東方美影伝   作:苦楽

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レティさんの出番追加しました。

一部表現を改訂しました。

西行寺桜を西行妖に改訂しました。

おまけを削除しました。


春雪異変
八雲藍重荷を背負い、八雲紫幽明結界を解くこと


 八雲藍は音を立てることなく神社に続く石段の最上段に舞い降りた。急用でなく独りで神社を訪れる時は、必ずそうするのが藍の癖だった。鳥居の前からではなく、直接本殿の前に降りるのでもない。ささやかな藍の拘り。

 前夜に降った雪が博麗神社を白く彩り、日が高く上がっているというのにしんと静まりかえった境内には足跡一つ付いていない。

 

「全く、あの巫女は」と、溜息一つ零して藍は足跡を付けぬように僅かに地面から浮き上がると、裏手の母屋へと滑るように宙を舞った。

 

「お断りよ」

 

 座敷で火鉢を抱え込むように暖を取っていた博麗霊夢は一言で切り捨てた。

 

「だが霊夢、弥生の頃ならまだしも、皐月にもなってこの気候は明らかに異変だ。博麗の巫女として異変解決に動くべきだろう」

 

 藍は穏やかにそう伝えた。幻想郷始まって以来とも詠われた見事な紅葉の秋のお陰か、師走に入るまで続いた暖かい日も、年の暮れになると寒気に席を譲った。以来、そのまま冬が幻想郷を覆っていた。例年であれば既に田植えが終わり、茶摘みが始まっているこの時期になっても、人里の田畑は冬枯れの景色のまま、水が張られる気配も見せない。

 

「何度言われても、この件で私が動くつもりはないわ」

 

 火鉢の上の鉄瓶を取って、傍らの水差しから水を注ぎ、温度を調整する。次いでお湯を急須に注ぎ、蒸らしてから茶碗に煎れる。

 一連の動作を流れるような手つきで行って、霊夢は初めて藍の方へ視線を向けた。

 

「紫はなんと言ってるの?」

 

「……紫様は冬眠なさっておられる。だから私がこの件に関して紫様の代理として動いているんだ」

 

 特に眼力など感じない。威圧感も何もない、自分の何十分の一以下しか生きていない小娘の視線だが、藍はこの視線が苦手だった。

 

「そう。とにかく、私は動くつもりはないから。……最近、気合い入ってる魔理沙にでも頼んでみたら?」

 

 そう言って、茶を飲み干した霊夢は再び火鉢の前に手を翳した。

 

「そうか」

 

 そう言って踵を返した藍に、後から声が飛ぶ。

 

「素敵なお賽銭箱は向こう。お賽銭箱は入れたのが妖怪でも気にしないから、遠慮しなくていいわよ」

 

 母屋の脇から飛び立ちながら、藍は主と自らの式のことを想った。主からは霊夢が動かないこともあり得ると告げられていたが、あの巫女にこちらの手の内を見透かされているようで、どうにも落ち着かない。

 

「藍、今回の一件では貴女が私の代理として、霊夢と協力して幻想郷の管理者としての立場を貫きなさい。私に遠慮は無用よ」

 

 敬愛する主の言葉が蘇る。

 

 ──頼むぞ、橙、紫様の力になってやってくれ。

 

 

 霧雨魔理沙は冷やされていた。

 

「厄介な相手だぜ」

 

 口の中でそう呟く。対戦相手──紫の髪に藍色に近い上着を纏った冬の妖怪──レティ・ホワイトロックの弾幕はその悉くが極寒の冷気を伴い、掠めるどころか至近弾でさえ、確実に魔理沙の体温と体力を奪っていた。

 二枚目のスペルカードをブレイクしたとはいえ、凍えそうだ。

 

「この季節の私は無敵よ」

 

「成る程、確かに、自分で黒幕というだけの事はある」

 

 魔理沙は箒の上で頷いて見せた。愛用の箒もあちこちに氷が付着している。

 

「だが、ちょいとばかり弾幕にあつさが足りないぜ!」

 

「彗星『ブレイジングスター』!」

 

 

「あれ?」

 

 レティ・ホワイトロックは戸惑った。箒に乗って突撃してきた魔法使いは、自分を攻撃するどころか、掠めることもなく周囲を飛び去っては大きく迂回してまた少し離れた場所を通過して行く。敵わないと見て自棄を起こしたのか。

 

「それなら、私が眠らせてあげるわ。安らかな春眠」

 

 ──白符「アンデュレイションレイ」

 

「いや、こいつは準備運動さ」

 

