかな。

 

本当に、なんにも無くなっちゃった。

 

しばらくして退院したんだけど、それからはよく覚えてない。

もう、どうでもいいやー、って、なっちゃってたんだ。

ずっとぼーっとしてて、気付いたら目の前にお父さんがいて。

多分、謝ってたんだと思う。

後は、一緒に暮らそう、みたいなこと言ってたのかな。

でもさ、もう、どうでもよかったんだよ。

だからさ、せめて精一杯笑いながら、言ったんだ。

 

もう、放っておいて。

 

私は東京のアパートの一室に住むことになった。

もう、地元には居られる感じじゃなくってさ。

お金は、お父さんが変わらず振込を続けてくれたから大丈夫だった。

それからは、プロデューサーもよく知ってる杏になったよ。

ぐうたらで。

面倒くさがりで。

ゲームばっかりやってて。

仕事なんて大っ嫌いの、双葉杏にね。

 

だって、理由が無いんだもん。

私が頑張ってたのはね、褒めて欲しかったから。

それだけなの。

だから、もう。理由がないの。

 

掃除もしない。

洗濯もしない。

料理だってしない。

ずっと画面とにらめっこ。

楽しいか、と言われれば、滅茶苦茶楽しかった。

だってさ、レベルを上げるだけで、皆褒めてくれるんだよ。

すごい。かっこいい。頼りになる。ってね。

あれだけ頑張ってもダメだったものが、こんなに簡単に手に入るなんて。

麻薬みたいなものだったよ。杏にとってはね。

どんどん依存していったし、それを悪いこととも思わなかった。

ギルドの皆の話に付いていくためにアニメを見始めて、すぐにハマった。

そのままずるずるとオタクになっていったよ。

 

それでね。

そんな怠惰極まりない生活を始めて、数ヶ月後かな。

きらりが、隣に引っ越してきたんだ。


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