東方美影伝   作:苦楽

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一応、これで本投稿ということで。


秋姉妹吸血鬼姉妹の特訓を目撃し、姉妹の絆深まること

 費長房は、汝南人なり。かつて市掾を為す。市中に売薬の老翁あり、肆頭に一壺を懸け、市を罷るに及び、すなわち壺中に跳び入る。市人これを見る莫かれど、ただ長房楼上に於いて之を見る、異ならんや、因りて往きて再拝して酒脯を奉ず。翁、長房の意その神なるを知り、之に謂いて曰く、子、明日更に来るべし。長房、旦日復た翁を詣る、翁すなわちともに壺中に入る。唯だ見る、玉堂厳麗にして、旨酒甘肴、その中に盈衍するを、共飲おわりて出ず。                   『後漢書』巻八十二下「方術列傳」

 

 

 秋静葉は戦慄していた。目の前で繰り広げられる惨劇に。自分と穣子が座す大陸風の観とは渓流を挟んで反対側の岸になる岩場の上空で展開されるのは、惨劇としか呼べない光景だった。

 

 「行符『八千万枚護摩』」

 

 隙間妖怪の式神、九尾の狐の放った無数の弾幕が全方位からレミリア・スカーレットを襲う。

 

「紅符『スカーレットシュート』」

 

 自らの弾幕で相殺した僅かな間隙に身体を滑り込ませようとしたところで、

 

「式輝『狐狸妖怪レーザー』」待ち構えていたように光の筋が彼女を襲う。何よりも恐ろしいのは……

 

 放たれた光線はレミリアの右足を易々と切断した。血煙を上げて腿の部分で断たれた右脚が岩の上に落ちる。

 

 九尾の狐の弾幕は、悉くが致傷どころか致死の威力を秘めていることは明らかだった。これは手加減された弾幕ごっこなどではない。レミリアの傷は再生しているとは言え、間違いなく式神は本気で攻撃している。

 

 自分達が座す観の下、渓流の岸辺で見守る彼女の妹の態度を見てもそれがわかる。この位置からは表情こそ見えないが、固く握りしめられた拳。全身は細かく震え、姉が被弾する度に身体が強張る。

 

「……な、なんなのよ、これ」

 

「特訓ですわ、弾幕ごっこの」

 

 無理矢理絞り出したような震える穣子の声に、応えがあった。いつの間にか、式神の主が自分と穣子の後の席に着いていたのだ。

 

 これが訓練だというのか、こんな凄惨なものが。唖然として八雲紫の顔を見つめる。

 

「あら、決着が付くようですわよ」問い詰める前に、八雲紫は扇子で戦場を指した。

 

「ひっ」穣子が引きつったように息を漏らす。私は声すら出ない。

 

 確かに「特訓」は終わっていた。詰め将棋のように無慈悲に放たれた弾幕の直撃を受けて頭部を失ったレミリア・スカーレットの身体がぐらりと傾いて落下するという形で。あわや岩場に激突、と思われた時、突然現れた銀髪のメイドがその身体を抱き留めた。そのままこの壺中天の出口へと主の身体を抱いて飛び去っていく。

 

「この後、きちんと手当を受けますので、ご安心下さい」

 

 隙間妖怪の声に続いて、式神の声が響く。

 

「フランドール・スカーレット、次は君の番だ」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 どこか嬉しそうな響きを秘めた声と共に一礼して、今度は吸血鬼の妹の方が宙に舞い上がる。

 

 ──嬉しいのだろうか、姉の無残な姿が。あの娘もやはり吸血鬼らしく、凄惨な戦いを好むのか?

 

「あの娘は、自分の番が来たことで、姉があれ以上傷つかなくなったことが嬉しいのですよ。何時もは再生するのを待って訓練が続きますから」

 

「っ!」

 

 八雲紫の言葉に口に出しかけた言葉が止まった。穣子も信じられないというような顔をしている。

 

「自分が傷つくより、大切な自分の姉が傷つく方があの娘にとっては何倍も辛いのです」

 

 八雲紫の言葉に、私は猛烈に自分を恥じた。あの娘達への申し訳なさで胸が一杯になる。

 

「じゃ、じゃあ、なんだってあんな酷い訓練を?!」穣子の声が遠くに聞こえる。

 

「自分を認めて貰うためですわ」

 