 弾幕の向こうで、白黒の魔法使いが不敵な笑みを見せた。暖められた空気と冷気を伴った弾幕が接触して霧を生み出し、その姿が隠れる。

 

「しまっ」

 

「恋符『マスタースパーク』!」

 

 レティは霧を貫通した光の奔流に飲み込まれた。

 

 

「で、結局お前さんが黒幕ってのは単なるハッタリかよ。まあ、『くろまくー』なんて暢気に出てきた時からそうじゃないかと思ったが」

 

 霧雨魔理沙は箒から降りて頭を掻いた。ぼろぼろになって地面に舞い降りた対戦相手を遠慮無く見渡す。長引く冬を異変と睨んで調査に出たが、引っかかるのは異様に元気なチルノと、自称「くろまくー」の冬の妖怪。武者修行にはなると睨んで戦っては見たものの、異変解決の手掛かりにはなりそうもなかった。

 

「そんなこと言わないでよ。これあげるからさ」

 

 差し出した薄桃色の薄片──桜の花びらを手に取る。

 

「こいつは?」

 

「くろまくさんからのプレゼント。この気候で桜の花びらって怪しくない?」

 

「確かにな。でも、なんでヒントくれるんだ? 冬が続いた方が都合が良いんじゃないのか?」

「あまり冬ばかり続いても疲れるのよ。今回は秋が強かったから、最初は良かったけど。それにほら、白い黒幕って格好良いでしょ」

 

「寒すぎるぜ、それ」

 

「仕方ないじゃない、私はそういう妖怪なんだから」

 

 

 八雲藍の式神、橙は怯えていた。

 

 ──だから、藍様がアイツには手を出すなって仰ったのに!

 

 無鉄砲な相棒への恨み言が脳裏に浮かぶ。

 

 目の前では、藍から何があっても手を出すなと言われた何人かの妖怪の一人、風見幽香が先程と全く変わらない外見のまま、実に楽しそうな笑顔を浮かべて楼観剣を握りしめたまま地に倒れ伏す相棒──魂魄妖夢を見下ろしていた。

 

 自分は止めたのだ。思うように春が集まらないことに苛立った相棒が、固く禁じられている相手の所から春を奪おうとするのを。

 しかし、この頭が固い無鉄砲は、「このままでは幽々子様の元には帰れない」と言い張って、半ば橙を引き摺るように、無名の丘を目指すように南から歩いて来ていた風見幽香の元に舞い降りたのだ。

 それからのことは思い出したくもない。妖夢は一方的に名乗りと用件を伝え、相手が笑顔で「手合い」を受けると、いきなり斬りかかった。力の限り風見幽香を切り刻んだ。「斬れぬ物など何も無い!」と豪語するだけあって、確かに楼観剣は見事な切れ味で、風見幽香を至る処で切断し、貫通し、力尽きるまで一方的に斬りまくって、最後に妖夢は倒れた。 にこやかな笑顔のままの風見幽香の前で。

 

「それで、次はそちらの化け猫が相手してくれるのかしら?」

 

 笑顔のままこちらに視線を向けてきた風見幽香に、橙は無言で首を左右に振った。涙が溢れそうになるのを必死で堪える。

 

「橙、お前は私の自慢の式神だ。私の代わりに紫様を頼む」

 

 藍様の言葉が頭に浮かぶ。藍様の式、紫様の式の式として、無様なところだけは見せられない。それが橙の最後の拠り所だった。

 

「そう、それならそっちの半人前を連れて帰りなさい」

 

「は?」

 

 思いも寄らない風見幽香の言葉に、橙は耳を疑った。

 

「二度は言わないわよ?」

 

 言葉の温度の変化に、橙は震え上がった。慌てて妖夢の側に駆け寄って担ぎ上げると、そのまま後ろも見ないで逃げ出す。

 

 振り返っても風見幽香の姿が見えなくなるところまで逃げて、橙は漸く速度を落とした。後で文句の一つも言ってやろうと、やり遂げた笑顔で意識を失っている相棒の顔を見下ろしながら。

 

 

 脱兎の如く逃げ出した化け猫の姿が見えなくなるまで見送って、風見幽香は歩き出した。 

 あれは確か白玉楼の庭師と、隙間妖怪の式の式。それだけでもう今回の話の根と幹が見えてくる。

 柄にもなく感傷に浸って、あの時と同じルートを歩いていたら未熟者が切りつけてきたが、あの程度で今の彼女を斬ることなど出来はしない。庭師の主直々のお出ましであるなら話は別だが。