 訓練はまだ続いている。フランドール・スカーレットも何発か式神の弾幕の直撃を受け、その都度身体の何処かを失い、再生している。血塗られた賽の河原の苦行のように。

 

「フランドール・スカーレットの『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』は既に御存知でしょう?」

 

 妖怪の賢者の言葉に無言のまま頷く。本人の口から語られるのも聞いたし、実際に大岩を簡単に壊すところも見た。信じられない程凶悪な能力。

 

「あの娘は、その『能力』を自分が乱用しない存在であることを伝えるために、ああやって訓練しているのです。自分の危機であっても、只一人の姉が傷ついても、弾幕ごっこで自分を主張するために」

 

 信じられなかった。呆然と未だに続く「訓練」を見る。傷ついても、撃たれても、相手に通じない弾幕のみを放ち続ける小さな姿。

 

「そして、貴女方に、自分たちの覚悟を伝えるために」

 

 

 紅魔館の一室、自分たちのために新しく作られたと思われる神棚の付いた和室に入るなり、秋静葉は崩れ落ちた。真新しい畳の藺草の匂いも、四方の壁と柱の檜の匂いも、後で静かに戸を閉める穣子も、何もかもが遠い。

 

 信じていなかった。この紅魔館に来たのもあの二人に続いて現れた八雲紫を恐れたのに過ぎない。到着してから聞いた話も疑っていた。吸血鬼がそんな殊勝なことを考えるなんてありえない。異変を起こすための口実だろうと。そんな都合の良い指圧師なんているわけがない。壺中天だって、八雲紫なら何とか出来る、そう思っていた。

 それでも付いてきて話を聞いたのは、他人事だと思っていたからだ。二重の意味で。所詮、余所者の吸血鬼の問題だ。まかり間違って巻き込まれても、苦労するのは妹の穣子だ。そう斜めに構えていた。

 

 なんて──醜い自分。

 

 もう限界だった。抑えてきた涙が一気に溢れ出す。醜い自分、惨めな自分、何より、今回のことに何も手助けできない無力な自分……。

 

 ──人の役に立つ穣子が羨ましい。何時も思っていたそのことを、今程感じた事はない。

 

 自分達をこの部屋まで案内してくれた十六夜咲夜と名乗る使用人頭の話では、最初にあの姉妹が本気で戦ったのは、あの風見幽香らしい。「あれに比べれば今日の訓練は遥かにマシですわ」彼女は静かにそう語った。自分が替われないのが何より悔しいのだと。

 

 ああ、私には彼女の気持ちは痛いほどよくわかる。自分が本気で手助けしたいのに、何も出来ないのがこんなにも辛いのだから。

 風見幽香も私達を秘密にこの屋敷に案内するために動いたらしい。風見幽香すら役に立てるのに、私には何も出来ない……それが何よりも悔しく、悲しかった。

 

 

 秋穣子はドアの奥に新しく建て付けたように見える襖を静かに閉めた。糸が切れた操り人形のように崩れ落ちて、声を上げずに泣き出した姉の背中を見つめる。

 

 思えば、何時も姉は名前の通り静かだった。がさつな自分と違って大声も上げず、落ち着いて正しい判断を下してきた。

 今回のことも、姉の同意がなければこの屋敷まで来ることはなかっただろう。あからさまに胡散臭い吸血鬼にスキマ妖怪。顔を洗って出直せと言いたくなるような荒唐無稽の話。何度席を立とうと思ったことだろう。

 

 本当はこの「能力」だって大して素晴らしいとは思っていなかった。豊穣神としては中途半端。神社も建ててもらえない、何時妖怪になってもおかしくないような零細神。ものぐさで、かっこ悪い、芋女神。

 

 ──でも、今はそんな「能力」が嬉しい。

 

 ──だからこそ、泣いている姉の気持ちが少しだけわかる。

 

 さあ、自分に出来ることをしよう、秋穣子。何時もは姉がそうしてくれているのだから。

 

「姉さん、私考えたんだけど」

 

 姉はまだうつむいたままだ。

 

「今回の一件、願いを叶える代わりに何して貰おうかって」

 

 怪訝そうな顔で振り返る姉。ああ、そんな顔をしちゃって。美人なのが台無しよ。

 

「それでさ、全部終わったら、紅葉一度も見たことない子もいるから、紅葉狩りしながらの宴会を捧げて貰うってのはどう? 全員参加で」

 

 

「もう、何よ、文の奴!」

 

 姫海棠はたては焦りながら空を翔けていた。

 

 文の口添えで、簡単な聞き取りではたての身柄は解放された。その後、文が一人で天魔の所に残ったばかりでなく、帰り道で風見幽香のくれたヒントの解説までされた。文に借りを作ったばかりか記者の心得まで諭されたのだ。文の親切が却ってはたてを追い詰める。

 

 せめて、文が動けないうちに手掛かりだけでも、と思って妖怪の山を飛び出して、幻想郷を回るが、何分、足を使った取材の経験が殆ど無い彼女には、どこが怪しいのか見当が付かない。

 

 霧の湖を過ぎて、悪趣味な館が見えてくる。何時だったか、念写したそのままの姿で。鉄製の門にもたれ掛かって足を投げ出した門番の寝顔まで念写した写真とそっくりのような気がした。低空飛行に切り替えて、館の周りを一周してみる。

 窓が少ないため、屋敷の中の様子は掴めない。中庭にいた妖精メイド達は驚いたようにこちらを見るが、相変わらず門番は気持ちよさそうに夢の中だ。

 

「当家に何か御用でしょうか?」

 

 かけられた声に振り返る。銀の髪を三つ編みにして左右に垂らし、ホワイトブリムを着けたメイド服姿がこちらに向かって一礼する。

 

 噂に聞く紅魔館のメイド長か。はたての頭が動き出す。ここで事を構えるのは拙い。どのみち、門番があの様子では大したことは起きていまい。

 

「いえ、興が乗って飛びすぎただけよ。失礼したわ」

 

「左様ですか」

 

 メイドが頭を下げるのを見て、はたては踵を返した。

 

 次は人里でも当たってみるべきか。

 

 

 ──大した物ね。

 

 十六夜咲夜は紅美鈴の演技に感動した。流石は、「居眠りの演技をさせたら幻想郷一ですから」と笑っていただけのことはある。鴉天狗にあそこまで接近されても居眠りの演技を崩さないとは。自分にはとても真似ができない。「私と咲夜さんは全部終わるまでは先生の指圧を受けられませんね、外の仕事が多いですから」と笑顔だったのも。

 自分はあの「手」が我が身を触ると思うだけで真っ赤になってしまうのに。そんなことを考えながら咲夜は美鈴の側に降り立った。

 

「ふわぁ……咲夜さん、もう食事の時間ですかぁ?」

 

 全く、どこからどう見ても今起きたばかりにしか見えない。本当に大した物だ。

 

 

 レミリア・スカーレットは上気した顔で、先生の居室を後にした。訓練の後は何時も受けており、施術の間中目を閉じているとは言え、やはり恥ずかしい。とにかく、先生は美しすぎるのだ。フランは純粋に楽しみにしているようだが。

 

 少し頬の火照りを冷ましてから部屋に帰ろうかと、紅魔館では珍しく窓がある二階の踊り場に向かう。窓を開こうとして、降り出した雨に気付く。梅雨が訪れたのだろう。梅雨が終われば夏、そして──

 

「いよいよ、ね」

 

 肩越しに掛けられた声に振り返る。紫のドレス、金の髪。見せる表情は常に謎めいた微笑。

 初めて遭った時は何も出来なかった。二度目に遭った時は憎んだ。三度目は困惑した。今は……どうなのだろう?

 

「有り難う、八雲紫」

 

 すんなりと頭が下がった。

 

「これまでの助力に感謝する」

 

「何のことかわからないわ」苦笑する気配。

 

「幻想郷の管理者は中立よ。時々式神が勝手に行動してるみたいだけど。私は外来人に幻想郷の知識を伝えて、勝手に行動した式神を連れ戻しているだけ。引っ越しを考えていた秋の神様を拾ったのはそのついで。お礼を言われる筋合いはないわ」

 

「ああ、私の勘違いだったようだ」

 

 そう口にした時、既に気配の主は消え去っていた。様々な意味で劣等感を感じなくなったのは、先生のお陰だろうか?