 紅魔館の方からも、合流時間と場所の指定が来ている。そろそろ出かけるべきだろう。

 そこまで考えて、幽香は湧き上がる喜びに口の端をつり上げた。今度はどんな舞台になるのだろうか。精々未熟者達にも頑張ってもらわなければ舞台は盛り上がらないというものだ。そこまで考えて、左手上空を見上げる。

 

「それで、態々何の用かしら? 私は今から約束があるのだけれど」

 

 

「しばらく見ないうちにバケモノっぷりに磨きが掛かったな、幽香」

 

 箒と共に霧雨魔理沙は舞い降りた。幽香の手前で着地する。実際、遠目に見かけた時は何をやっているかわからず、近寄ってその光景を確認した時、背筋に冷たいものが流れた。

 

 風見幽香は、あの剣士の剣を無抵抗で身に受けていた。笑みを浮かべながら。袈裟懸け、唐竹、横薙ぎ、あらゆる角度で斬られ、剣光が身体を突き抜けるのをはっきりと見たのにも関わらず、剣先が通り抜けた後の風見幽香の身体には傷一つ無い。

 

「あら、有り難う」

 

 幽香は眼を細めた。悪戯っぽい笑顔を浮かべて口を開く。

 

「実のところ、物を斬ったり撃ったりするのにはね、ちょっとしたコツが要るのよ。私も最近までわからなかったから大きな事は言えないけど」

 

「らしいな。椛がぼやいてるよ。どれだけやっても勝てる気がしないってな」

 

 魔理沙の言葉に、幽香は笑みを大きくした。

 

「あの白狼天狗ね。それがわかる辺り、見所があると思うわ。そう、貴女と訓練してたのね」

 

「ああ、だが、今日来たのは別件でな。こいつを見て貰いたくて来たんだ」

 

 ポケットから瓶に入れた桜の花びらを取り出す。普通の桜と違う感覚を秘めた桜。

 

「こと花に関しては幽香が幻想郷一だと思ってる」

 

「それは光栄ね。……それにしても、貴女も他人を頼ることを覚えたのねえ」

 

「それを言ってくれるなよ。独学の限界に気付いたってところだ」

 

 魔理沙は横を向いて帽子のつばで赤くなった顔を隠した。

 

 幽香は魔理沙の手にした桜を一瞥した。軽く頷いてみせる。

 

「冥界の桜よ」

 

「冥界?」

 

 怪訝そうな魔理沙に、幽香は右手の人差し指を立てて見せた。

 

「そう、死者の霊魂が向かう先、幽冥結界で隔離され、西行寺幽々子──さっき私を切り刻んでくれた庭師の主人が管理する場所よ。今から急いで追いつけるかしらね?」

 

 

「お邪魔するわね」

 

「おや、アリス様。ようこそ大図書館へ」

 

 アリス・マーガトロイドは勝手知ったる大図書館の入口を潜った。既に顔馴染みとなった小悪魔と挨拶を交わす。

 

「パチュリーはいるかしら?」

 

「申し訳ありません、パチュリー様は内職の打ち合わせで人里の方に出かけられております。夕方までには戻られると思いますが」

 

 そうか、少し行き詰まっているエクトプラズムの扱いについてパチュリーの意見を聞ければと思ってやって来たのだが。それはそれとして、いくつか気になったことがある。

 

「内職?」

 

「ええ、錬金術の副産物として、塩や燃料を人里に卸しているんです。その注文を取りに行かれました」

 

「意外と俗っ気のあることに自分の技術を使ってるのね」

 

 アリスの言葉に、小悪魔は愉快そうに笑って見せた。

 

「パチュリー様、今、人里の役に立つ魔法に嵌まってますから。今まで引き籠もりだった反動で、紅魔館の賢者様って言われると気分が良いらしいですよ」

 

 アリスは思わずくすりと笑った。あの、本の虫のように無表情に机に向かう魔女の意外な一面を聞いた気がして。

 

「それで得られる収入も馬鹿になりませんし」

 

 小悪魔がほくほくした表情で耳打ちした数字に、アリスは驚いた。……自分の人形劇や人形販売とは桁が違う。研究費のために、少しそちらの商売も考えてみるべきだろうか?

 

「それに、こんな天候が続くと、塩取りも、薪取りも人里じゃ厳しいらしいですよ」

 

 小悪魔が真顔に戻ってそう告げる。

 

「そうかも知れないわね」

 

 アリスも真顔で頷いた。確かに、四月や五月に吹雪くような天候では、妖怪の山の麓にある塩水の井戸での塩取りや、林に入っての薪取りや炭焼きは難しいだろう。

 

「そう言えば、レミリアとフランドール、それに咲夜も見てないけど?」

 

 小悪魔は満面の笑顔で答えた。

 

「ええ、本日は当家の恩人がおいでになりますので、迎えに出かけられています」

 

 

 八雲紫は白玉楼の庭に立ち、立ち待ち月の光に照らされた西行寺幽々子と、幽々子の前の西行妖を眺めた。隙間を通じてレミリアから連絡があった。先生がおいでになったそうだ。間に合った。安堵の想いが胸を満たし、想いを過去に向ける。

 

 ──あの時も、こんな月夜だった。生前の幽々子と初めて出会った夜。月の光に誘われて彷徨い、風に乗る桜の花びらに誘われて、西行妖の下に佇む西行寺幽々子に出会ったのだ。

 あれからどれくらいの歳月が流れたのだろう。幽々子は亡霊になり、西行妖は封印された。あの時の景色はもう戻らない。

 

「月やあらぬ 春や昔の春ならぬ 我が身一つは もとの身にして」

 

 幽々子に聞こえないように在原業平朝臣の歌を呟いて、幽明結界を解除する。

 

 やはり霊夢は恐ろしい。紅霧異変と同じく、今回の春雪異変も、達成した方が首謀者が困ることをきちんと見抜いて山のように動かない。歴代の博麗の巫女と比べてもずば抜けた勘の鋭さだ。

 しかし、こうして幽明結界を解いた以上、霊夢も動かざるを得まい。これで西行妖の力は顕界にも及ぶのだから。後は、西行妖が咲くか、それとも封印されるか。それだけだ。

 

 ──果たして自分はどちらを望んでいるのだろうか?

 

 

 西行寺幽々子は自分と西行妖を眺めて、何かを考えている八雲紫を見つめた。幻想郷を誰よりも愛しながらも、自分の異変の企てに尽力してくれた友人を。

 何故、ここまで良くしてくれるのか、異変が始まってから自分と西行妖を見て、何を考えているのか。聞きたいことは沢山あったが、幽々子はそれら全てを月光で洗い流した。

 

 ──八雲紫は大切な友人──それだけでいい。胸に秘めた想いは、その気になった時にきちんと伝えてくれるだろう。

 

 西行寺幽々子はそう考えて、自らの従者に想いを寄せた。春を集めに行って、随分と凹んでいたようだが、大丈夫だったろうか?

 なにせ、訓練と気合いは十分だが、この白玉楼を出た経験が圧倒的に足りないのだから。

 

「妖夢もまだまだ半人前ねえ」

 

 幽々子の呟きに、同意するように西行妖が揺れた。

 

 

「やってくれるわね、紫。まさか本気でここまでやるとは思わなかったわ」

 

 博麗の巫女としての身支度を調えながら、博麗霊夢は毒づいた。薄々感づいていたが、今回の異変の絵を描いた人物が誰か、それがはっきりとわかった。何のためにこんな馬鹿なことをやってのけたのか、それはわからないが。

 

「ま、何時ものようにぶちのめして聞き出せば済む事よね」

 

 博麗の巫女は神社を後にした。

 

 

 小野塚小町は驚愕した。三途の川の川岸に船を繋いだところで、怖い上司に捕まったのだ。また、何時もの説教かと今日の休憩時間を頭の中で指折り数え、来たるべき苦行に備えた小町の予想を、映姫の言葉は裏切った。

 

「映姫様がお出になるんですか?」

 

 公私の区別が明快で、職責に忠実な幻想郷担当の閻魔が、地上の異変のために自ら動くという。これを驚天動地の事態と呼ばずしてなんと言おう。

 

 思わず向けた疑問の視線に彼女の上司は厳しい表情で頷いた。

 

「今し方、幽明結界が解かれました。異変解決は博麗の巫女の仕事ですが、この件に関しては私の監督責任です」

 

 そのままの表情で冥界の方を見つめると、四季映姫・ヤマザナドゥは小町の方に視線を戻した。

 

「幸い、今私は非番です。動いても支障は無いでしょう。小町はサボらずに仕事を果たすように」




かっとなって投稿した、今は公開している。
と、いうわけで差し替える可能性が高いですが、妖々夢始まりました。

あっという間に終わりそうですが

ぶっちゃけ、最初に話を理解した時、これ、主人公勢が結界破らずに西行妖咲いたらどうなるんだろう、四季様の責任問題になるのかなあ、ゆかりん困るだろうなあと思ってしまいました。

その想いが形になっています。

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