 

 

「今日は藍、何時もより優しかったかな。お客様が来ているからかな?」

 

 フランドール・スカーレットは姉の寝室の隣に用意された自室でベッドに横になった。咲夜にお願いした、姉の部屋に直通のドアを横目で見ながら今日の訓練を振り返る。幽香に言われた習慣だ。

 

 今日の訓練についてはお姉様が傷つくのを見るのはやはり慣れないが、後は大丈夫だ。今の自分にとっては身体が吹き飛ばされる程度は問題ではない。身体をバラバラにされても平気なのだから。「自分の力の使うべき時を見極めること」「弾幕ごっこは勝敗より自分を伝えることを重視」幽香が教えてくれたこの二つのことはきちんと守れている。

 

 なにより、訓練の後は先生の指圧が待っている。フランドールはあの、自分が広がっていくような感覚が大好きだった。先生のことを考える。

 

 誰よりも、言葉では表せない程、綺麗なのに、指圧の時以外は姿を隠している先生。食事もお茶も一緒に取れない先生。自分の力と同じように、先生はその美しさをいざという時まで使わないようにしている。先生も自分と同じだと思うだけで、フランドールは心が温かくなる。

 

 先生に対する唯一のちょっとした不満は、自分のことを名前で呼んでくれないこと。お姉様も未だに名前で呼んでもらえないから仕方が無いのかもしれないけど。

 

 ささやかな不満を抱いていても、フランドール・スカーレットは概ね満足だった。

 

 

 八雲紫は隙間を閉じて薄く笑った。

 

 そう、礼を言われる筋合いはないのだ。私は私の都合で動いているのだから。

 

 紅魔館の姉妹は見事に秋姉妹の心を獲った。藍に今日は可能な限り惨たらしく殺すつもりで攻撃せよ、と言い置いた甲斐が有ったというものだ。最悪、藍に憎まれ役を押しつけることも考えていたが風見幽香のお陰で余計な恨みを買わずに済んだ。幽香に関しては望外の結果だ。スペルカード・ルールは未だ定着したとは言い難い。少しでも実力者の賛同を取り付ける必要がある。天狗もここで突いておけば幻想郷中に速やかに今回の異変の顛末と、スペルカード・ルールの効果が広まるだろう。

 

 それにしても、最近のレミリアは同性から見ても魅力的になったと思う。

 

「……私もそのうち先生の施術を受けようかしら?」

 

 

 壺での特訓から帰ってきたスカーレットさんとフランドール・スカーレットさんの方は大丈夫そうだ。あまり無理して欲しくはないんだが、そう言えない事情が人それぞれにあるのはわかっている。

 二人とも、ここ二ヶ月程の鍛錬と施療のお陰で、余程のことがない限りは身体を再生して問題が無いようなので、軽く心身をリラックスしてもらうのに留めておく。

 

 秋静葉様、秋穣子様との話し合いには僕は参加しない。八雲紫さん──あの空間の裂け目にいた人──は、どうやらこの幻想郷の管理人的な立場にいるらしい。判じ物を解くのに必要な情報を色々と教えて貰った。

 端的に言えば、収穫に被害が出るのを防ぐために、秋静葉様、秋穣子様のお二方に協力して貰うという話らしい。

 その際の話の持ちかけ方で僕とは意見が分かれた。八雲さんは幻想郷の管理者だけあって、根回しや駆け引きが上手いやり手の政治家タイプのように見えた。

 交渉に行って実は武闘派だという事がわかった風見幽香さんとは当に対極だ。こちらは、スカーレットさん及びフランドール・スカーレットさんと血みどろの激闘を繰り広げたあげく、異変を黙認するだけではなく、協力してくれる。

 後は、秋静葉様、秋穣子様のお二方だけなのだが……。

 

 紹介されたお二方は何故かやる気満々で二人で気合いを入れておられた。段取りとしては異変が解決したらその後にお二方の出番が来ると言うことで、それまでは僕と一緒に待機するらしい。

 なんでも、解決に来る博麗の巫女の博麗霊夢さんは、異変の最中に出くわした怪しい奴はまず取りあえずぶちのめすという第一種の過誤を恐れないタイプのようだ。

 おとなしく、お二方と避難することにする。

 

 後は、スカーレットさん達の頑張りに期待するだけだ。




藍様は優しいので、ちゃんと服が破れないように手加減してます。

ミスした若い衆を必要以上にボコってみせて、堅気の人をどん引きさせて話の主導権を握るのは、その筋の人たちですので皆さんもご用心下さい。

日曜の方が時間が足りないってどういうことなの……。

次回はいよいよ紅霧異変になるといいなあ。

それでは、また明日頑張ります。

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